『ホワイト・レター』




 授業も終わり、放課後。

 妹に送ったはずのメッセージにはまだ既読マークが付かない。

 まだ見られていない、のではなく無視されている可能性の方が高い……、と考えてしまうのはシスコン的な被害妄想だろうか。


 未読無視されている以上はオレと問答する気はないと思うし、ウザがられるだろうけど……、一年のクラス階に迎えに行ってみることにした。

 これで駄目だったら、あとは信じて送り出すしかない。






―――――――――――――――――――――






 広大な空間の中心にポツンと置かれた黒檀の机。その上のチェス盤に、EXEの手で黒い駒が並べられていく。




「EXE様、準備は完了しております。 もうじき、彼は私のもとへ向かってくることでしょう……。 接触したらすぐ審判の儀を始めてしまっても?」


「試験し、『特例』の権能の正体を見極めよ」


「かしこまりました、それでは……」




 卓上の無線機から音が切れた頃には、全ての黒い駒が卓上に揃った。




「仮面の拡大による権能有権者集団の発起、裏世界の歪みの影響を受けた異常気象の加速、反権能の機械装置の発明。 全てはの者により遺されたシナリオプロットの通り。 ――――そして、演者も揃いつつある。 『特異点』の登壇、真なる主人公による『分派』の結束、『王』の候補たる『特例』発見――――」




 EXEはヒビ割れた冠駒キングを掴み、




「あの学徒が『王』と判明すれば、シナリオは次のページへと移る。 胎動は歪みと混沌を孕む。 振るい、証明してみせよ。 奇跡すら偶発させうる、可能性の権力を」






―――――――――――――――――――――






「……え、早退?」




 一年のクラスを伺うと、クラス委員長と思われる女生徒から理紗は早退したと伝えられた。

 理由までは分からないらしく、五限までは教室にいたが急に保健室へ行くと言い残して早退してしまったのだと言う。


 オレには何も届いていないが、両親には早退の連絡がいったのだろうか?

 とにかく動向を知るために保健室の先生に話を聞いてみることにしたが、不安は一層強まることになる。




「神無月理紗ちゃん? 先週から復帰した子ね? 今日は保健室ここには来ていないはずだけど……」




 理紗が、保健室に来ていない……?

 どういうことだ、早退したんじゃないのか?


 もしかしたら体調不良じゃなくメンタル的な不調で、学校の空間に耐えられずに保健室を過ぎて家に帰ったのかもしれない。

 電話も出ないし、一旦家まで見に行くしかなさそうだ。


 急いで下足場に走り込んでロッカーを開けると、オレのスニーカーの上に置かれていた便箋が足元に落ちた。

 拾い上げたそれには、差出人の名前すらない。




「何だ? この手紙……」


「キラリンおつ〜! 今帰るとこ? 今日部活ないのー? あたしもなんだよねー、良かったらいっしょ帰っ…………」




 声をかけてきた紫明布シャンプーが硬直する。

 恐らく彼女にはこう見えていたはずだ。

 学校帰りに下駄箱からラブレターを見つけて、今まさに読まんとする瞬間のクラスメイトの姿に。




「あっ、あ、あっ、」


「いや、これはラブレター的なそういうのじゃあなく……、いや、ラブレターなのか? かも知れないけど、全然心当たりねえっつうか!」


「ごっ、ごゆっくりー!?」




 何でオレ言い訳しようとしてんだと脳内自問自答と混乱していたら、紫明布シャンプーは気まずくなって超速で去っていった。


 ってか、この手紙ホントにラブレターってやつなのか?

 どうしてこんな忙しい時に、と急く心で便箋を開く。




「…………なんだよ、これ」






  "妹御いとうとごの身を案ずるならば

   貴方もお祈りを捧げにいらしてください

   礼拝堂でお待ちしております"






