『喪失と再建』
私、
オカルト研究部の皆さんとはぐれて、テロリストの本拠地にて孤立中。
追記:出口を探して徘徊していたところ、変な仮面持ちさんと出会ってしまいました。
詰まる所、大ピンチでございます。
横に広い、無骨なコンクリート空間。
一見は立体駐車場に近い景観だが、湿度が高く、どこからともなくやってきた
そんなカフカの十数メートル先に、スーツ姿の仮面持ちが立ちはだかる。
「私は『
「あ、アノニマスって……、どこかで聞いたことがあります。 仮面をつけた、ハッキング集団の……」
「ほう、海外のアノニマスグループについてggったことがおありのようで。 その名の意味は、日本語で匿名です。 彼らは名を隠し、世を忍び、正義と信じるもののためにインターネット上で戦うハクティビスト、言わばデジタルバットマンですな。 しかし残念ながら、私は彼らのような必要悪にはなれません、彼らと同じ、匿名よ仮面を持っているに過ぎないのですよ。 これでも充分に光栄なことですがね(キリッ」
アノニマスが両手を広げたと同時に幾何学模様の光線が
「宣言しておく。 俺氏の権能の前に、チミは手も足も出せない。 抵抗するだけ無駄ですよ(暗黒微笑」
「……わたし、戦うのは好きじゃ、なくて……、だから……、ごめんなさい…………」
「何を謝ることがあるんです! そうそう、そのままコッチの指示に従ってくれれば――――、」
「ほんと、ごめんなさい。 たぶん、彼女は手加減とか……、できないと思います……」
「……彼女? はて、この場には私と君しかおらんが?」
ごぼり、と。
カフカの口から、大きな泡が吐き出され、上空へ浮き上がっていく。
その泡が天井にぶつかった頃にはもう、カフカは数センチほど地から足を浮かせ、丸いアンティーク風の潜水ヘルメットを装着していた。
「――――『
直後、カフカの背後の空間に目玉が出現し、ヘルメットの隙間から伸びた黒い触手が壁を伝う排水パイプをタッチし、次々と変色させていく。
「『
上位存在によりその『位置』に居座り続けることが拒絶された結果、排水パイプは重苦しい音をたてて軋み、変色部分だけが分離して横に飛び出した。
それが飛んでいく先には、微動だにせず仁王立ちするアノニマスが仮面越しにほくそ笑んでいる。
「ここに追い込まれた時点で、チミらはEXE氏の手のひらの上。 あの人は全てを知り、そして組み立てている! オカルト研究部一行の持つ権能の詳細も、それを封殺しうる不利対面とのマッチアップも! 『
アノニマスがスーツの前を開いて指を弾くと、半透明なインターフェースが空中に出現し、意味有り
「対象ID:金属素材の排水用パイプ。
送信:この通信を受信した時点での位置を『正しい位置』とする。 『正しい位置』へ到着した物質は、一時的に物理法則を無視してあらゆる移動エネルギーを放棄する。その一秒後、正常な物理法則の影響下に戻る」
アノニマスの仮面越しの眼が紅く煌めくと同時に、飛来していたパイプが途端に空中で硬直した。
「これが
空中で固まっていたパイプが急に重力を取り戻し、大きな音をたてて床に落下する。
全て、アノニマスの発言した内容の通りに。
「『事実』とは、その虚実に関わらず見捨てることのできない証拠なのです。情弱がネット記事を読んだ時、そのサイトがアフィカスによるガセネタだらけの倒錯ブログだと気付くことができなければ、いくら内容が怪しくとも『事実』かもと考えてしまうもの。 同じように、新たな『事実』を受信した権能は、『事実』の内容を見捨てられずそれを正しい命令として受け取り、行動する! つまるところ、
カフカの『
対してアノニマスの仮面は、それ単体ではなんの効力も持たない。しかし、命令を送ったり操ったりというテクニカルな効力を持つ権能を前にした時、その内容を横から勝手に変更することができるハッキングのような能力を持つ。
対権能用の権能。
それが、アノニマスの持つ『
「……厄介じゃな、汝の力は」
「えっ、なんか口調変わった怖っ!」
「妾は
「ば、馬鹿な……!? 覚醒すると古い神様みたいな口調になるタイプの女子だったのですか!? な、なんて尊い……。 今やあるあるすぎて絶滅危惧種のキャラ設定を
「
表面にインクを帯びた触手が壁に突き刺さり、白黒に変色したコンクリートの塊を引き抜いてアノニマスに投げつける。
「『
投げられたコンクリートは権能の効果により重力や空気抵抗を無視し、一切の『減速』をすることなくアノニマスへ向かっていく。が、
「対象ID:引き抜かれたコンクリート壁材
送信:この物体が『減速』されない場合、0.1秒後に移動エネルギーのベクトルを一度だけ反転する。また、この反転時に慣性は適用されない」
アノニマスの新たなる『事実』の送信により、コンクリートの直撃まであと数十センチというところで、物体の挙動に異変が起きる。
たったの一瞬の『減速』もなく、コンクリートの塊がI字を描いてカフカの元へと急速で返っていく。
「『
突然の出来事に拒絶の命令も間に合わず。
触手を重ねることでなんとかカフカ本体へのダメージを受け止めるが、傷ついた前腕の三本から黒インクが漏れ出す。
「これで分かってもらえましたかね? その権能で起こすことの出来るあらゆる現象は、私の送信した『事実』によって行動・運動が湾曲する……。 対処法などございません!」
