『友達との繋がり』




 血の槍が霧散していく。

 『オルナンの埋葬』が、溶解していく。




「ゲームオーバーだぜ、お二人さん」


「……ゲーム、オーバーだって? これをゲームだと思っているのか煌。 破壊衝動に取り憑かれた異常者め……」


「『破壊衝動ゲームオーバー』に太刀打ち出来ねえテメェの弱っちさを恨むんだなァ!」




 キラが顔面に張り付いている鉄仮面に手を当てると、メキメキと音を立てて異変が起きる。

 鉄仮面から黒いくちばしが生え、目出し部分には丸いレンズが現れた。ロビンソンはその半面の正体をよく知っていた。




「……ラヴェンダーのペストマスク。 君は、奴の権能までも……!」


「コイツのヤバさはテメェもよく知ってンだろ? 右に苦悶の凝血、左に黒死の疫病! 即死級の混合技で脳漿のうしょうひん剥いてミキサーにしてやンよ!!」




 半分半分の鉄仮面とペストマスクのレンズが紅く煌めくと同時に、全身から黒い瘴気が噴出し始める。それはキラの左手に収束し、黒檀の杖に実体化した。

 右手に溢れる流血が氷柱つららでも垂れるみたいに形状が固まっていき、先に丸い球体を実らせた長柄の槌へと整形されていく。




「『名もなき罰証鉄鞭No.0123』、

 『名もなき裂果肉槌No.1313』。

 三流の奇術師と血液を操る魔女っ子には

 持ってこいな処刑品だぜコイツはァ!」





 黒と赤の二具を携えた学生が、真っ赤に染まった図書空間の血溜まりを蹴って接近する。

 その姿は残虐な悪魔とも、歴戦の狂戦士とも捉えられる傍若無人な立ち振る舞いで、依然として天晴あっぱれな笑みを浮かべ続けていることが仮面越しからでも分かる。




「煌……、」


「まァさか、命乞いする腹積もりじゃあねェよな? オレを興醒めさせんじゃねえぞ?」




 忠告するキラの装着していた二面が、絵の具同士の混ざり合うマーブリングみたいに溶け合い始める。




「他人の権能を使えるってだけで異常中の異常、例外中の例外だというのに、君のその仮面は……、複数の権能を同時執行可能な上に、今や融合して、上位の仮面へと変貌を遂げようとしている……」


「包帯チャン、僕もビシビシ感じてるよ。 ヒーローのあれは、流石にフツーじゃない。 ヤバすぎてなんて表現すればいいか分かんないケド、にもかくにも逃げなきゃってのは分かる」


「ああ、そうしたい。 そうしたいけどね……、私には逃げ切れるビジョンがどうも見えない。 例え君の『そして誰もいなくなったグリッチ・ノイジー・モーションブラー』をフルに使ったとしても、それでも……、あの狂人化した煌が逃がしてくれるとは到底……」




 もし上手く逃げきれたところで、それはそれで問題に発展する。煌は二人を追い、被害が拡大し、権能が世に知れ渡るのは一瞬のことだろう。

 ここで、どんな手を使ってでも食い止めなければならない。




「……煌。 待て、待ってくれ。 一つだけ、答えてくれ……」




 満身創痍のロビンソンが力の抜けた四肢を何とこさ引っ張って、命乞いするみたいに問いかける。




「私たちの関係は……、普通じゃあない。 私は君の監視役で、君の背面調査と権能所持の有無、その真価をはかるために遣わされた使徒だ。 そして君は誓った。 私が君の周囲に危害を加えない代わりに、大人しく監視を受け入れると。 この関係を"友達"と呼んでね……」


「崖っぷちで歯切れ良く出てきた言葉がそれかよ、取引関係があンだからここで殺すなとかふざけた因縁付けよォとしてんなら無駄だ、逆に一層機嫌が悪くなって細切れにしてやりたくなるぜ」


「そうじゃあない、そんなことを言いたいわけじゃあないのさ。 。 初めは憎くて堪らなかったし、今でも払拭されたワケではない。 ずっとずっと恨み続けはする、が……。 因縁といえど、それも"えん"だ。 君との監視生活は、ここ十年で最も退屈から程遠い毎日だったと言える……。 いい意味でも悪い意味でもね……」


