『緑光と黒霧』




 その頃、一方。

 キャンディはゴーストフェイスを名乗る幽霊を模した仮面の持ち主と対峙していた。




「じゃあまずは、『×3.0トリプル』」




 そう言って両手から高速発射されたスーパーボールだったが、赤と青の線が一直線にゴーストフェイスのローブに直撃するもその衝撃は背中から突き抜け、奥の通路へと消えていった。




「えー、どうなってんのそれー」


「ふふふふふ!! すごいでしょコレ! これが、僕がEXE様から授かった権能なんです!!」




 まるで、その下には肉体がないような。

 僕は本当に幽霊なんだよ、とでも言いたげなローブの揺らめきから、二本のハンティングナイフを引っこ抜いて見せつける。




「『404データエラー』! 亡霊となった僕の霧状の身体は、あらゆる物理攻撃を無効化し貫通する! つまり!! 物理攻撃しかできない貴方にとって最悪の相手ということです!!」




 キャンディーが追加のスーパーボールを構えると、ゴーストフェイスの仮面が黒いローブの中に引っ込んで隠れてしまう。




「と、なると当然!! 狙うは身体ではなく仮面になりますよね!!?? 無駄ですよ! 仮面をこうして霧の中に隠してしまえば狙いようがない!」




 蚊柱みたいに不定形な黒霧は、薄ら透けた両腕を振りかぶってキャンディーに接近しナイフを突き立てようとする。


 が、キャンディーは高速移動でそれを回避。

 後退ついでに追加のスーパーボールを放つが、壁に跳弾させて背中側を狙ったところで結果は同じ。霧の肉体を貫通に、ゴーストフェイスはノーダメージのまま。




「……んー、どうしよっかな」


「ちなみにですけどね!! 僕を無視してこの先に行こうとしても鍵かかってますから!! 壊して進めるような柔らかい扉じゃないですから!! もう貴方、八方塞がりですから!!」


「えー、すごい。 よく分かったね考えてるコト。 倒せないなら無視すりゃいーじゃんって思ったんだけどなー……」


「え! 褒めないで……、僕、褒められるの慣れてないから素直に嬉しい……!」


「てか前に進めないなら後ろ戻れば良くない? 梯子登る前にも他に道あったし」


「えっ……」




 数秒間の沈黙。




「……もしかして、通せんぼしたら僕が絶対に闘ってくれると思ってた? 面倒臭いし、バトルせず済むならムシして別の未知行くけど。 普通に」


「……………………、あ!! あのね、それ無理ですよ!! う、後ろ戻っても行き止まりです!! そっちの鍵も僕が持ってますから!!」


「嘘じゃん。 絶対嘘じゃあん。 明らかに思いついたような言い方だし。 てか同じ言い訳使うあたり、この先の鍵もってるって話も怪しくなってきたなー? ウソ? もしかして」


「……………………うるさーーーい!!!!!!」




 全てを有耶無耶うやむやにするべく、黒い霧はナイフを振り回して突進を繰り返す。

 その度にキャンディーは高速移動をして、ネオンの光跡を重ねて残す。




「ンー、面倒臭い才能ギフトだなー」


「ですよね!!!! すみません!!!! もう二度と貴方の前に現れないので許してくださいね!!」


「なんか話してても一方通行っていうか……、コミュ障?」




 ぴたり、と。

 図星を突かれたゴーストフェイスの動きが止まる。




「……なんとでも言ってくださいよ!! 確かに僕はコミュ障かもしれませんけどね!! この力を貰って、そんな不安を抱く必要はなくなったんですよ!!!!」


「……あー。 なんとなく君がそんな能力なの、想像ついたかも」




 明らかに人見知りなゴーストフェイスに、幽霊の仮面が与えられた理由、それは。




「……もし僕が透明人間になれたら、誰にも迷惑をかけず、誰にも必要とされず、本当の意味で自由に生きていける。 そうやって、思ったから。 願ったから!! EXE様が、僕の願いを叶えてくれた!! この仮面で、!!!!」





