『道化演じる黒幕』




「人質惜しさにやっと出てきたな、ディオ! よくも俺達の計画を邪魔しやがって!」

「こんな事はやめろッ! 生徒達を解放するんだ!」

「だったら止めてみやがれ!!」




 舞台上で繰り広げられる、迷彩服のテロリストとヒーローマスクの殺陣たて

 客席は静かにそれを見守り続ける。




「くっ、やるじゃねえか! 大人おとなげないが仕方ねえ! こいつを食らいやがれ!」




 テロリストは持っていた小銃を乱射する。爆発音が連続する中、ディオは身体を何度もひるがえし弾丸を回避するが、全てを避けきることは叶わなかった。

 凶弾を受けたディオは、片腹を押さえてその場で膝をつく。



「ぐッ……! このままでは……!!」

「死ねディオ! 偽善者には死あるのみだ!」

「ま、まだだ……! まだ倒れる訳には!」

「何っ!? 馬鹿な、銃弾を受けて尚、まだ立ち上がるというのか!?」



 舞台設置された大きなボックスに腕をかけて、ゆっくりと立ち上がろうとするディオ。


 全ては、危険なテロリストを倒すため。

 全ては、ウイルスを撒いた報いを受けさせるため。

 全ては、人質となった生徒たちを救うため!

 英雄ディオは、満身創痍で立ち上がろうとしている!

 その勇姿に感化された客席から、ディオの名を呼ぶ声がいくつも上がり始める。



「な、なんだ!? おい、黙れ人質ども!」


「……我は、赦さぬ! お前らテロリスト共の蛮行をッ! 罪のない人々を殺し、ゾンビを蔓延はびこらせ、恐怖を拡めたお前をッ! 我は絶対に赦さんッッ!! お前を倒すためならば、我は何度でも立ち上がるッッッッ!! ウオオオオオオッッ!!」



 生徒たちの声で、英雄は立ち上がった。

 傷を受けた身体を、その強大な覚悟と声援が引っ張りあげたのだ!



「ばっ、化け物め! 死ね、死ねえッ!!」



 テロリストは追撃を続けた。

 ディオは銃撃を受ける度に大きく身体を仰け反らせ、床に転がってしまうが、それでも、何度でも何度でも立ち上がった!



「ど、どうして立てる!? お前、何者なんだ!」


「……我は、この学校の生徒だ。 名乗る必要などない。 我々は、この学校を愛している! 皆を愛している! 青春を愛している! それを踏みにじる者は打ち倒す! きっと我が立ち上がらずとも、ここにいる別の誰かが立ち上がっていたはずだ! 我を奮い立たせるのは、ここにいる全員の想いの力だァーッッ!!」



 客席から声が上がる!

 会場が揺れ、テロリストは恐怖する!



「我は英雄なんて呼ばれる器ではない! しかしッ! この胸の内から湧き上がる、熱く煌めく黄金のパワーを以て、生徒代表としてお前を裁くッッ!! 食らえッッ!! 対悪党用浄化光線銃イービル・デストロイヤーッッッッ!!」



 ディオが取り出したのは、黄金の光線銃だった!

 それは正義の心に呼応した天上の神が、彼に遣わせた英雄の証たる武具であった!


 光線の発射音が会場に響き、

 一発の銃撃が、テロリストを貫いた。



「馬鹿な……、俺が、こんな、ところで……」



 テロリストは腹部から血糊を派手に流しながら、持っていた銃を弾切れになるまで天井へ撃ち続けて、そのまま後頭部を勢いよく床にぶつける形で倒れていった。



「我が……、勝った、のか?」



 役目を終えて自壊した黄金銃をその場に落とし座り込んだディオを見て、客席が安堵と感涙で沸いた。

 英雄の、誕生だった。


 称賛する声が飛び交う中、一人の女生徒が立ち上がり、舞台へ向けて、大きな声を届ける。



「英雄ディオさん! 貴方の正体は誰なの!? 私たちに、その名前をお教えください!」



 ディオは傷口を押さえながら舞台のツラまで身体を引きずってきて、辛そうに立ち上がると、客席へ向かって語りかける。



「先程も言ったはずだ……、我はただの生徒だ。 名を問われるほど、誉められることはしていない。 それに、我は一度は死んだ身。 母校の危機と聞いて地獄から帰ってきたが、本来は生者の世にいてはならない身なのだ……。 そんな我の正体を、皆に知られるわけには……」


