『破壊と道化』




「こちらが、事件現場のビルに残されていた監視カメラ記録です」


「……『特務課やつら』のEMP攻撃の生き残りか」


「はい。 恐らく建物の構造上の問題と、この区画で頻発していたというシステムの動作不良から偶然シャットダウンを間逃れたものかと思われます。 映っている映像は事件が起きた執務フロア

と同じ階層ですが、実行犯の姿は確認できません」


何だとWHAT? 映っていないのか?」


「はい。 ですが……、よく聞いてください」




 真っ暗闇だけが録画されている映像を見ながら、7thは視界の端で音量調節インターフェースを操作し、耳を澄ます。

 すると、プリンターが印刷を続けるみたいに断続した小さな雑音が記録されていることに気がついた。




「……聞こえましたか? これが、約二時間に渡って記録されています」


「画面の外側で起きている何かの音を拾っているのか。 何の音だ? 被害者ガイシャが拷問されているのか?」


「いえ……、それが…………」


「はっきり言え」


「……ノイズを可能な限り取り除き、音量を変えたものを用意しました。 こちらです」




 捜査員がPCを操作し、加工済みと名付けられたフォルダに入れられていた音声ファイルを再生する。

 先程の録画映像とは違い、黒画面に白い横線が一本。歩行音が流れるに伴って、その線が上下に広がる。


 それが音の波形を示すものと分かった次の瞬間、聞こえてきたのはだった。




これはWHAT THE……」


「……波形から、記録されている二時間の音声は同一人物のものと断定されました。 また、スピーカーなどの電子機器から流されているものではない、肉声であるということも」


「つまり、実行犯は殺害後も現場に残り続け、笑い続けていたと?」


「信じられませんが、そうとしか……」


「……異常者マルセーめ」




 笑い声で上下に拡がる波形。

 各個で個体差はあるが、どれも魚の骨フィッシュボーンのような形状でほぼ等間隔に並び続ける。




「追跡中の連続猟奇殺人犯をフィッシュボーンと呼称する。 他の現場も洗い直し、証拠になるものを意地でも見つけろ。 こんな怪物を野放しにし続けるわけにはいかん」




 卓上のタブレットには、フィッシュボーンによる連続事件の被害者たちの遺体が映し出されている。

 どれも、が見られ、現場は真っ赤な血の海と化している。


 工事現場から借りてきた重機でも使わない限り、こんな乱暴なことはできない。しかし現場はビルの上階や、一般住宅、商店街の裏路地など、どれも狭く人目のつきやすいエリアばかり。

 そんな場所まで重い荷物を担いで目立つ真似をする殺人鬼はいない。


 そう判断し、被害者を引き裂いた馬鹿力の正体はと7thは仮定して捜査を進めていた。




「……何が目的だ、『少数派ルサンチマン』」






―――――――――――――――――――――






「どーこまで逃げるつもりだ〜? 神無月煌ァア!!」




 チェーンソーの音が鳴り響くコンクリート空間を逃げ回り、ハードル走なら即失格を言い渡されても仕方のない量のバリケードを倒し、奥へ奥へと道の続いていそうな方向へ走り続ける。