 ゴーストフェイスは、ゲームのフレンドリストでのステータスを外したことは、人生でたったの一度もなかった。



 現代は、しがらみだらけだ。

 血の繋がり、社会の目、警察、スマホ、インターネット、あらゆる繋がりが身の回りのどこかに必ず存在する。

 何をしようと、何もしまいと、それは何かに見られていて、追跡され、保存され、きっと誰かに影響を与えている。

 そんな繋がりの全てに嫌気が差し、自分のせいでと鬱屈になるは、正常な現代人として当然の反応だった。



 僕がそこにいるだけで、邪魔になる。

 僕が通路を歩くだけで、障害になる。

 僕が話しかけるだけで、無駄になる。

 自身のあらゆる行動が、誰かにとっての迷惑になる。


 でも死ぬほどの度胸もなく、死の先のやり直しの機会に賭けるほどの勇気もない。

 とはいえ、僕の性格や性根がどこかで好転するとは思えない。ぼんやりとした不安に、ただただ鬱屈と呼吸を続けるしかない。


 他人の足をこれ以上、引っ張りたくはない。

 他人と交流するのは、とても疲れるし、僕は触れ合うことにとことん向いていない性格をしている。



 だから、僕は、透明人間になりたい。

 誰とも言葉を交わさず、目線も合わせず、手も触れず、跡を濁さず。誰にも迷惑をかけない、雲か、幽霊みたいにフワフワと生きていたい。




「……だから、僕は! 『404データエラー』を授かった!! ゴーストフェイスとなった!! 後は君たちを倒して、EXE様に恩返しすれば!! 晴れて僕は不干渉の世界に没入できるんです!!!!」


「ふーん」


「え……!! まさかの全然興味ないかんじ……!?」


「うん、人の過去とかどうでもいーし」


「そうですよね……、うわまたやっちゃった……、相手のこと考えずに一方的に話しちゃって……、うわー……」




 ゴーストフェイスが一人語りをしているうちに、キャンディーは近くに置かれていた道具箱ツールボックスを拾って才能ギフトで射出した。

 箱の中に入っていたスパナや水平器が空中にバラまかれ、霧状の身体に次々と刺さり込み、そのまま貫通して向こう側に飛んでいく。




「なっ……!? もしかして今、数撃てば当たるみたいな狙いで仮面を攻撃してきましたか!?!? 一気にたくさん投げれば一発くらい当たるかもって感じで!!! しかもまだ話の途中だったのに!!」


「不意打ちしたつもりだったんだけどなー、駄目かあ」


「ひ、ひどい……!! ひどいですよキャンディーさん!! イ、イケメンだからって何でも許されると思わないでくださいよ!?!?」


「うーん、やっぱりなんかチョーシ狂うなあ」


「僕をどう倒すかお悩みのようですね!! 実は僕も、貴方の攻撃を避ける手段はあれどシュピシュピ避けられすぎて反撃する手立てがなくて困っています! お互い、ここは一時休戦して作戦を練り合うというのはいかがでしょうか!!!!」


「……素直とゆーか、愚直とゆーか。 そんなコト言ってくるってことは、君の本当の目的って僕を倒すことじゃなくて、時間稼ぎだったり?」


「………………なんで分かるんですかああ!!!!」




 そりゃあ分かるよ、とこぼされた呆れっぷりをさえぎり、ゴーストフェイスはナイフを突き出した霧の突進を繰り出すが、キャンディーには当然の如く回避される。




「足止めってさ、僕以外にもやってるの?」


「もう何も話しません!!!! 会話エネルギー、とっくにゼロですから!!!!」


「ホントにゼロならそんな大声出せないでしょ。 てか、そんな強く拒否したら肯定してるようなもんだし。 分かりやすー」


「なっ……、なんで分かるんだ……!? も、もしかしてエスパーの方ですか!?!?」


「……今の否定しないと、せっかく情報隠してたのに僕以外にも足止めしてますよって認めることになるんだけどさ、いいの?」


「なあああああっ!?」




 自らの間抜けさ加減に頭を抱える黒霧を横目に、キャンディーは工事現場らしき空間に敷かれていたブルーシートを引っ張りあげる。




「逃げよーと思ってたケド、どうやら相手さんは奥に来て欲しくないみたいだし、君がここで待ってたってことは逃げることは想定の範囲内だったってことでしょ? イヤなんだよねー、相手の手の内側にいるの。 部員のみんなも困ってるかもだし、




