『骨肉と皮肉』
自身が主役の位置に座すことに固執する仮面持ち、ディオ。
学校を占拠し、大騒ぎを起こしたテロリストのアイツが……、オレを守るためにピュシスに立ち向かおうとしている。
「死ねよ、オッサンっ!!」
鎧が走る。
鎧が跳ぶ。
ガシャンガシャンと大きな機械音を響かせながら、超人的な身体能力で投げナイフを回避していくディオ。
「当たらないッ! この我にはッ!!」
「死に損ないがうるさいなぁ!?」
腰のホルスターから取り出したのは、黄色いニコちゃんマーク付きのネイルガン。
ドライヤーみたいな形のそれを走り回りながら連射するピュシスの動きは、明らかにディオの機動力に追いついてはいなかった。
「組織の命令も聞けない暴れ馬がっ」
「暴れ馬、大変結構ッ! 我には予想不能な役こそが相応しいのでなッッ!!」
「ちょこまかと……! ならこいつはどうする!?」
ピュシスのネイルガンがオレに向けられる。
息をつく間も許さず、そのまま引き金が引かれる。
「
飛び込んできた鎧が、自らの身を盾に釘を受け止めていく。
「改造されたネイルガンッ! なんとも弱小なりッ! その程度の威力では数メートル飛ばすのが限界だろう。 鎧にかすり傷を与えただけでも入賞モノの働きと言える!!」
「ははは、お馬鹿さんだなぁ三文役者」
ピュシスの眼が煌めき、権能が執行される。
「奥の手を出すのだな? 良いぞ、良い展開だ! このままでは盛り上がりに欠けると思っていたところさ。 さあ、君の
ディオの胸部装甲が、弾け飛んだ。
そこは確かに、先程ネイルガンでかすり傷を与えられていた箇所だった。
「なッ、これは……ッ!?」
「『
ディオが鎧で受けた釘は一発だけではなかった。
直後、装甲が次々と吹き飛び、それに伴って身体がノックバックされ宙に浮き上がる。
「衝撃で声も出せないのかなぁ!? 僕の権能は、与えた傷を何十にも倍増させる能力。 だからかすり傷で良かったんだよ。 かすり傷だけで、お前の言ってた通り充分な入傷モノになるのだからね! ……まあそんなことしなくても、お前は既に
笑えないジョークが指し示すのは、鎧が剥げて露出したディオの胸部。老いてぐちゃぐちゃになった皮膚に穴があき、ドクリドクリと拍動する筋肉の塊が覗いている。
「もうお前の身体、ボロボロじゃんね? 骨が浮き出てて、心臓が見えちゃってる。 前職で遺体なんか
「ああ……ッ! 我の代償は老化。 権能を使うほど、この身は衰え、腐る。 しかしッ、それは死ではないッ! 老化してもなお生かされる苦しみ。 それこそが我が代償の真価だッ! 骨が溶けようと、肉が腐ろうと、脳が凍ろうとッッ!! この英雄の卵たる『心』が折れん限りは我は死なんッッ!!」
「声が大きいだけの熱血馬鹿め。 『心』が折れない限り死なない? 試してあげるよ。 『心』以外の全部を殺したらどうなるのかさァ!!」
再びネイルガンを構えるピュシスに対して、ディオは床を蹴って素早く距離をつめる。
「はっやッ」
「正義の鉄槌を受け止めろ、殺人道化師ッッ!!」
ネイルガンを構える腕とクロスカウンターを組むように、文字通りの鉄拳がピュシスの顎をとらえる。
ディオの超人的な
「道化よッ! お前が外で何をしてきたか見たぞッ! 何の罪もない人々を殺し、弄び、
「ばかが……! きもちのわるい、馬鹿きもいオッサンが僕を語るなよなあ!!」
転がった先のコンクリート柱。
その根元に置かれていたジェラルミンケース。
ピュシスはケースの側面の穴に両手を突っ込み、内側から二つに割った。
はじめから壊れるように造られていたのか、ケースのフレームが綺麗に砕け散る。
両の手に残っていたのは、コンパクトに折りたたまれた銃火器だった。
ピュシスのワンボタンでストックとバレルが伸び、そのままディオに向けて暴射される。
