『サイレント・フラワー』




 ある日の、湿った夜のこと。



 数日前にヴィクトーリア国に訪れ、城下町に宿を構えていたコネルトという行商人がいた。

 彼は頑丈で、商いのためならいくつもの街をまたいで移動し、武具でも薬品でも、更には喧嘩の用心棒までも請け負う万事よろず屋であった。

 幼き頃からたったの一度も病に伏せたことがなく、その天性の免疫力から毒草などの調合技術にも長けていた。


 そんなコネルトが唐突な吐血と共に倒れた。

 意識不明、全身には血の滲む水疱すいほうと正体不明の悪性腫瘍が現れ、何かがその肉体を内側から破壊して回っているようだった。




「新しい流行はやり病かね? 地下の隔離病棟に運べ」




 コネルトは独房のような隔離個室へ搬入され、夜通し呻き声をあげていた。

 その症状が感染病のものであれ、呪いの類であれ、専門医も解呪師も翌朝までは彼を見ることが出来ない。誰も彼を治療するどころか、その症状を和らげてやることすら叶わなかった。

 日が昇った頃、遂にその部屋から呻き声すら聴こえなくなった。



 この一件はすぐに街中へ広まり、急死の原因究明のため国は調査団を派遣。コネルトの持っていた帳簿から行動経路を把握し、この商談相手から話を聞いて回った。




「最近、コネルトに何かおかしな様子はなかったか?」




 入念な聴取を経て得られた情報。

 それは、コネルトが謎の疫病が流行したと噂されている村の近辺を通り、その土地に巣食う野生の魔物と戦闘したらしいという伝聞だった。

 コネルトの遺体は死亡確認後、全身がぶくぶくに膨れ上がり巨大な肉塊と化していたため、感染拡大阻止のためにも炎熱術式による火葬が執り行われていた。

 灰になった後では、遺体から魔物との戦闘痕を確認することはできない。ヴィクトーリアはコネルトの一件を新型の疫病発見事案と仮定し、問題となった北側の病み村まで調査団を派遣させた。


 拝雪教徒アハトリアは穢れを祓う為に魔術の火を利用したことについて国を糾弾したが、ある事件を前に、その訴えはたったの二晩で潰えることとなった。

 最北聖地の教区に、謎の流行はやり病が広まっているという悪い噂によって。






 "はじめに、咳が止まらなくなる。

  意識が朦朧もうろうとなり、

  目を覚まさなくなる。

  身体の至る所に肉の芽が生える。

  あらゆる薬品、薬草も効かず、

  疫病封じの銀魔法も効果がない。

  一度ひとたびそうなってしまえば、

  もう助かることはない"






 北の小国から送られてきたその手紙に、大陸中が震え上がった。






 "病は人や魔物だけではなく、

  花粉のように拡散し、

  あらゆる植物を汚染する。

  大地すらも侵食される。

  じきに黒き穢れは、

  南下を始めることだろう"






 同時期、噂の病み村に調査団が到着する。

 一帯は既に真っ黒に染め上がり、土は枯れ、木々は腐り、生臭い骨が転がる、死の土地と化していた。

 何もかもが穢れ、淀み、亡んでいる村の中心に、黒いグリーンカーテンに覆われたボロボロの教会が形を残していた。


 皮の防毒マスクを装着した調査団が教会の入口に近付くと、中から人の声が聞こえてくる。

 か細く、それでいて極めて恨めしいその声の主の姿に、全員が息を飲んだ。





「……嗚呼ああ。 全部死ね、全員死ね、みんな死ね。 死ね、死ね、死ね。 私が特別になる方法を見つけた。 私以外の全てが死ねば、私だけが生き残る。 全てに羨まれ、全てに切望される、特別。 そのために私は、私は。 私は全てを殺す。 全部死ね、死ね、死ね。 全てはあの方の聖書バイブルの通り。 結局、全てが死ぬのなら、私の特別を実現させてから死んでいけ……」





 黒鳥のくちばしに似たマスクを装着し、右の割れたレンズから巨大な紫色の花を咲かせた黒毛皮のコートの男。

 壁に腰を預けて床に座り込んだ男を中心に、歪な木の根が教会中に伸び渡り各所に毒の花を生やしている。





「……感謝するよ、マリア。 死んだこの私を、異世界に送ってくれたことを。 魔王を殺し、復活する好機を与えてくれたことを。 ……」





 調査団の一人が、唐突に吐血した。

 バディが疫病治癒の魔法を唱えるが状況は回復されず。

 背後に着いてきていた解呪師が塩を振って詠唱を始めるが、すぐに床へ倒れ込んでしまう。




「アーロ! 何が起きた、魔力切れか!?」


「ち、が……。 喉が、いき、が……!」




 呼吸困難に苦しむ調査員を見て、毒花の男の口角が上がる。




「……これは病じゃないんだよ。 ましてや、呪いでもない。 君たちの知らない力さ……。 全ての生物を殺し、死した者らの苦しみ憎しみ不条理感を、私の代償である『同化』で一手に集める。 憎しみは私の権能の糧となる。 より強力な毒病を生み、より凶悪な呪縛を産む。 死ね、死ね、死ね。 全部死んでしまえ、死ね。 私をこんな身体にしたあの男に、生まれるべきではなかったと後悔させてやる……!」





 調査団は喉奥の気道から大量の毒キノコを生やして次々に倒れ込む。床下から伸びてきた食虫植物の頭が死体に噛みつき、溶かし始める。




「……魔王を殺し、勇者となるのはこの私プレイヤー3だ。 私の現実を取り戻し、私の特別を取り返す。 私はもう孤独ではない。 私は全てを殺し、その亡骸なきがらの山頂に咲く毒花ラヴェンダーだ……」





 右眼に咲く花が、ぐにゅりと蠢く。

 トリカブトの様に美しく、そして怪物の口みたいに猟奇的に。





「さあ、死ね。 全部、死ね……!」





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