 そう言って、思いきりブルーシートをまくり上げた。

 シートの裏から赤いレーザービームを描いてボールが射出され、壁を跳ねてゴーストフェイスへと向かって来る。




「攻撃のタイミングを悟られないようにしたおつもりですか!! そんなの意味ないですよ!!」




 常に霧状態であるゴーストフェイスには、例え攻撃のタイミングを隠されようとも同じ結果に至る確信があった。

 そして案の定、現実は想像の範疇から逸脱することなく。飛来してきた豪速球は肉体をすり抜け、黒霧は開いた穴すらも一瞬で埋めていく。




「僕の権能はオンオフを操作する能力じゃないんです!! うまく不意を突いたとしても――――、」




 直後、バアンと。

 耳をつんざく程の破裂音がゴーストフェイスのすぐ背後で起爆した。




「えっ……!! 何、今の…………!?」

 



 破裂音の正体は、キャンディーの投げた癇癪玉かんしゃくだまだった。

 が、それが説明されることはなく、ゴーストフェイスが目を離したその隙にブルーシートの裏で霧の攻略準備が完了する。




「君、適当に指さされたら素直にそっち向いちゃうタイプでしょ? お馬鹿さんで助かったあー」




 めくりあげられていたシートがバサリと落ちたその先には、巨大な羽を持つ送風機サーキュレータが設置されていた。




「ここが工事現場で良かった。 こんなサイズのって市販じゃまず手に入んないからねー。 ゴチャゴチャしてて戦いづらい、時間稼ぎできるロケーションを選んだんだろうけど、これじゃ逆効果だ」




 キャンディーが背面のスイッチを入れると、市販の扇風機などでは到底起こすことが出来ないであろう強風が、ゴーストフェイスの黒霧に向けて放たれた。

 その風速はみるみるとしていき、真っ向から受け止めてしまった黒霧は形状を維持できず、蒲公英タンポポの種のように端々から霧散していく。




「人工消霧施策、って知ってる? 霧ってのはさ、高速道路を曇らせて事故を起こしたりとか、飛行機や電車が運航停止になったりとか、人の生活にとって色んな弊害を引き起こしちゃうんだよね。 そこで、そんなお邪魔な霧を打ち消しちゃおうって考えられたのが、人工消霧施策」




 あまりの風圧に人型シルエットの黒霧が膝を折って床に倒れ込むが、踏ん張りきれず背後の金網まで吹き飛ばされる。




「霧の粒を氷に変えたりとか、火炎を使って気温を変化させたりとか、霧を打ち消すために色んな実験がされてきたらしーんだけど……、結局のところ、出来ることなら強い風で吹っ飛ばしちゃうのが一番簡単なんだってさ? 本物の霧は規模が大きいから送風機こんなのじゃ効果ないんだけど、君くらいの小さな塊を飛ばすならはずだ」


「な…………!?」




 キャンディーが送風機サーキュレータの首を握り、才能ギフトで加速を与え続ける。

 本体がオーバーヒートしてしまいそうな程の豪風が一直線に送られ続け、金網を背にしたゴーストフェイスの霧の肉体が散り散りになっていく。




「強いか……、ぜで、吹き飛ばしたところで……!! 僕を消せると思ってるの……!?」


「ううん、消えないだろーねー。 でも、




 これ以上は飛ばされまいと透ける霧の身体でなんとか金網に縋り付くゴーストフェイスは、その身体の殆どが既に失われているとも知らず、骨みたいにか細い四肢で踏ん張り続けている。


