『溶接と愛別』




「ゆらてゃ!! 10万ボルト!!」




 そう命令された土人形が放ったのは、大振りの右フック。

 ジョゼフィーヌはひらりと避けて、回転を利用して指から伸びたバーナーの火でカレシの腕を引き裂いた。




「使えない技を命令スルのは、カレシサンが可哀想だと思いますヨ!」


「うっるさいわねえ!! アンタには関係ないでしょ爆乳おんなぁ!!」


「嫉妬はオヤメくだサイ〜」




 会話している十数秒の内に、落ちた泥の腕がカレシの脚を伝って元の手首へ戻り、欠損が再生していく。

 腕は焼き切られる前よりスリムに、より人間的なフォルムに形成され、泥のマネキンへと変身していく。




「あたしの彼氏は、だーいすきな彼女を護るために何度でも蘇る。 しかもその都度、身体はムッキムキのカッチカッチに強くなってくの!」


「オー! 愛のなせるワザ! とユーやつデスネ!」


「なによ、分かってるじゃない! あたしたち、運命の真っ赤な糸で結ばれてるんだから!」


「カレシサンすごいですネ、強くなるだけじゃナイ。 ミノコナシまでスピードアップしてるマス!」




 突進してきた泥人形を軽く避け、遠心力で振るった腕の火を擦り当てる。

 カレシの胴と脚の泥がジュッと焼け焦げ、抉れ、バランスが崩れて倒れ込む。

 そんな隙だらけの後頭部へバーナーフレイムによるクロスチョップの追撃が刻み込まれ、面白いほど簡単に首を焼き断った。


 落ちた頭が、濡れた脱脂綿みたいに辺りを泥で汚し、床の上で歪み溶けていく。




「あーーーー!! また殺した!! 酷いっ、酷すぎ!! アンタ人の心とかないワケェ!?」


「と、言われましてもデスネ……」


「もー許してあげないから!! ゆらてゃ、そいつぶっころしちゃって!!」




 愛する彼女の期待に応えるべく、泥人形は再び立ち上がって欠損部分を再生させていく。

 首を拾ってくっつけ直すと、全身により細かく色がついていき、服まで修復され、それは立派なへと変貌した。




「オー! ジャパニーズ・ダークネス・カップル! とてもお似合いですネ!」


「馬鹿にしてんの!?」


「バカにしてませんデスガ!?」




 彼女の憤慨を感じ取ったカレシが、捨て身のタックルでジョゼフィーヌに突っ込む。




「不死身、ダルイダルイなのデスので……。 !」




 そう言い放った彼女の背に、異変が起きた。

 指々から放たれ続けるバーナーと同様の炎が複数本も現れ、燃える翼のように展開したのだ。


 鳥が飛び立つ前兆のように炎を広げ、両手の指を束ねてバーナーのドリルを作り出す。

 翼の出力が一瞬にして強まり、ジョゼフィーヌは床を蹴ってロケット発射した。


 まるでその姿は、暴走する火炎の削岩機。

 向かってくるカレシと衝突するも、吹っ飛ぶことなく貫通し、病み垢男子の四肢が吹き飛ぶ程の大穴をあけて炎上させた。





「必殺! ちょベリバ不死鳥フェニックス……!」


「ゅ、ゅらてやーーーっ!!?」




 四散した泥はジョゼフィーヌの炎で一瞬にして高温焼成され、水分が飛んで固まってしまう。




「ねえ!! 聞いてたハナシと違うんですけど! アンタ、頭の悪い恋バナ好きなだけの牛女じゃないの!? どうして人のカレシを焼き殺したりできちゃうワケ? 意味わかんないよ!! アタシらのラブラブ具合みたら攻撃する手も緩むってもんでしょ、フツーは!!」


「『少数派ルサンチマン』サンの調査はとっても正確デスわネ! その通り、私は恋バナ大スキです! おふたりサンのこと、お似合いのカップル羨ましーと存じてマス! ダカラ…………」




 ジョゼフィーヌはその身をよじらせて、




「ダカラコソ、したくなるのデスヨ♡」


「……アンタたちのリスト見た。 あの中じゃアンタが一番バカっぽくて楽勝そうだったケド……、まさか一番の悪魔サイコだったなんてね……! こんの、爆乳サイコデブ女!!」


