『オルタナティブ・ジュブナイル』




 修学旅行も大詰め、最終日。

 顔や指を絆創膏だらけにして野崎みたいになってる流星の隣を歩いていた。




「どうした、今日はテンション低いな」


「……見りゃ分かんだろぉ? 『プロジェクトJ』の代償は予想外にデカかったんだよ……。 てか何で昨日鍵閉めてた? 俺ちゃん、もう帰ってこないと思ってた?」


「ああ」


「ああ、じゃねーのよ!! ロープなくなってたから壁よじ登ったんだぞ!? 正面玄関にゃ先公いるから近づけねえからって!! 危うく死ぬとこだったし!」


「いや本当によく生きて帰ってこれたよな」




 そんな苦労話を聞きながら国際通りを歩いていると、横を崩れた制服の三人組が通り過ぎる。

 その中の一人に、あの不良ピアスがいた。




「チッ……」




 しっかりと顔を見てから舌打ちをかまされた。

 過ぎていく三人の背中を見た流星が耳打ちする。




「あ、あいつ。 お前のこと睨んでなかった?」


「……さあ」


「C組の坂崎聖也サカザキセイヤだぞ!? アイツに目つけられちゃうってお前、何したんだよ……」




 前に鮫島が絡まれてたとこに巻き込まれたんだ、なんて説明はできない。自分の弱さを隠したがっていた鮫島のことも説明しなくちゃならなくなるからな……。

 面倒だし、このまま黙ってしらばっくれる方が楽だろう。




「なーんか今回の修学旅行ツイてねーなぁ。 飛行機逃すわ、『プロジェクトJ』は失敗に終わるわ……、やってらんねえよ」


「飛行機はお前のミスだろうが。 『プロジェクトJ』は失敗するべくして失敗したと思うぞ」


「しっかも参加メンバーの半数は先公に捕まってお説教。 俺ちゃんのリーダーとしての面目丸潰れだぜ……」




 流星の不幸話は、大通りの奥の広場まで続いた。

 この後、紫明布シャンプーたちと合流する予定がある。携帯スマホで現在位置を調べていると、急に横から声がかかった。




「こんにちわー、初めましてー! 学生さんですかぁ?」




 初めに注目したのは、目に優しい緑のショートカットだった。

 ボロボロのセーラー服はそういう衣装なのだろうか、にしては同級生と比べるとずっと大人びた顔立ちで、大きな目がこちらを覗き込んでいた。




「え、見たことないかもその制服! もしかして修学旅行生さんですか??」


「あぁはい、そうですけど……」


「そっかー! 最近よく見るようになったなー! どっから来たの? え、てか若っ!! いくつ? いやいや、高校生だから17とかそこらか……。 いいな修学旅行!! わたしの時は京都だったなー、なんか山とお寺しかなかった! あと鹿かな。 すごく鹿いたなぁ」




 な、なんだ、この人……?

 急に話しかけてきて喋りまくって、わたしたちエピソードトークに花咲かせてます青春サイコーって感じの純粋笑顔を見せてるけど……。




「えーと? このお姉サン、煌の知り合い……?」


「いや……」


「ごめんねごめんね、そうでした。 自己紹介! しますね! 聞いてください!」




 緑のお姉さんはしゃがみこんで、足元のバッグからフリップを取り出した。




「わたし、明星みょうじょうアリサって言いまして、アイドル活動してます。 全国ツアー夢見て色んなとこで活動してまして〜、本日はここ、故郷の沖縄で路上ライブしてます! これ、明日やるワンマンのビラ! もし都合が合えば是非〜……、って、修学旅行だもん無理だよね。 SNSもやってるからさ、フォローしてくれたらどこでライブやるか分かるんで、近場だったら来て欲しい! ぜーったい楽しませるよ〜!」




 二人して半ば強引にライブ情報の載ったビラを手渡された。

 いつもなら荷物が増えた、と思うところだが、お姉さんの無邪気な笑顔を前に不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


 流石はアイドル。話の最後には手を振ってお別れし、姿が見えなくなるその瞬間まで笑顔をこちらへ向け続けた。




「地下アイドルってやつかな? こういうところでも活動してんだな……」


「……み、明星、アリサ……ちゃん……」


「……流星、お前。 なんか、目がハートになってねえ?」


「なんて美しい人なんだ……。 あ、あれほどまで……、まっさらな笑顔を見せる女性がいるなんて……! 国宝だ……!」


「おい、流星?」




 確かに、あのアリサってお姉さんの笑顔は輝いていた。見てるだけで元気が貰える気がするくらいには。

 声や口調も元気ハツラツって感じで、年齢差なんてほとんど感じない底抜けの明るさがあった。

 どうやら流星には、彼女のそんな性格がぶっ刺さったらしい。反ルッキズム主義者の流星がここまで言うんだ、彼女の年上ならではと言える大人っぽい印象のある顔立ちや容姿に対する一目惚れではないだろう。