「いいえ! 貴方は私たちの、この学校の英雄ヒーローです!! どうか、どうかその名をっ!!」



 他の生徒たちもそれに賛同し、すぐに一帯はディオの正体を求める声で埋まった。



「困ったな……! わかったよ。 だがひとつ約束してくれ! 我の正体は、ここにいる皆との秘密だ! きっとこの後、警察官やテレビ局の人たちから事件のことを沢山質問されると思うが、我のことは話しちゃ駄目だぞ! 約束だからなッ! …………教えよう、我の正体はッッッッ」



 ディオが両手を高く広げたその瞬間。

 体育館全体が暗転カットアウトした。







「――――茶番は終わりだ、英雄ディオ。 お前をいつまでも勝手にさせるほど、オレ達は寛容ではない」


「……誰だ、この声は!?」


「オレは名は……、ロビンソン。 テロリストを束ねる組織のリーダーだ」


「何ッ!? 姿を表せ、ロビンソン!!」





 マイクを切って床に置き、舞台袖から出ていく。

 ギリッギリッと足音をわざと鳴らし、舞台へ現れる。

 

 体育館の奥、二階の通路に設置されたスポットライトが予定通りに点灯し、オレを照らした。

 野崎には作戦内容を伝えてある。ディオから受け取った鍵を使って音響と照明を操作し、裏方からサポートをさせている。


 光を浴びたオレの姿は、借りた鉄仮面に、入口にあった遮光カーテンを適当に切り取って羽織ったボロボロの長マント。片手には何とか銃の形を留める、溶解した青の拳銃。

 現状、身の周りにある物を集めて作った衣装だ。


 オレは、ロビンソンという名を使いを演じていた。

 無駄にマントをひらつかせて、思いついた黒幕らしい台詞セリフを、かく吐き続ける。

 言葉に詰まれば、ディオにとっての黒幕像から外れてしまいかねない。高鳴る心臓を必死に抑え、演技を続ける。



「最初から全て見ていた。 しかしまさか、お前なんぞにここまで引っ掻き回されることになるとは、思ってもみなかったぞ」


「ロビンソン! お前が全ての黒幕かッ!?」


「ああ、そうだ。 お前が倒した奴は影武者だ。 こいつめ、格好のチャンスを失敗しやがって」



 オレは予定通り、倒れた勝人の隣まで歩いていって、スポットライトの光の円中が追いついたのを確認したあと、拳銃を勝人に向けた。

 すると、舞台上には青い照明が焚かれ、同時にディオの使ったものと同じ光線銃の効果音SEが鳴り響く。

 これは「仲間のはずの影武者にとどめを刺す黒幕」の演技だ。勿論、本当は撃ってなどいない。壊れた拳銃では撃つこともできないしな。

 これも全て、野崎に舞台裏の音響と照明係に指示出しをさせている演出の一環だ。


 数秒の暗転のあと、舞台は通常の白い明かりで満たされる。

 そこで初めて、ディオに撃たれた勝人の容態が見てとれた。着せられた迷彩服が真っ赤に染まるほどの、腹部からの出血。

 しかし、目は開いているし、呼吸はしている。それでも起きないのは、どうやら気絶しているというよりは、死んだふりをしているようだ。

 まだ、今なら救命措置が間に合う。


 友人のショッキングな姿に、息を整えようと数秒だけ目蓋を閉じる。

 勝人の様子で確信できたが、ディオの敗役を振るう能力には、具体的な命令権力があるようだ。

 恐らく勝人は、こう命令されて、役職を与えられたはずだ、「特定の台詞セリフを発言後、小道具の銃を乱射するが、反撃の銃弾を受けて倒れ、そのまま二度と起き上がらず死に往くテロリストのリーダー役をやれ」と。

 そこまで詳細に配役されてなければ、ディオの望む脚本シナリオ通りには物事が進まないはずだからだ。


 ここまで断定するのに、放送室の女性教師の件がヒントになった。

 彼女は校内放送の一件で不可解な行動を取っていたが、あれも学校側の事情を知らない、端役に基本興味のないディオによる具体的役職命令とすれば説明がつくのだ。

 学校を徘徊していたテロリストもゾンビ達も、まるで映画やドラマに出てくるようなステレオタイプの見た目をしていたり、無駄にグロテスクだったりしていたのは、女教師と同様に、必要な行動と特性さえ従ってくれれば端役の見た目にはこだわりを持たないという、ディオの性格が出ていると考えられる。