 数分に渡る逃走の末、息のあがった煌が辿り着いたのは、金属製のシャッターにより通過を阻まれた行き止まりだった。

 見渡す限りは、他に非常通路のような横道もない。




「自由に逃げてたつもりかなぁ? 全っ然っ、ダメ。 君はここに追い込まれたんだよ」


「……くそっ!」




 右手でシャッターに触れ、破壊を願う。


 叶う。


 金属はバラバラに砕け、音を立てて崩れ、奥へ続く道となる。

 道の先は、広大なコンクリート空間。上下左右、どこを見たって広く、遠く、長く、等間隔に樹立する円柱もあって、まるで現代の地下神殿みたいな光景が広がっている。




「そっち行っちゃっていいのンー? トラップだらけだからやめときなよー。 それよか、ちょっと戻って左折した方が簡単に死ねて楽だってー!」


「知るか!」




 忠告を無視して、地下神殿のエリアに飛び込む。敵の口車に乗せられることのないように、とにかく逃げ続けるために、即決即断で移動し続ける。


 それに、相手は重装だ。

 ピエロ衣装の上から銃を差したホルスターやシマシマ柄のハンマーを携え、両手にはチェンソー。

 ここが奴らのアジトで土地勘があるとはいえ、あの装備で逃げ回る相手に追いつくなんてことは、オリンピック選手や軍のレンジャー部隊でも難しいはずだ。


 と、考察していた矢先に。




「つぅかまえぇた!!」




 どこからショートカットしてきたのか、煌が横切るコンクリートの円柱の裏から、血濡れのピエロが飛び出した。


 意表を突かれ、身をひるがえすことすらできない煌の最終手段。

 それは幾多の窮地を乗り越えてきた切り札、破壊の権能を使い、チェーンソーが胸に直撃するその瞬間に願いを込めることだった。


 その結果は成功。

 被害はパーカーに穴をあけられた程度に収まり、高速回転するチェーンが弾き飛んだ。




「報告書通りの能力だなあ? 直接的に接触した対象に破壊を強行する、一方的な破壊の権能。 他人が積み上げてきた努力の結晶も、溜め込んできた知識や経験の礎も、お前さんの一存でぶっ壊しちゃえるなんてさ。 僕が知っている限りじゃ、一位二位を争えるくらいには最高に独善的エゴい力だよぉ」


「お前らと、一緒にすんなっ!」




 すかさずピエロから距離をとる。

 ピエロメイクで覆い隠されてはいるものの、ナチュラルな金髪に、美しさを感じられる青い目、その童顔に、そこまで大きくは歳が離れていない印象を受ける。




「僕の名前はピュシス。 『少数派ルサンチマン』、EXE様の忠犬。 死臭を纏う道化さ」


「そのふざけた化粧メイクがお前の仮面なのか?」


「ぴんぽーん。 最初はちゃんと質量のある仮面だったんだけど、ずっと付けてたら皮膚にひっついて浸透しちゃったんだ! はははは、でもすぐ馴染んだよ」




 こっちも聞きたいんだけど、とピュシスはチェーンソーをグルグル回しながら、




「神無月煌。 お前の仮面はどこにある? 仮面なしで権能を扱えるなんてのは、他に例を見ない。 好奇心がくすぐられちゃうな? 僕も前身は研究者だったんでねえ」


「……オレだって知りてえよ。 分かっても、お前らには教えねえと思うけどな!」


「ひどいナ……、僕はこんなにも純粋な気持ちで質問しているというのに。 ケチんぼめ。 しかし惜しいね、仮面持ちにとって、仮面とは露出した弱点でもあり、同時に権能執行の許可証ライセンスでもある。 そいつを持たないってことはぁ、本来の出力限界まで能力の際限を引き出すことができていないということ……。 もし仮面があったら、僕に太刀打ちできる余地もあったかもしれないのにねー?」


「仮面なんて、いらねえよ。 オレはお前らみたいなのとは違うんだ! 何もかも勝手で、利己的で、他人を巻き込んで……! そんな奴らと同じになんてなりたくねえ」


「ハイハイ、どうせそう言うと思っていたよんっ!」




 血濡れのピエロはチェーンソーのコードを引っ張り、エンジンを唸らせて引きずる。コンクリート床を削りながら、火花と共に突撃する。

 先程とは違い今度の攻撃には距離があるため、煌には回避を判断し、自由に足を運ぶ余裕があった。ピュシスとの距離を目測で測り、チェーンソーを突き出した猪突猛進を避けて近くの円柱の裏へ隠れる。

 



