『プレシャス・フレンドシップ』




 巨大な湾曲水槽。

 鮮やかな珊瑚と青い水の中を泳ぐ白斑点の大鮫に、そこに居る全員が見蕩みとれていた。




「すご、めちゃデカくない!? え、あたし何人分?? てか怖っ!😨 なんていうのこれ、海洋恐怖症? 海こわ!! ガラス突き破ってきそー💦」


「六道さん、その点は安心していい。 この水族館はジンベエザメ長期飼育記録のワールドレコードを更新していて、人間慣れ、水族館慣れしている。 君が恐れているようなことにはならない」


「えーー‼️ やっぱ伊神くんって物知りだよねー、憧れるなそーゆーの。 あたしもサメさんのコトめちゃ詳しくなりたーい🙋🏼‍♀️︎」


「鮫は面白いぞ。 私も先日、予習した時に知ったのだが、孤高の生き物とまで言われてきた鮫にも近年の研究では高い社交性ソーシャビリティがあるのではも言われるようになったそうだ。 一部の種だけとは言え、これは驚くべき――――、」


「あのさ、そーゆー難しい話しないよ? あたしが聞きたいのは人も食べちゃうとか無敵とか最強とかそーいう話!」




 賑やかな一点は、紫明布シャンプーと伊神。そこに後ろから流星も入ってきて……、迷惑レベルにうるさくなった。

 あの三人の背中に、『いつもの場所』の面影を見る。

 きっとあの喋りすぎな伊神が仁で、好奇心旺盛な元気っ子が遥夏、そんで、飛び抜けてハイテンションバカな流星が勝人……、だな。


 日継高校に来て初の学校行事、久々の学生らしいイベントに最初こそ胸が踊っていたが……。

 いざ箱を開けてみると、オレの心中に渦巻くものは想像していたような期待や歓喜などではなく、ぼんやりとした溜め息ばかりだった。


 なんだか、思っていたのと違う。

 そんな思いの中、オレは修学旅行二日目のスケジュールに突入して、やっと自分が修学旅行に来たかったワケではないのだと理解した。

 オレは……、『いつもの場所』のメンバーで修学旅行に行きたかったのだと。そう、気がついた。




「なになに? どーしてそんな顔?😧」


「……紫明布シャンプー。 いや、何でもねえよ」


「……もしかして、前の学校がっこーが恋しい、とか?」




 前から思っていたが……、紫明布シャンプーはたまに確信クリティカルをつく。

 こっちの考えがお見通し、というワケではないようだが、顔色を見ただけで何考えてるか、なんとなく察することができるのだろう。彼女の高い共感力が成せる業だ。

 それに乗せられて、口が軽くなっているのが自分でも分かる。




「……色々、事情があってさ。 最近、前の学校で仲良かった友達とあんま会えてなくて……」


「喧嘩、とか?」


「いや、喧嘩ではないんだけど……、うーん。 自分から話し始めたクセに説明ムズくて上手く話せねえ……」


「そっか、私こそ急にグイグイ聞いちゃってごめんね」




 二人の間を魚影と共に、微妙に気まずい空気が流れる。




「……ありがとな、心配してくれてさ」


「ううん! クラスメイターとしてトーゼンですじゃよ!!」


「なんだ、その語尾。 日継うちの校長の真似か?」


「知らないの? ギャル言葉ってやつなんですけど」


「最近のJKはオジさん口調になるのが流行ってるのか……」


「うそうそ、テキトー言った。 オジさんやだー! でもイケおじならアリかも」


「イケメンおじさん? 壮年の海外の映画俳優みたいな?」


「みたいな! 個人的にはヒゲの似合う海賊長みたいな人がいいな😇 お金たっくさんあって、浮気しない人! で、デカい犬飼っても許してくれる人。 あっ、あと自家用ジェット持ってていつでも旅行連れてってくれる人‼️」


