『エマージェンシー・コール』




 今日も理紗と登校できる。

 その喜びを噛みしめている最中さなかに、事件は起きた。




「お兄ちゃん。 私、今日は学校のあとにお友達の家にお泊まりして参ります! なので、夜のご飯は一人で食べてもらっても構いませんか?」


「ヴァ!?」




 りっ、理紗が……、おおおおお泊まりに!?

 友達ができたって昨日言ってたが……、女子ってのはこんな速度で仲良くなるもんなのかよ?

 先週から学校に行くようになったばっかで、えっーと、なんか色々と早すぎじゃあねえか!?




「待て待て待て! 友達って、学校の子か? 誰なんだ? てかどうして急にお泊まりなんだ!? なんかこう、もっと、一緒にご飯行ってきますとかから順番に段階踏んでじゃねえか普通? てか、相手の親御さんには許可取れてんのか? 待て待て明日の学校はどうすんだよ? そのまま友達ん家から学校行くのか? そういや着替えは? お金持ってるか? 充電は? あと、ええええと……!」


「……お兄ちゃん、私を信用してませんね?」


「いや信用してねーワケじゃねえよ! ただ、一応のためっつーか、心配っつーか! なんか色々といきなりすぎて心の準備出来てねえっつーかよ!」


「お兄ちゃん……。 私、お兄ちゃんには本当に感謝しているんです。 だからこそ、なんです」




 だからこそ……?

 だからこそって、どういう意味だ?




「私、ずっと弱いところばっかり見せてしまってます。 やっと外に出られるようになって、学校にも行けるようになって、友達もできて……、普通の女の子みたいなところを、お兄ちゃんに、お父さんお母さんに……、見せたいんです。 強くなった私を」




 ……だから、お泊まりを許して欲しいってことか?いやいや、あんなに引きこもってた子がいきなり……、おかしいだろやっぱりそれ。

 でもこれ以上首を突っ込むみたいな真似をするのは、折角せっかく普通に戻ろうとしてる理紗のことを縛り付けることになっちまうのかもしれない。


 オレの過保護のせいで、もしまた理紗が引きこもりになっちまったら……、オレは……。




「……分かった。 でも、常に連絡はしてくれ。 行く時、帰る時。 あと、場所も。 なんかあったらすぐ行く」


「……うん、分かった」




 数日前まで重度の引きこもりだった理紗じゃなくて、普通の女子高生が言ってるならそこまで心配する必要なく送り出せるんだが……。


 両親が家にいない今、危機を回避したり、何かあった時に助けてやれるのはオレしかいない。

 過保護気味になっちまうのも仕方がないよな……。






―――――――――――――――――――――






「――――理紗ちゃんに友達が?」


「ああ、もう、何が何だか……、オレにはサッパリで。 仁、何か知ってることとかないか?」


「君は最近……、全然『いつもの場所』に来ないじゃあないか。 修学旅行を抜いたって酷いもんだよ。 この前も皆で集まる約束だったのに連絡もなかった。 もしかして、忘れていたんじゃあないかい? それなのに、急に昼休みに電話してきたと思ったら相談これだ。 ……ちょっと虫がよすぎるんじゃあないかい?」




 集まる約束……、図書室で『支配者』を追い詰めた日。あの夕方、オレと野崎は『いつもの場所』へ行く予定だったんだ。

 結果、気絶したオレは野崎の家に担ぎ込まれて寝込んじまって……、無断欠席ブッチしちまった。




「その件は……、ごめんな。 どうしても急用で――――、」


「その急用というのも、教えて貰えないのかな」


「それは……」


「……ねえ煌。 僕はね、嫌な予感がしているんだよ。 君の言う急用って……、また例のテロリスト絡みなのかい?」




 仁は博物館の一件で包帯頭のテロリストを見て、その姿を覚えていた。そしてディオによる学校占拠事件で、ゾンビから逃げ回っている途中に野崎とテロリストの関係について聞かれて……、オレは彼女があの包帯頭だと認めてしまった。


 普通なら取り乱してもおかしくない場面だというのに、オレに何か事情があるのだと察した仁はそれ以上を聞かず、以降もずっと知らないふりをして話を合わせてくれている。

 いつか説明する、と言ってまだ、何も説明できていない。……というか、説明の仕様がない。


 説明してしまえば、きっと仁はオレを助けようとする。警察に告げ口にしたり、仮面の界隈に自分から飛び込んできたり、あらゆる可能性が想像できる。

 だがもしそうなれば……、野崎との、いや、ロビンソンとの約束を破ることになる。あいつはきっとそれを許さない。

 影響を受けるのはオレや仁だけじゃない。

 学校が、『いつもの場所』が、波及することになれば日本中が、血に塗れる結末に到達することになる。


 だから、話せない。

 どれだけ仁を信用していても、友達だからこそ……、話せない。話してはいけないんだ。




「……君はさ。 どうやら、面倒事に巻き込まれやすい体質と首を突っ込みがちな性格、その両方ともを持っているみたいだ。きっと記憶喪失になる前も色んなところに出ていっては手当たり次第に様々な関係値を繋いで、首の回らない生活を送っていたに違いないだろうね」