「馬鹿だなぁあ神無月煌あ! ここはお前の敵の本拠地だってことを忘れたかぁ!?」


「何を――――、」




 その言の葉の裏側を察する前に、足首に確かな感触を感じて振り向く。

 柱から柱までの間に、ピンと張られた細い一糸。その先に、柱に四角の穴。その中に、




「クーイズ! 箱の中身は何でしょう!?」




 糸に足が引っかかったことで電源が起動したのか、クランクが自動で回り始める。中から聞こえるネジが巻かれる音に危機感を感じた煌が飛び退いた、その直後。

 箱が勢いよく開き、中からスプリング付きの人形が飛び出し、そして火を吹いて爆裂した。


 箱の正体は爆弾だった。

 そこまで大きな爆発ではなかったはずだが、事前に細工が施されていたのか、円柱は派手に折れて煌の頭上に倒れかかる。


 身の危険を前に、腕を突き上げて破壊を願う。

 煌の手に触れた柱は一瞬の衝撃だけを残して左右に派手に砕け散る。




「あっぶねぇな!!」


「まだだまだだよ神無月煌ぁ!」




 振り向いた先、後方のピュシスがその手に握っていたものは、やけに派手な装飾のラッピングされた銃だった。

 ライフルやショットガンの様に見えるが、下部に水鉄砲のようなタンクが取り付けられているのを見るに、それが普通の銃器ではないことは明白だった。




「お前の調査書を見た時から気になってたんだよね〜。 触れた対象を破壊する権能。 銃弾や壁、コンクリートの柱くらいならお手の物。 でもさ、ならどうだぁ!? 足掻あがいてみせてよ、破壊の主人公! 神無月ぃ煌ぁあ!」


「どうして、どいつもこいつもオレをヒーローだの何だのって変な名前で呼びやがるんだ……!」




 ピュシスの持つ得物えものの先から放たれたのは、宣言通り火炎だった。あのタンクは燃料タンクで、本体は火炎放射器。戦う前から背負っていたようには見えなかったことから、この広い地下神殿エリアに隠しておいたものだろう。