「……クッ、ハッハハハハハッハッ!!」




 血溜まりに波紋が走るほどの大笑いが館内に反響する。




「オレに対して同情を誘うなんて堕ちたなテメェも! プライド捨ててでも命が惜しくなるもんなんだなァ!」


「……勘違いするな、今のは情訴えの命乞いじゃあない。 さ」




 溶けかけの『オルナンの埋葬』を、最後の力を振り絞ってキラへと向ける。




「例え憎き相手とは言え、去れば寂しくなるものだ。 だから、最後に本音を伝えてあげたのさ……」




 そう伝えると、ロビンソンの眼が強く煌めきだす。

 すると、今更何をしても無駄だって顔をしていたキラに異常が起きる。

 捻じ曲がり融合しかけている仮面の目出し穴、両方の目尻から血涙が流れる。




「ア…………?」


「……言ったはずだ。 『オルナンの埋葬』はより精密で、より広域で、より高出力な血液操作を可能とする指揮棒タクトだと。 大量の投擲十字槍による、全方位同時攻撃のような大袈裟な戦術を取ることも出来れば……、その逆で緻密な操作も可能なのさ。




 キラの皮膚の下を、ミミズでも移動してるみたいな膨らみがのたうち回る。

 血管の中を、通常ではありえない量の血液が集団で高速移動していく。




「なン、だ……?」


「……私の気化した血液を君に吸入させて、血管内に取り込ませた。 一瞬で全身の血流を掌握し、強烈な拒絶反応と共に肉体の内側から放射状の崩壊を始める。 あの『旧支配者オールドワン』が呼び出した本の怪物ように、ね……」




 キラの全身の穴という穴から、濃血が滲み出る。赤と黒の二具をその場に落とし、首を押さえて苦しみ初める。




「さようなら、神無月、煌。

 君は意地の張り合いのある、

 悪くない、友人だった……。

 もしも出会う時と場所が違えば、

 君と共に絵を描くこともあっただろう……」





 『オルナンの埋葬』がくるり、と反時計回りすると同時に、キラの全身が爆裂した。


 成人男性の体内血液量は4リットルから5リットル前後と言われている。

 2リットルペットボトルの二本と半分ほど。目の前に並べてみなければそのボリュームは感じ取り辛いかもしれないが、それが一斉に弾けて散る様にはより凄まじい迫力がある。


 雨と言うよりはひょう

 キラの四肢、関節、毛穴や古傷から超大粒の血液が舞い散る。





「……最早もはや、これしか君をころす方法は思いつかなかった。 だから最後の温情に……、一瞬で終わらせてあげたんだよ。 痛みすら感じる暇もなく、冷たい死の接近は比類なき恐怖であると脳が理解するよりもずっと速い、瞬殺を」





 キラがひしゃげて落ちた。

 血溜まりに顔をうずめて、もうさっきまでの大笑いは欠片も聞こえてはこなかった。





「……だって私たちは"友達"、だろう?」







―――――――――――――――――――――






「なあ特務課の兵隊さん、俺と"友達"になってくんねぇか?」




 銃口を突きつけられたジョン・ドゥが、覆面越しにおどけて話す。

 軍用防弾面バリスティックマスクの兵隊は小さく笑って返しはするものの、引き金から指は外さない。




「お前と友達? この私ガ? 数分後には冷たく死にゆくと言うのに、まだ冗談を言える余裕があるのだナ」


「いやいやマジな話。 正直にぶっちゃけるけどさ、職業ロール変えしたかったんだよなーちょうど。 ほら、名作のRPGゲームでもさ、主人公が毎度毎度勇者じゃあつまんねーワケよ。 ジョブチェンジとかしてーじゃん。 勇者だけど魔法使って魔法剣とか出してーじゃん? 回復役とかやりてーじゃん。 俺もさ、警察側そっちやってみたかったんだよなー」


「……人生はゲームではなイ。 易々やすやすと立場や過去を取っかえ引っ変え出来るほど、甘くはなイ。 お前はテロリスト、私はその鎮圧部隊。 ハブがマングースになりたいなど、叶わぬ夢ダ」


