『計画と作戦』





 『いつもの場所』。

 

 オレと仁の間を埋めるのは、ノイズ混じりのラジオニュース。不穏な事件の情報ばかりが流れ込んでくる。




「――――昨晩の大規模電波ジャック以降、日継町で前代未聞の凶悪事件が連続しています。 失踪事件、暴力事件、子供用の玩具の仮装をした正体不明の武装グループの徘徊など、恐ろしい内容が次々報告されています。 検察はこれら一連の事件を電波ジャック犯である『少数派ルサンチマン』のものであるとして、その関係性について――――、」




 ……あの電波ジャックが世間を一変させた。

 平和だった日常が、突然に狂った。


 テレビやネットは凶悪事件を取り上げ、SNSではもし犯罪に巻き込まれたらを想定した対処法が拡散され、そのスレッドツリーには『少数派ルサンチマン』とEXEが語っていた『特務課』にむいての考察や陰謀論で溢れかえっていた。




「……混沌カオスだね。 煌、聞かせてくれるんだろう? 一体、この街で何が起きていると言うんだい?」


「……深い事情とか、奴らの正確な目的とかは分からない。 オレが分かってることは、『少数派ルサンチマン』って奴らは権能を使って悪さをしてるテロリストってことだけなんだ。 あっ、えぇと……、権能ってのは…………」


「権能……。 電波ジャックの映像で黒いバイカーヘルメットみたいな人が言っていたやつだね。 にわかには信じ難いな、そんなオカルティックなとのが実在するなんて……。 まるでアニメやノベルみたいじゃあないか」


「オレも未だに信じられない。 でも、ホントにあるんだ。 ずっと明言できてなかったけど、野崎も『少数派ルサンチマン』の一員、テロリストだ。他にも何人か、身近にテロリストの関係者がいる。 だから、もし野崎たちの正体をバラしたら『いつもの場所』も、クラスメイトも、皆危険に晒される。 そう思うように脅されて……、隠しているしかなかったんだ……。 すまない、仁」




 顔を上げて反応を見るが、相手の顔色はあまり好感触とは言い難い、暗い様子だった。




「煌君がどうにかして止められる規模の話じゃあなさそうだし、理解はできる。 だから、いいよ。 君のせいで巻き込まれたなんて少しも思ってない。 でもね、話してくれなかったこと。 これだけは別問題だ、許せない」




 仁がここまで強い口調で話すなんて、とても珍しい。当然だが、かなり怒っているみたいだ。




「……この際だから言っておくよ、煌君。 いいかい、君は、僕にはないものを持っている。 力も、境遇も、何もかも……。 だから、いつまでも『どこにでもいる普通の学生』みたいには振る舞わないでほしいんだ。これはアメリカンコミックからの引用だけどね、ものさ。 君が野崎さんに目をつけられて、行動を共にして……、更にはテロリストの関係者たちとも知り合っているのに、五体満足で今こうしていられるのは、きっと奇跡や偶然なんかじゃあない。 君自身の想いの強さ、君の努力、君が望んだ物事。 それが起因しているはずだよ。 ……僕にはそんなこと、絶対できない。 同じ立場なら、重責に耐えられず早々に通報したりテロリストを裏切るような真似をして怒りを買っちゃったりして、消されてるはずさ。 ……何か、思うことがあったんだろ? だから、今も君は普通と異常の隙間にいるんだろ?」


「……ああ、お前らのことだよ。 オレ一人で怖がって楽な道に行くのは簡単だけどさ、楽に逃げた先には、お前らの平和な日常があって。 オレのせいでそれが壊れるかもって思ったら、怖くて……。 勿論、テロリストが身近にいる日々ってのも怖ええよ。 殺されるかもって、何度も思った。 でも、中途半端の狭間にいる間はさ、オレが両方の恐怖を我慢していればお前らには危害が及ばない。 テロリストも、オレに利用価値を見出してくれてるらしくて殺し辛い。 丁度良かったんだよ。 ……こうなっちゃった以上、その狭間の立場ってのも意味なくなっちまったんだけどな」




