『夢実現』




 この現象は、きっとあの男の権能が関係している。

 他にヒントはないし、本人が言っていたのだからそうとしか思えない。

 だが、奴がどうしてオレの夢の中に出てくるのか……、どうすれば奴の権能から逃れられるのか、何もかも分からない。


 博物館、学校の事件に巻き込まれて、オレは権能の存在に接触することになったが、正直、権能についてはまだ分からないことの方が多い。

 おまけにオレは、『仮面の引力』とやらも感じない。故に、目の前の問題に対して取り付く島もないのが現状だ。



 しばらく三週目の8月を過ごし、これまでと比べて異変がないかを様子見してみたが……、やはり全く同じ出来事しか起きない。完全な無限ループだった。


 この8月のループから脱出するためには、唯一の手がかりである、あの黒鴉の男を探すしかない。

 とはいえ……、この猛暑の中、無謀に街を走り回って探すわけにもいかない。 途方がなさすぎる。

 ならばやはり、頼りになるのは権能を知る者だ。




「で、こうして私が呼び出されたわけか」




 『いつもの場所』に野崎を呼び出した。

 この場所は人がまず立ち寄らない立地にある。

 情報漏洩を恐れる野崎と話すには格好の




「今話したのが、オレの今知ってる全部だ。 なにか思い当たることとかないか?」


「ラヴェンダー。 そいつのことなら知っている。 『少数派わたしたち』の参謀役を担う男だ。その男は、君を監視すると言っていたんだよな?」


「ああ。 診察がどうだの、末期症状ステージ4がなんだのって意味不明なことばっかり並べてたな……」


「先日、彼と君の話になった。 監視役を代われって言われたよ。 もしラヴェンダーが君に目をつけているとなると、矢張やはり夢の中で話したっていう権能が関係しているようだな」




 ラヴェンダーの権能。

 『椅子取り遊戯ワールドデバッグ』と呼んでいた、謎の力。




「御山の件で教えたから知っていると思うけど、『少数派わたしたち』は仲間内だろうと自身が持つ権能の詳細を教えない。 権能は社会から抑圧され続け、心をり減らされ、夢見る気力を剥奪された私達にとっての、最後の希望だ。 だから、信頼できる者以外に手の内を知られてはならない。 利用されたりなんてことを避けるためだ。 だが、あのラヴェンダーは特殊例なんだよ。 驚くだろうが、彼の権能については『少数派わたしたち』構成員、そのほとんどが噂で聞いて知っている。 それでも尚、彼は参謀として組織の中核を担えている。 理由がわかるか? あの男の権能は、




 権能ってのが人それぞれで違う効果を持っていることは、ロビンソンとディオの件で把握している。

 つまりそれは、権能によって性質が違い、影響力も違うということだ。

 ロビンソンが持つ『爆弾造りベータテスト』のように高い殺傷能力を持つ権能や、ディオの『悲劇の誕生ロールプレイング』のように広範囲に効力を及ぼす権能。

 そういった様々な権能がある中で、ラヴェンダーの仮面は脅威的と評価されるほどに強力なものということになる。




「ラヴェンダーの権能は『椅子取り遊戯ワールドデバッグ』。 他者を難病に感染させる力だ。 その病状は、権能を受けた者の心の欲求によって変化へんげする。 強い殺意を持つ者がラヴェンダーの権能を受ければ、殺意を転写され、死に至る病に感染する。 睡眠欲の強い者ならば、寝たきりの病に感染する。 『椅子取り遊戯ワールドデバッグ』は、源流となる罹患者の強い欲求さえあれば、如何いかなる病だろうと創り出すことの出来る、悪魔の力なのさ。 ……しかしね、この権能の最も恐ろしいポイントは、その効力の強さじゃない。 なんだ。 症状が多岐に渡ることから、早期の内に感染に気が付いたり、予防することが不可能なこと。 難病という名に相応しく、市販の薬なんかは勿論効かず、一度ひとたび発症してしまえば罹患者本人による自力の治療はまず不可能なこと。 権能を発動する条件も、ただ"相手を睨んで凝視することだけ"という難度の低さから、回避することもほぼ不可能なこと。 その性能から、感染者本人にしか発症が検知できないことだ。 この話が本当なら、まるで理不尽の権化のような力だよ」




 その説明で、ラヴェンダーが夢の中で語っていた話にいくつか合点がいった。

 奴は、もう手遅れだとオレに指摘していた。あれはその弱点の無さ、感染してしまった時点で治療不可の痛手であることを示していたのだ。

 そしてよく話題に挙がっていた『黄昏症候群トワイライトシンドローム』という病名。 あれは、ラヴェンダーの『椅子取り遊戯ワールドデバッグ』から創出された難病のことだったのだ。




「いいか、こうして君に組織の内部事情をある程度漏らすのは、君を"友人"として信頼しているからだ。 それに、もし本当にラヴェンダーの権能に感染してしまったというのなら、君はまず殺されてしまうはずだ。 そうなってもらっては困る。 だから情報を渡してやったんだ」


「監視役だから、だろ? 野崎の言いたいことは分かってる。 それでも助かるよ」


「煌。 あんまり焦っていないみたいだから言っておくけどな、もしその『黄昏症候群トワイライトシンドローム』を既に発症しているなら、君は窮地ピンチの渦中にいるんだよ」


「そんなの、オレが一番分かってる」


「本当かよ? ラヴェンダーの権能は、受けた者の欲望を転写して難病を生成する。 つまり、『黄昏症候群トワイライトシンドローム』を発症している状態とは本来、君の欲望が叶った状態と同様のはずなのさ。 君、現状をそこまで問題視していないんじゃあないか?」


