『狭間に残る者』
「俺が中学だった頃はさあー、学ランの
あの英雄劇から一週間。
退院してすぐのオレは警察署の一室、色気ないパイプ椅子に座らさせられていた。
博物館の一件から繋がりのある有様信司という刑事に、事情聴取の為に事件参考人として召喚されたのだ。
「はは、緊張するよなあー。 大丈夫大丈夫、事情聴取は君の学校の全校生徒に実施してるもんだよ、君だけ特別にって訳じゃないさ。 ただ話を聞きたいだけだよおー」
「でも……、他の生徒は自宅で聴取を受けたりとかしてますよね? オレだけ警察署ってことは……、何か疑われてるってことですか?」
「ああー、違う違う。 確かに君は他の子より、事件解決に必要な参考人として期待されてる。 だからわざわざここまで来てもらったけど、疑ってる訳じゃあないんだ。 今日はあくまで、事情聴取。 取り調べじゃないよ。 ごめんねえー、怖がらせて」
こちらの緊張を解きほぐそうと、有様さんは穏やかな口調で接してくれる。
そのままいくつか前座の雑談を挟んだあと、会話を録音する旨と、参考人には黙秘権を持っていることを伝えられ、聴取が開始された。
「ええーと……。 本件、高等学校不法武力占拠・殺人未遂事件の主犯疑いは、
「……それ、ほぼ手元の紙の内容読み上げてるみたいでしたけど、関係者以外に喋っちゃっていいんですか?」
「勿論駄目だよおー、でも、君だって事件関係者さ。 お互い情報出しきった方が話しやすいだろ? 面倒なのは嫌だしさあー」
有様刑事は、型破りってよりはただ面倒そうに見える態度で話を続ける。その性格には、今回の件をどこまで話していいのかまだわからない、頭の中で収拾つけられていないオレにとっては、猶予を与えられているみたいでとても助けられる。
「よおし、じゃあ質問その一。 翔太郎君とは過去に面識はあった?」
「……いえ、全く」
「だよねえ、そりゃあそうだよなあー。 じゃあ質問その二、事件の日、何していた?」
「……それが、あまり憶えていません。 思い出そうとしても、記憶がぼんやりしていて。 教室で朝のHRを受けていて……、そのあとはもう。 気がつくと、あの体育館で椅子に座っていました」
「うん……、そうだよねえ。 やっぱり他の皆と同じかあー」
刑事は頬杖をついて、調書と睨めっこしている。
報告した内容は、勿論嘘だらけだ。本当はあの日のことを、何もかも憶えている。忘れられる訳がない。今話したことは全て、他の生徒達から話を聞いて内容をコピーしただけのでっち上げだ。
オレだって本当は真実を語るべきと分かってはいるが、それをしない理由は、野崎との約束があるからだ。
野崎は、テロリストだ。
オレを脅迫し、クラスメイトを、友達を、オレの恩人たちを危険に晒した張本人だ。
だが彼女は、ディオの一件でオレとの約束を守りきった。役職に縛られ行動が制限されていたにしろ、オレを信じて、ディオを倒すのに力を貸してくれた。
だからオレも、約束を守らなくちゃならない。この想いも、仁や神無月家に感じているものと同様、恩の形のひとつに他ならないのだ。
約束通り野崎に協力し、抵抗せず監視される。
その一環として、この事情聴取では野崎のことは勿論、権能にまつわる
オレは約束違反に抵触せぬよう、その後も慎重に聴取に回答していった。
「……うん、やっぱり他の皆と同じだ。 いやあー、この事件、上が頭を抱える理由も分かるなあー。 この聴取の頭に、御山翔太郎を主犯疑いって呼んだろ? あれはさ、まだ犯人が単独犯か複数犯か、ついでに言うなら傷害事件として本当に扱っていいものなのかどうかすら判定できていないんだ。
あの状況を、ディオによる集団催眠というならそうなのかもしれない。
事件後の証拠品や説明できない部分が多々ある理由は分かっている。彼の権能だ。
ディオ本人が、こう語っていた。
"我が
全ての効力がリセットされるのだッ!