 しばらく考え込んだ仁はオレの目を見て、「本当に仕方のない奴だな君は」って言いたげな顔を見せた。




「何もかも背負い込んで……、勝手に負い目まで感じて……、まるで少年漫画の主人公みたいだよ。 ……かく、テロリストたちの動きが静まるまでは『いつもの場所』に集まるのはヤメにしよう。 盗聴されるかもって話だったから今日は集まったけど、遥夏たちにはもう集合禁止の連絡はしてある。 どうせ学校も早終わりか休校になるだろうしね」




 必要な情報共有を一通り済ませて、そろそろ家に帰ろう、と立ち上がったところで、




「……ところで煌君。 さっき権能と呼んでいた異能力のことだけれど……、あれは、潜在能力みたいに誰でも持っているものなのかい?」


「ん? いや、そういうワケじゃないらしい。 確か、『少数派ルサンチマン』の指導者リーダーから『解放』だか何だかっていう儀式みてえなのを受けたら使えるようになるとかどうとか……。 でもオレはそんなの受けてないのにいつの間にか使えるようになってたし、よく分かんねえんだよな」


「さっきの話を聞いていてまさかと思ったけど、やはり君も権能が使えるのかいっ!? どうして、どうやって!?」


「あー……、使えるっつーか、なんつーか。 理由も理屈も分かんねえけど、うん、使ってる」


「どんな能力なんだい? 火が出るのか? 雷を操るのか? 水を放射するのか!?」


「き、急に食い気味だな……。 オレのはそういう派手なモンじゃねえよ。 お医者さんに診断してもらったりしたワケじゃないから断定はできないんだけどさ、恐らくオレの権能は、触れたものを破壊する能力みたいなんだよな。 防御に特化した力だから、もし戦闘になっても約立たずだなんだって野崎には言われたよ……」


「……やっぱり、君ってやつは」




 仁はそこで呟くのをやめて、コンテナから出ていってしまった。


 これで、約束だった仁への事情説明は完了した。

 今度は、オカ研。マリアに理紗が誘拐された時、どうして最初に相談しなかったかとか、それらしい理由とセットで色々と説明しなくちゃならない。



 キレると何をしでかすか分からない奴らだ、爆弾解除クラスの慎重さが求められることになる。それを考えるだけで、この後の約束していた場所に向かうのが非常に億劫な気持ちでいっぱいだった。






―――――――――――――――――――――






 日継高校は『少数派ルサンチマン』の件で休校になっているので、オカ研メンバーとはあのファーストフードダイナーで集まることになっていた。




「……事態の緊急性があったことは分かった。 だが、何度も言ったはずだけどね? 私は君の監視役、何か権能に関係する物事が起きたら、の一番に私に連絡しろと」


「それについては悪かったって!」


「それで、君の妹は本当に異世界とやらの記憶を忘れてるんだろうね? 分かっているとは思うけれど、もし憶えているようならそれなりの対処をする必要がある」


「忘れてる。 何度も確認した。 授業終わりに目が覚めたら礼拝堂で寝てたってな感じに記憶が飛んでて、憶えてないらしい」




 野崎に伝えたのは、そこまで。

 仁を呼んで理紗を保護してもらったことは伏せておいた。理紗本人にも、話を聞かれた時のために口裏合わせをしてある。

 あれだけ自分の正体や仮面の界隈の情報漏洩に厳しい野崎のことだ。仁が関わったと分かれば、その後のアクションはきっと口封じだろう。どんな手を使うか分かったもんじゃない。



 ストローをバニラシェイクの頭にスクスクと刺し、つまらなそうに頬杖をつくメレンゲがため息混じりに呟く。




「アーア、文化祭は延期、ですネ」


「め、メレンゲさん……。 でも助かりましたね、私たち、まだ部活の出し物決まってなかったですし……」


「ブーブー! カフカチャンは悔しくないのデス!?」


「しょ、正直なところ、そこまで……。 文化祭なんてスクールカースト上位だけが楽しめるイベントですから……、私みたいなのにはない方が落ち着いて生活できますし……」




 中止になったワケじゃなく、延期になっただけなのにこのリアクション。どんだけ頼みだったんだよ……。




「しばらくは仮面持ちたちが大暴れしてるだろうかね〜。 ま、妥当じゃない? 学校側の対応としてはさー」


「ちなみに。 私が疑われるのもしゃくだから先に言っておくけどね、電波ジャックを含めた昨今の一連の事件に私は関与していない。 いや、関与していないどころか、聞かされてもいなかった。 恐らく、これは上層部を中心にした小規模な特設チームによる作戦だ。 本格的に内部分裂なんて気にしないって動きになってきたところを見るに、どうならEXEは『少数派ルサンチマン』を失ってもいいと思っているらしい。 これまで人口爆発させるみたいに超速拡大させていた組織を突如として捨てるなんて、何を狙っているのか……。 それとも、もう目的を果たしたのか。 『廃棄物アウフヘーベン』の方は何か知らないか?」


