『霧雨に濡れる面』






 黒の大鉈おおなたが右へ左へ。

 接触物を次々に薙ぎ倒して。



 ロビンソンは防戦一方。

 武器を設計して鍔迫り合いをしようと、力比べで跳ね返されてしまう。

 飛道具を創造して狙い撃ちをしようと、破壊の権能で撃ち落とされる。



 そうして、おかしくなったキラを前にしてただただ血を消費しながら後退することしか出来なかった。




「『爆弾作りベータテスト』ッ、『槍衾ファランクス』!」


「ちゃっちぃンだよテメェの作品はァ!」




 何を組み立てようと一瞬で砕かれ、

 何を画策しようと無効にされてしまう。




「破壊の権能……、薄ら想像はしていたけれど、相手取るとなるとここまで面倒とは……!」




 その様子は賽の河原そのもの。

 苦悶の出血を経て創られた成果物が、いとも簡単に次々と壊されていく。




「ははははははッ!! こんなモンじゃねェだろ芸術家アーティスト! オレじゃ手出しもできねーような脳ミソぶっ飛ぶレベルのトンデモ作品創ってみせろッ!」


「……『爆弾作りベータテスト』、『封壁ジェリコ』!」



 ロビンソンが血で九字を切ると、それを骨組みに図書室の天井まで届きそうなほどの巨大な壁が建ち上がって二人の間を仕切った。


 それは、一瞬でもいいからと時間稼ぎに創られた防壁だった。

 キラが判断に戸惑っている間に後退しキャンディを回収して撤退するか、それとも不意打ちのために近場の影に隠れるか。


 しかし。

 そのどちらを選ぶ猶予すら与えられず。




「ハッ! 舐めてんのか? こんな壁くらいよォ、ノータイムでぶっ壊すに決まってんじゃねえかッ!」




 防壁に走る、輝く亀裂。

 そして始点から一斉に、崩壊。


 壁は赤い粉状となって砕けて散っていく。




「これが『王の力』だ。 危害を加えてくるモンは全部撃ち落として、『爆弾作りベータテスト』だろうが何だろうが、この手でぶっ壊したことのある仮面を操れちまう! 全部ぜェんぶあの夢の男が言ってた通りだぜ、最高だよコイツはさァ!」


「……出鱈目でたらめな。 そんな出鱈目でたらめがあっていいものか。 そんな力があれば……、。 仮面に付随した権能は一人に一つだけ、それが普通だ、それが当然じゃあないのか!」


「普通? 当然? 非常識ィ!? ハッ、片腹痛いぜ。 先に異常を持ち込んできたのはテメェらの方じゃねえか、そいつをどォしてテメェが世界の中心ってな風に語れんのかはなはだギモンだな。 エゴエゴしいのもここまでくりゃあ芸術品ってかァ?」




 キラを台風の目に旋風が起こり、周囲の本が宙に浮いて渦巻き始める。バッサバッサと空中で揉まれた数冊から引きちぎれたページが飛び出し、風の柱と化していく。




「最近の学校図書ってのはスゲーよなァ? 活字を読むだけで寒イボが立つ中高生のためにライトノベルまで図書室に置いてあンだからよォ。 折角せっかくだ、異常なテメェが言う異常を味わっていきやがれェッ!」




 柱の隙間に、ロビンソンは垣間見た。

 キラの頭に装着された、アンティーク極まる金属製のヘルメットを。





「『夢物語ラブクラフト』ッ!