 具体的役職命令をする理由。それはディオの、主役を立てることに関連する出来事に対しての執着、自分だけ完璧主義に近い、想いの強さが因縁しているはずだ。

 サブや端役がどうなったっていい。美しいストーリーをなぞり、メインたる主役の自分が最後に盛大に讃えられることに魂をかける。それがディオだ。


 黒幕役として壇上に立ち、ディオのその想いを再確認できて良かった。オレの計画は、ディオのそんな強い想いがなければ成り立たないからだ。



「ロビンソンッ! お前、自分の仲間を撃つとは、なんと非道な奴だッ!」


「部下の始末をするのもオレの、そして、この銃の役目だからな」


「その銃……、まさかッ!」


「そうだ。 お前の持つ、対悪党用浄化光線銃イービル・デストロイヤーの対極に位置する銃。 対英雄用討伐光線銃ヒーローズ・デストロイヤーだ! 分かるだろ、ディオ! オレとお前は、ここで戦う運命だったんだッ!!」



 勿論、1から100まで適当だ。

 だが言い掛かりで充分。

 この舞台は、奴にとっては11年も切望したここ一番の勝負場。失敗が出来ない状況でハプニングが起きれば、演劇部の天才なら即興アドリブで対応してくるはずだ。

 奴は劇を必ず続ける。つまり、介入さえすれば、干渉する余地はあるということだ。

 

 オレを天敵と認めろ、ディオ……!

 お前は、因縁ある相手を悪役ヴィランとして認めると言ったよな?

 なら、劇の終わりに死ぬのは勝人じゃない。

 お前が殺す悪の指導者は、このオレだ!!



「……フッフッフッ、ハァーッハッハッハ!! 良いぞオッ、この大悪党めッッ!! 我が成敗してやるぞォーーーーッ!!」



 破裂した黄金銃を舞台袖に向かって後ろ投げ、懐から緑と紫の二丁を取り出す。

 全て想定通りだ。対策は出来ている。



「おっと、これを見てもその光線銃を向けていられるかな?」



 オレは隠し持っていたリモコンを取り出して、これ見よがしな態度をとった。



「なんだそれは……! まさかッ!!」


「校内で撒いたものと同じ、ゾンビウイルスをこの体育館内に排煙するスイッチだ。 その光線銃を使えば、オレはこいつを押しちまうぞ」


「くっ、人質を盾にするとは卑怯者ッ! 邪智暴虐めッ!!」


「何とでも言えよ。 だが飛び道具は無しだ! 素手ステゴロで決着つけようぜ、英雄さんよ」



 当然だが、このスイッチを押したところで本当に毒ガスが出るわけがない。そもそも、テロリストがゾンビウイルスをバラまいたなんてストーリーを作ったのはディオ本人だしな。

 これは舞台の幕を操作するためのリモコンだ。つまり、ただのブラフにすぎない。

 それでも、ウイルスを武器にしている黒幕役が持てば、充分な武器になる。

 それはあいつも理解している。しかし、そうあう設定に勝手にされてしまった以上、ディオは暗黙の承認をして劇を続けなくてはならない。



「よかろうッ! やはり最後は、人間本来の個の力で雌雄を決しようではないかッ! 行くぞォーッ!!」



 ディオを素手にさせたのは、銃という一撃必殺の武器を捨てさせるためでもあるが、最大の目的はそこではない。

 目指すは、奴の仮面。異能の力を運用する者達に課せられたルール、そこに潜む弱点を突くことだ。




 "包帯君は、我が才能ギフトの効力により、

  主役に危害を加えないよう、

  武装放棄し仮面を外した。

  仮面の効力が発揮されるのは、

  装面している時のみだッ!

  よって、包帯君の力で補われていた

  銃の部品が溶けはじめたのだッ!

  その銃にはもう、脅威は無いッッ!!"