「知らないねー、ぜんぜん。 てか、そっちの内部が知らないことを『分派こっち』が知ってるわけないしね。 あ、でもリーダーならなんか知ってるかもよ? ほら、そこにいるし聞いてみたら?」


「はっ……?」




 野崎が勢いよく振り向くと、そこにはウルフカットの男と白猫みたいな幼女が二人して立っていた。




「……この私が、気配を察知できなかった」


「ようようようよう、皆さん朝からお揃いで! お、君が噂のお絵描きちゃん。 初めまして、よろしく」


「コードネーム、ジョン・ドゥ。 『廃棄物アウフヘーベン』の名も無きリーダー。 EXEの統率から独立しても尚、死なずに好き勝手している無法者。 噂は聞いていたけど、こうして顔を見るのは初めてだ」


「俺そんな風に言われてんのかよそっちで。 酷いなー、それに名も無きリーダーって! 俺にはカインっつー両親からつけてもらった由緒正しき名前があるってのになあ」


「カイン? 日本名でか?」


「俺、こう見えてもハーフだから。 意外? だよなー、よく言われるんだよな。 折角だし、これを機に是非、俺のに――――、」




 と、ジョンから差し伸べられた握手の手を無視して、




「気安く寄ってくるな、気色が悪い」


「ちぇっ! 俺ってば、友達作るの下手だなーホント」




 拒否られてしまったジョンはハイハイ、とお手上げポーズを取って近くのカウンター席から椅子を引っ張ってきた。




「じゃあゆっくり仲良くなるとしよう。 ヒーロー、絵描きちゃんの隣座らせてくんね? こっち移動してくれよ」


「いや……、こいつも嫌がってるし……」


「シュレちゃんの座る場所もないしさー、頼むぜ。 この子の座る場所確保のためにもそっち座らせてくれよ〜」




 ボックス席はオレ、野崎、カフカ、秀次郎、メレンゲでいっぱいいっぱいだ。確かに、ジョンとシュレーディンガーが座るなら、まだ余裕のある下座のオレと二人が交代するのが妥当だが……。どうしてこんなに座りたがるのか。




「まあ、良いけどよ……」


「サーンクス。 優しいねえヒーロー!」




 こうして、オレは一人でテーブル側面のお誕生日席ポジションに座ることになった。オレのいたソファにはジョンと、その膝の上に乗る幼女がぬくぬくしている。

 てか、膝の上座らせるならオレも座れる余裕あんじゃねえか。まあ、ツメツメになるからこれでも良いんだけど……。




「じっつはさー、今『少数派ルサンチマン』が動いてるアレ、目的に心当たりがあるんだよ」


「……待て。 私が思うに、電波ジャックの前から起きていた連続失踪事件と猟奇殺人事件などはだ。 電波ジャック後、欲求不満の暴れたい仮面持ち達に発火のタイミングを与えるためのもの。 お陰様で日継町を中心に国内中枢都市の犯罪率は急増し、混沌状態となっている。 こんな状況を作り上げた理由に心当たりがあるだって? 心当たりどころか、君も一枚噛んでいたんじゃあないのか?」


「うわー、うたぐり深えな絵描きちゃん。 そんなんしないって、俺って暴力とかそういうの無理なんだから。 平和主義者なんだよ。 ゲームとかでも倒さなくていい道中のザコ倒してレベ上げとか、したくない派だし。 てか今回の件、一枚噛んでるどころか、