「はははははは! 逃げろ逃げろコスプレジジイ! 一発でも鎧の隙間に当たったら四肢が吹っ飛んじゃうよお!?」
「笑止ッッ!! この程度、造作もないッッ!!」
超人的な身体能力で柱を蹴り、隣の柱の陰まで飛び入る。
爆音を奏でる二丁が狙い先を追従するがあまりの素早さに追い付かず、柱が穴だらけになっていくだけで肝心のディオには一発も当たらない。
「『
与えたダメージを倍増させる権能。
その対象は人間相手だけではなく、無機物にも適用される。
柱にあいた小さな穴が突如として大きく裂け、そのヒビが天井まで伝線し、破裂する。
巨大な柱がディオの上に降り落ちる。回避は間に合わず、その鎧で瓦礫を受け止めてしまう。
「さっきの爆発で柱が折れたのも、あいつの権能だったのか……!」
「ウオオオオオオオオオッッッッ!!」
流石は超人ディオ。
瓦礫の重圧を物ともせず、身体ひとつで跳ね除ける。
「この程度でッ! 我は潰せんッ!!」
「それならコレはどぉだぁ!?」
瓦礫の下敷きにされたディオに注目しているうちにピュシスが担いできたのは、陽気なカラーリングで飾り付けられた単発式のロケットランチャー。
日本で生きていれば映画くらいでしか見ることのないそれが、
「ドッカァーン!」
派手な爆煙と、火の尻尾を伸ばす弾頭。
ディオに向けて真っ直ぐに飛んでいく。
「くッ、脚が……ッ!!」
「ディオっ!!」
ディオの様子のおかしいことに気が付くと、次の瞬間には身体が動いていた。
全体重をかけて飛びかかり、鎧の冷たさを肌で感じながら二人して床に倒れる。
ロケットがディオの立っていた位置を通り過ぎていく。そして、そのまま直進した先で大爆発を引き起こした。
数十メートルの距離からでも感じられる熱と衝撃に、恐怖心が揺れる。
「間一髪だったぞッッ!!
「なんで避けなかった!? 死んでたぞお前!!」
「避けなかったのではないッ! 避けられなかったのだッ! ……見て分かる通り、我の身体は老い、朽ちる一途にあるッ! この鎧は老化の代償を抑え、人体の活動限界を超越しても尚、強制的に身体を動かす
「なんだよそれ!? 痛くねえのか? つか、そんなことまでして……、お前、何がしたいんだよ……?」
「知っているだろう、我は一貫して同じ願いを掲げ続けているッ! 我は主役になりたいのだッッ!! それだけなのだッ! そのためには、辛苦を味わい続けなければならんのだッッ!!」
ディオの力強くも弱々しい腕が、オレを押しのける。
どこからか追加の投げナイフを拾ってきたピュシスが、ニタニタ笑いながらこちらに近付いてくる。
「おーいおーい、なーんだよお前ら。 敵同士じゃなかった〜? 二対一って、それが英雄のやることか〜!? この
「フン! 我に救いを求める声が聞こえた、たったそれだけのことだッ!!」
立ち上がるディオは既にフラフラで、露出した心臓の鼓動も早まり、うまく身体に力が入らなくなっているみたいだった。
「なんだぁ、もうグロッキーじゃん? 僕の相性とじゃ相性悪いから勝ち目薄いって思ってたけど、こりゃあ勝機出てきたなぁ??」
「ほう、聞かせてみろッ! どんな箱書きだ? 端役の道化が演技で主役を殺す? 『ダークナイト(2008)』のジョーカー、『ブラックレイン(1989)』の佐藤! そんなことが出来るのは、たったの一握りだということを教えてやろうッ!」
ディオが座り込んで腕部のスイッチを操作すると、足裏と背中からジェット噴射が始まった。
それは衛星の打ち上げみたいに、高熱を吐き出しながら発射に足りうる火力の放射に到達するまで準備運転をしているようだった。
「貴様は、多くの人の命を奪ったッ!! 貴様は、多くの人の未来を奪ったッ!! これが、許せるものかッッ!!」
「ハッ!! お前こそ何の罪もない学生を人質に立てこもりして、悪役をやらせた奴を殺そうとしてたくせに! 自分のことは棚上げですかぁ!?」
