『運命と真実』
無機質に樹立する円柱を何本も過ぎて、色白の少女を連れた名無しの男が、玉座の前に辿り着いた。
男は不敵に微笑み、片手を上げてクラスメイトのような挨拶をするが、『
「よう、EXE。 概ね計画通りだぜ、ラヴェンダーの奴が俺を殺しにきたこと以外はな。 どーしてあんなの許しちゃったんだよー、計画外のことはアンタが一番嫌ってるクセにさー!」
「
「でもさ、俺が不意を突かれて負けちゃう可能性もあったワケじゃん? シュレちゃんだって危なかったし」
「
「あーはいはい、俺が強くて助かったな! ま、あんなのに負けるくらいじゃあハナから上手くいってねえか」
そんで、と軽快に繋ぎ、
「最終確認だけどよ、約束は守ってくれんだよな?」
「無論だ」
その答えを聞いて嬉しくなったジョン・ドゥは、小躍りして少女の手を取る。
「よっしゃー! やっと俺の夢が叶うぜシュレちゃん! ここまで追っかけてくれてありがとな。 いよいよ計画の最終フェーズだぜ!」
「…………」
「……ああ、大丈夫。 俺も気付いてる。 居るんだろ、ヒーロー! コソコソしてないで主人公らしく出てきたらどうだぁ?」
柱の裏に隠れて話を盗み聞きしていた人影は、ギクリとした心を必死に落ち着かせながらゆっくりと顔を出した。
「……本当にいたんだ、ヒーロー」
「本当にって……、気付いてたんじゃねえのかよ?」
「いいや、全く? それっぽいコト言ったら本当に出てきて俺の方がビックリしてるくらい」
「お前なぁ!?」
「はっはっはっ、騙されやすいにゃー。 今のも嘘だって。 うちのシュレちゃんはハチャメチャに感が鋭くてさ。 それで教えてもらっただーけ。 にしてもここまで来んの早かったな? あのクレイジーピエロぶっ倒してここまで来たにしちゃあ早すぎる」
「……お前、全部分かってたのか? 全部分かってて、オレ達をここに連れてきたのか?」
「なにを被害者ぶってんだ、ヒーローは勝手に着いてきたんだろ」
「論点をズラすな! 口先で騙そうったってそうはいかねえぞ」
オレの問いかけに、どうしてかジョンは嬉しそうにしている。
それが憎たらしくて仕方がなくて、「どうなんだ」と追って怒鳴る。
「……ああ、全部分かっていたぜ。 お前らオカ研を騙して、『
「……なんだよ、シナリオって」
くすす、と我慢していた笑みをこぼしてジョンは語り始める。
「ヒーロー……、運命って信じてるか?」
「また突拍子のない話を始めたな?」
「いやいや、この問いこそ
運命。
深く考えたことはないが、それは何だろう。
奇跡的な出会いや、悲劇的な別れとか?
「きっとロマンチックなことを考えてるだろ? そういうのもあるが、実際はもっと残酷なものだ。 いいか、運命ってのは、人の身じゃあどう逆立ちしたって避けることの出来ない、必ず通過することが約束されている
「……人生が仕組まれて? 何が言いてえんだ?」
「じゃーもっと分かりやすく言っちゃおう……」
ジョン・ドゥはコホン、と仕切って、
「この世界で生きている全ての人間は、神様が書き遺した未完成のゲーム
「は……?」
「誰が、いつ、どこで生まれて、どこで死ぬ。 何に感動して、何を憎しむ。 施しと報い。 祈りと呪い。 喜怒哀楽の頂きと谷底。 そのスケールとタイミング、パラメータを設定する存在。 それが神様だ。 そいつが、エンディング手前のラスボス戦で執筆をやめた
ジョン・ドゥの話は、本当に突拍子もなくて滅茶苦茶に思えた。
が、いつもみたいに戯けているようには見えない。
「俺たちの人生は神様に仕組まれてる。 決められた道、定められた出来事、約束された事象、不可避の事故。 そういう定期的に訪れる神様の作為的事象。 それがカノンイベントだ。 俺もヒーローも、そこにいるEXEですら神の計画からは逃れられない。 カノンイベントは全員に個別で設定され、必ず訪れるようになってる。 この世界はそう出来ちまってんだ」
「……馬鹿なこと言うな。 そんな適当を言って、お前らがやってきた悪事を運命のせいだ神様のせいだなんて責任転嫁するつもりか?」
「フッ……。 そんなことのために作り話をしているとでも思っているのか? どうやら俺たちが何をしようとしてるのか、カケラも理解できてねえらしい」
「お前の狙い……。 確か、権能を世の中に広めるだのなんだのってやつか?」
「あー。 それは『
全ての人間が仮面の力を獲得した、その先の未来。
世界中が『
「一切合切がぐちゃぐちゃになっちまう程の