 そして先程のびっくり箱の爆弾も、事前に用意されていたトラップ。全ては、ピュシスの計画通りに進行していた。




「瓦礫が、道を……!」




 砕けた巨大な円柱。その瓦礫が、煌の左右を挟み移動を打ち止めていた。

 逃げることができるのは、火炎放射の射程が伸びる前後の直線のみ。




「僕は人間行動心理学の元プロだからねぇ、お前のやること全部お見通しってワケ!! ぁ!」




 破壊を使って瓦礫を更に砕けば道が開けただろうが、判断が遅れてしまった。

 放たれた火炎が、もうすぐそこまで迫ってきている。




「くっそ……!!」




 やるしかない、と。

 腕を突き出し、その手で火炎を受け止める姿勢をとる。


 煌は過去に、マリアによって送り込まれた異世界でドラゴンの炎の息吹ブレスを破壊したことがあった。

 あれと同じことを、この現実で、この土壇場で引き起こすことができるのか。なんて、思考を足踏みさせる猶予すらなく。


 ただ、手を伸ばして、破壊を、望む。




「うおおおおおぁああああぁあ!!」




 破壊は起きる。

 しかし、炎は絶え間なく向かってくる。


 確かな熱と、風船を掴むような感触。

 それを壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、火が寄り付かないように砕き続ける。




「へーぇ、お前……。 火まで壊せるんだなぁ?」




 そう思ったのならもう火炎放射を止めてくれたらいいのに、ピュシスは引き金を引き続ける。


 オレの破壊には、恐らく限度がある。

 このままスタミナを削られていけば、破壊が追いつかなくなったり効力が弱まるなんてことも考えられる。

 試したことがないから実際は分からないが、その可能性がある以上は逸早いちはやく火炎の射線から離れるに越したことはない。


 だが、左右は瓦礫。前は炎。

 逃げる先は後方しかない。

 破壊を続けながら、ゆっくりと後ずさる。


 そして、火炎が大きく壊れた瞬間を見逃さず、横の瓦礫の山に飛び込んだ。




「い゙ッ」




 勢いよく転がり、ゴツゴツと尖ったコンクリートの欠片で身体を打つ。そのまま向こうまで抜けて、なんとか火炎の脅威から逃れることに成功した。




「……こんなのじゃー殺せないね。 正直お前のことナメてたよ、神無月煌」




 まだタンクには燃料が残っているだろうに、ピュシスは火炎放射器を投げて捨てる。

 そして数歩ほど歩いて、近くの柱にガムテープで貼り付けられた何かを引き剥がした。


 扇みたいにピュシスの両手で広げられた数枚のそれは、すらない薄く鋭利な刃物だった。




「アッツかったのによく我慢できたね? すごいすごーい。 でも本番はこれからじゃんね? 次は僕の得意技を披露するよ。 百発百中、必ず人体に当てられるナイフ投げ! サーカスなら一発退場、事故確定の最悪の芸当だよん」


「てめぇ……、やりたい放題、やりやがって……!」




 既に身体はボロボロだ。

 息があがって、手足が悲鳴を上げている。

 立ち上がって臨戦態勢を取ることすら一苦労の状態で、拳を強く握る。




「おぉ〜! 怖いなあ! そんな睨むなよ、今すぐ殺したくなっちゃうじゃん。 このままワンサイドゲームで終わっちゃつまんないよ」




 脚が、震える。

 ピュシスに集中ができねえ。




「それとも、もう僕には勝てないって諦めちゃったかな? 怖気付いて、立ち上がることもできないのかにゃー??」




 違う、そんなんじゃねえ。

 オレは今、




「……ピュシスっつったか、お前。 オレ達がここに来るのを予期して、報告書なんてもんまで用意して準備してたんなら……、知ってるだろ? オレの力は、使いすぎると暴走しちまう。 制御できねえんだ……」




 何十回も続けて火炎を破壊した影響で、既にかなり酷い頭痛と高揚感に脳が襲われている。視界がデジタルカメラのピント合わせみたいに揺らいで定まらない。

 それが暴走の前兆だということは、どこの誰よりも煌自身が理解していた。




「うんー、知ってるよん。 僕の前身、の権能でラヴェンダーの遺体から情報を引っこ抜いた時に、お前がどんな奴か調査済みだからね」


「ラヴェンダーの、遺体……? 待て、ラヴェンダーは……、死んじまってるのか!? オレには暴走してるうちの記憶がほとんどねえ。 けど……、あいつを殺しちまうなんて――――、」


「安心しな、殺したのはお前じゃないよ。 とゆーかさ! そんなのどーーでもいいよ。 僕は見たいんだ、その暴走ってヤツ!!」




 煽るピュシスから、回転するナイフが投げられる。

 一直線に飛んできたそれを、半ば条件反射の要領で撃ち落とすように破壊してしまう。


 脅威から身を守ることは出来た。

 が、それ故に頭痛は拍車をかける。




「言ったでしょ、百発百中だって! どうせお前のことだから、暴走したら僕を殺しちゃうかもとか、お仲間に迷惑がかかるとか下らないこと考えてんでしょ〜? つまんないつまんない! 少しくらい本能的に生きようや神無月煌ぁ! お前の自然体を見してよおぉ!」


「勝手なことばっか……、言いやがって……!」




 破壊の影響でアドレナリンが回り身体の痛みが和らぎはじめたものの、それでも圧倒的な不利状況には変わりがない。

 こんな状況をひっくり返せるのは……、それこそ、ラヴェンダーを倒したと思われる、野崎たちに二度とああはなるなと念を押された暴走の力しかないかもしれない。


 が、そりゃあナシだろ。

 オカ研の奴らに止められたのに勝手に付いてきて、勝手に約束まで破って、暴走してまた迷惑かけたら……、オレはどんな顔すりゃいいのか分からない。


 それに、相手は狂人だ。

 狂ったもん勝ち競争なら、きっと先輩のピュシスに軍配が上がる。こちらまで狂人になってはいけない。狂えば、あいつと同じだ。同じにはならない。なりたくない。暴走を避け、クールに勝つんだ。

 