 『All You Need Is Kill(2004)』!」





 キラが掴み取ったワンページが、真っ黒なインクで染まり上がる。それが液状化してキラの手をすり抜け、床に溜まっていく。

 まるで沸騰したみたいに、インク溜まりが次々と気泡を浮かばせて、割って、浮かばせて、割って、それを繰り返していく内に、雨後のたけのこみたいに次々と黒い棘が突出し始めた。


 棘を伸ばした球体が、床下から顔を上げた。

 雲丹ウニにも海星ヒトデにも見える体躯のそれは、体育祭なんかで競技に使われる大玉くらいのサイズ感まで膨れ上がり、クリーピーな口膣を見せつける。





「カフカは間違ってた。 人類の『漂白』が目的っつーならよォ、最初ハナからコイツを呼び出しゃ良かったンだ! 異星の侵略者、ギタイ! 人類どころか環境問題も何もかも、コイツが解決してくれるだろうよォ!」


「っ『爆弾作りベータテスト』! 」




 飛びかかった黒棘の怪物に対して、ロビンソンは即席で創りあげられた血の刺股さすまたを口内に突き刺すが、スティックキャンディーみたいに容易に噛み砕かれてしまい、堪らず後退する。




「馬鹿な……、『夢物語ラブクラフト』まで……! 」


「苦悶しろロビンソン! テメェのグッチャグチャを晒しちまえッッ!!」






――――――――――――――――――――






 埃の積もった廃墟の階段を降りてきたロングウルフの男を、階下で待っていた真っ白な少女が迎えいれた。




「……あの黒い人、"友達"になってくれた?」


「いーや、最後までOKは出さなかった」


「暴力は? してないよね?」


「してないしてない、俺ってそーゆーの苦手って分かってるだろ? 鼻血出しただけで卒倒クラスの臆病モンだぜ俺は? でもシュレちゃんの『箱』は助かったよ、ありがとな」


「ん」




 少女が頭につけていたヘッドセットとアイマスクを外すと、上階で鈴の音が鳴った。




「もう眠ぃだろ? 今日は帰ろうぜ」


「うん……」


「あちゃー、もう夕方か。 こっから帰ったら晩メシはコンビニだなこりゃ」




 ガラスを失った玄関口から外へ出ると、すぐに頭頂部で小雨が降っていることを把握した。

 フードを被って数歩進むと、少女が後ろを着いてきていないことに気が付いて振り向く。




「何してる、帰らねえのか?」


「……誰かいる」




 なんの事だと辺りを見回すと、霧雨の降る廃墟群の影で確かな人影を見つけた。

 それらはこちらへゆっくりと近づき、遂に見えるところまでやって来ると、その顔に軍用防弾面バリスティックマスクが張り付いていることを晒した。




「……まさか、とはネ。 武器を捨てて降伏しろヨ、テロリスト」


「……何のこってすか。 将来明るい、どこにでもいる普通の若者を出会って二秒でテロリスト扱いって、冗談きついぜ?」


「そうか、どこにでもいる普通の若者は銃口を向けられても平然とおどけられるものなのだナ」




 仮面の軍人の後ろに、五、六人ほどの小隊。

 全員が小銃を腰に構え、引き金に指までかけてジョン・ドゥを牽制している。




「……ほー、いい装備プリセットだ、整いすぎな位に。 ただの自警団ってワケじゃあなさそうだな?」


「無駄な問答を好むのだナ。 もう分かっているだろウ? 私たちは特務課。 内閣府直属、公安特殊犯罪対策任務課『 P.R.V.L.M.パラベラム』の作戦小隊であル」


「警察さんってこったろ? 回りくどい呼び方ヤメにしようぜ、耳が痛くなる。 そんで、どーしてその特務課さんが俺に銃向ける事態になってんだ?」


「いつまでも道化ぶるのは賢明ではないナ。 無論、お前を拘束するために他ならなイ。 ……先日開発された権能周波感知装置が、この区画での波をキャッチしタ。 ほとんどは誤情報ばかりを吐くガラクタ性能のお陰で、私たち作戦部隊は毎日毎日、徒労の演習をさせられていル。 しかし、たまあに、今回のようなにぶつかル。 なア? テロリストグループ『少数派ルサンチマン』二次団体、『廃棄物アウフヘーベン』指導者、ジョン・ドゥ!」