「言い切りよる」
「ちなみに! 投げ物がダメだからとその触手で直接この私をくびり
指を弾き、追加のインターフェースが出現する。
「対象ID:権能により出現した触手群
送信:全ての触手は、宿主を中心に放射線状に伸びて硬化する。これは仮面を外し、権能を解除するまで継続する」
インターフェースに数列が流れた次の瞬間、カフカの仮面から伸びる全ての触手が放射線状に引き伸ばされ、硬化した。
「
「
「そんな状況から反撃が可能ですか? 不可能でしょう? ですがまあ一応のため……、何を考えているのか受信させていただきましょう」
何度かアノニマスの『事実』が送信されてきたカフカには、二人の間に行き交う細く半透明な光のチューブが見えるようになっていた。
まるで、輝きの伝う蜘蛛の糸。
目に見えぬはずの無線通信を可視化したようなそれに、カフカ側から送られた光をアノニマスの仮面が受け取る。
「……ほう、なるほどなるほど。 一時的に
「
「これが私の『
「気色の悪い。 事もあろうに、この
「そうでした、『
しかし、とアノニマスは繋げる。
「インターネットを一周させることは出来ます。 文明を消さずとも、一度ゼロに戻して、リセットさせる。 失われた技術を取り戻そうと、世界は再びインターネットの黄金時代に回帰する! いかがでしょう、美しくはないですか!?」
「……それが、汝が仮面を得るに至った願いか?」
「はい! 私はねえ、古き良きインターネットが好きだったんですよ!! 政府の介入がなく、法も適用されぬ、殺伐とした自由な
まだインターネットがアンダーグラウンドだった頃の
それは、黄金期を生きる者たちが「面白いから」という理由で自主的に熱を持ってネットに接続していたからだった。
現代人におけるネットは、酸素ボンベと同等クラスに必須の生存ツールだ。
健常な生活を送るためにはネットを利用し、便利な明日を掴まなければならない。
となると、そこには金が絡む。
企業が参入し、独自の線引きでネットに居座り、領土を主張し、サービスを展開する。
あらゆるウェブサイトには広告が表示されるようになり、これまで無償を続けてきたクリエイター達は段々と肩身が狭くなっていく。
そうしていつか、誰しもが数字を追うようになった。モチベーションの向上に繋がるアクセス数やコメント数ではなく、エンゲージによるアフィリエイト成果ばかりに注目し、知名度や承認欲求を満たすためにバズることばかりを求めた。
「インターネットは腐敗した。 始まりはあんなにも面白かったのに! だから、やり直すんだ!
「……
「思想は近いはずなのですが、どうも分かり合えんようですな。 ネットをリセットしたい私と、ネットを存在ごと消してしまいたい貴方。 近くて遠い。 分かり合えるはずがない! 貴方の願いでは、私は救われない! そして私の願いが叶う限りは、貴方が救われない! そうなれば争うしかない! よろしいならば戦争だってやつですなあ!」
アノニマスのインターフェースに数列が並び、触手のうちの一本が宿主のヘルメットに巻き付く。
「私にはずっと居場所がありませんでした。 孤独ではなかったけど、心を深く許し合う友人や恋人には出会えず、人との関係にはいつもモヤがかかったみたいでした;; そんな私すらも、インターネットは抱き込んでくれた。 私の、唯一の居場所となったのです。 しかしながら、私の愛したネットは確実に終わりへ向かっていることに気が付きました……。 どうにかしてリセットしなければ、私のようにネットにしか居場所のない者たちは路頭に迷うこととなる! だからやるんです、仮面を得た、この私が! やらなくてはいけないのです!!」
「ぐぅっ……!」
『事実』に操られた触手が、カフカの細い肉体を衣服の上から締め上げ、段々とその圧力を強めていく。
少女はその苦しみに耐えることができず、その場に崩れ落ちるみたいに潜水ヘルメットから頭を引き抜いた。
仮面が外れたことで、触手が消えていく。
カフカの肉体が圧力から解放され、床に伏せる。
「
「……あな、たは……」
「おっ、どうやら元人格の文学系眼鏡女子に戻ったようですね。 嬉しいです。 私はメインヒロインよりモブキャラの方が推しになりやすいタイプなので」
「…………あなたは、わたしに、にている」
権能の効力を失い、空中から落下してきた仮面に手を伸ばすことすらせず。カフカは起き上がって、湿っぽいコンクリートの上にぺたんと座り、同情するような口調で言う。
「わたし、も……、居場所がなかった。 だから、自分の中に、自分の居場所を……、作りました。 でもそれだけじゃ寂しい、から……。 本を読みました。 本が、世界に色を与えてくれた。 無尽蔵の知識が、私の居場所を飾り付けてくれた。 それが、私とあなた、の……、違い」
カフカは潜水ヘルメットを両手で持ち上げ、首を下げてなんとか被り込む。
「フム。 まだ暴れるというのでしたら、仕方がありません。 もう二度と抗う気の起きぬよう徹底的に……!」
「……あなたは、知らない。 何も知らない。 一人でいられることの価値を。 沈黙の貫徹は誇るべきものだということを。 もっと活字を読みなさい……!」
「本なんて読んでられません、長ったらしい!