「何……?」




 ジョン・ドゥがそう言って季節外れのコートの内側から取り出したのは、なんと拳銃だった。




「ちょいちょいちょいビビんな。 大丈夫、本物だけど弾は抜いてある。 この前、こいつを持った『少数派ルサンチマン』を名乗る仮面持ちが俺を殺しに来た。 こん中にミリオタはいるか? ……いねえかよな、まあいい。 見た目がイカツイが、こいつは静かな銃だ。 特殊部隊なんかが潜入任務スニーキングなんかに使う代物しろもので、俺のことを暗殺しようとしていたのは明らかだった。 んで、そいつらを縛り上げて聞き出した話だが……、どうやらEXEは計画を次のフェーズに進めるために、邪魔者を一斉に消去する暴挙に出たらしい。 『分派』のリーダーである俺を筆頭に、影の権力者や、街の半グレ浄化を推進する目障りな政治家とかな。 世間じゃ無差別対象だって言われてるが、不利益を恐れた奴らの身元隠しのせいで報道はそういう情報発表を強いられてるっぽいぜ。 ネットじゃあ既にバレてっけどな」


「無差別な多発テロに見せかけた、仮面の界隈の活動を阻害する者達の一掃作戦……。 以前からEXEには、組織内に公表していない隠された狙いがあるように感じていた。 もしその達成が目前に迫ってきていたとしたら有り得ない話じゃあない。 『少数派ルサンチマン』という強力な持ち札を捨てることになったとしても、それがもう目標達成には必要ない段階に来ているのだとしたら、納得が出来る」


「おう、すげえ喋るなあ。 俺の考察ターンいらねえじゃん。 言いたいことは殆ど絵描きちゃんが言ってくれたよ。 んで、気になるのはそのEXEの狙い。 それが分からねえんだ。 そこで……、EXE




 全員からの注目を集めるジョンは、拳銃を懐にしまってから話を続ける。




「俺は、EXEの居場所を知ってる。 『少数派ルサンチマン』の一般構成員、つまり下っ端が集まるアジトとは違う、秘密の根城にEXEは隠れているのさ」


「ジョンはどうしてEXEサンのおうち知ってるのデス? 野崎サンもご存知ナシデスのに?」


「そりゃー俺ちゃんだから! これでも一応、廃棄物アウフヘーベンのリーダーだぜ? ある程度は強い情報網と対抗能力がねえとEXEにもっと早いうち潰されてるって。 これくらい朝飯前情報ってワケよ。 ……んでさあ、ここでお前らに提案だ。 EXE? 奴の側近と幹部クラスのみが知るその場所に行って、胸ぐら掴んで真相を聞こうぜ。そいつが一番手っ取り早いと思わねえか? それに今起きてる連続事件、治安悪化を止められるのも恐らくEXEだけだ。 あいつは全ての元凶だからな。 俺たちでアイツを表舞台に引っ張り出せれば、この流れを止めさせられるかも知れねえだろ?」


「……EXEさんと、敵対する、ってことですか?」


「眼鏡ちゃん、そーゆーこと。 怖いのは分かるよ、俺だって元は『少数派ルサンチマン』だ。 EXEとは反りが合わなくって『分派』を作り、今じゃあこうなってるけどさ、奴に本気で逆らったらどうなるかなんてよーく分かってる。 ……それでもよ、俺は許せねえよ。 奴は罪のない無関係の人を殺して回ってる。 権能の存在を自ら明かした上で、だ。 あんなことをするのは、だ。 愉快犯、それに尽きる。 そんなのを許せるワケがねえ。 ああ、許せないね! ああいうゲームの魔王ラスボス気取りでいる奴がなあ!」


魔王ラスボスって……」


「ヒーロー、前に話したよな? 俺たち『廃棄物アウフヘーベン』の活動目的は『鍵』の世界的共有、そして、。誰しもが特別になれる世界を作ることを目指している。 でもEXEは、どうしてか権能を国家の隠し持つ悪しきものとして広めた上で、最終的に仮面の力を『少数派ルサンチマン』だけで占領しようとしている。 俺達の目標と反するわけさ。 これだけで、『廃棄物アウフヘーベン』が立ち上がる最大の理由になるんだよ」




 カフカの泳ぎ目が、不安を示している。

 追放されていた身であれ、EXEに逆らうという行為が何を意味するのかは深く理解しているようだ。




「ほ、本当に勝算はあるんですか……? あっちは数百人の仮面持ちの方々を、手足のように動かせる人、なんですよ……? 私たちじゃ、不意をつけたとしても……、懐に潜り込む前に、し、死んじゃいますよ……」