私が職員室でゾンビ化させた教師達も、
それに噛まれた生徒達も、
街中で拾ってきたテロリスト役の男たちも!
役を終えた全員、劇が終わればメイク落とし!
傷ついた者も死んだ者も、
みんなすっきりきっぱり五体満足で元通りになるッ!
だから君らが憤慨している巻き込み被害ってのは、
最後には無かったことになるんだよ!"
この「無かったことになる」という物事の範囲には、ゾンビ化した容姿や、銃で撃たれた傷だけではなく、恐らく権能から産み出されたグロテスクによって廊下中に散らされた血痕や、テロリストが持たされていた銃とその弾丸までもが含まれていたのだと思う。
ディオにとって、ゾンビの内臓や大出血は特殊メイクとして、テロリストの銃は小道具として扱われている。
怪我すら治るほどの大効力なら、権能から産み出たものならばなんだろうとメイク落としとやらの対象になるのではないか?
故に、転がる死体や落ちていた内臓、銃と弾はリセットされて消えた。だが二次的被害である、学校の破損した扉や、銃痕のついた壁や窓だけはそのまま残ったのだろう。
そりゃあ調べがつくハズがない。
しかも事情を知るはずの生徒たち、教師陣はみな、野崎のように日頃から仮面に触れている人間ではなかったからか、役職に縛られていた間のことは記憶曖昧だ。
こんな異常はヒント不足すぎて、きっと絶好調時のシャーロック・ホームズが愛用していたコカインを放り捨てて捜査に打ち込んでも、解き明かすのは難しいだろう。
これで、ディオの失踪都市伝説に続き、新たな不思議が学校に刻まれた。ということになるわけだ。
何はともあれ、あの土壇場の判断が成功して本当に良かった。
仮面を剥がすことで権能を解放できることまではほぼ確信していたが、それが彼で言う「終演」の判定になり、メイク落としのリセットが始まるかどうかは賭けだった。
オレ達はギリギリで打ち勝った。
あの状況から到達できる、最善の未来を掴んだのだ。
「負傷者は翔太郎君を抜いてたったの二名、銃撃を受け入院中の相原勝人君と、額に傷を負っていた、……煌君だけだった。 勝人君の体内から取り出された弾丸は、モデルガンなんかで使われる弾を改造して作られた手作り弾。 3Dプリントで出来た手作り銃で発射されていたから、線条痕も追えない。 素材の合成樹脂の出処はまだまだ捜査中だけど、一般人でも手に入りやすいものだし、まあ解決しないだろうね。 最後の頼りは翔太郎君の自供だけだが……、急な衰弱で緊急入院。 取調べは延期、早期解決は不可能ってさ。 参っちゃうよねえー……」
ギシギシと嘆く椅子に、思いきり体重を預けて座る刑事に、同情を覚える。
「じゃあ、最後にもうひとつ質問させて貰えるかな」
「最後? まだ10分くらいですけど、いいんですか?」
「未成年をいつまでも拘束してると怒られるからさ。 それに、もう必要なことは充分知れたしねえー」
有様さんは急に真剣そうな顔になって、
「今回の件、君が博物館の聴取で話してくれた仮面ってやつが関係していると思う?」
脳神経を直接指で弾くような一言に全身が硬直する。
有様さんが疑うそれは、いきなり核心だ。
このまま首を縦に降ってしまいたいところだが、唾液と共に思いきって飲み込む。
「わかりません」
「煌君はあの一件で、手品みたいな出来事を沢山見せられたと話していたね。 断言できなくてもいいよ、もし今回の件も仮面が関係している可能性やちょっとした思い当たりがあるなら、教えて欲しい」
「……わかりません。 確かにあの時みたいに、変な手品を使うテロリスト達が関わっているなら、さっき有様さんが話してくれたことも出来るかもしれないけど……、僕にはわかりません」
「そうかあー……。 実は今回の件、気になる証拠品がひとつ見つかっていてね、」
と、机の下から革のケースを拾い上げて机に置いた時に、有様さんの背後に設置された固定電話が
ああうるさいなあ、と小言を言いながら席を立ち、受話器を取って二つ三つほど相槌をうって、
「ええー、困りますよ。 ……はい。 ええー、そんなあー。 はあ、もうこの署内に? 困るなあー、こっちにはこっちのやり方ってのがあるんですがー……」
と返して、通話を切り席に戻ってきた。
「うーん……。 煌君、面倒なことになった」
横髪をくしゃくしゃとしながら、刑事は面倒そうに語り始める。
「少し前に、病院で拘束されていた衰弱中の主犯疑い、御山翔太郎君が急に居なくなっちゃったんだってさ」
「えっ? 居なくなったって……」
「監視カメラなんかも全部壊されてたみたいでさ、職員さんも誰も姿を見てなくて追跡不可って。 大変なことになっちゃったねえー……」
御山が、消えた……?
