『友達との約束』
「待っていたよ。
「
事情聴取が終わり、一週間ぶりの帰宅、その帰路。
通りすがった公園を横断しようと敷地内に踏み入ったところで、噴水前の影で涼しげに座る野崎に声をかけられた。
「
七月末の都市公園はその暑さのせいか、あまり人足はなく閑散としていた。
少しでも日光の直射を避けるため、帰宅ルートには日陰の多い並木道を選んだが、それでもかなりジメつく全身に不快感が溢れる。
「メロンソーダ! これ、初めて飲んだけど美味しいね。 化学調味料がしっかり味を主著していて、素晴らしく良い。 炭酸も強すぎないから、喉越し感も楽しめる。 これはいいね、焼きそばパンと一緒に飲みたい作品だよ」
「どう考えても合わねえよ焼きそばパンとは。 あと感動しすぎて作品って呼んでんぞ」
「そんなのは飲んでみなくちゃあ分からない事だろう? 憶測で語るのはやめてくれよ」
「飲まなくてもそれくらい分かんだろ。 お前がメロンソーダをそこまで絶賛してんのは、そこの自販機で買ったばっかの冷えた炭酸だからなだけであって、焼きそばパンとの食い合わせシナジーはゼロだろーが」
「そこまで言うなら飲んでみなよ。
差し出されたメロンソーダ。
暑いのは暑いが……、もうしばらく歩けば家に着くし、妹からはコーラをワンダース冷やして帰宅を待っていると連絡が届いている。
わざわざ人の飲んでいるのを横から取るほどメロンソーダって気分でもないから、「いいよ」と野崎の手を押し返した。
「まさか、私の口がついたのは飲めないと? やっぱり君は
「そういう訳じゃねえよ!」
「どうだか。 君が間接キスなんていう低知能の発情期的発想に苛まれるような男なら、有り得ない話じゃない」
「どうしてそこまで飲ませたがるんだお前は……」
野崎のメロンソーダ飲ませたがりは、感動を共有したいって熱量だけで構築されているのではなく、他にも何か理由がありそうだ。
まさかとは思うが……、間接キスか?
自分から話にあげて来たし、オレと度胸比べでもしたいつもりなのか? いや、野崎に限ってそんな馬鹿なことは――――、
「おい煌。 今、心外極まりないことを考えていないか? 私が君と間接キスをしたくてメロンソーダを飲めと言っているとでも? ハッ、これは君の体調を重んじて水分補給を促しただけであって、決して私情の含まれた、お願いなどではない。 私の老婆心を無為にした挙句、そんな態度で報恩するとはなんて奴だ。 そうかそうか、君はそういう奴だったんだな。 失望したよ、失望。 私と君ではやはり考えが合わなかったんだ。 これではゴッホとゴーギャンだ。 メロンソーダひとつ飲まなかっただけでここまで言うかと思っているだろうけどね、私はその選択に憤怒しているのではなく、君の醜い心に嘆いているんだよ。 間接キスなんて私はどうだっていいんだ、意識なんてしていない。 健全極まる女子高生たる者、異性との間接キスは恥じらえというのが世間の風潮、
「あああああああああああもううるせええなッ!! 分かったよ分かった飲むから
こいつ、自分から間接キスなんて単語を会話に出してきたクセに、オレが意識してないって分かった途端、それは自分だけが頭によぎった単語だったって事実に恥じて、逆ギレで隠しやがった……!
奪い取ったメロンソーダを勢いよく傾ける。
火照った喉に、冷たい炭酸が走り抜けるのは爽快だったが、特有の化学的すぎる甘さは、すこし舌の根の気持ちが良くない。
まあ嫌いじゃないが、そこまで好きにもなれない。野崎はどうしてこれが好きなんだ、とボトルを返そうとした時に、ラベルの部分に小さなメモ用紙が巻かれているのに気がついた。
それが結露で濡れぬよう引き抜き、手の中で読む。
"聴取の際に盗聴器など
つけられていないでしょうか"
またそれかよ。
刑事に接触する度にそれだな。
きっとこんなメモの渡し方をしてきたのも、遠くから監視されているのを恐れた行動だろう。
まあ、野崎にとっては何かあれば
警察署では一度も人に触れられることはなかったし、事情聴取もデスクふたつを挟んで行われた。
盗聴器ってのがオレの想像しているような乾電池型の送信機や、シール型の貼り付けアイテムだったとしたら、それらをオレにくっつける機会はなかったと思う。
オレは首を横に振って、紙をラベルに巻き直したボトルを野崎へ返した。
野崎は取り出したシャーペンですぐに加筆する。
「どうだ、美味かったろう? 今度の昼休みには焼きそばパンと一緒に食べてみよう。 その時は煌も検証に参加してくれるよね?」
「それは嫌だ」
「どうして。 さては今、味わって飲んでいなかったな。 次は焼きそばパンの味を先に口の中で想像してから飲んでみるといい」
そう言って、再びメモ付きのボトルが渡された。
"私と結んだ約束は
守っていただけましたでしょうか"
約束ってのは、あの交渉のことだろう。
野崎は疑っているのだ。影で自分のことを警察に密告したのではないかと。
オレはゴツい人型の機械に胸ぐら掴まれても、こいつのことを思って秘密を守ったってのに、疑うだなんて。こいつの方が
メロンソーダを軽く飲んだ振りだけして、
「ああー確かに、お前の言うことを守って先に焼きそばパンの味を想像して飲んだら、結構合うかもしれねえな。 美味かった、ありがとう」
すぐ押し返した。
野崎はまたすぐに加筆し始めて、
「やっとメロンソーダの良さが分かったみたいだね。 何はともあれ、煌が無事でよかったよ。 君はホームルームからと言っていたけど、私は朝食を食べた後ごろから以降の記憶が曖昧だったから、クラスの皆のことが一切分からなくて心配していたんだ。 本当、良かったよ」
思ってもいないであろうことを並べながら、今度は何の理由作りもなく、一口飲んだボトルをキャップを軽く閉めて手渡してきた。
"今のあなたにとって、
私との約束を守ることは
リスクしかないというのに、
どうして守ってくださるのですか?"
こいつ、面倒くせえ。
約束を守る理由なんて、そんなの約束だからに決まってんだろ。
残っていたメロンソーダを全て飲み干し、メモ用紙をぐしゃぐしゃに丸める。
「そう言えば、病室で聞いたよ。 学校が現場保持で閉鎖されたから、夏休み明けからはクラス毎に別の学校へ臨時転入になるんだろ? 野崎にとっちゃ転校続きで大変だよな。 何かあったらいつでも相談乗るぜ、オレたち友達だからな」
そう、オレ達は友達だ。
そうだろう、野崎。これはお前が始めた関係だ。
「……………………」
そこから
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