「確かにやべーとは思う。 でも、今『少数派ルサンチマン』の内政はEXEの勝手な行動のおかげで大混乱になってるハズだぜ。 ってことは、その全員を相手取る必要はねえってことだ。 無理な出兵で肝心なお城の中は手薄。 そこを上手く突ければ勝機は大いにある。 それに……、このまま現状放置した未来もどうせ同じ終着点だと思うぜ? 世間の評価の話だ。 『少数派ルサンチマン』とかEXEとか上層部とか、そういう区別もなにも分からねえ一般モブ達からしたら、って雰囲気になると思うんだ。 そしたら、俺たちだって危うくなる。 内乱どころか、警察にも追われるようなことになるかもな? だから早いうちに、誰かがEXEを止めなくちゃあならねえ。 何が目的なのかだけでも突き止めなきゃな。 そのたまに、頼む。 俺と一緒に、奴と戦ってくれ!」




 ジョンの言い分には不思議な説得力があった。


 確かに、元凶たるEXEを押さえることが出来ればこれ以上の治安悪化は抑制できるだろう。日継高のクラスメイトや『いつもの場所』の皆に被害が出る前に事件を止められるかもしれない。

 だが……、そんな事が本当に出来るのだろうか?


 オカ研は『少数派ルサンチマン』と『廃棄物アウフヘーベン』、そして追放されたカフカと一般人のオレが連合のように手を組み合った集合だ。

 あらゆる視点が集まることで、今回の論点になっているような事件や衝突を察知したり、抑止策について議論できる点で言えば、世間一般と仮面の界隈を繋ぐ国際連盟的な立ち位置であると言えるかもしれない。


 だが、如何せん規模が小さい。

 構成員は全員高校生で、どいつもこいつも我が強く、思想も強い。しかも正直なところ、信頼関係もガタガタだ。 仕方なく手を組んではいるが、ビックリなことにオレは全員から一度以上殺されかけてる。つか、実際殺されたことまである。

 こんなガタガタボロボロ穴だらけの不完全な集まりが、界隈の大本営たる『少数派ルサンチマン』のヘッドを叩くだなんて、到底上手くいくとは思えない。




「ヒーロー、なんだよその顔。 俺たちのことが信用できねえのか?」


「……そういうワケじゃない。 オカ研部員の実力は分かってるし、あんたは世間を揺るがすテロリストの『分派』、そのリーダーだ。 きっとオレなんかじゃ想像つかねーくらい強いんだろ。 でも……、もしものことがあったらオレは……、目の前で仲間が倒れるようなことがあったら……」


? はははっ、安心しろよ。 そんなことは起きねえから」




 ……何だ、バカにされたのか?

 オレがこいつらを仲間って呼ぶのがそんなにおかしいか?




「怒んなよ、煽ってるワケじゃねえ。 俺が言いたいのはなあ……、


「…………え?」




 留守番……、留守番!?




「待て待て、留守番って……。 お前らがEXEのとこに突っ込んでる間、何もせず吉報を待ってろって言うのかよ!?」


「イエス、その通り。 分かってるじゃあねえか」


「いや……、だってさっきは一緒に戦ってくれって……!」


「ありゃあお前以外に言ったんだ。 絵描きちゃん、眼鏡ちゃん、おっぱいちゃん、メロくん。 この四人にさ」


「ジョーン? 今なんて言ったデスカ? ジュージュー希望? ぶっ殺しマシタにされたいデスカ?」


「初対面の二人には分かるけど、どうして僕らまで適当な呼び名に……? てゆーか、僕、メロ……? メロって、何……? メロン……、の男?」


「御山さん、メロとはメロメロ、という単語と男性の意を繋げた形容詞、造語です。 推し活女子などを中心に広まったスラングで、一説では和やかで落ち着いた雰囲気を意味しているメロウ、という英単語ともかかっていると言われています。 余談ですが、メロとイケメンの違いはその雰囲気が容姿に依存するものなのか否かで区別することができて――――、」


「……カフカチャンって、急に早口で流暢になることあるよね」


「はあっ、またやってしまいました!! オタク語り……、うぅ、忘れてください……」


「ヒーロー。 こいつらの様子見て分かんねえのかよ? これが俺たちとお前の、決定的な違いさ」




 オレとこいつらの違い……?

