第7話 勝負②

「それじゃあ、勝負を始めるぞ。勝負はこっちのクリーンナップとの勝負。園崎玲が一人でもアウトを取れば勝ち。いいな?」

『はい』


 そのクリーンナップというのが逢沢由香里と星野純を含めた三人の女の子。

 伊吹は勝負を挑んできたくせにキャッチャーを務めている。


「なんや?」


 文句あんのかと伊吹が私にガンを飛ばします。


「あんたは勝負に出ないのかよ!」

「しゃーないやろ。キャッチャーやねんやから」


 そしてアンパイアをミノさんが務め、一人目の対戦相手の女の子がバッターボックスに入ります。


 守備は外野しかいません。


 ヒットかどうかはライト線にいる岩泉監督とレフト線にいるミノさんの奥さんが決めます。


 私がピッチャーマウンドに立つ、伊吹がボールを投げ渡してきました。


 風が強いのかホームに顔を向けると風が顔を叩き、前髪がバサバサなびきます。


「プレイボール!」


 ミノさんが開始の声を出します。


 バッターが構えたのを確認して私はボールを投げます。


 バン!


 ボールはキャッチャーミットに吸い込まれ、音が鳴り響きました。


「ボール!」


 惜しい。少し高めでした。でも、きちんとキャッチーに届いて良かった。

 私は伊吹からの返球を受け取り、もう一度投げる。


 バン!


「ストラーイク!」


 やった!


 嬉しくて私は小さくガッツポーズしました。

 あと2回ストライクでワンナウト。

 私は腕を振り、思いっきり投げました。


 ダン!


 嘘! 打たれた!

 ボールはレフト前に飛びます。


「ヒット!」

 岩泉監督が判定を告げます。


「次、4番逢沢!」

「はい!」


 逢沢由香里がバッターボックスに入ります。

 逢沢は気を遣って三振してくれるかな?


 しかし──。


「ヒット!」


 またレフト前にボールが落ちました。しかも今度は初球打ち。


「まじか」


 やっぱ数週間の付け焼き刃では無理かな。


「次、5番星野純」

「はい!」


 今度はあの子か。

 小さいし、細い。見た感じただの女の子なんだけど。


 この子ならいけるかな?

 一球目。


 ダン!


 打たれたボールはライト線の外へ。


「ファール!」


 あっぶなー。

 にしても、打つかー。


 選ばれるだけあってやっぱバッティングセンスはあるってことかな。人は見かけで判断してはいけないね。これは油断しないように。


 純が当てたボールはベンチの子が取りに行きます。

 それを受けるとるのかなと考えていたら、


「おーい」

 伊吹が呼んでます。


 なんだろうと振り返ると伊吹はボールを投げてきました。


「おっとと」


 このボールで投げろということでしょうか。


 それから2球目と3球目もファールでした。

 そして4球目が、少しストライクゾーンの外で外れました。


 ただ、相手が振っているかのようで、アンパイアのミノさんは岩泉監督に指を差します。

 指を差された岩泉監督はセーフだと両腕を横に伸ばします。


「ボール!」


 振っていなかったのか。

 ええとファールが3つとさっきのボール1つで……ワンボール、ツーストライクか。

 あれ? もしかしてあと1球!?


 しかもさっきのがストライクならワンナウトたった!?


 ……ボールはあと2回。


 よし!

 ボール球振らせよう。


 次は高め。


 バン!


 クソ! 振らなかったか。

 なら今度は低め!


 バン!


 んん! 振ってよー!

 どうしよう。

 もう一回ボール狙い? でも振ってくれなかったらフォアボールで負けだし。枠内に投げても打たれるし。


 こういう時の対策とか聞いてないし。

 こうなったら、おもいっきり投げるしかないかな?

 私は最後のボールに賭けた。


 こなくそ!

 どうにでもなれ!


 私の投げたボールはキャッチャーミットへと向かう。


 けど──。


 タンッ!


 打たれた。


 ボールは弱々しく一塁を越え、ライト線に落ちました。


「フェア!」

 と岩泉監督は言いました。


 つまりそれは私の負けということ。

 私は力が抜け、膝頭を地面に当てました。


  ◯


 勝負は私の負けで終わり、もう帰ってもいいのかなと思うのだが、私の母や監督達大人は何やら話し込んでいます。


「意外に速かったやないか」


 伊吹が褒めてきました。でも、ちょっと上からなので腹が立ちます。


「……それなりに練習したからね」

「でも、勝負はウチらの勝ちや。約束は覚えてるよな?」

 伊吹が勝ち誇った笑みで聞く。


 負けた悔しさよりも何もしてないやつが勝ち誇ってるのが苛つく。


「分かってるわよ。試合には出ないわ」


 元々そんなに試合に出たかったわけではない。


「でも、私が出ないとなると誰がピッチャーをするのよ」

「んなもん。ウチのピッチャーや」

「で、誰なの?」

「……」


 伊吹が何も答えないので由香里に目で問うと肩をすくめられた。

 これから決めるってことかな?


  ◯


 夕飯時、私は母に懸念を聞きました。

「スマホの件はどうなるの?」


 試合に出るから約束としてスマホを得られるのですが、試合に出られなくなるとどうなるのか。

 私の問いに母はすぐに答えませんでした。なぜか意味深に微笑んでいます。


 え? 何? どいうこと?


「大丈夫よ」

「大丈夫?」


 それはどう意味?


「約束通りスマホを買ってやるわ。あっ、買うはおかしいか。契約と言うべきかな?」


 どっちでもいいけど。


「ホントに?」

「ホントよ。ただ練習はしておくこと」

「何で? 勝負は終わったよ」

「ええ。でも、せっかくラボの月謝も払っているんだし」

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