カメラが壊されてたって……、まるで博物館の時と同じ手口じゃないか。
誰も姿を見てないってのは何となく理由がわかる。恐らく、姿を見てないんじゃなくて、見逃すように指示されているんだろう。
役職を与える能力を使えば、そんなことは簡単に出来てしまう。奴がこの逃走を、逃亡劇として認識しているなら有り得ない話ではない。
「で、面倒なことって言ったのは別の事なんだけどさあー、今からその面倒事が、この部屋に来るらしいんだよね」
「面倒事って……、なんのことですか?」
「怖ぁーい刑事さんさ。 うーん……、特殊捜査官、って言っても分かんないよなあー。 詳細は本人から聞いた方が早いかも」
有様刑事は、頭を抱えながら語る。
「これは煌君との関係維持、俺の釈明のために話しておくけどさ。 前にも言った通り、君にはクラスの友達感覚で俺と接してもらいたいんだ。 そのためにお堅いことは勿論、君にプレッシャーがかかるようなことはしたくないと思ってる。だから、君に『
目頭を押さえて疲れ目を癒しながら、
「でも、今から来る奴は違う。 奴ら特務課は、法律ギリギリのラインだって、事件解決の為なら何だってやる。 何か起きそうになったら俺も止める。 だから、できる限り君も奴の琴線に触れないようにしてくれ、そうじゃないと――――」
というところで、後ろの扉は勢いよく開け放たれた。
「あぁあー、来ちゃったよ……」
取調室に入ってきたのは、青黒い機械の塊だった。
顔面にバイザーのような黒いモニターを貼り付けた、2メートルはある人型ロボット。
全身にメカニカルな部品群を纏っており、胸部に取り付けられた刑事バッジが浮くほどの無装飾。
筋肉質に見えるよう四肢に繋げられた太いワイヤー束が動きに伴い伸縮することで、自然な歩行を実現してはいるものの、無機質の人型が歩くというのは目立つし、違和感だらけだと知った。
「仮面について知っていることを全て話せ」
電子音声と共に顔面バイザーに表示される、
『Tell me what you known』の白文字。
「学徒。 お前は知っているはずだ。 テロリストが持っている仮面のことを。 高校占拠事件にもその仮面が関わっているんだろう? 包み隠さず話せ。 さもなければ――――、」
「おいおいおいおいー、それ以上は駄目だよ機械君。 彼、怯えてるだろ?」
『Otherwise...』というところで文が切れる。
そしてしばらくのローディングの後、甲高い規制音が響き『SHIT』と表示された。
「君ら特務課の想いはよく分かるけどさあー、ここは落ち着いてよ。 まずは自己紹介からでも始めてみない? そんな高圧的じゃあ話せるものも話せないって」
「役立たずの給料泥棒め。 ……私は内閣府直属、公安特殊犯罪対策任務課『
ロボットは卓上のケースを掴み、指先でコロコロとナンバーを回して解錠し、中を開いてこちらへ見せてきた。
その中には、あまりにも意外なものが封入されていた。
中に触れられないようケースインケースされたガラス箱の中にはロビンソンの鉄仮面、その割れた半面と、体育館で粉々に踏み潰したはずのディオのヒーローマスクが、精巧に組み立て直され、接着されて納められていた。
「これらに見覚えがあるだろう?」
「……………………、」
「瞳孔の拡大を確認。 話せ、何を知っている」
まずい――――、
まさか、仮面が破片から修復されるとは。
ディオの仮面は踏み砕いたからと勝手に安心していたが、ロビンソンの鉄仮面を回収することを失念してしまっていた。
「隠し通せると思うな、言え!!」
機械の鉄腕に胸ぐらを掴まれる。
顔面モニターの奥から睨まれ、喉が詰まる。
「だあーから、駄目だって機械君! それ違法になっちゃうからさあー! ほら放してあげてよ」
「直近の未解決事件二つに関係し、数少ない有力な現場証拠を残すこいつは、明らかに仮面の存在を知っているはずだ。 吐け!」
有力な、現場証拠?