「意味わかんねえ。 お前はそんなことのために権能の戦争を起こそうとしてるってのか!? 適当言うのも大概にしろ!」
「まあ待てよ、ちゃんと最後まで聞けって。 今、物語の中盤まで謎を保ってきた悪役が、遂にその計画の全貌を順番立てて話し始めるっつー、かなーり大切なシーンだぜ。 長い
嬉々として語られようとしているそれが、どうせロクでもないことは分かりきっているというのに。
ジョン・ドゥは最高の発明を思いついたんだと云う様な、純粋さ満点の表情で語り続ける。
「さてさて、俺サマの真の狙いってのを教えてやる前に! そろそろ気になってきた頃じゃねえ? 俺の言ってる『主人公』ってのが何なのか。 ディオの言う主役みてえに、単に中心人物って意味じゃないんだせ? もっと特別な、もっとスゲーものだ。 これは神に仕組まれた
『主人公』。
他にもヒロイン、悪役、ライバル、怨敵、師匠、協力者、ボス、親友、バディ……、物語には色んなお約束ポジションがある。
この世界が神の描いた
「……ここまで話してまーだピンときてねえみたいだな? まあ、その鈍感さすらも『主人公』という称号で与えられた素養なのかもしれねえが……。 じゃあ分かりやすくスッパリザッパリ答えを示してやるよ。 どうして俺の計画に何の個性もねえ冴えねえ高校生のお前が巻き込まれてると思ってる? ……お前だよ。 この現実世界の『主人公』はお前なんだ。 俺の真の狙いは、お前から『主人公』の座を奪うことなんだよ」
「は……?」
「ここまでのお話の総まとめだぜヒーロー。 この世界は神様が描いた
ジョン・ドゥの話は1から100まで何もかも非現実的で、そんなワケないだろって何度もツッコめるような安いB級映画の真相みたいに飛び抜けていた。
が、どうしてだろう。オレはその話に、殆ど口出し出来なかった。心の中で変に納得がいってしまったのだ。
今思えば、本当におかしな人生だ。
記憶喪失で経過観察のために神無月家に引き取られ、過度にブラコンな仮の妹を持ち、『いつもの場所』なんて居場所まで持って、校外学習じゃ『
これのどこが、どこにでもいる普通の学生と言えるだろうか。しかし不思議なことに、オレはジョン・ドゥにそう問題提起されるまで少しも疑問視することはなかったんだ。
もし奴の言った通りに『主人公』なんてポジションが存在したとして、『主人公』に設定されたヤツには『主人公補正』がつくとして、それが自分だったとして。
そう仮定していくと……、自意識過剰とかそういうのではなく、窪みにすっぽりとピースがハマるようにしっくりきている自分がいることに驚いた。
……まるで、オレは心のどこかで既にそうであることを知っていたみたいに。
「ヒーローも自分ん中で思い当たるフシがあるみてえだな?」
「……見透かしてるふうに言うんじゃねえ! お前の話はどれもリアルじゃねえんだよ。 適当だ! 何を根拠にそんなことを言えるってんだ!」
「
ジョン・ドゥがノールックで後ろに親指を向けた先にいるのは、玉座に座り静観を保っていたEXEだった。
「……我が『鍵』の権能。 其の
「信じられるか! そんなのお前が好き勝手言えるじゃねえか!」
「然し、それが事実だ」
「ならその
「其れは叶わぬ。
「はぁ? 始めっからそんなのいなかっただけじゃねえのかよ?」
「事実を疑う者は、どの時代も文脈を読み解く努めを省く者ばかりだ。 此の世界の創造主たる神は既に逝去し、未完の
「……お前らの言い分じゃあ、人はみんな
「
ゲームはプログラムで動いている。
なら、書き込まれたプログラムが途中で途切れたらどうなるか。ゲームを遊んだことのある者なら容易に想像がつくだろう。
エラーを吐き、ゲームはクラッシュする。画面はバグって、ボタン操作を受け付けず、タイトルにすら戻れない。電源ケーブルが引き抜かれるか、リセットボタンが押されるまで戻ることはない。
ゲームオーバーにすら届かぬ、無慈悲なシャットダウン。
「どうだヒーロー、少しは事の重大さが分かってきたかぁ? ここまで分かったら総仕上げだ。 俺とEXEがお前をこんなところまで招き入れてまでやろうとしてること。 そいつぁ……、
「終わりの、その続きを……?」
「ああ。 このままじゃあ終わっちまう世界を、俺たちの手で延長させるんだ。 未完成の
『代筆者』。
その言葉を以前にも聞いたことがあった。
あれは、そう。夢の中の、白黒の世界で。
""我々
この世界に設定されし
神の遺作により
次なる『代筆者』の座を簒奪することで、
自由未来を解放せんとする
人類史における原罪の経脈。