 明確なのは、みんなの方が余裕があるというか、緊張感が欠如しているというか、あまりに楽観的というか。

 EXEってのは仮面持ちどもの総本山、そこのトップオブトップなんだろ? そんなのを相手取るんだ、ジョンに頭下げられたからって、ここまで弛緩して話せるものなのか?


 ……いや、違うな。

 恐らく、。オレとこいつらの、最大の違いはそこだ。


 普通なら、強い願いがあったとしても、そこに障害物となる存在が立ちはだかる時、力を以て押し通すことはそうそう出来ない。出来るわけがない。

 しかしここにいる仮面持ち達は違う。望むものを手に入れるため、立ち向かうことに慣れている。そこに抵抗や恐怖を感じなくなっている。麻痺している。




「俺たちはお前と違って、権能の殺死合ころしあいなんか何度もやってきてんだよ。 相手がEXEってんでビビりはしても、権能が飛び交う戦場いくさばに向かう事、それ自体への恐怖心はねぇんだ。 だからこんな話題の最中でもふざけていられる。 当事者意識があった上で、な。 さっきの眼鏡ちゃんの話聞いてたろ? その子はEXEんトコに殴り込むのが怖くてイヤなんじゃあない。 むしろ気にしてたのは突入した後のこと。 EXEってとこの方を気にしてた。 だけど、お前はこうはいかない。 EXEと殺り合うってだけで腰が引けて、更には権能バトルだなんて聞いたら逃げる方法を先に探すだろ。 そこが駄目なんだ。 俺たちなら権能バトルするって分かりゃあ逆に安心するもんさ。 相手も仮面持ちなら、こっちも自由にやれるからってな。 ……いいか、この計画は失敗できない。 だから、お前の経験の浅さが決定的に邪魔なんだ。 ここぞという大一番でそんな弱腰でいられると、他のやつがカバーせざるを得なくなって足を引っ張られる。 それなら、最初から着いて来ねえ方がずっと有力だぜ」


「……煌。 この男に賛同するのはあまりいい気分ではないが、言っていることに間違いはない」


「野崎まで! オレ達、これまで一緒に戦ってきたじゃねえか! 確かに足引っ張ってばっかで、お前ら頼りだったけどよ……。 それでも……!」


「なら聞くけどね。 君、もう二度と暴走しないと断言できるのかよ?」


「っ……、それは…………」




 ……暴走は、コントロールできない。

 ラヴェンダーとの戦いや、カフカとの戦いのあとの事は憶えていないが、……この前のマリアとの戦いのことは、異世界の『窓』を越えた影響からか、うっすらだがノイズがかった録画みたいな記憶が残っていた。


 暴走する意識の中で、恐らくオレは……、酷いことをしていた。マリアを本気で殺しかけていた気がする。

 グロくて、生臭くて、気持ちいい。

 そんな感触ばかりを思い出す。




「先の暴走が再発すれば、EXEどころの騒ぎではなくなる。 それに暴走せずとも、君の権能は触れたものの破壊。 完全な拒絶防御タイプだ、明らかに自発的な戦闘向きの能力じゃあない。 共に戦ったとしても自分の命を守るのが精一杯だろう。 EXEの配下である幹部クラスの仮面持ちを次々と倒して進む今回の作戦では。殆ど活躍の場がないというわけだ」


「そんな……」


「……たまには妹と一緒にいてやれ。 君の望んでいた、普通の日常とやらを噛み締めたまえよ」




 その後も話は続き、打倒EXE計画の肉付けが進む。

 しかし、最後までオレの留守番役は変わらなかった。




「キラくんサン! ドンマソ! ドンマソ! デス!」


「ま、いーじゃん。 最近あんまゆっくりできてないでしょ? 学校も休みだしさー、ゲームでもしてマッタリしたら?」


「……あの、EXEさんのこと、誰かが止めないと、いけないん、です。 私たちなら、恐らくそれができます。 それと……、あの、この決定は作戦の成功率を高めるための合理的決断であって、決して神無月さんを孤立させようと悪い画策をしているわけでは……、その、ないので……」




 最初は悲観的だったカフカすら作戦に賛同し、『廃棄物アウフヘーベン』とオカ研による共同戦線が張られることとなった。


 が、部長のオレは……、居残りになった。





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