「ああそうだともッッ!! 我は棚に上げられるべき、いいやッ、壇に上げられるべき存在だからなッッ!! 下賎な道化と同じ階級で語られてはならないッ! 主役と端役で共通して与えられるものは、現場に運ばれるロケ弁くらいなものだと知れッッ!! 身の程知らずの悪党めッッ!!」
「チィッ、本当に話になんないなお前はさぁ!!」
ピュシスがナイフを振りかぶり投げつけた次の瞬間、勝負は一瞬で決した。
ディオはジェット噴射の急加速を利用し、超速で射出されるみたいに突進した。
ただし、その進行先はピュシスではなく、最寄りの円柱。ディオは柱の中腹に張り付き、そのまま三角飛びを決めて宙を舞う。
そして、機械の鎧の重みが乗ったジェット噴射加速付きのライダーキックでピュシスに激突した。
芸術点の高いウルトラC級の一撃が、道化に突き刺さる。
「ゥ、ば」
声にならない呻きを残し、ピュシスの身体が大きく吹き飛ぶ。そのまま硬いコンクリート壁に突き刺さり、衝撃で割れ落ちた瓦礫の下敷きとなった。
無論、ディオも無傷ではない。
高い位置から加速落下した衝撃を殺すため床をゴロゴロと転がり続けるも、途中で勢いを抑えきれず頭を打ち、一瞬だが首があらぬ方向に曲がって鎧の破片が散乱してしまう。
黄金の仮面ごと、連結するように設計されていたらしいヘルメットが割れて外れる。
「……お、お前! その顔……!」
オレの見た、鎧に隠されていたディオの真の姿。
それは、ホッチキスや絆創膏なんかで強引にくっつけられた口端と顎。皮膚がめくれ、骨の突き出した左腕。以前より全身の老化が進んだ、痛々しい姿だった。
以前よりずっと紅く煌めく眼が生き生きとしていて、まるでセルフ皮肉めいてるみたいで笑えなかった。
「やっぱ分かんねえよ、オレには! そんなになってまでお前が戦う理由が! 主役に固執するワケがさ!!」
「……それは、君がヒーローだからだ。 ヒーローに、ヒーローでない者の気持ちは、分かるまいッ……」
「オレはヒーローなんかじゃねえ! お前は勇敢で、自分の願いに一直線だ。 それだけは評価できる。 でもさ、間違ってるだろ! そんなの! もうボロボロじゃねえか!!」
「……フッ」
ディオは穴だらけのマントに包まれたまま、肘を立ててなんとか起き上がろうとする。
それがタフだけど、本当に痛ましくて。
今にも骨が折れて二度と起き上がらなくなっまうんじゃないかと、唾を飲み込むことも忘れて心配してしまう。
「……およそ正しくなかったとしても、よいのだ。 我は、我を信じ、我に救いを求める者を救い果たす、仮面のヒーローなのだッ! 我は主役の座に座ることばかりに固執していた。 しかし、あの日……、君に教えられたよ。 我は英雄になるための下積み時代が足りなかったのだと。 十年近く山に籠っていただけでは、英雄譚には届かない! 主役になるためには、英雄にならなければ。 英雄になるためには、ヒーローにならなければ。 ヒーローになるためには、誰かを救わなければ。 誰かを救うためには、身を
「ディオ……」
「……さて、君よ。 我は、君を救った。 人を救い、ヒーローとなった。 次は、次こそは、英雄となる時が来た。 しかし、だからこそ、君に言わなくてはならない。 君と、拳を交えなければならない。 いいか、ヒーローは二人もいらないッッ!! 今度こそ、どちらが英雄候補に相応しいか、決めようじゃあないかッッ!!」
これは、幼児のお遊戯会ではない。
皆が主役、なんて生易しい嘘は必要ない。
鬼を狩る桃より産まれし勇者がいれば、森の木々役や小道具を支える黒子だっている。その事実は、観客に隠匿することはできない。
ディオは、ボロボロのまま拳を握る。
主役は、主人公は、
一人だからこそ輝いて見えるものだから。
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