 仮面の持つ権能は、仮面を被っている時しか執行することはできない。これはディオだけでなく、野崎本人も以前に言っていたことだ。

 オレはまだディオが仮面を外している姿を見たことがない。つまりそれは、能力を使い続けるためには、仮面を被り続けなきゃいけないってことだ。

 実際、野崎は仮面を外したことで血で補強した拳銃が元に戻ってしまった。同様のことが、ディオにも起きるはずだ。


 となると、狙いはディオの仮面を外すことに集中する。そのために、近距離まで潜り込んで仮面へ触れる必要がある。

 その為の、素手戦ステゴロマッチだ。



「ロビンソンッ、我が拳を受け止めよオッ!」



 思い切り走り込んできたディオのジャンピングパンチを何とか回避し、そのままインファイトに移行する。

 これまで殴り合いの喧嘩なんてした覚えは、それこそ博物館での野崎くらいしかない。しかもあの時だって、権能が絡んだ特殊な状況だったし、殴り合いとは呼べないものだった。

 だから、これが初めてだ。本当の意味で正しい殴り合いをするのは。


 ディオからの拳を両腕で防御し、反撃の好機チャンスを探る。しかし、向かってくる赤手袋の拳は素早い上に重く、防御するのに精一杯で、発見した隙に手を出す余裕なんてほぼないに等しい。

 ただ、これほどの戦力差があることは想定内だ。こいつの正体は、あの部活破りの伝説を持つ男なのだ。その噂に脚色がなければ、かなりの身体能力の持ち主と考えられる。

 それも11年近く前の話だが……、山の中で生き長らえてきたと言っていたからには、今もそれなりに身体も鍛えているはずだ。


 防戦一方の中、突如繰り出されたディオの飛び蹴りが腹部に突き刺さり、後方へ吹き飛ばされる。

 痛みと共に、背中で床を滑る。床に貼られたテープを引きちぎってしまいそうなほどの真っ赤な摩擦熱が背中に溢れる。



「どうしたロビンソン! その程度かッ!」


「まだ……、ここからだろうが……!」



 鈍痛を押さえながら、すくりと立ち上がる。立ち上がりはする。だが……、ディオを倒せるビジョンが見えない。仮面を掴んで引っぱり剥がすというだけなのに、手が届かない。



竜攘虎搏りゅうじょうこはくにならんと盛り上がらんだろうッ! さあ来いッ!」



 手をくいと曲げてこちらを挑発するディオ。

 やってやるよ、我武者羅がむしゃらに噛みついて、その仮面の下を明かしてやる。


 照明の下、全校生徒の視線の集中する舞台で、オレとディオは殴り合いを続けた。

 豪快な挙動で見る者を楽しませながら、的確に防御の隙間からクリティカルヒットを狙ってくるディオに対し、オレは客席に背中を向けてでもかく距離を詰め、華の無いインファイトを望み続ける。

 胴を狙えば軽々しく回避され、頭へ手を伸ばせばガードの空いた脇へ高速の蹴りが飛んできて、痛みを感じている間に距離を取られる。


 正面からの正統な拳のやり取りでは不利と踏み、痛みに怯んだ真似をして予備動作無しのフックを打ち込んでみたものの、手首を握られて半身後ろを取られ、足払いされてしまった。

 あばら骨から床に叩き落ちる。だが痛みに震えている暇はない。すぐに床を転がって、ディオの追撃から離れる。


 が、ディオは不動うごかず

 足払いの後、その場で彼は仁王立ちし続けていた。

 


「そのまま蹴り飛ばされると思ったかッ? 我はそのような非道なことはしない! 寝ている敵に一方的な攻撃を加えなければならないほど、我に余裕が無いと思うかッ! 正面からの真剣勝負で決着をつけるのだッッ!!」


