『浪漫主義の埋葬』
「雨降ってきたしよ、もう今日来ねえ臭くね?」
「……でも煌、今日は来るって言ってたよ」
「LINNEも返ってこねえしよー、忙しいんだろ。 ほら、この前野崎ちゃんが言ってたじゃん? なんか生徒会かなんかの活動がーって」
「……うん」
廃棄コンテナの中、『いつもの場所』。
三人は煌と野崎が訪れるのをずっと待っていた。
「かっつん、もっかいLINNEみて」
「二分前に見たばっかだって」
「…………そっか」
無言で遥夏の学生鞄を拾い上げる仁を見て、溜め息混じりに置き傘を握る。
「……煌、何してんだろ。 最近全然ここ来てくれないし。 新しい学校で、もっと仲良い友達出来ちゃったのかな」
「まあまあ遥夏。 勝人もさ、あの煌が何の理由もなく約束を破るような男じゃないことは、よく知っているだろう? 今日はたまたまタイミングが悪かったに違いないさ、雨が強くなる前に帰ろう」
「……うん」
コンテナから出て、ビニール傘で降雨を受け止める。
ビニールを叩く微かな音が、帰路の静寂を埋めた。
―――――――――――――――――――――
「くぁあああぁああッ!!」
必死な野崎の叫び虚しく、彼女の血で創られた作品たちは次々と折り畳まれ、弾き返され、そして破壊されていく。
漆黒の異星生物、ギタイ。
『
立ち止まって応戦しようにも、獣みたいに素早い動きに『
避けて時間を稼ごうにも、後方には動けないキャンディがいる。急に標的を変えられるようなことがあれば、彼はひとたまりもないだろう。
「『
「そいつにゃ飽きたぜ一発屋ァッ!」
キラの掴んだ二枚目のページから黒い影が飛び出し、ロビンソンが空中に描いていた血の設計図を押し倒すように二体目のギタイが射出された。
棘ボールを避けるために思い切り床を転がったことで、近くの突起が横腹に突き刺さり、白シャツを内側から赤に染めてしまう。
「痛えのかロビンソン? そいつァ可哀想になァ。 お前らにとっちゃ仮面ってのはとっておきだっけか? 社会に見放された爪弾き者どもの最後の切り札。 そんな必殺技が歯が立たねえってのはどンな気分だァ? 下に見てたオレにボッコボコにされて悔しいンじゃねェのかよロビンソンなァ!?」
「……クソっ」
満身創痍、横腹の流血で片手を真っ赤に染める包帯の女生徒の前に、二体の黒球の異星生物。そしてその奥には、
そんな絶望的な状況下でも
「……認めよう。 この状況下で、今の君を倒すほどの力は私にはない。 しかしね、それは……、私が出力をセーブしているからだ。 ……こいつは使いたくなかったけれど、仕様がない。 君には真似出来ない芸当を見せてあげよう」
そう言って彼女は、刃先をもう片手の手首に置いた。
「……私の権能の代償は苦悶の出血。 自傷すればするほど、その出血量に応じて出力が強弱する。 全く、使い勝手のいい力だよ本当に。 だがそのお陰で、しっかり代償さえ支払えば能力の際限は跳ね上がる」
そのまま包帯越しに手首を撫でると、植物の葉が傷をつけられた時に白い液体を湧かせるみたいな出血が包帯に染み込み始める。
「これで手首を切るのは二度目だ。 一度目は興味本位だったよ。 作家や芸術家には
そう言い残して、彼女は、刃を、押し込んだ。
ホースに穴でも開けたみたいに鮮血が吹き出した。
その情景は、蓋の開け放たれた
物理法則を無視した血液が、スプリンクラークラスの拡散力で一帯を汚していく。
出血が穏やかになった頃に、ロビンソンは真っ赤になった包帯指で空中に十字を描いた。
まるで信徒が神に祈りを捧げるみたいに。
「 超現実描写、『オルナンの埋葬』――……! 」
