『夏』




 例の一件で学級閉鎖が起き、現場はイエローテープで封鎖。七月末に予定されていた期末テストは中止となり、そのまま山盛りの宿題と共に一ヶ月間の休校期間に入る運びとなった。


 8月1日、夏休みの初日。

 オレは遥夏に呼び出されて『いつもの場所』に来ていた。

 操車場の近く、放置されたコンテナ墓場のうちのひとつ。そこで、仁の持ってきた災害用のポータブル電源にコードを繋ぎ、扇風機を二台も稼働させてコンテナ内の涼を得ていた。




「……オレが知ってるのはそれくらいだ。 自分勝手にして、本当に悪かったと思ってる」




 遥夏が来る前に、仁と野崎の話をした。

 仁はディオの件で記憶混濁しており、オレに野崎の正体について確認取ったことすら覚えていないようだったが、やはり、博物館の展示室で包帯だらけのテロリストを目撃していたらしい。


 オレは権能の存在を項目から抜いて、テロリストに脅迫されていること、野崎に脅迫されて友達関係を続けていることを伝えた。

 仁は分かってくれたみたいだったが、「相談してくれれば」と少し怒っていた。

 あんな状況で相談なんて出来ない。仁どころか、学校中を危険に巻き込むことになっていたはずだ。




「状況はわかったよ、僕が煌の事情を知っていることは、野崎さんに知られてはいけないんだよね?」


「ああ、くれぐれも頼む。 いままで通りを装ってくれ」


「……煌がいつの間にかそんな事になっているなんて。 僕はてっきり、嫌われたものかと……」


「そんな訳ないだろ! お前は……、オレの友達だ。 野崎みたいな仮染かりそめの関係じゃない。 信頼してるし、恩を感じてる。 一方的かもしんねえが、オレは……、親友だと思ってるよ」


「……恩ね。 どうして煌が僕にそれを感じているかはわからないし、頼ってくれることは嬉しく思うけどさ、恩なんて……、友達間で意識するものじゃないと思う。 大切なことではあるけど、それって……、友情とは少しだけ離れたところにあるものなんじゃないかな。 気軽でいいのさ。 それが友達だと思ってるよ、僕は」




 記憶喪失で身元不明の、何も無くなってしまったオレと繋がり、心の居場所となってくれた仁。

 友情と恩情、始まりがどちらかなんて今じゃもうわからないけど、そのどちらもが心中を渦巻いているのは確かだった。

 仁は恩なんて感じるなと言いたいのだろうが……、それは無理な話だ。それほど、オレは仁たちに救われたのだ。


 しばらく暑さに悶えたところで、遥夏がコンテナに顔を出した。白百合の様なワンピースに麦わら帽子で、すっかりと夏の華だ。




「おまたせ〜、アイス買ってきたよ〜!」




 その手には、青白い四本の棒アイス。

 しかも抜き身で、だ。




「よく溶けなかったな」


「もー、デロデロだよー! でもまだ冷たいよ、ほれ! 食いな!」




 仁と二人で、棒まで濡れたアイスを受け取る。

 遥夏の左手にはまだ二本も残っている。

 遥夏が一本食べるとして、もう一本は誰のだ?




「これは私の分と、かっつんの分! でもかっつんはまだ入院中だから、私が二本とも食べちゃいま〜す!! ぱくっぅ!」


「それらしい言い訳して二本食いたかっただけだろ」


「仕方ないじゃん! 目の前で五本もアイス同時食いされたら、私も我慢できなくなっちゃったんだもん!」




 遥夏の背後に、人影が立つ。

 包帯だらけの全身、白シャツの上からでもわかる病的に細い体躯、その手には複数本の棒きれ。




「最近、煌と野崎ちゃんって仲良いでしょ? 転入してすぐあんなことも起きちゃったし、友達少なくて寂しーって言ってたから、大変だろーなーって思って! 呼んじゃった!」


