『大嘘と開花』




 コンクリート製の地下神殿、D区画。

 雨水を流入するため巨大なパイプが繋げられ、複数の接続通路が他区画まで張り巡らされているこのフロアの一角で、寂寞に輪郭を強調された憎悪の権化が名無しの男を待ち受けていた。





「おー、ラヴェンダーちゃん! 生き返ったかー」


「――――ジョン・ドゥ!!」




 劣化した黒コート。

 変色した紳士服。

 片目から巨大な青い花を生やすペストマスクの男。

 死病を司りし仮面持ち、ラヴェンダー。




「死ね、死ね。 ただ、死ね……!」


「おー、めっちゃキレてるじゃねえか。 ごめんごめん、マジソーリー!」


「……この世にあまね凡百あらゆるものの中で……、お前が最も憎い……! お前だけは、この手で殺してやる……!」


「だーかーら、ゴメンって言ってんじゃん。 なににそんな怒ってんの? 俺がラヴェっちを拷問したこと? 左目くりぬいて殺しちゃったこと? 強引ににさせちゃったこと? 心当たりありすぎてどれか分かんねえよー」




 今にも飛びかかってきそうなラヴェンダーとの間に立とうとする少女の肩を握り、ジョンが前に出る。




「まだ眠ぃだろ? 俺に任せとけって」


「……でも」


「ああ、ここでアイツとバトんのは計画にはない。 けど大丈夫だ、ビビるこたぁねえ。 俺の方が強いからなあ?」




 その挑発で我慢のせきが切れたラヴェンダーの眼が、怪しく煌めく。

 直後、漆黒の砂嵐が巻き起こり、彼の頭から足先までを包み上げ、花開くように六翼をはためかせた。










  「 病に伏せる青白の婦人。

    痩せ細る乳飲み子。

    奪い合う老骨。

    口なしの歌うたい。

    蜘蛛の糸を垂らし、

    葡萄酒を傾ける殿上人。


    ひと握りから溢れた者らよ、

    幸せな者達へ背を向け往け!


   『生まれてくるべきではなかったワールドデバッグ オーバードーズ』 」











 右手の平に邪悪な目玉。

 左腕から伸びる刃毀はこぼれした刀剣。

 その姿は、悪魔そのもの。




「おー、いきなり顕現アナザー! いいねそうこなくっちゃあ。 俺さ、ずっと気になってたんだよ。 どうしてバトル漫画のキャラって最初っから切り札ウルト使わねえのかなって」


「……死ね、名無しの男。 惨たらしく血を噴き出し、腐敗して死んで逝けッ!」


「この俺を前にして開幕で顕現アナザーって判断は正解だな。 だが、そんなんじゃあ埋められねえことに気が付くべきだぜ。 どうしようもねえくらいに開いちまってる、俺達の実力差になあ!!」




 ジョン・ドゥはどこからともなく取り出した麻袋を被り、結ばれていたロープを引っ張って己の首を絞め上げていく。





「何を下らん真似を! 楽に死ねると思っているのか!? ただもだえ消えろッ!!」




 ラヴェンダーの腕から伸びる刀剣に負の砂嵐が集約され、太い段平だんびらと化す。




「この一振ひとふりでお前を病み殺してくれるッ!」


「ははっ、何言ってんだ。




 首を絞め続けるジョンの麻袋に、黒い死斑のような線対称の模様パターンが現れる。それは蝶の羽の様にも、人の肺にも、複雑な風景画にも見受けられ、うごめき続けている。

 それが急に一箇所に集中し、黒点となり、また膨張したと思えば今度は










  「 総人類80億のオンラインゲーム。

    この現実にはバグもチートも存在せず、

    セーブもロードも有り得ない。

    配られた手札で勝負が決まるクソゲー。

    だから誰もが主人公になりたがるクセに、

    うつつを抜かして夢を見てしまう。


    裏技で揃えた五枚のジョーカー。

    盤面を覆し、周回遅れを嘲笑え。


   『最後の切り札オールオーバー・ニューゲームプラス』」










 引っ張られたロープが、繋がっていた麻袋ごと引き千切ちぎる形で抜け落ちる。

 麻袋の消えたジョン・ドゥの表情を覆っていたのは、真っ白に色反転したラヴェンダーのペストマスクだった。デザインは完璧に一致し、サイズ感がジョン・ドゥの顔に適合するよう変形している。




「ラヴェンダー、お前とはだ」




 ジョン・ドゥの眼が煌めくと同時に、

 その黒い刀剣も、六翼も、権能に纏わる何もかもが消え失せる。




「……なッ、何を…………!?」




 ジョンへの憎しみだけを力に変えて立っていたラヴェンダーは、全身から芯が抜けたように脱力し、萎みかけの左眼の花を庇いながら床に伏せてしまう。





「俺の顕現アナザーは、友達と縁を切る能力。

 された友達……、いや、友達は、

 顕現アナザーが解かれるまで仮面が使えなくなる。

 仲違いのショックを受けてもらうぜ」





 仮面を制限されたラヴェンダーに対して、ジョン・ドゥは白いペストマスクを勝手に利用し、コンクリート空間に黒雲を呼び出す。




「そっちが才能ギフトを使えない間も、こっちは自由に使えちゃうんだよなー。 これが最高にチートすぎて最高。 しかも、使えるのは才能ギフトだけじゃあない。 お前の顕現アナザーまでこの通り。 黒雲から降る負の雨を浴びて、精神が湾曲する病に侵食されちまえ!」




 その予言通り、雲から黒い雨が降り始めてラヴェンダーを濡らす。

 雨曝あまざらしの彼の身に異常が起きる。のだ。




「その雨が引き起こす病は『開花病エフロレスンス』。 全身が植物化していき、しまいには大きな花束になって緩やかに死んでいく。 が、まだお前には役目があるからな、死んでもらっちゃ困る。 だから命に関わる侵食を避けて、神経系を通じて脳まで根を伸ばすように病魔を仕組んだ。 この影響でお前は、




 憎悪の塊だったラヴェンダーの『心』が、精神操作によってジョン・ドゥへの敵意を失っていく。

 その事実は、拷問の屈辱にも耐え難い喪失感と悔恨を生む。




「ああああああああああぁああぁああああ!!」


「おー、よくまだ叫ぶ余裕あるなあ。 だってお前さん、身体中が植物化してってんだぜ? 目玉は花で、筋肉の中は根っこが巡ってやがる。 生きてるのか死んでるのか微妙なラインだぜ? まぁいっか! それじゃ、あとは頼んだぜラヴェっち! 俺の計画通りに動いてくれよん〜」




 身体中に植物のツタを纏い、背から花を開かせ、四肢に結実するその姿は、まるで自然形成の花束の山だった。

 そんなラヴェンダーを背後に、ジョン・ドゥは奥へと進む。




「……ジョン」


「ん? どしたよシュレちゃん」


「……この前、あの人とはになれなかったって言ってなかった?」


「ん? あれ、そんなこと言ったっけ。 シュレちゃんの聞き間違えじゃねえかな? ははは」




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