「クソ、誠実なこった……! 心の底から英雄ってのを演じてえようだな……」



 このままでは、オレに勝機はない。

 ディオは一足一刀の間合いを常に維持し、オレの踏み込みに合わせて攻撃を受け流し続ける。

 自分が攻勢に出る時には、こちらの不意に床を蹴り出して急速に距離を詰め、スピード特化の拳を飛ばしてきて、反撃の隙を与えてくれない。


 仮面に指をかけるだけだというのに、一見簡単そうなそれが、できない。

 その理由は、圧倒的な戦力差だ。身体能力の差。対人戦闘における思想造詣の差。

 まともな喧嘩なんてしたこともない、格闘技なんて触れたこともない学生では、簡単には埋められることのない経験とイメージの差だ。


 経験者に無経験が勝つには、捨て身の特攻しかない。防御を捨て、身体にしがみつき、無茶苦茶の中で仮面に触れる。

 それが、今考えられる最高の有効打だ。



「ディオ……! お前ってやつは本当に馬鹿だな……! 黒幕のオレがたった一人で、何の勝算もなく表舞台に出てくると思うのか?」


「仲間がいるとでもッ!? 本当に仲間がいるなら、黒幕の危機に慌てて舞台上に飛び込んでくるだろう!」


「援護ってのは、別に近寄らなきゃ出来ねえわけじゃねえよ。 逆に距離を取ることで援護しやすくなることだってある。 !」


「何ッ、狙撃だと!?」



 無駄に純粋な性格は、ディオなりの理想の英雄像から来ているのだろうか。その也り切り《なりきり》のお陰で、オレの指差した視線誘導にまんまと引っかかってくれた。

 体育館の奥から、突如としてまばゆ輝光きこうが放たれる。

 ディオは大きく呻き、両手をあげて光を隠した。


 その光は、野崎からディオの鍵を受け取り、オレが直々に設定を調節した、二機目のピンスポットライトマシンの光だった。

 野崎には、オレの台詞セリフに合わせてこのピンスポを点灯させるように事前に指示出ししていた。

 裏方役としてディオの邪魔をすることが出来ない野崎だが、オレの手で調節されたものを、目的も知らず設定内容も知らない状態で点灯指示だけを受ければ、それをディオの目潰し用だと事前に察知して止めることはできない。

 そう、悪意なき邪魔でなければ、野崎の役職特性は発動しないのだ。

 それは意図的な邪魔ではなく、



「ノゥウオオォオッ!!」



 オレがピンスポに設定した光は、照射する光の円をギリギリまで狭め、それでいて光量を強めた、虫眼鏡で太陽光を収束させたようなビームだった。

 それを正面から受けたディオは、当然、すくむ。一瞬だが好機チャンスが訪れる。


 無敵にまで感じたディオに、遂に出来た狙い目。この一瞬を、無駄には出来ない。

 床を蹴り出して走り込み、胴へ一直線に飛びつく。このまま床に倒れ込んで、なし崩しに仮面を剥いでやる。


 と、意気込んでいたはずだったが――――、

 その希望は、ディオの一瞥いちべつと共に、意外な跳躍に打ち消されてしまった。


 カンフー映画のアクションスター顔負けの空中捻りから繰り出される、サッカーのダイレクトシュートの如き回し蹴りが、飛び込んだオレの顔面に直撃ミートする。

 あまりの威力に、吹き飛ばされた先の舞台設置に突き刺さる。豪快な音を立てて、立てパネルなんかが倒壊した。


 全身に広がる、恐ろしい無数の痛み。

 呼吸を一瞬失ったほどの衝撃の残響に、思考がぴかぴかと光り、止められる。


 今……、何が起きた?

 先んじてオレとディオの間で打ち合わせが成されていなければ成功するはずのないクオリティの即興アドリブ殺陣が成功した。

 ディオはあの刹那、光を覆う両腕の裏でこちらの様子を確認し、そこからアクションを開始したはずだったが、その回転はオレの動きを先読みしていなければできないほどの、人外的な速度で行われ、そして的確な狙いと威力で蹴りが放たれたのだ。



「卑怯者めッ、嘘をついて我に近づくとは! 恥を知れッ! だがノロいッ! 我が反射神経を以てすれば、その程度の不意打ち、脅威にすら成り得んッ!!」



 反射神経……? 反射神経だと?

 あの動きが、反射神経から来る即席の対応だったと?

 部活破りの伝説を持ち、11年も山奥で身体を鍛えてきたからと言って、そんなことが出来るものか?


 ……11年?

 11年間も山奥に?

 その間も、警察やらは失踪事件を追い続けていたはずだろ?

 

 もし一般市民にでもディオが見つかれば、通報されて山中捜索でもされているはず。

 それでも発見されずにいたのは、彼が言っていた通り穴を掘って地下で息を潜めていたりと、人間に出くわさないように生きていたからに他ならない。


 そんな孤独な生活の中の、どこに対人格闘を訓練する機会があるというんだ?


 途中で仲間の仮面待ち達と交流する機会があったにしろ、その存在が辺りに目撃されぬよう、基本的には人に会わず、独りで生き続けてきたはずだ。

 そんな生活を送ってきた男が……、しかも、自身の仮面の代償で肉体の随所が老化している男が……、あれほどの対人アクションが出来るものか?


 それが出来るのは、異常ではないか?

