『インシデント・レポーター』





 『特務課』 権能開発研究フロアの一角




「えっ……! 重要参考人を……?」


そうだYEAH。 権能犯罪者本人でなくとも、アインの権能を運用すれば証人や参考人から犯人の情報を引き抜くことが出来る。 邪魔であれば、直接手を下すことも」


「しかしそれでは……、被害者の方々に精神的な追い打ちをすることに……」


「君はただ、給料分の仕事をしろ。 全ては『特務課』のヘッド、アインの決定だ。 責任は彼が持つ。 この様な手を打たなければならなくなるほど、我々にはもう時間がなくなってしまった。 『つじつま合わせレディプレイヤーワン』を急がねばならない」


「……分かりました。 すぐにリストを出します」




 7thが腰に差していた拳銃をバラして整備をしていると、USBを持った職員が戻ってきた。

 受け取ったそれを鎖骨の窪みに差し込むと、中に入っていた権能犯罪に関わった重要参考人のリストデータがフェイスモニターに流れた。




「身元の調べがついた者の中でも、仮面の集団の情報を握っていそうな方から順に上から並べてあります。 今週でしたら、そのあたりになりますね」


「……ネームの行がグレーアウトされている者らがいるのは何故だ? どうしてリストから落とされている?」


「ご存知の通り、参考人については事情聴取後も怪しい動向がないか、情報収集をしています。その中でも依然として入院中であったり、国外旅行中、容態の急変による死亡、その他の理由で今すぐにはこちらの召喚に応じることのできない状態の方はグレーアウトしています」


「……私が目をつけていた奴らが軒並み落ちているぞ。 こいつも、こいつも! こいつに限ってはなんだ? "高等学校行事 修学旅行期間のため"だと?」


「はい……、神無月さんですね? 学生は義務教育の為、下手に国家権力で振り回し辛いものなんですよ。 強制力のない、であれば尚更……」


「……気楽なものだな、国民というものは」






―――――――――――――――――――――






「いぃぃぃいいいいヤッッ、ホーーッ!!」




 流星の飛び込みで跳ね上げられた海水が、太陽を反射して光の粒みたいに煌めいて散る。


 修学旅行、沖縄。

 流石は島国の南、夏は過ぎたというのに空気が湿っていて暑い。




「おい、煌ぁ!! はよ来いてー! 冷てぇぞおー!」


「分ぁかったよ!! ……野崎は、行かねえよな」




 全身包帯の上から撥水のパーカーに身を包んだ野崎は、浜の木の下で日陰者になっていた。




「……修学旅行とは、その土地の歴史や文化を学ぶための合宿。 学校側がマリンスポーツなんかでうつつを抜かすことを許諾するどころか、旅程に挿入するなんてな」


「ただ単にお前が塩水嫌いなだけだろーが。 愚痴ばっか言ってないで、折角の修学旅行を楽しんだらどうだ?」


「私が? フッ、まさか。 一人旅なら好きだけれど、赤の他人と団体行動なんて。 楽しめる理由ワケがないだろう」


「赤の他人ってお前、全員同級生とクラスメイトだろーが!」


「それに、この後の予定のことを考えてもみなよ。 潮風でやられた髪をシャワーで洗い流して、それから食前の特別文化授業に出席……、夜には再び風呂に。 面倒だと思わないのかよ?」




 お前、結構髪とか気にしてんだな……。とか言うとまた、いつもの早口長文が飛んで来かねないので口をつぐむ。

 野崎って、たまに女の子らしいところを見せることがあるんだよな。




「続報です。 只今、連続殺人事件の続報が入ってきました。 新たに身元不明の六人目の遺体が発見されました。 他の五名の被害者と同様に、全身を強く打った状態で発見されており、未だ身元究明には至っておりません。 現場には同一犯と思われる細工が施されており、現場検証を――――、」




 野崎の持つスマホのスピーカーから不穏なニュース音声が聞こえてきた。




「……連続殺人?」


「昨日の深夜から。 同じ手口で何人も殺されてるらしい。 私たちの街でだ。 嗚呼ああ、恐ろしい恐ろしい……。 現場の詳細は知り得ないが、恐らく犯人は――――、」


「愉快犯! ですねー!!」




 いつからそこにいたのか。

 オレと野崎の背後に、彼女は立っていた。


 河津一花カワヅイチカ

 広報部が天職のハイテンションレポーター、自称『報道狂い』。

 歴史の転換点を自身の手で報道し、レポーターとして名を残したいと夢見る女生徒。


 そんな彼女が、ワンピース型をしたオレンジ色の水着でニヤニヤしながら現れた。




「私はくやしい! どーしてこんな特ダネの日に限って修学旅行なのか! どーして私は沖縄なのか!! しかも愉快犯! 不謹慎だとは分かってますけどね、現代じゃほとんどお目にかかれませんよそんなの! しかもニッポンで!! うぎゃーーー!! もうどうしてなぜなぜ〜! 取材いきたかったのにぃ!!」


「……どうして愉快犯だと?」


「その一、明らかに計画的犯行ではない。 その二、犯人は現場に証明サインを残している。 これ、愉快犯の特徴ですよ! でもエゲツないですね〜、遺体の状態がめっちゃグロ。 そこまでやるなんて、だいぶ頭いっちゃってる殺人鬼ですなー」




 そういえば、ニュースじゃ遺体のことを「全身を強く打った状態」って言っていたが、それって、全身に殴られた跡でもあるって意味なのか……?




