『創造と製造』




 殺人玩具ドールズの軍団が槍衾やりぶすまの如く押し寄せる。


 それをあらゆる血の武具が裂き、潰して回る。




「そこの女男おんなおとこが二度と絵を描けないよう、全身から血を絞り出してしまえ、 『鉤爪の福男サンディ・クローズ』!」




 人形の山から真っ赤な服に白髭の巨漢が飛び出し、両手に備わった鋭爪を突き出してロビンソンの頭上から襲いかかる。

 そこに侵入防止用の柵みたいな血の槍の連なりが伸びて、勢いよく突き刺した。槍玉にあげられた達磨だるまの腹が引き裂かれ、割れたピニャータみたいに中のバネやパーツを吐き出す。

 そのはらわたの中には赤白のテープでぐるぐる巻きにされたボックスがポロポロと散見され、それらは床をバウンドすると質の悪いクリスマスソングを奏でて赤いダイオードランプを光らせる。


 そして、小爆発の連続。

 破裂するプレゼントボックスから飛来した破片群を、床から迫り上がった血の壁がロビンソンを守る。




「……その手はもう、見飽きた」


「HA!! それでどうするつもりだあ!? 血流操作で殺人玩具ドールズを壊して回っても、在庫ストックはいくらでもある!! 『オルナンの埋葬』が何だよ、状況は何にも変わっちゃあいないぞ!」


「そうか……、君には聞こえていないんだな。 殺人玩具ドールズの無念の声が」


殺人玩具ドールズの声だって?」




 トンネルの奥からやってきては血の武具によって叩き伏せられバラバラに散乱する人形の部品パーツたちが、ケラケラと蠢く。




「君の権能、『愉快な仲間たちドントハグミー』は命を持たぬ玩具がんぐに負の念を吹き込み、操る能力だ。 破壊された玩具がんぐは例え分解されようとも、注入された負の念を動力に動き続ける。 『心』の無い、空っぽの殺人玩具ドールズ。 哀れなことだ」




 散乱しているあらゆる部品パーツが、コンクリートを転がっていく。それを後押ししているのはロビンソンの血糊。遠隔の血流操作により、部品パーツが一点に集められていく。




「君は、君の造った玩具がんぐを不適当な用途に使用している。 包装パッケージ裏の注意書きにも書いてあるだろう、本製品を本来の使用目的以外で使用するな、と。 不当に扱われた玩具がんぐの嘆き。 私には聴こえるよ、そこの奴らの思念のうずきが!」




 『オルナンの埋葬』。

 長く、黒い、十字の杖。


 その一振りに呼応し、血液を纏った玩具の部品パーツが吃音的な音を立てて合体していく。

 出来上がったのは、くるみ割り人形の頭に、マネキンの胴体。不格好な美女の脚。その手には、血液の斧。




「……まさか、ロビンソン! ぼくの、僕の作品を……!」


「血液で繋ぎ、血液で紡ぎ、血液で包み、血液で塞いだ。 君が乱暴に使い捨てた玩具がんぐを、有り合わせの部品で再構築し『爆弾作りベータテスト』で補強した!」




 しかも、それは一体だけに留まらず。

 余った部品パーツは別の場所で再集合し、新たな血液人形を生産し始める。


 そうして、アと言う間に十体程の血濡れ人形が復讐に立ち上がった。

 その情景は、まるで死者の集団復活。生前の残留思念を晴らすべく、墓下より次々と湧き出る死霊たちの軍団の如く。





「――――超現実描写、『絵画のアトリエ』。

 君の殺人玩具ドールズされた。

 私にとって、あるべき姿に!」





 主人を変えた血濡れ人形たちが、工場長ドリームメーカーを護衛する殺人玩具ドールズに食らいつく。


 血の飛沫と、跳ね飛ぶ部品パーツ

 人形同士が殴り合い、斬り合い、刻み合う。




「またしても、僕の作品を……!」


「憤りを感じているか? 私としては感謝して貰いたいくらいだ。 君の下劣な玩具がんぐを嫌々ながら修復してやったのだからね」


「HA...!! しかし粗悪品だ! 有り合わせのゴミの塊では強靭に欠けるネ! キッズが夏の工作で組み立てた巨大ロボットみたいなもんだ!!」


「本当にそう思うのかよ?」




 始めは工場長ドリームメーカー側が優勢だった人形同士の争いは、すぐに拮抗状態となり、衝突で散った玩具たちの部品パーツを拾い集めて即戦力へと変換していくロビンソン側に形勢が傾き始める。




「ば、ばかなっ、こんな事が……!」


「『爆弾作りベータテスト』は強力な権能だ。 汎用性が高く、応用が効いて、単純かつ微細。 しかしね、君はこの権能に負けるのではないよ。 君はこの私のに敗北するんだ。 絶望を機に挫折した君は、苦悶しながらも抗い続けた私との差分に完敗するんだよ」