「わかるよ、神無月煌! 何を考えてるかハッキリそっくり全部わかる。 そして、お前自身も分かってるはずだよ、それじゃあ僕は倒せないって!! うーん、じゃあそうだなぁ、戦う理由をあげるよ。 暴走することを受け入れてでも、今ここで僕を倒さなくちゃあいけないって覚悟したくなるほどのエピソードトークを!」




 ピュシスはナイフの穴に指を入れてクルクルと回しながら告白する。





「最近、ニュースなんかで話題になってる連続殺人事件。 あれの犯人、僕だよ。 僕が犯人。 老若男女問わず、街の電話帳やら地図で指差ししたところを適当に襲って回ってる」


「――――は?」


「EXE様の司令なんだ。 ってね〜。 僕はこの仮面を手に入れる前から、ずっと『少数派ルサンチマン』を追っていた。 それが仕事だった。 でもさ、事件の痕跡を追えば追うほど、僕の『心』が彼等に惹かれていくのを確かに感じていたんだ。 ……現代社会は、ゴミだよお。 学生の頃には個性なき平たい人間になるような教えを説いておきながら、いざ社会人になった瞬間に個性や専門能力、人間強度、突出した技能を求められる。 そこでうまくハネても、社会の歯車になってからは毎日が椅子取りゲーム。 慢性的な疲弊。 進歩の停滞した人類による、堕落の行進。 明日を生きるためではなく、今日を生き延びるために感情を殺す。 間違ってるなー、間違ってるよなー。 なんて思いながら通勤の電車に乗る。 自分だけはあの草臥くたびれたサラリーマンみたいに、死んだ目で吊革を握る人生にはならないぞ、なんて思っていたあの日の自分がそこにいる。 自分を睨んでる。 いつも発狂と背中合わせだった。 でも耐えた。 それが大人だから。 真面目な、大人。 真面目な、社会人。 真面目な、人間。 そうあり続けるために耐え続けた。 いつでも何かキッカケがあれば吹っ切れることができた。 でも僕は正しい人間だから、真面目な方が損をすると分かってても真っ当であり続けた。 キリキリと脳裏で発芽する衝動を必死に抑えてね。 そこで、EXE様に出会った。 力を貰った! そして、キッカケをくれたよ!! 人間からヒトに変わる覚悟をくれた!! ぜぇんぶひっくり返してぶっ壊して、これまで積み上げてきた功績も実績も成績もブッ捨てる勇気をくれたんだ!! こうなりゃもう暴れにゃ損だろぉ!? お前だって考えたことないか? 学校の集会とか、真剣な会議の場で、前に立っている偉い人の後頭部をぶん殴ったらどうなっちゃんだろとか!! 静かな試験会場で急に叫んだらどうなるんだろって!! それ全部やれちゃうんだぜ、今の僕はぁ!! どれだけ気持ちいいと思う? 想像つかないでしょうねぇえ!?」


「……それで人殺しかよ、狂ってやがる」


「ははははははは!! でもさ、殺しに理由がなかったわけじゃーないんだよ!? 最初はさ、チェーンソーで人間を斬ったらマジックの切断ショーみたいにちゃんと真っ二つになるのかどうかが気になって試してみたかったんだ!! そっからも殺し続けてるのは、ABC殺人事件や切り裂きジャック事件、ゾディアック事件の犯人はどうして連続殺人をしたんだろうって気になっちゃって。 試してみてるんだ! はは! ちゃんと愉快犯のシリアルキラーっぽくするために、んだ。 僕が殺ったよーって証拠の証ね! 絵描きがサインを残すみたいにっ!」