「WHAT!!!!!!???? でぶ言い過ぎ! それ言うの禁止デス! 確かに昨日、ドーナッツ15個食べちゃいましたけど……、私のカロリー消化能力は常人の五倍ですので問題ナシなのです!!」


「はァ!? 15個って致死量でしょっ、そんなバケモノいてたまるかー!」


「仕方ないのデス! それが、私の才能ギフトの代償ですから…………」


「……まっさか、!? ずるすぎでしょそんなの、どんだけ食べても太んないじゃん!! てかそれ代償じゃないじゃんメリットじゃん!!」


「エヘへ……」


「褒めてなーーーーい!! まじでころしゅっ!!」




 殺意に目覚めたラブポーションの次のアクションは驚異的なものだった。

 なんと己のネイルを引き剥がし、口へと運んで舌に置いたのだ。





「『逆手持ちの愛情表現デス・メランコリック』、40mg飲用!」




 そのまま、ごくんと喉を鳴らして爪を飲み込む。

 眼が紅く煌めき、権能が発動する。




「助けてーーっ!! ダイアくーーーんっ!!」




 その呼び声に応じて、再び土埃と水流が吹き荒れ集結していく。硬化してしまった前のカレシの残骸を吹き飛ばし、屈強な身体を持つ新たなカレシが造り上がる。

 白っぽい学生服まで形成され、その特徴的な外見に、ジョゼフィーヌは日継高校の見知った人物であることに気がつく。


 一条大亜イチジョウダイア

 先日、オカ研の部長であるキラと生徒会長の座をかけて不信任投票の会で決闘していた、あの一条




「ダイアくんはね、あたしが途中退学しちゃった頃の同級生なの。 アンタたちもカレのこと知ってんでしょ?同じ日継高なんだから」


「エ!! イチジョーサンがカレシなのデス!?」


「ううん、今はまだあたしの片想い……。 でもね、あたしの権能『逆手持ちの愛情表現デス・メランコリック』なら相思相愛だって疑似体験できちゃう! 生徒会長として皆に信頼を置かれてる、あの一条大亜サマを、あたしだけのダイアくんにできるっ!」


「ソレ……、人形サンとニセモノ恋愛してるだけナンじゃ……」


「なんとでも言いなさいよ! あたしの権能は、あたしの大好きなものを犠牲にして飲み込むことでカレシに新しい力を与えられるの。 与えた力は、! これでもうアンタの火じゃ乾かない!」




 目玉をボタンで縫われた一条の泥クローンが、拳をコキコキと鳴らしながら接近する。




「ヤっちゃってよ、ダイア君!!」


オウ




 驚くべきことに、カレシが発声した。

 これも『逆手持ちの愛情表現デス・メランコリック』の飲用の効果なのか。声帯を持ち、前のカレシよりも人間らしい筋肉の動きの再現に成功していることが見て取れる。




「スゴいデスネ! ホンモノのイチジョーサンみたいです」


「あたしの権能は、相手への愛が強ければ強いほどカレシのディティールが細かく反映されるようになってるのよ。 えくぼの形とか、ほくろの位置なんかまでね! しかもパワーとかスピードとかは何倍にもアップする! そんなデカい胸ぶら下げて動いてたら、ダイア君に一瞬でプチッとされちゃうわっ」




 ジョゼフィーヌはその場に留まり、一条大亜の泥人形が接近しているにも関わらず立ち止まっている。

 ラブポーションの話を聞いてカレシの出方を見ているのでも、恐怖に怯えているのでもない。


 むしろ、その逆。

 ジョゼフィーヌは、




ラブで……、強くなる。 もっと相手サンを知りたくなって、目で追って、彼氏なってホシー思う。 叶わなくても、気持ちはノンストップ……。 はぁ〜!! とっても可愛ラブい能力デス……。 ……」


「アンタに褒められたってなんも嬉しくないわよ。 ダイア君は真面目だから、中卒のあたしに振り向いてなんてくれるわけないし。 適当なこと言われても逆に怒りを買うだけって分かんない?」