「酷い言われ様だな……、否定はできないけどよ」


「はぁ。 まあいつまでも不機嫌ぶっていても仕方がない。 わざわざ僕を頼りにきたってことは、君の頭脳だけじゃ解決できないことにぶつかったってことだろう? このデータバンクに任せてよ、何あらゆる知恵と知識を独断と偏見に基づいて提供しよう。 君のその慌て方を見るに、心配に思ってるのは理紗ちゃんに友達が出来たってだけじゃあないんでしょ? 話してみてよ」




 ……やっぱ、仁は頼りになる。

 怒ってても、友達には必ず手を差し伸べてくれる。マジで良い奴だ、良い奴すぎる。

 野崎にもそうだが、オレは本当に友達に頼りっぱなしだな。




「実は――――、」




 理紗が今夜、出来たばかりの友達の家にお泊まりをしにいくと断りを入れにきたこと。

 それを止めたり制限することは、これから一歩を踏み出そうとしている妹のことを束縛してしまうことになるのではと思い、止めなかったこと。

 ずっと、その決断にモヤモヤしてしまっていること。


 そんな事情を、赤裸々に話した。

 すると――――、




「あっははははははは!!」




 と、電話越しに軽快な笑いが返ってきた。




「おい、笑いごとじゃあねえんだよ!」


「いやーー、ごめんごめん。 我慢していたのだけれど、耐えきれなくて。 煌の言いたいことはよーく分かったよ。 そうだね……、僕から言えることがあるとすれば……」


「お、おう……」


「……普通、。 恥ずかしいし、説明とか出会いの経緯とか話して茶化されるのは面倒だからね」


「……は? か、彼氏!?」




 それは、想像の斜め上の発想だった。

 確かに理紗は、同性の友達だなんて一言も言っていない。でもお泊まり会って……、いやそんなまさか……!




「その可能性を考えていなかった、ってよりは、考えたくなくていつの間にか思考から排除してたって感じかな?」


「いやでも、登校するようになってたった四日だぞ!? 四日で彼氏って、いやいや無理だろ!?」


「そうかな? 煌は家族だから感覚が麻痺しちゃってるかもしれないけれど、理紗ちゃんってかなり可愛い方だよ? クラスの男子からは突如現れた天使みたいに見えたはずだし、理紗ちゃんもクラスに馴染めるよう積極的にコミュニケーションを取りに行きすぎた結果……、一目惚れクラスのスピード交際に! なんて有り得るかも知れないよ?」


「ばっ、馬鹿な……!」




 思わず膝から崩れ落ちた。

 幸い、オレがいる学校の屋上は誰もいないので変な目で見られることはないが、逆にたった一人でこの特大に膨れ上がった不安をどう処理すればいい?




「いやはや、ごめんごめん。 ちょっと、仕返ししすぎた。 これじゃあ逆に不安がらせちゃうだけだよね。 理紗ちゃんの相手が同性であれ、異性の彼氏であれ、別に煌はもう一歩くらい踏み込んで質問してしまっても問題はないはずだよ。 小学生だって友達の家に遊びに行く時は親に時間・場所・相手様の名前を言ってからにしなさいって言われるし。 子供扱いしちゃダメって言ったって、直前まで引きこもりだった経歴があるんだ。 少し過保護すぎるくらいが丁度良いよ、きっとね」


「……それが、あいつのことを縛り付けることになっちまうかもしれねえって分かっていても、か?」


「縛り付けてるって自覚があったら、その時は解き放ってあげればいいよ。 もしそれで理紗ちゃんが歩みを止めてしまったら、また背中を押してあげればいいんだよ。 歩き出したばかりの君の家族が今、最も危惧するべきことは転んでしまうこと。 どこかの誰かの悪意に足元をすくわれたり、悪運に祟られてしまうこと。 彼女には今、何よりサポートが必要なんだ。 だから、過保護になれ! 煌!」


「……そうか、そうだよな」




 仁の言うことは正しい。

 何で臆病になってたんだ、オレは。

 



「ありがとう、整理ついた」


「それは良かったよ。 理紗ちゃんと喧嘩になってしまうかもしれないけど、それは必要な喧嘩だと思う。 上手くやりなよ、煌。 それでもまた不安な時とか、何かあったらさ、僕を頼れよ。迷惑とか望み薄とか、そういうのは無視して。 僕と、君の親友たちをさ」




 それと……、と仁は繋げて、




「もうひとつ。 やっぱり野崎さんは信じすぎない方がいいと思う。 あの子をここぞって時に頼る相手にはしないでくれ。 いつか、痛い目を見ることになるかもしれない……。 テロリストである以上、何をしでかすか分かったもんじゃないんだからね」




 それを最後の忠告に、電話は終わった。

 屋上から教室に戻る途中に理紗へ「放課後、友達の家に遊びに行く前にすこし話したいことがある」とメッセージを送ったところで丁度、昼休みの終わりの鐘が鳴った。



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