「……折れたよ。 あぁあぁそうだよォ、折れたよ僕は! 挫折した! でもさあ僕みたいに騙される奴もいるって! この業界には夢があるんじゃないかってさ!!」




 開き直った工場長ドリームメーカーのステッキが力強くコンクリート床を突っつくと、殺人玩具ドールズの波が捨て身の攻撃を繰り出し始める。




「芸術の道に進んだ君なら分かるだろ!? 僕と同じ、物作りを生業にすると決めた君なら! 君だって最初は絵を描くことで誰かを感動させたかったんだろぉ!? でも大人の世界はずっと汚かった、僕らは裏切られたんだ! 僕らの創作は、感動は、心は! 汚い大人どものビジネスに利用されちゃったんだよ!! この世間に! 社会にぃ!!」


「……先程まで蔑んでいた私に共感を求めるとは。 本当に餓鬼ガキだね、君は」




 人形たちが衝突し合い、各所が小爆発し、四散し、そして血の武具を握って再生する。

 工場長ドリームメーカーは長期戦に持ち込むことでロビンソンを苦しませる計画を立てていたが、それが反転。今や、戦えば戦うほど自身の下僕だった玩具たちはロビンソンの不死の配下となっていく。長期戦が有利という計画は、既に崩れてしまった。


 血風は、ロビンソンに吹いている。





「確かに、この社会は酷いものだ。 希望ばかり持たせて、その実は醜悪だ。 だけどね、。 確かに道の始まりは同じかもしれない。 しかしね、他人を感動させたいなんてのは綺麗なお題目で、実際の私は自分のために絵を描いていたとすぐに分かったよ。 父に褒められたくって描いたんだ。 利己エゴさ。 それに私は、初めから美術がビジネスに使われていると分かっていた。 だから言えるけれど、君は幼稚なんだよ。 純粋で真っ白な君が、真っ黒なものを発見した時、君は大人になるべきだったんだよ。 その上で真っ白を突き通すか、真っ黒に迎合するか、二者択一だったというのに。 お前は決断力もなく、何の覚悟もない、幼児だった! だからその場で地団駄を踏んで、今もこうして我儘を言ってばかり。 私は君みたいなピーターパンシンドロームのガキを生かすために絵を描いているんじゃあない。 ッ!!」




 遂に、ダムが崩壊する。

 堰を切るように血濡れの人形が工場長ドリームメーカーの足元まで雪崩込なだれこみ、尻もちをつく。

 人形が殺人玩具ドールズの上に被さり抑え込む山の上へ登ったロビンソンは、槍斧ハルバードを形成して工場長ドリームメーカーへと向ける。




「争いすらも玩具がんぐ頼りで、自分は前線にすら出てこない。 柵の奥から鳴くだけの駄犬。 いざ門を開かれ目の前に敵が立てば、こうして何もすることが出来ない臆病な餓鬼ガキ。 何か言い残すことは?」


「僕と……、僕とお前は、同じ……! 創作者クリエイターで……、僕らは、被害者で……! 絶望も苦悩も、八つ当たりするのに十分な……!」


「まだそんな戯言を。 もう、いい。 知能指数の低い奴と話すとイライラする。 嗚呼ああ、それと、あともうひとつ君の気に入らないことがある。その紺青色の小汚いチョッキ。 そいつの色が私の髪の色に似ていて、どうしても気色が悪い。 君にはその色は相応しくはない。 いいか、




 人形の山の頂点から飛び降りたロビンソンの槍斧ハルバードが、怯える工場長ドリームメーカーの仮面とチョッキを縦に引き裂いた。




 青色が、たちまち赤色へと染め上げられていく。

 殺人玩具ドールズの全てが、電源でも落とされたみたいにその場で崩れて落ちる。




「……ちっ、くだらない奴に時間を浪費した」




 割れた工場長ドリームメーカーの仮面の顎が勝手に動き、音割れた笑いを発声する。




「HAHA......HA...HA...HAHAh......、

HaahAgrrHahAA......、HaA......、

良ぃ……、子のみんなア……!

おもちゃを飲み込んじゃ、いけないよ……、

お友達、と……、順番に遊ぼ……!

遊び終わったら……、箱に……、戻し……」




 ばきり。

 ロビンソンの靴底が、仮面を粉々に踏み潰した。


 『オルナンの埋葬』を血液化し、その血で傷口を縫って穴を埋める。人形の破片だらけになったトンネルを、暗闇に向かって歩き出す。





「……地団駄を踏むなんてのは誰もが過ぎる道だ。 大人になるにつれて過ぎ去るべき現実の関所、登竜門なんだよ。 そこを乗り越えられないからと泣き果て、無差別な八つ当たりに死力を尽くすとは、全くもって美しくない。 没落者め……」



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