ロビンソンの手首から流れる血液が指先へと集まり、杖となり、その先に十字架を取り付けた。
磔刑になったフィギュアの括り付けられたそれが、天井へ向けて掲げられる。
「あァ? 何が出てくるかと思えば、ただの棒きれじゃあねェか! 埋葬って言うくらいだ、墓穴掘りのスコップでも出してきた方がずっと良かったと思うぜ?」
「……これは、
ロビンソンが杖で床を突くと、その振動に呼応したみたいに一帯の血溜まりが次々と血の十字槍と化して、空中へと浮上していく。
「『オルナンの埋葬』そのものには、特記戦力と言えるほどの破壊能力や戦略機能はない。 しかし、私の血液を大量に凝縮させて創られたこの杖には、私の血液をより高い強制力で操作する指向性の力がある。 より精密で、より広域で、より高出力な血液操作を可能とする
空中に浮遊していた十字槍が分裂していく。
倍倍ゲームが如く、一つが二つに、二つが四つにと天井を埋めていく。
「……確かに君の破壊の権能は強力だ。 触れた物を破壊する、なんとも単純で明快で、これ以上ないくらいに
振り下ろされた杖先の十字架。
その動きに同期して、急速降下する数十の槍が二体のギタイを針山に仕上げ、ものの一瞬で昆虫標本みたいに床に固定されてしまった。
しかし槍の豪雨はまだ止まず。
キラの頭上で留まっていた
キラが十字架の針山に埋もれてしまうその直前に見えた表情は――――、まるで自分の巣に餌がかかっていたのを発見した蜘蛛みたいに、邪悪な笑みを残していた。
「……神無月煌。 監視対象とはいえ、こうなってしまっては仕方がなかった。 権能は人を狂わせる。 いいや、元から狂っている者の手に権能が渡るのかもしれないね……」
急な脱力に、ロビンソンの膝が折れる。
『オルナンの埋葬』を支柱に倒れ込みを押さえようとしたが、握力も弱まってしまい、そのまま血溜まりに伏せてしまった。
辺りは異常な光景だった。
真っ赤に染まった書架の数々。
元の色を思い出す方がずっと難しい、血濡れの床タイル。
無数の十字槍の突き刺さる針山に、釘付けにされた二体の怪物。
そこで何が起きたのか、分析なんて出来るわけのないグチャグチャが広がっていた。
「終わったっぽい? 大丈夫そー?」
「……キャン、ディ。 君なんかに心配されるとは、私も……、落ちたものだな……」
「やっと動けるよーになったから死んでないか見に来たけど、元気そーでなにより」
転がる杖を拾ったキャンディが倒れる包帯に寄り立ち、そのまま腕を掴み上げようとしたその時だった。
「……なーんじゃ、ありゃ」
「は……?」
二人の視線の先。
ボロボロと刺さっていた槍が崩れていく十字架山の中心に、赤黒い箱が立っている。
濁った血液で構築されているようだが、『オルナンの埋葬』によって突き立てられた創作物のひとつではない。
そんな異分子の箱が、突き刺さる槍を折りながら音を立ててゆっくりと、開いた。
「……『
『
箱の中から出てきたのは、鉄仮面を装着したキラだった。
扉の内側に多数のトゲを有するあの箱が、
「……処刑用の棺を創って、『オルナンの埋葬』の
雨を防いだのか……!? またしても私の権能を使って……っ!」
「使わせてもらったぜ。 ここ一番って瞬間にとんでもねえインスピレーションが湧きやがってよォ、もしかすっとオレの方が芸術家に向いてンのかも知れねェなァア!?」
切り札だった『オルナンの埋葬』による集中攻撃すら耐え抜かれてしまった今、床の血を蹴って進むキラを前に……、二人はもう、逃げる余力すら持ち合わせてはいなかった。
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