 ははは、と乾いた笑いをこぼすジョン・ドゥに対して、仮面の軍人は腰から引き抜いた長身の拳銃を向ける。




「スゲーなそこまで調べられてんのか、国家権力ナメてたぜ。 けど残念ながら、俺は何もしてねえ。 テロに加担なんて微塵もしてねえ無実の人間さ。 知らねえと思うから教えとくが、『廃棄物アウフヘーベン』は本流の『少数派ルサンチマン』の自由奔放っぷりに呆れた、夢は叶えてえけど悪には染まりたくねえって奴の溜まり場だ。 政治的な破壊工作なんかが出来るよーな集まりじゃあねえのよ、する気もねえし。 あいつらと俺らを同じにすんな。 ってことで、拘束される義理ギリもねえワケよ」


「悪人ほどよく喋ル。 誰もお前が無実かどうかなど興味はなイ。 肝心なのは、仮面……。 権能! 異能を持っているという事実、それだけで存在してはならない百の理由になるのダ」


「……なあるほど、大体見えたぜ。 あんたら特務課の考えがさ。 お前ら、する気だろ?」




 権能は、まだ世の中に周知されているものではない。

 正体不明のテロリストによる連続事件は報道されるが、権能の存在は未だ隠され続け、世間には公表されていない。




「……権能は他人からしたら脅威だ。 だが、持ち主にとっちゃ超のつく戦略兵器になる。 このまま仮面の存在を世間に公表せず事件を収束させることに成功すりゃあ、国のお偉いさんにとっちゃ他国に対してのにすら成りうる。 ……あんたらは仮面の犯罪を止めに来たんじゃねえ。




 天候が悪化し始めた。

 軍用防弾面バリスティックマスクの頬を、ツルツルと雨玉が伝う。




「……面白い、流石は仮面権能犯ランクAだナ」


「おいおい、俺たちゃランク付けなんてされてんのか? しかもAかよ、微妙すぎだ。 どうせならSS+とかにしてくれよ」


「なら喜ぶといい、DBデータベースに登録されている階級はAが最上位ダ。 誇っていいことではないがネ」


「……権能検知装置に、仮面犯罪者用DBデータベース。 生き辛ぇ世の中になったもんだなぁオイ」




 ジョン・ドゥの手が目深まぶかに被った頭のフードを優しく掴み、そのまま下ろした。




「……いいや、生き辛えのは前からだったな」


「それがお前の仮面か、ジョン・ドゥ。 事後処理が楽に済みそうで嬉しいヨ……」




 フードを下ろした後に顔に被さっていたのは、ボロボロにほつれた麻袋。

 死刑囚の刑執行時に使われるような覆面に似たそれは両目から視界が通るように穴が空けられており、口は一直線の切り裂かれて再縫合された跡が残っている。




「それではまるで死体だナ。 社会からドロップアウトした落伍者らくごしゃ、生きているか死んでいるかも不確かなお前らに相応しイ」


「……俺は生きてるぜ、それは確かだ。 死人みてえに生きてるってだけさ。 ただただヒッソリと、ビクビクとな……。 日常を浪費して、なんの成果もなく、信条も教義もなく……、これといった発熱もなく……。 でもなぁ、そんなオレでもやらなくちゃいけねえことは分かるんだぜ?」




 その片手を軍人へ向けると、小隊が一斉に銃を構え直す。

 だがしかし、そんなのは屁でもないという様子で語り続ける。




「俺は『主人公』になる男だ。 悪に染まったヴィランズをぶっ飛ばして、仲間の居場所を守んなきゃならねえ。 仲間を土産に見せてやるぜ、どこにでもいる普通フッツーのモブキャラが、ドン底から人生大逆転するストーリーのプロローグ部分をな!」


「……何を言い出すかと思えば、狂人メ。 お約束ミランダルールは必要ないナ。 私は5thフィフス、仮面を以て仮面を殲滅する者であル! 往生せヨッ!!」





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