「……ゆ、夢物語すぎる」




 紫明布シャンプーは言っていた。

 寺生まれの血が理由で勝手に決められかけている、将来の線路から逸脱したいのだと。

 そんな彼女にとっては、例え夢物語だってしがみついて離したくない希望なのかもしれない。


 彼女も戦っている。

 自分に突きつけられる現実と、理想の乖離に。




「あ、霧山せんせー!」


「六道と神無月か。 時計はしっかり見ておけよ、館内自由時間過ぎても集合地点に居なかったら置いていくからな」


「え、ひど。 センセちゃんと探しに来てよ!」


「一周に一時間以上かかる水族館内をか? 他校の修学旅行生もごった返してる中を? 冗談だろ、俺は見捨てるね。 それよりお前ら、喫煙所どこか知らないか? さっきから探してるんだがな、手洗いと託児所の案内しか見当たらなくてなぁ……」


「知ってるわけないじゃん私らが……😨」




 うーん、なんというこの。

 オレ達の担任だなんて、認めたくない話だ……。


 霧山は沖縄だってのに場違いな白衣をなびかせながら、フラフラと喫煙所探しの旅に戻っていった。




「……行こっか、次」


「おう」






――――――――――――――――――――






 二日目の旅程は沖縄という地に相応しい、戦争の跡を追った歴史学習が殆どだった。

 塹壕跡、ひめゆりの塔、戦争資料館……、この地に残された傷跡から凄惨な過去を学び、その日は感想シートを書きながらホテルへ帰った。


 今夜のホテルも二人一室のフロア貸切で、相方は昨晩と同じ流星だった。

 流星はどうしてか、しきりに時間を気にしていた。初めは腹でも空いているのかと思っていたが、晩飯時になって沖縄料理を堪能した後もロック画面の時計を頻繁にチェックしていたので気になった。




「ふっ、ふふふ……」


「……なあ、様子おかしいぞ。 どうした?」


「……ふふ、もう話してしまってもいいか! 今更この計画を止めるすべは、もうない……!」




 流星はベットの上に仁王立ちになって秘密の計画を語りだした。




「……実は今夜、『プロジェクトJ』を執行する予定でなぁ!! メンバーは他クラスの奴を含めて10名! 失敗はないよう、入念に考え込まれた計画よ……!」


「修学旅行初日から集合時間を間違えて空港に置いてかれた奴に、計画性なんてないだろ」


「あぁん!? ちゃんと次の便で着けたんだからいーだろ!」


「そういう問題じゃあねえだろ……」




 このテンション、この口ぶり……、恐らくロクでもない話に違いない。




「今こそ『プロジェクトJ』の全容を教えてやろう!! その崇高なる計画とはっ、! 我らが日継高の女子のレベルは正直高い! そんな彼女らの噂を聞き、狙おうとする者が必ず現れるだろう!! 無防備な彼女たちを守れるのはーーーーっ、この俺っち! いや、俺たちだけだっ!!」


「……ただの女子風呂の覗きだろうが」


「ちがーーーーう!! 何にも分かっとらんなぁお前はぁ!! 女子を敬う優しい計画! 崇高で大切で超絶とうとい計画だ! 修学旅行二日目の夜までこの俺ちゃんが静かにしていたのは、この計画のためだったんだよ!! 邪魔はさせんぞ煌ぁぁぁぁ! ってかお前だって本当は着いてきてえんだろ!! オメーだって一人の男子! いっつもクールぶってっが一端の助兵衛心スケベハートくらい持ってんだろ!!」


「いや、オレは遠慮しておく……」




 なんてったって日継うちの女子ってカテゴリには、野崎アイツも含まれるんだからな……。

 もし覗きがバレてみろ、『爆弾造りベータテスト』で八刀一閃四肢断絶けちょんけちょんにされてしまうぞ。オレはそんな、死に飛び込むみたいな真似はしない。


 栞に書かれた女子の大風呂時間が始まる15分前になって、流星はどこから用意してきたのかバッグの中からロープを引っ張り出して窓外に投げた。

 どうやら、『プロジェクトJ』というのは裏ルートを経由して向かうらしい。




「それではエージェントRYU、行って参りまああぁぁす!」


「おう、逝ってこい」


「ウィッス! まっ、俺ちゃんならこの程度のミッション、くそ楽しょっ――――」




 勢いよく窓から飛び出していった。

 外から何か重いものが落ちる音が聞こえたが、きっと気のせいだろう。


 帰ってこれないように重りにされていたベットの足からロープを外して巻き取り、窓にはしっかりと鍵をかけておく。

 浜辺が近いからか、ここの風は少し冷たいからな。




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