「アリサちゃん、激推し確定だ……! 初めてだぜ、俺っち心をここまでアツく燃やすのは……!」


「チラシ貰っただけじゃねえか、しかも行けない日のライブの」


「それだけじゃない! あの子、俺っちに向かって笑いかけたんだ。 あの無垢な笑窪えくぼったら……」


「ちょろすぎるだろ……」


日継ウチの近くにもライブしに来てくれねーかなー! また会いてえよ、アリサちゃん……!」




 十二個入りの冷凍紅芋タルトを買い食いしていた紫明布シャンプーが合流した後、沖縄に合わせた特別仕様のハイビスカス付き花冠を乗っけたツバメもやってきたが、流星のメロメロは止まらなかった。ずっと妄言みたいに惚れた惚れたと呟き続けていた。


 四人で国際通りを観光していると、アイスクリーム屋で卓上に三つも紙カップのゴミを積み重ねて、その上で新しいソルティキャラメル味にスプーンを刺し込まんとする鮫島京子を発見した。

 その表情は「ば、バレた……」と言わんばかりの真っ赤で、どうやら彼女にとってアイスを爆食いしている姿はクラスメイトに見せたくない軟弱な一面だったようだ。




「ばっ、ばばあばばばばばっ!! こ、これにはワケがあってだな!? そのっ、違っ……! 私は、アイス好きのミーハー美少女JKなんかじゃあッ……!」


「鮫島さん、なんか今サラッと自分で美少女って言わなかった……?🤔」


「この私が! 日継高の猛き紅一点と言われた私がっ! キャラメルアイスなどという軟弱なものに心許すわけがなかろう!! これは、そう! 調査だ! さっき道行く美食評論家に声をかけられてな、それで、その、そう! そいつが風邪ひいていて味覚がおかしいからと、代理の評論を頼まれたのだ! それで仕方なく、仕方なくだなァッ!!」




 一の質問に千を答えるせいで、逆に疑われてるのに気が付かないのか?

 こんな調子でよく今まで強がりがバレなかったな。いや、分かっててみんな黙ってるのかもな……。


 言い訳に執着する鮫島も勝手に後ろに着いてきて、共に自由時間を謳歌することになった。

 五人でしばらく歩いていると、米軍基地の撤退を訴える集団の演説を立ち聞きする伊神を発見した。




「おお、諸君。 沖縄はいいな! 土地柄からか、若者も成人もご老人も、活力に満ちている方が多い。 社会に生きる人間というものは、大人になればなるほど自分の意見を言い辛くかるものだからな。 上司の顔色、先方の動向、あらゆるものが邪魔をする。 だからどのようなスタンスからの意見であれ、元気に声をあげられることは素晴らしいと言える! 感動しちゃったよ……」


人人ヒトヒトさん、また難しいことを仰ってますね……。つばめには難しいこと分かりません!」


「安心しろ、オレにも分からんことの方が多い」




 沖縄という土地……、というよりは地元民の気概が気に入ったらしい伊神も後ろを同行し、初めは二人だけだったところから、いつの間にか六人の集団パーティになっていた。


 無限に喋る流星、あらゆる所で写真を撮りまくる紫明布シャンプー、常にガイドマップを手に頼んでもないお節介で街の紹介をしてくれるツバメ、どこかで買ってきたらしい木刀を肩に周りにガンを飛ばしながら練り歩く京子、そんな物危ないからしまえとか広がって歩くなと保護者みたいなことばかり言って自由時間のタイムキーパーをする伊神。

 オレは……、ただ連れていかれるみたいに一緒に肩を並べて歩いていただけだった。


 でも、それでも少し楽しかった。

 記憶を失ったオレにとって、こんな機会は本当に希少だ。『いつもの場所』の皆と来たかったって最初は思ってたけど、きっとこいつらと旅行することでしか感じられない楽しさもある。


 『いつもの場所』には、『いつもの場所』の青春が。日継の2-Dには、2-Dなりの青春があるんだ。

 だからどっちが駄目だとか、こっちはオレの居場所じゃないとか、あんま気にする必要なかったんだ。

 青春は千人いれば千色、万人なら万色通りあるもので、その中にせっかく入れてもらえてるってのに、変に拒否したりするのはそれこそ無礼だったんだ。



 ……そんなことを、修学旅行に来てから気付かされたよ。




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