『有終と混沌』




 日継町の埠頭。

 その南東側の外れにある寂れた倉庫で銃声が響く。


 中では黒い鋼鉄に身を包んだ大男が武器を握る悪党をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りを繰り広げていた。


 遂にマフィアの親玉が男の剛腕に捕まり、片手一本で頭を鷲掴みにされて宙吊りにされる。




「狙いは無記名債権の山かッ! 良いぞ、良い! まるで映画の様だッ!」




 足場にしていた木箱の山から、ぼろぼろとビニール袋に入れられた黒い粒がこぼれ落ちる。




「ほほーう、こちらはコーヒー豆か? 悪党が大量に箱詰めするには随分と優雅だ。 ……そうかッ! 成程、これは探知犬対策の臭い消しだな? 本命は覆い隠しただろう? いいねいいねーッ! ヒーロー活動っぽくなってきたぞォーッ!!」


「たぁ、助けぇ……て!」


「おお!生き胆を抜いたのにまだ息が! 人の生命力とは時に残酷なものだな! その救いを求める声、この我が聴き入れたッ!!」




 ディオが掴んでいた悪党をぶん投げると、柱から飛び出した工業用のフックに胴体が突き刺さった。




「その苦痛から、解放してあげようッッ!!」




 腰のベルトからカラフルな3Dプリント銃を二丁取り出して、そのままダブルロックを外して引き金を引く。

 銃身の破裂と共に弾丸が発射され、壁にはりつけにされていた悪党の額に着弾。肉がひしゃげて落ちる。




「……また、一人。 救いの声を叶えてしまった! 英雄としてはまだ遠いが、ヒーロー活動としては順調だなァッ!」




 木箱の山から降りて、金属がぶつかり合うような歩行音で血溜まりの上を進んでいく。




「おっと、そろそろ時間だな! 君たちと正義のヒーロー像について夜通し語り合いたかったのだが、すまないな! この後、大事な大事な大一番のシーンが待っているのでねッ!」




 そう言い残し、倉庫を出てすぐ超人的な身体能力で屋根上まで飛び上がった。


 ディオは無数の光点が浮かぶ夜の街を一望し、





「さあ始まるぞ、一世一代の大舞台がッ! きっと誰かが我が名を呼ぶ! 救いを求める! そして装いを新たにした我の出番がやってくるッ! 良いぞ良いぞーッ! 楽しみだ、とてもとても楽しみだーッ!! 台詞劇ストレートプレイを始めようではないか!」





 そして大男は、今宵もビルの谷間を跳躍する。


 救いを求める者の声を探して。


 己の出番を探して。






―――――――――――――――――――――






「……排莢よし、切り札完成。 間に合ったな」




 ジョン・ドゥは瓦礫の影で、前に特務課の権能捜査官ナンバーズから奪った拳銃の整備をしていた。




「シュレちゃーん、準備できてる?」


「ん」


「めちゃびしょ濡れじゃん。 全然準備できてねーってそれ」




 Tシャツの上からシャワーを浴びたらしく、シュレーディンガーの幼いボディラインに濡れて張り付いたシャツを見て、ジョン・ドゥはため息をつく。




「仕方ねーな、タオルしてやるから来い」




 足の間に入ってきた銀髪を、用意しておいたタオルで猫でも乾かすみたいにゴシゴシと拭く。

 シュレは嬉しがっているのか、嫌がっているのか分からないような顔で身体を預けている。




「……お前、眠いんだろ」


「……ん」


「人に拭かせといて眠んなよ、てか今から最後の打ち合わせ行くんだから起きてろって」


「んーぅ……」




 月夜の下に、依存関係の二人。


 来たる混沌カオスの始まりを前に、薄ら微笑む。




「もうすぐシュレちゃんのターンが来るぜ、心の準備出来てるか? コンティニューはねえんだ、ミスなしで頼むぜ?」


「ん」






―――――――――――――――――――――






「……戻ったか、ラヴェンダーよ」




 四方がコンクリートで出来た広大な空間。

 そこに、青黒い裂け目が開く。


 『窓』の奥から現れたのは、片目から巨大な青い花を生やした紳士服の男。

 かつて『少数派ルサンチマン』の参謀としてEXEの隣についていた、特別に狂った自称精神科医。




「只今、戻りました」


「マリアンヌの造りし異世界。 その魔王を征伐せし勇者への報酬、現実世界へ帰還するための『窓』の解錠。 骨を折ったであろう。 しかし汝の苦節は、異世界で培った憎悪の念は、汝の仮面の糧となるだろう」


「……はい。 私を馬鹿にした神無月煌。 そして、私を殺したジョン・ドゥ。 二名の殺害許可を頂けませんでしょうか。 この負の念があれば、『特例』の破壊も、『廃棄物アウフヘーベン』の奥の手も、全て封殺できます」


「試行を許そう」





 劣化した黒コートを靡かせ、ラヴェンダーは深く頭を下げる。己の血が滲んだステッキを、憎しみの数だけ強く握り締めて。





「あの愚か者共に、現実にはリセットボタンなどはないことを。 死すればゲームオーバー画面すら表示されず、冷たい虚無だけが待っていることを教えて差し上げましょう……!」






 『少数派ルサンチマン』と『廃棄物アウフヘーベン』。混沌カオスの発芽、その気配を察した二つのテロリスト組織を中心に、仮面の戦争が発火する。


 EXEの計画が、最終フェーズへと移行する。





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