 シリアルキラーっぽく、じゃねえだろ。そのまんまだ、こいつは。

 オレがこれまで出会ってきた中で、間違いなくどんな仮面持ちよりもイカれた狂人、猟奇殺人犯だ。




「フー、喋りすぎちゃったな。 僕が言いたいこと、分かったかにゃ? ここで僕を殺しとかないと、ってコトだよ〜」


「…………っ!!」




 気持ちが悪い。

 吐き気を催すレベルの邪悪。


 こいつは、ここで止めなきゃならない。

 夜に放っちゃいけない。

 だが、暴走するワケには……、いかない。




「さあ、前座は終わりにしようよぉ! そろそろショータイムじゃない? お前もキレて暴れようぜ僕とさぁ!!」




 煽り立てるピュシスと対峙しながらも、煌は自身に接近する不思議な存在感をどこからともなく感じ取っていた。

 濃い影を見つけた時は、必ずその逆には光源があるものだ。息継ぎのできない水底では本能が空気を探して必死になるように、強大な邪悪を眼前にしたことで、それに対する純真なものを敏感に感じ取れたのかもしれない。



 今感じ取っている光源からは、善意にも敵意にも感じられる、歪み混ざった眩いオーラが宿っているのが分かる。

 オレを見ている気がする。

 恐らく、今もどこかで監視されている。


 瞬きする目蓋の裏の闇に、ノスタルジックを帯びた黄金の角を生やす仮面が浮かび上がる。




「……一度戦ったからか? 理由は分かんねえけど……、お前が、近くにいるのを感じる」


「ハア? 神無月煌、急に何を言い出した? 僕に言ってるんじゃないよねそれ? 誰? お友達?」


「友達……? いや、違う。 あいつは――――、」




 もしも、オレの感じ取っている存在感の正体が想像通りのアイツなら、上手く引き込むことができれば、この状況を変えて形勢逆転させてくれるかもしれない。


 弱者の窮地ピンチを救う、いつも遅れてやってくる英雄的存在。名を呼べば必ず、悪を退治するため現れる。

 あいつの強い信念を知っているオレだからこそ、あいつを信じられる。救いを求める者の声を聞き入れ、目の前の悪党を成敗してくれると信じることが出来る!


 なぜなら、あいつは、そんな英雄に、そんなヒーローになるために、人生全部を懸けているからだ!





「……助けてくれ、英雄ヒーロー!」


おうッッッッッッ!!!!」





 鈍重な稲妻が、煌とピュシスの間に落下した。


 灰色の学生服の上から漆黒の鎧装具を身に纏う、黄金仮面のヒーロー。

 烈火のマフラーと血染めのマントをなびかせて、独善的な正義を背負って高笑う。





「弱き者よ、我が名を叫べ。

 強き者よ、我が名に慄け!

 我が名はッッ――――、ディオ!!

 死ぬに死にきれず再び地獄より舞い戻ったぞッ!

 !!」




 かつて煌の学校を襲撃したテロリスト。

 英雄を目指した狂人、ディオ。

 その正体は御山秀次郎の兄、御山翔太郎である。


 彼が今、煌に背中を向けて立っている。

 彼は今、煌を守って戦おうとしている。

 彼に今、煌の英雄になる好機が訪れる。




「馬鹿な、ディオだって!? お前ぇ、EXE様を裏切るのかよ! そこの神無月煌にボコされて特務課に拘留されてたのを『少数派ルサンチマン』に救出されたくせに!! 衰える肉体の補強のためにパワードスーツまで与えられて、その上で寝返るのかぁ!?」


「我は、我のみを信条とするッ! 全ての善悪問答は我の匙加減ひとつで決まり、故に当然ながら、我は全ての真ん中に位置するッ! 善と悪、敵や味方、彼処あちら此方こちら、そういったものに我は区分されんッッ!! !! 我の歩む道程こそが、常に正式な道として認められるのだッ!! そこに約束も裏切りも存在しない!! 立ち印バミテがなくとも、その場こそが己の立つべき場であると疑いすらしない! 否、疑うことすらできない!! 我が名を呼ぶ者が世界を敵に回す大罪人だとしても、我が手を取ったその瞬間より絶対に救われるべきヒロインと成るのだッッッッ!!」


「……自分語りばっかで微妙にズレた回答。 話にならないよ。 とんだ狂犬だね、お前も!!」




 ピュシスがナイフを構える。






「来いッ、正義を叩き込んでくれるッッッッ!!」


 


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