「お邪魔します」




 野崎海舟。

 これまではスクールタイムだけを監視していた彼女が、遂に『いつもの場所』まで侵入してきた。

 事情を知った仁は緊張を顔には出さないものの、その挙動は明らかに硬い。




「すまないね、私が氷菓アイスに夢中になっていたせいで遅くなってしまった」


「お前……、どんだけ食ってんだよそれ」


「これで六本目だ。 この氷菓アイス可笑おかしいよ。 青白い四角のくせに、食べてみたら中はバニラとラズベリー味が隠れている。 甘くてしょっぱいが広がる。 こいつは氷菓アイス界の革命児さ。 食った瞬間頭が痛くなるほどの衝撃を受けたよ」


「それただ頭キーンなっただけだろ」




 野崎は遥夏によって温かく迎え入れられた。

 この『いつもの場所』において、遥夏は紅一点だった。

 新たな同性仲間が嬉しいのだろう。

 オレは仁と共に競競としていたが、意外と不安には感じなかった。

 それはオレが、ディオの一件を越えて野崎のことを信頼するようになっていた証だった。




「野崎ちゃんはもう一時転校先決まったの〜?」


「一時転校? 何の話かわからないな」


「えっ、学校からお手紙来たでしょ! 学級閉鎖による二学期授業特別措置についてってやつ。 読んでないの?」


「読んでないね。 最近、忙しくて……」


「なんかね、夏休み明けの授業は、みんなバラバラになって別の学校で受けるんだって! うちの学校の生徒を全員丸々受け入れてくれるほどの空きがある学校さん、ないらしいんだ。 だから、近くの学校にバラバラに分けて通わせるんだって」




 二学期授業は、別の学校。

 しかも、遥夏や仁とは別の高校になってしまうかもしれない。

 野崎はどうせまた『少数派』のコネを使って強引に同じ高校に転入してくるのだろうが。




「学校、一緒だとい〜ね〜」


「そうだね、私もやっと出来た友達だ。 すぐに別れなければならないというのは、流石に悲しい」


「あっ! そーだ! 私たち、夏休み終わったらバラバラになっちゃうかもなんでしょ? ならさ、この夏は思いっきり楽しんで、思い出作るべきじゃないー!?」




 その提案に、立ち上がって賛同する仁。




「おおっ!! いいね遥夏! 最近暗い事件ばっかりだったし、ここいらでそろそろパーッと遊びまくろうよ! 勝人も完全退院はまだだけど、動けるようになるのはそろそろだって聞いたし、リハビリ散歩のついでに夏祭りでも行こうよ」


「おいおい、当人ナシで勝手に……。 無理させる訳にはいかねえだろ。 祭りなんて行って、人混みに押されて傷口開いたら大変だろ」


「それがさ、昨日勝人の見舞いに行ったんだけど、元気有り余りすぎて勝手に外出しまくってるんだってさ。 ナースの定期健診が増えてきてて、監視されてるとかなんとか……、まあ、かく元気だったよ」


「ああ……、なんか、勝人らしいな……」


「流石だよかっつん!! 不死身だよ! フェニックスだよ! フランケンシュタインだよ!!」




 腹に弾丸タマ受けて入院中の友人を連れ出すって、マジで言ってんのかこいつらは。

 野崎も氷菓アイスを咥えながら、二人の話に頭を抱えていた。

 いや、こいつは頭キーンなってるだけだな。




「夏と言えば〜!? 祭り! 海! えーと、あと、あれあれ!! 山奥の別荘とか?」


「どうして山奥の別荘がリストインしてんだ?」


「ほら、アメリカとか海外だと、若者たちティーンが親の車借りて山奥の別荘行ってさ、近くの湖で泳いでたらチェーンソー持った殺人鬼キラーに襲われたりするってよく言うでしょ? 夏の風物詩だよ! もしかしたら天然の大量殺人鬼シリアルキラーを見つけられるかも!!」