全世紀からの大罪の偉人の集合である""
『主人公』。
『代筆者』。
神の遺作。
定められた路線、仕組まれた運命。
夢の中の男の話と、目の前の仮面持ちが打ち明けた話がリンクする。
これだけの単語が偶然重なるとは思えない。
信憑性が生まれ、ジョン・ドゥとEXEの語る世界の終わりとやらが現実味を帯びる。
「未完の
「……待て! その言い方じゃあまさか……、
「書き換える? 違うな、元からそこには何もなかったんだ。 だから書き換えるのではなくて書き足すんだよ」
「同じだ! お前らみたいに人の命を奪うことも躊躇わないエゴイストが、自由に人の未来を書き換える力を持ってみろ……! 自分勝手に人の未来を捻じ曲げてグチャグチャにしちまう。 そんなの、世界の終わりと同じくらい終わってるじゃねえか!!」
「えー、酷いぜヒーロー。 俺がそんなことするような奴に見えるのか?」
「それが自分の願いを叶えるために権能の戦争ををファイナルプランにするような奴の発言か?」
「ははは! 確かに! こりゃあ一本取られた」
「ふざけんな……!」
人の運命を決定し、展開進行表としての役割を持つ
危険だ、危険すぎる。
いや、危険なんてもんじゃねえ。
そんなのは最悪中の最悪じゃあねえか!
「まあ実際に『代筆者』になんのは俺じゃねえ。 EXEのことを次の神様っつったのはそういう意味だ。 俺は今日ここまでの準備を手伝って、次の『主人公』にしてもらう約束をしただけさ」
「…………止めてやる」
「えー? 何? 何だって? 聞こえなかったわ。 すまねーがもういっかい――――、」
「止めてやるっつってんだよ、そのエゴたらしい計画を!!」
具体的な策や勝算があるワケではない。
だが……、こいつらの好き勝手を許すワケにはいかない。
「くっ、はははははは!! 止める? 俺たちを? そりゃあ素晴らしく『主人公』っぽい発言だな。 意識しちゃって格好つけてんのか?」
「そんなんじゃねえよ。 お前らが言ってることが全部本当だったとして、確かにそりゃあ世界を救うかもしれない。 だがな! 仮面を使ってテロを起こすようなお前らに、未来を自由に変更できる立場を明け渡すワケにはいかねえ!」
「ははは……、そうかよ。 だがなぁ、もう俺達は止めらんねえよ。 実は
「……………………」
ジョン・ドゥは先程、神様がエンディング手前で執筆停止したゲーム
なら、その
「どうせ破壊の権能で
「そんな……!」
「おっーと、悪いがもう時間みたいだ。 グランドフィナーレ、ラスボス戦を始めてもらおうか?」
ゾリ、ゾリ、と。
後方からの何かを引き摺る音に振り返ると、そこには見知った人物の、見知らぬ姿があった。
眼球から大きな花を咲かせた紳士服の男が、登山用のロープみたいな植物ツタの束を何本も引き摺って、こちらへゾンビみたいに向かってくる。
すっかり姿は変わってしまったが、それが誰なのかくらいはすぐに分かる。
「……あいつ、ラヴェンダー……、なのか?」
「ああそうさ。 いいか、ヒーロー。 この世界の
舞台を整えた、というジョン・ドゥの発言に、オレがここまでの色んな出来事もアイツに操作されてきたのだと察した。
『主人公補正』だけじゃない。ジョン・ドゥはEXEから未来の
オレが日継高校に転入になったのだって、きっとそうだ。ディオの占拠事件を受けて学校が閉鎖となったことで、生徒たちはバラバラに付近の高校へ一時転入させられたはずだった。
しかし、オレは今度も野崎と同じクラスに。それどころか、『
野崎は監視役としての役目を果たすために自分をオレの近くに置くよう権力を使ったと言っていたが……、恐らく実際は違う。
こいつらは少しでも早く
死んだ
「『主人公』、選ばれし存在、光の戦士、勇者、ヒーロー! 悪いが交代してもらうぜ
植物に乗っ取られたゾンビ人間みたいなラヴェンダーの手には、血で刃が錆びた仕込み杖。
小さな花々が絡まるその刃先を、花束を手向けるように、ゆらりとオレに向けて。
そして、叫び上げる。
「キラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ」
極悪憎悪の花束と化したラヴェンダーの眼が、
見たこともない程に鮮やかに、朱に煌めく。
「さあバトルスタートだぜヒーロー! 準備はいいか? 答えがどうだろうと始めさせてもらうぜ。
「クソ、やるしかねぇのか……!?」
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