ググればネタバレのあらすじや見やすく整えられたアニメ版が視聴できるというのに、時間のかかる消費方法を選ぶ必要などないですから。 唯一、私が活字を読むタイミングは、推しキャラのえっどい同人SSがバズった時だけです」
「そう……。 長ったらしい、ね。 なら今回は特別に、私の読んできた全ての本、全ての知識、全ての知恵、全ての記憶を
潜水ヘルメットの小窓越しに、カフカの眼に赤が灯る。
それに反応しアノニマスとの間に再び光の線が現れ、『受信』が始まる。
「何を狙っているか分かりませんが、それも『受信』すれば明白となるでしょう。 私の権能に弱点はありません。 如何なる計略も――――、」
二人の間を繋ぐ線を光が走り、アノニマスの仮面に届いたその瞬間。
雷が直撃したと誤解するほどの痛みが彼の後頭部を襲った。
「が、ががががががががががががっがが!!?」
苦しみ悶えるアノニマスに、次の『受信』が届く。
線を伝った光が仮面に浸透する度に、全身が大きく跳ねて叫びをあげる。
「ああああああ頭がが、割れっ、何を、したあああだだがががががっがが!!」
「言った通り、貴方の『受信』に抗わず、私の頭の中の全てを開示してあげたのよ。 ただ、
人間である、
仮面人格の、
人の脳の記憶容量上限は、再現性のある有効な検証方法がないために、未だ正確な測定結果を導き出すことは不可能とされている。
それは1GB程度の小さなメモリとされることもあれば、10TB以上にも及ぶ巨大記憶庫という説もある。
しかし他人の脳の中身をそっくりそのままコピーペーストで送る程度であれば容量オーバーになることはなく、記憶の貯蔵と忘却により生活に問題がない程度のボリュームに収まるのだという。
ただし、それは人間の脳であればの話。
「仮面の
「ががががじがががぃがががが
「そうね……、私も貴方の真似をしてみようかしら。 私の
そのため、主人格が願えば好きな設定を盛り込み、自在に変容させることが可能である。
しかしながら、それはあくまでも妄想に過ぎず、邪神の存在を設定したからといって現実でも彼女が邪神の力を持ち、暴れ回るといったことはできない。
全ては、頭の中で完結する想像の域を出ないのだから。
「それでも、頭の中身を覗いでそっくりそのまま盗み出す貴方の権能にとっては、全知全能は
ばびゅり。
ばびゅり。
大きな水疱が割れるような音が、アノニマスの頭から連続する。
「あ、ああがががぐぁあが!!?? これはあ、何なのだこれはああが!! 全てが視えるぅ!!」
「邪神はこの星の太古より存在し、宇宙の隅から隅までを常に知覚している。 そして、決して忘却をすることがないの。 貴方にはそんな
それは小さな水門に、規定量を遥かに上回る水量が押し寄せるようなもの。ダムを飛び越えるどころか、その枠組みごと崩し、決壊させ、押し流してしまう。
インターネット上のサーバーでいう、
答えは、漏洩する。
「あ゙」
という断末魔で、右脳が目玉ごと前方に飛び出した。
仮面はすっ飛び、カフカとの間に繋がれた回線も消えてなくなる。それを追うように、アノニマスの身体が前のめりに倒れて痙攣を続ける。
「……ごほっ!! ごはっ、ごほ、ごぅう……!」
カフカが咳き込むと、仮面は水の泡となって宙へ溶けていく。
「……いま、わたし……。
首に手をやって振り返る。
意識、行動の操舵は花撫香、本人のまま。
性格や発言が、かなり過負荷寄りに混在していたと自覚する。
「今の、なに……?」
自分自身に不思議を感じるカフカの横目が、頭から大量の血液を流しながら床を泳ぐアノニマスの動きに気付く。
「が……! がが、ぁ……。 ま、さか……、こんな、しにかた、するなん…………、てぇ。 え、EXE氏ぃ、やくそくは、果たしたのです、から……。 いつか……、私を……、貴方の……、
見えない眼で暗闇を
「……EXEさんの、
彼の言い残していったその言葉の意味を、確かめる
カフカは
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