「B級映画の見すぎだお前は。 あと大量殺人鬼シリアルキラーはキノコみたいに自生してるもんじゃねえんだわ!」


「煌……、君って、結構情熱的に指摘ツッコミするんだね」


「オレがやらなきゃ誰もこいつらのカオスを止めれねえからな! オレが請け負ってやってんだよこの地獄みてえな役柄をよォ!」




 野崎に反言したところで、最近頭痛が収まっていることに気がついた。

 前までなら、大声を出したらピキリと頭が痛んだものだ。

 今は無痛だ。頭痛がなければ夜もよく眠れる。目のクマも心無しか減ってきた。その影響か、あの夢を見る機会も減った。

 あの頭痛は記憶が戻る前兆と医者は言っていたが……、この無痛を喜んでいいものかどうか、分からないな。




「ね゛え゛ぇ゛〜!! あいす食べきっちゃった暑い〜!! コンテナ暑い〜!! アイス買いに行こーよー……」


「私も氷菓アイスを買い足したい」


「お前らマジで、どんだけ食う気なんだよ」


「いーじゃんもー! 皆で買いに行こ、ね?」



 遥夏に引っ張られて、オレたちはコンテナから日射の下に晒される。

 西日の中を、四人で汗を流して歩き始める。




 コンテナ群、操車場、長い石段、線路。




 俺達はいつも通り、夕日に染まる空を背に、廃線になった線路をゆっくりと歩いていた。

 いつもと違うのは、勝人がいないこと。代わりに野崎がそこにいることだ。




「あ、そーだ! 今度私のうちに遊びにきてよ! 皆でお泊まり会しよ!」


「いいね。 野崎さんも来てよ、親に門限とか決められてたりしてなければだけど」


「いや……、私は別に……」


「えーーーーー!! 野崎ちゃんも来てよ来てよ来てよー!! こんな野獣たちの中に女の子が一人だけって、危険すぎるよ! 助けてよ〜、怖いよ〜!」


「…………ハア、わかった、私も行くよ」




 他愛もない会話。

 オレ達の輪郭が、夕日に溶けていく。


 『少数派ルサンチマン』に横槍を入れられて、オレの学園生活は……、仁達の青春の1ページは、穴だらけにされた。

 きっとこの一ヶ月は、失った青春を取り戻す夏になる。

 仁には野崎のことを話して納得はしてくれたが、あの日出来てしまった関係の溝は、確実に残っている。

 この夏で、その溝を埋める。

 友達であり続けるために。


 今日という日は、その走り出しに相応しい一日になったはずだ。誤解の一角が溶け、理解して貰えた。

 それに……、皆で集まって雑談していたというだけなのに、純粋に楽しいと感じて、自然に振る舞えたと思う。

 しばらくオレ達は、非日常に巻き込まれて、振り回され、苦しみすぎた。こんな日なら、これからもずっと続いてもらいたいものだ。




 夕日が、眩しく落ちる。

 ふと目を逸らして後ろを振り向くと、廃線の先で陽炎かげろうに歪む、黒いシルエットが佇んでいた。

 紳士帽に、毛皮のコート、長いステッキ。

 季節外れの影から生暖かい一風が吹いてきて、目を伏せた。


 次に振り返った時にはもう、影は消えていた。

 普通に考えれば、あんな季節外れがいる訳がない。夏の見せた幻だったようだ。




「……煌」




 後ろをしきりに気にしていたからか、野崎が声をかけてきた。




「……『引力』を感じた。 君かと思ったが、違うみたいだね」


「近くに誰かいるってことか?」


「いや……、蚊に刺されるような微かな感覚だった。 私の勘違いかもな、気にしないでくれ」




 蝉のうるさい街外れ。

 氷菓アイスを目指して、四人は線路を歩いた。




 夏休みが、始まった。

 青春を取り戻すための長旅が。







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