「現代っ子なら皆さんご存知の通り、ニュース報道は朝から晩まで常にどこかの局が放映してる。 対象は全国民、子供からご老人まで、家族向けにね! だから相応の言葉選びオブラートが必要になる。 隠語ってやつね。 さっき言ってた全身を強く打った状態っていうのは、配慮の壁を取り払って言ってしまうとを示してる。 つまり、グチャグチャね。 今度の殺人鬼さんは、それを六人連続でヤっちゃってる。 恐ろしいわよね?」


「…………」


「言葉を失うのも無理はないかも。 想像するだけでゲロものだもの! なんでそんなことをしたのか気になるけど、私が追いたいのはその後半。 って方。 煌さんさ、ABC殺人事件ってご存知?」




 読んだことはないが、有名すぎて知っている。

 それは、ミステリー小説の傑作と名高い一作だった。


 作中に登場する連続殺人事件、その被害者のイニシャルが、ABC〜とアルファベット順に並んでいたことで同一犯であると踏んだ捜査官が、動機究明の中で愉快犯を追い詰めていく作品だ。




「愉快犯は細工サインを残す。 それが同一犯であると示すためにね? 今回の事件の細工サインがどんなものかまでは公表されてないけど、ABC事件みたいに、きっと殺人を軽んじている狂人がソイツなりの一貫性、法則性を用意してる。 まるでゲームみたいに。 ね、すっごくワクワクしてきたでしょ! こんな事件、本か映像スクリーンでしか見れないよ!?」


「あのなぁ、お前……!」


「だーから、不謹慎かのは分かってるって! でもオフレコだから炎上しないし! 君らも告げ口リークしないでしょ? 許してよー、私ってばそーゆー性分なんだから!! それに悪いのは私じゃなくて犯人と時代の方! 最近は失踪事件もありますからね〜、おっそろしい時代ですよホント」


「失踪事件?」


「あれ、ご存知でない? SNSでオフ会に参加することになった若者が次々に失踪してるって噂を? もう20人近くが消息を絶たれているんですってよ? 急に治安悪くなりましたなあ。 私としては特ダネだらけで飽きませんけども」




 連続殺人に、失踪事件なんて。

 そんなことをやりそうな奴らには心当たりがある。


 野崎の顔を見たが、特に何も知らないって表情だ。あいつも知らない何かが、仮面の界隈で起きてるのか……?




「そんじゃっ、いつまでも暗ーいニュース解説で我らが青春の修学旅行に水を差すのは良くないので、代わりに水に飛び込むことにします! まったねー!」




 そう言い残して、一花はビーチに向かって走り込んでいき、予告通り浅瀬から大の字で飛び込んでいった。




「……君が以前話していた、報道狂い。 説明されなくたって彼女だと分かったよ」


「……ああ、大正解だよ」




 オレ達の住んでいるこの国で、不穏な事件がいくつも起きている。

 仮面の界隈が関係している気がするからか、どこか他人事に感じられない。今までだったら、ニュースなんてのは自分の知らない世界のどこかで起きてることみたいに思っていたのに。

 今どきの高校生じゃ、きっとそれが普通だってのに。




「『少数派おまえら』、なんか前よりやり口が酷くなってねえか? ここまで大っぴらに酷いことを……」


「この計画は私にも知らされていない。 にしても、連続殺人なんてね。 ここまで広く報道されたら、きっと警察側も総力をあげて捜査を始める。 テロ活動は今までよりずっと行動し辛くなるだろうに、上層部にはそれを容認してでも事件を起こすような、何か狙いがあるのだろうよ。 それに……、沖縄にいる私たちが今できることは何もない。 詳細が分かるまでは警戒することすらね。 だから今のところは、学校側が用意したこのプライベートビーチを存分に楽しむといい。 ……私はここで充分だ」




 野崎は再びニュースを再生し始めた。

 どうやら、修学旅行を楽しむ気はないらしい。


 ……『いつもの場所』で夏休みの行事に参加していた頃は、なんだかんだで楽しそうにしていたのにな。

 夏はどこか砕けた印象だったが、新しい学校に移ってからというもの、またゆっくりと閉鎖し始めた気がする。


 こいつは……、オレの"友達"だ。

 だから分かる。大笑いとかはしねえけど、青春らしいことをしてる時は包帯越しに微笑んでるって分かったし、少し楽しそうだった。

 またあんな風に、こいつにも普通を生きて、普通を楽しんでもらいてえって思う。元々は敵なのに、どこか不思議な気持ちだが……。


 なんだかんだで積まれてきた信頼と、日々の恩が重なってそんな感情が溢れる。

 友達にも青春を楽しんでもらいたいって、そんなにおかしな感情じゃねえよな?



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