「諦めたら、そこでゲームセットですヨ! 確かにホンモノのイチジョーサンとは激ムズかもですが、!」


「はー……? 何言ってんの、アンタ」




 接近するカレシの腕が破裂寸前のゴムホースみたいに蠢き、泥の服が裂け、異常に盛り上がった筋肉を露出する。

 対するジョゼフィーヌも、指と背から再び高出力の熱線を伸ばして床を蹴り、衝突する。



 泥塊と熱線、反発、回転、大切断。

 縦に真二つになった泥人形を背に、トカゲの羽が如くバーナーを開いて床に四足をつける姿勢で残心していた。




「決殺! 鬼マブ角恐竜トリケラトプス!!」


「うっそ……!? 火炎耐性のあるダイア君を一撃で……!」


「火に強くなっただけジャー、私の才能ギフトの攻撃は防げませんヨ! 私の火は、ただアチチなだけではナイナイなのデス。 火、デスカラ。 熱に強いだけナラ、私の才能ギフトの効果はバッチリ効いちゃいマスヨ!」




 ジョゼフィーヌは更に姿勢を低くしてバーナーの出力を強め、ラブポーションに飛びかかる準備に入る。




「ま、待って……!」


「ア゙〜、もう我慢できマセン。行きマスヨ〜……!」


「チッ! 『逆手持ちの愛情表現デス・メランコリック』、160mg飲用! 過剰摂取オーバードーズ!」




 片手をダイレクトに口へ突っ込み、そのまま残った四枚のネイルを食いちぎろうとしたその瞬間。

 ジョゼフィーヌの爆炎が、フロアを縦に切り裂いた。





「――――――は?」





 ラブポーションの身体が、綺麗に縦に割れる。

 当の本人は何も理解が及ばぬまま、痛みすらなく失声した。





「……ラブポーションサン。 ご安心くだサイ! アナタの恋心は、私が叶えてあげますカラ……♡」





 既に目に光を失っている半分のラブポーションの肉体の隣に溶けかけのカレシの肉体の半分を持ってきたジョゼフィーヌは、断面を押し付け合わせて接合部にバーナーの火を当てていく。




「私の才能ギフトの名前をご存知デスカ?

 『死がふたりを別つまでアンハッピーウェルディング』。

 今のアナタ達にピッタリの、

 恋を叶えてあげる力なのデスヨ〜!」




 ジョゼフィーヌの火の効果はふたつ。

 ひとつは、火の芯に接触した対象を耐熱性能を無視して焼き切る力。

 もうひとつは、火の先で撫でるように触れることで、焼き切ることなく接触部を融解させて溶接する力。


 切断と、接合。

 悪魔による離縁と、天使による縁結。

 破局を呼ぶキューピットにも、交際を誘うキューピットにもなれる。それこそが恋バナが大好きな女子高生、メレンゲの仮面の能力。




「Завершенный!」





 なんということでしょう。

 匠の手によって完成したのは、右半身が地雷系女子、左半分が真面目な生徒会長の、二人で一人のカップルです。


 サイズの違う肉体を強引にバーナーで溶接して整えており、断面を焼灼止血しているためにすぐに汚れて虫がたかることもなく、身が腐るまでの短い期間のみとなりますが、現代美術的なオブジェとしてもご観覧いただけます。


 作品名は、




「はぁ〜♡ 恋って最高サイコデスよネ!」




 頷いたわけではないだろうが、ラブポーションの脱力した頭がガクリと項垂れ、ジョゼフィーヌにはまるで同調したみたいに見えた。


 項垂れた首の勢いで、ラブポーションの顔から薄いシリコンの板が落下する。

 それはアイシャドーやリップの塗られた、化粧用のマネキンみたいな人工皮膚の仮面の半分だった。


 仮面が外れたことで、左半身の泥人形が溶けていく。





「アーア、夢の時間は一瞬デスネ……。 デモ、きっと天国ヘヴンでも二人はズッと一緒! デスヨ。 お幸せになさりクダサイ♡」





 仕事を終えました! と言わんばかりに溶接工マスクを外し、スキップで奥へと進むジョゼフィーヌ。


 残されたラブポーションは、偽物の恋人と共にゆっくりと腐り果てていく。

 じっくりと、愛を溶かしながら。






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