「マングースになりたいなんて言ってねーって。 俺はハブのままでいいからよ、マングースさんとお友達になりてーって言ってるだけさ。 ほら、俺ぁこの通りゲーム脳だから、学生の時もギョロ充でな、友達ほとんどいなくてよ。 今際の際に一人くらいお友達が出来る思い出残して死にてーのよ。 お分かり?」




 道化師のように振る舞うジョン・ドゥを前に、小隊は銃口を下ろさず固まっている。




「ちょっとやめてくれよ怖いぜ、俺ったら血とか無理なタイプなんだって。 生き延びれんなら情報だってなんだって渡すからよ、特務課そっちに手ぇ貸すから許してくれよ、お願いっ!」


「情報か。 確かにお前はDB上、ランクは最上位。 面白い話が聞けそうダ」


「だろ? あーでも、こっちにも条件あんのよ」


「……"友達"カ?」


「そうそう。 俺と友達になってくれんならさ、なーんでも話しちまうぜ。 元々俺はあんたらと敵対する気ねーしさ。 な、頼むぜ」


「ハハハ、なら良いだろウ。 お前の言う友達というやつになってやル」


「マジか! いやー嬉しーぜ! 最高最高めちゃ嬉しいぜサンクスサンクス!」


「ただし、残念だガ……。 10秒でお別れの短い友達ダ」




 軍用防弾面バリスティックマスクの眼が煌めく。

 その途端に、後ろの隊員達のヘルメットが耳を覆い隠すように変形した。




「最初で最後に友達らしいことをしよウ。 互いの名前を知らない友達などいないだろウ? ……私の名は――――、」


「シドーだ」




 被せるように先に名乗ったのは、ジョン・ドゥだった。




「先に名乗るのが礼儀って言うだろ? だから教えてやるよ、俺の名前。 シドーだ。 昔、交通事故で記憶吹っ飛んじまって本名は覚えてねえから自分で付けたんだけどよ、結構気に入ってんのよ。 ちな元ネタは俺の好きなゲームの魔王な。 こんな適当な名前でも発動してくれて良かったぜ、


「……何を言っていル? フン、まあいイ。 お教えいただきありがとウ、私も名乗らなくて、は、ナ…………?」




 そこで、おかしなことが起きた。

 頑なに銃口を向け続けていた5thの腕が、ゆっくりと下ろされたのだ。




「馬鹿、な……、これは、私、ノ…………!」


「……ダーメだよ駄目駄目ー、知らない人とナカヨシしたらさ。 悪ぅい人かも知れねえのによ?」




 遂にはその手から拳銃が落下し、膝を折った。

 後ろの隊員も動揺しているようだ。




「な、なぜ……、名乗れなイ……! なぜ、私の……、権能、ヲ……!」


「銃を持って一方的に待ち伏せしてたお前らがわざわざ近付いてきたのは理由がある。 本気で俺を殺してえなら、遠距離から暗殺すりゃあいいんだからな? なのに、それでも近付いてきたのは……、ハナから殺す気がねーから。 きっとクラスA以上の重要権能犯罪者は生け捕りにしろとか言われてたんじゃねえか? だろ? そうだろ? つまりゴツい装備と銃火器で威嚇しながら近付いてきたのは……、オレを捕らえるため。 更に言やあ、、だろ?」


「ナ…………!」


「お前の権能、『偉大なる紳士協定ジャスティファイド・フレンドリーファイア』の能力は条件が揃った時点で全て分かりきっていた。 相手に対して名乗ることで、それを聞いた者は権能者を仲間と認識するようになり、あらゆる攻撃行動が出来なくなる同士討ち強制禁止の能力……。 いい権能じゃねえか。 まぁ、使?」




 5thの黒面が、紙が焼けるみたいに宙へ溶けて消えていく。それは、ジョン・ドゥの権能が効いている証拠であった。





「教えてやるぜ、"友達"だしな。

 俺の権能は『人生リセットボタンオールオーバー』。

 "友達"の権能を借りて使うことが出来る、

 言わば『絆』の権能さ!

 どうよ、めっちゃ主人公っぽいだろ?」




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