 それはラブレターなんて可愛いものではなかった。

 誘拐を宣言する、非常通知。




「なんなんだよ、これ……! 誰がっ……、」




 思い浮かんだ犯人候補は『少数派ルサンチマン』。

 奴らがきっとなにかしたんだ。

 こんなことする奴、他にはまず思いつかない。


 なら身近な犯人として有りうるのは野崎だが……、この手紙の字体フォントはアイツの丸文字じゃない。

 恐らく、他の誰か。仮面の界隈の何者かが……、理紗を、オレの妹を誘拐したんだ。



 この学校の校内には、いくつかの宗教施設がある。宗教学のカリキュラムで利用する目的にも、多様な生徒の受け入れのためにも設置されているものだ。

 その内のひとつに、手紙にも書かれている礼拝堂がある。場所も知っている。しかしそれは、敷地内とは言うが校舎群とは真反対側の、植物園よりも奥にあるかなり人気ひとけの薄いエリアに建築されていると聞いた。

 当然、転入ホヤホヤのオレが中に入ったことはまだない。




「……オレの下駄箱に手紙こいつを入れてたのは、オレに下校のタイミングで発見させるためか!? くそ、マズいっ……!」




 相手はオレの名前も、下駄箱の位置も、時間割を含め把握している。そんな奴が、下校のタイミングに読まれる時限式爆弾みたいに手紙を置いていったんだ。想定していた時間にオレが来なかったら、危機察知して理紗ごと逃げられちまうかもしれない。


 そんな窮地にオレは……、理紗を探して学校中を歩き回っていた! もう考えてる時間の余裕はない。恐らく奴は敏感にアンテナを立てて、学内の状況を監視している。通報したりオカ研の応援を呼んだりしたら、すぐこっちの動きを察知されるとみて間違いない。とにかく、今は礼拝堂に走るしかねえ……!



 身の毛のよだつ不安が、全身を駆け巡る。

 平穏が崩れ去る瞬間というのは、こうも不気味で、頭が真っ白になるものなのか。


 下足場を飛び出し、下校する生徒たちを抜いて校門前に到着すると、スケバンみたいな改造制服に身を包んだ女生徒がオレを見つけて進路に立った。

 鮫島京子サメジマキョウコ。先日、不良ピアスに強引な交際を迫られていたクラスメイトだ。




「見つけたぞ、神無月っ、き、きき、きらぁっ!! 話がある、ツラァ貸しな!! こっ、この前の……、その、礼をだなぁ!!」


「悪いッ、また今度!!」




 と、ノンストップで回避して裏庭側へ抜けて、そのまま礼拝堂へと走り続けた。

 京子には悪いことをしたつもりでいるが、今は緊急事態だ。すまないが、分かってくれ……!




「……な、なんだ、神無月の奴。 あんな怖い顔して……」






―――――――――――――――――――――






 植物園を抜けた先にある、グリーンカーテンの伸びた白い建物。屋根には十字架と、煙突みたいな柱の中腹をくり抜いて小さな鐘が吊られている。


 礼拝堂という施設の役目からして、定期的なお祈りが捧げられているはずなので掃除や整備も行き届いているクリーンなイメージだったが、オレが今、まさに扉を開けんとする建物からは綺麗という印象には遠い、薄汚れと放置された埃臭さが感じられた。




「…………」




 決意を固めて、扉を押し開く。


 中は外と同じくらいに明るい。

 一回ひとまわりか二回ふたまわりほど大きな大教室ほどの広さで、整列した会衆席の長椅子と、小さな舞台みたいに横に広い壇があり、薔薇柄の窓ローズウィンドウから降りてきたカラフルな陽光が壇上に打ち立てられた十字架を優しく照らしている。

 外の明かりを取り入れた建築構造と左右対称の設備の数々を見る限りは、神への祈りを捧げるに相応しい場所のように思える。


 




「理紗ぁッ!!」


「……いらっしゃいましたね」




 返事をしたのは妹ではない。

 十字架に向けて膝を折り、両手を握りこんで祈り混んでいた黒衣くろものシスターだった。


 くるり、と振り返ったその顔は、邪悪さの一片すら感じられない聖母の如き微笑みを浮かべた若い女性。

 母性と柔らかさにセットで、艶めかしさすら感じる魔性の顔立ち、糸目。薄らとした金髪。


 その素顔に、誘拐犯なんて印象は全くと言っていい程に似つかわしくない。

 いっそ彼女には、駆け込み寺の救世主、被害者を匿う優しき市民、勇気ある告発者……、なんて呼び名の方がずっと似合ってる。そんなオーラがある。




「お待ちしておりましたよ、神無月煌さん。 の御方は『特例』とお呼びしておられまさた。 その御力、めいにより試させていただきます……」





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