「ンなワケねえだろ! 繰り返しにはもう飽き飽きだ! 新鮮味なんかねえし、ずっと暑いしよ、それに宿題も山積みで、毎回リセットされて……」




 『椅子取り遊戯ワールドデバッグ』は被権能の欲望を転写する。

 『黄昏症候群トワイライトシンドローム』は永久に8月を周回し続ける難病。その正体は、オレの欲望の叶った姿。


 つまりオレは……、

 心根でこう想っていたということだ。

 8、と。




め、あの秘密基地の友人たちとずっと遊び続けていたいとでも願ったのだろう? それが引き金だね。 全く、浪漫主義者ロマンチストめ。 その甘い考えが、悪魔に付け入る隙を与えたんだ」


「……なあ、どうすれば8月から抜け出せると思う?」


「奴の難病を治す方法か……。検討もつかないな。 話した通り、ラヴェンダーの権能にはかく弱点がない。 もし弱点があるとすれば、それは仮面持ち皆に共通した弱み、代償くらいなものだろうよ。 そこをうまく突けば、奴の寝首を掻けるかもしれないな」


「待ってくれ、オレは『黄昏症候群トワイライトシンドローム』を治す方法を知りたいだけなんだ。 お前のその言い方じゃ、治すにはラヴェンダーを倒すしかねえみてえじゃねえか」


「ああ、そうだ。 ディオの時のことを思い出してみなよ。 仮面を剥がせば、権能は解除される。 幸い、奴が君に感染させた難病は、8月を繰り返すというだけで、死んだり寝たきりになったりという即効必死の猛毒じゃあない。 なら、こちらからラヴェンダーに近づく好機チャンスさえ掴めれば、殺せる可能性はある」




 ラヴェンダーを、殺す?

 野崎が当然のように提案するそれは、思いもよらない、もってのほかの考えだった。




「まさか難病さえ解ければ、それだけで万事解決だと? 奴を殺さずに済むとでも思っているのか? 甘いな、チョコスプレーでコーティングされたストロベリードーナツよりずっと甘い。 難病を解いてもすぐにまた権能をかけられる。 それでは、鼬交互いたちごっこになってしまう。 なら、殺すしかないだろう。 あちらは君が用済みになれば、情報漏洩を防ぐために消そうとするはずだ。 その前に殺すんだよ。 やらなければ、8月のループは永遠に続くことになる」


「だからって、人を殺すなんて無理だ……。 つうか、ラヴェンダーはお前の仲間なんじゃねえのかよ? 殺すとか、そんな簡単に言えちまうもんなのか……?」


「『少数派わたしたち』は、ただの集合体だ。 仲間なんて信頼し合えるようなものではない。 自身の願いを叶えてもらう、そのためだけに任務を受けている。 私の任務は依然、君の監視だ。 監視には護衛の任も兼ねられている。 なら、君がおかしくなって死んでしまう前に禍根を絶つのも、私の役目の一部だろうからな」


「手伝ってくれる、ってことだよな。 でもよ、殺すってのはナシにしたい。 どうにか、他の選択肢を思いつかないか?」


「ハア、またそれか。 ゾンビの時といい、どうしてそう固執する? 殺人が悪行であることは当然、私も理解している。 しかしな、自身に危機が迫ればそれもむを得ないだろう。 正当防衛に相当する。 君は既に被害を被っているのだぞ? やるしかない所にまで来てしまっている。 8月から脱出したいんだろ?」




 人を殺すなんて覚悟、オレにはない。

 どうして権能に巻き込まれ、苦しんでいる側が殺人の覚悟などしなければならないんだ。

 そんなことをしなければいけないなら、オレは……、8月を繰り返し続ける方がいい。悪に堕ちる気はない。人生を棒に振る気なんて。




「どちらにせよ、まずはラヴェンダーに近づく必要がある。 あの男は『少数派わたしたち』の集まりにも必要以上に顔を出すことはないし、日常生活は不明だ。 今もどこで何をしているか分からない。 私は組織の奴らに聞き込みを入れてみる。 煌は無理をせず、探っていることを悟られないようにしていろよ」


「……何から何まで頼ってすまねえな」


「勘違いするな、任務の一環だ。 それじゃあ、また」




 野崎は食い散らしたアイス棒をまとめて拾って、コンテナから出ていった。

 今日、あいつと話せて良かった。だが……、殺すなんて提案が出てくるなんて、思いもよらなかった。


 問題が拡大していく。

 やっと平和な日々が帰ってきたと思えば、これだ。

 蒸し暑いコンテナの中、汗を流しながら立ち上がる。


 『黄昏症候群トワイライトシンドローム』は、ずっと夏休みを楽しみ続けていたいというオレの想いに転写されて産み出された難病。

 オレは……、満足してしまっているんだ。

 この夏に、この日々に、この青春に。

 権能に振り回された反動に、安堵する日常の居心地の良さに落ち着いてしまっているんだ。


 やっぱりオレは……、この安心から離れるべきなのかもしれない。

 問題が起きて、それが広がる。

 このままじゃあ、仁達を巻き込み続けてしまう。


 オレは狭間を進み続けるつもりだった。

 『普通』に生きる中で恩人たちに報い、同時に『異常』に生きて記憶を追い続ける。それがオレの進む道だと思っていたが……

 『異常』に振り切って生きなければ、『普通』の恩人たちに迷惑をかけてしまうというなら、オレは…………





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