オレがあの場に、仮面以外に何を残した?
「煌君……、これはまだ調査が進みきってないから、次回の聴取で聞こうとしてたんだけどね。 高校占拠事件の現場、あの体育館の壇上では君の血痕が見つかった。 舞台裏では、君の血を含んだ遮光カーテンも発見されたよ」
「壇上は弓矢の傷を負った御山翔太郎が倒れていた。 争った形跡もあった。 学徒、お前何を隠している?」
それはオレがディオに蹴り飛ばされた時、その拍子に仮面で切った額の血と、悪役の衣装に使ったマント代わりのカーテンだ。
オレはオレが思うより、ずっと危険な立場にあったらしい。
野崎を売ればこの場を収め、オレの疑いを晴らせるだろうが……、それは出来ない。
オレは義理堅い訳ではないが、記憶喪失で過去の人間関係を失った今、交渉だからとはいえ、オレとの約束を反故にせず守ってくれるような人は大切にしたい。返せる恩は、返してやりたい。
例えそれが仁のような学友ではなく、野崎のような敵だったとしてもだ。
「何もっ、隠していません……! オレは……」
何か適当なことでもいいから言わなくちゃ、放してくれないって様子だ。
オレは特殊な訓練を受けた軍人でもなんでもない、一介の学生だ。いつかボロがでて、そのほつれから事情が暴かれる。
すると、約束を破られたと知った野崎が、権能で全てをぐちゃぐちゃにしてしまうだろう。
それにこの人型機械は仮面について少しは知っているらしいが、あくまでコスチュームの一環程度にしか考えていないだろう。
権能なんてオカルトを説明したって、どうせ信じてくれない。
博物館のあと、オレのもとに集まった記者や刑事は皆そうだった。有様さんだけは真摯に話を聞いてくれたが、それだけだ。別にそれ以上の捜査なんかをしてくれている訳じゃない。
権能は、実在する。
しかし、不思議だ。
不思議ってのは、普通では考えもつかないし、解決なんて簡単に出来る訳のないものだ。
そんなものを追い求めるほど、人は資源を使わない。時間、資金、エネルギー……、それが集団であれば尚のこと。
誰も権能なんて目に見えた地雷、追わないのだ。学生の妄言的証言と捉えたほうが、ずっと話がスムーズといいと思われているに違いない。
日常と非日常の板挟み。
進めば破滅、戻れば茨道。
オレが出した答えは、先延ばしだった。
「黙秘権……、黙秘権を使わせてください。 オレの中で言葉が何も纏まってない。 それにこんな状況じゃ、話せることがあっても話せない!」
有様さんや国家権力は、日常へ戻るための救いの手だ。でも、今はタイミングが悪い。
野崎との友達関係がある限り裏切ることは更なる悲劇を呼ぶし、まだ恩返しできていない。
それに……、今回のことでわかったことがある。
オレは仮面の事件に触れた時、"夢の男"に会える。
あの男は、きっと何か知っている。
過去の記憶のことを……
オレが今際の際のここ一番って時、どうして死なないのかっていう理由のことも。
それを知るまでは、まだ狭間にいたいんだ。
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