 キャンディーが注目していたのは、その腹部。

 先程まで霧が覆い隠し、ボリュームゾーンとなっていた身体の中に、ゴーストフェイスの幽霊の仮面が露出していた。

 霧のころもを失った今、タイフーンに飛ばされて壁に張り付いた新聞紙みたいに無防備に曝されている。


 気体である霧は強風に押されて金網を抜けるが、個体である仮面は引っかかったまま。

 キャンディーが狙っていたのは、全ての仮面持ちの弱点である仮面本体を引っ張り出して狙い撃つこと。その為に、風を起こして霧だけを剥がす作戦にでたのだった。




「……『×4.0クアドラプル』」




 パン!と。

 強烈な破裂音と共に、片手いっぱいに握られていた大量の釘が、才能ギフトで撃ち出され、それはショットガンの様に拡散し、露出していた仮面を一瞬にして粉々に破壊した。


 仮面の破壊。それは、才能ギフトの効果の強制中断を意味する。

 金網の奥の通路から、これまで吹き飛ばされてきた黒霧が風の流れに逆らって元の位置へ集結していく。

 それはやがて中肉中背の男性型に整形されていき、黒いローブを纏い、肌の色を取り戻して、元の人間の姿で金網に張り付いた。




「これで、物理無効は解けたワケだ?」




 キャンディーが送風機の加速を止めてスイッチを切ると、ゴーストフェイスは遂に風圧の拘束から解き放たれて床に倒れ込んだ。




「はぁあぁっ……!! はぁっ!!」


「確かに、君の物理攻撃無効の能力は脅威的だけどさ。 それなら物理じゃあなくて、属性魔法攻撃みたいな変わり種で殴ればいいだけなんだよねー。 前にジョンが言ってたんだ、僕の才能ギフトはゲームで言うなら風属性だよな、ってさ」




 後ろポケットから取り出した緑色のスーパーボールを指々に挟んで構え、倒れるゴーストフェイスに向けて腕を伸ばす。




「僕は優しーから、殺すのはナシにしたげる。 でも、しばらく眠っててもらおうかな? 骨も何本かボッキリいってもらうかも。 今この場で鍵を差し出してくれるなら、あんま痛くしないって約束するけど、どーする?」


「はあ……! く、はぁっ……!!」


「……別にいーよ、ボコボコにしてからその服ひっがすだけだし。 どっちにしろ結果は同じ……」


「ちがっ……!! ぼく、嘘を……、ついてました……!! 本当は最初から鍵なんて…………!!」


「……めっちゃ嘘つきじゃーん。 戦わないと先に進めない感を出して、時間稼ぎしてたんだ? じゃー、許せないや」




 キャンディーがノールックで真横へ向かってボールを投げる。

 それらはネオンラインを空中に描きながら高速で壁や床で乱反射し、床に伏せるゴーストフェイスの横腹や後頭部に連続で直撃していく。

 一撃一撃の威力はプロボクサーの渾身の殴打にも匹敵しうるというのに、跳弾は無慈悲にもあらゆる角度から襲いかかる。




「はいー、トドメのフィニッシュー」




 キャンディーが掴んだのは、先程まで豪風を生み出していた送風機サーキュレータの取っ手だった。

 重量感のあるマシンを、車椅子を押すみたいに両手で力んで


 ズン、と両手が軽くなった途端、送風機サーキュレータは床を滑って急発進を開始した。

 進行先には、うずくまるゴーストフェイス。


 その後に起きたことは、小型バイクと人間の衝突事故をイメージしてもらえれば想像できるだろうか。

 大きな音と、衝撃。その様子はぶつかった、というよりはかれた、という表現の方が正しいと言える。





「……僕も他人と絡むのはあんま好きじゃないんだけど、コミュニケーションが苦手だからなんて終わってる理由じゃない。 。 無駄なことに頑張るの、勿体ないからしたくないだけ。 ……君は、透明人間でも、自由の亡霊でもなんでもないよ。 ……ただの弱っちい、頭の悪ーいおバカさんさ。 それじゃ、ばいばーい」



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