 だが……、普通じゃ説明できない異常なら、権能とやらで説明づけられるかもしれない。


 反射的な肉体の駆動。

 脊髄直通の、文字通り身勝手な四肢の動き。

 その正体を権能と紐付けることが出来ないかと脳内捜索した直後、先程の野崎の記憶が浮かんできた。

 野崎は、




 もしも、ディオにも同様の現象が起きていたら?


 もしも、ディオも??




 敗役を振るう才能ギフト

 それは、役職を振り与え、特性に従事させる能力。

 それが他人に向かって機能することは確認済みだが……、ディオ本人はどうだ?

 使


 もしオレの考えの通り、自身にも能力が適用されるのであれば、勝人にも使ったような具体的命令権を応用してになれるはずだ。

 オレの拳を見て危機さえ確認出来れば身体は勝手に動き出し、全てを防御してカウンターを放つことが容易に出来る。




 敗役を振るう才能ギフトは、

 敗北者たにんに役職を振り与える力だが、


 配役を振るう才能ギフトとして使えば、

 主役じしんの持つ役職の特性を振るう力にもなり得る、

 己すら強制操作する催眠能力なのではないか?


 それなら、説明がつく。

 ディオの異常に。

 あの人外レベルの格闘技術に。




「終わりだッ、ロビンソンよッ!」



 吹き飛ばさた時にいつの間にか落としていたらしい、毒ガスのリモコンをディオに拾われる。

 これで奴を縛るものはなくなった。


 客席から見て自身とオレが被ってしまわないよう、上手かみてへと移動するディオ。



「……対悪党用浄化光線銃イービル・デストロイヤーッ! これでトドメだ、ロビンソン。 お前の計画は、今終わったッ!」



 もし奴の能力が想像通りなら、仮面を直接剥がすなんてことは、不可能極まりない狙いに違いなかった。

 そんなことに試行錯誤していたオレは、道化だった。


 近くに設置されていた白階段に腕をかけ、背中を預ける形で座り込んだ時、野崎から借りてきた鉄仮面が半面、欠けて落ちた。

 階段を駆け下りた半面は床に転がり、その内側に付着していた血を軽く散らして横になった。

 回転蹴りが顔面に直撃したことで、仮面で額を切っていたのだろう。額から流れた血は、仮面を失った顔の左を濡らす。



 手詰まりだった。

 頼りにしていた作戦は無駄と判明し、ブラフに使っていた毒ガスのリモコンを失い、野崎を使って準備をしていた演出は使い切り、身体を負傷して痛みに悶え、今や、銃を向けられている。


 それに、いつの間にかディオは勝人に撃たれていたはずの傷口を押さえなくなっていたし、服装を見るに銃創も出血もない。

 あれは演技だったのだ。確かに勝人の銃乱射は、役職の特性上、わざとなのだろうが弾が当たらないよう、かなり適当な撃ち方をしていた。だが何発かは、本当にディオに向かって飛んでいたように見えた。

 奴は、能力で人外的な動体視力と肉体駆動を実現し、弾を避けていたのだ。そのあと、物語を盛り上げるために銃弾を食らったフリをしていた。



 あの時に、気付いておくべきだったんだ。

 この絶望に。

 その無敵さに。


 奴を倒すことは、出来ない。



 舞台上方の照明が、その事実と額の熱を照らす。

 黒い客席を一望する。


 オレは、黒幕役だ。

 ディオの言ったことが本当に本当なら、

 オレ一人がこのまま犠牲になれば、

 ここにいる全員が救われる。


 元通りの青春を送り、

 元通りの日常へ戻る。



 オレは元より異分子だった。

 それに、オレも望んでいたじゃないか。

 彼らからの離別を。


 失った記憶を取り戻すために、

 ぬるま湯の依存から逃れるために、

 非情なる関係破壊を。





「死して贖罪せよ、ロビンソン!」





 贖罪――――、


 贖罪か。

 結局、仁に謝ることは出来なかったな。

 オレを拾ってくれた神無月家にも、恩を返せなかった。



 こんな、ワケわかんねえ権能なんてもんのせいで……、

 

 自己顕示欲馬鹿のお遊戯に巻き込まれて……。







 ……自己顕示欲。

 そうか、エゴか。


 主役になりたいって想いの根源は、

 注目されたい、褒められたいって心の欲求だ。


 他の誰かがそれを馬鹿にしたって、

 強い顕示欲を持つ奴の考えが変わるわけがない。


 自分だけが強く、正しく、

 褒められるべきと考えているからだ。




 そう、自分だ。

 自分だけが自分を変えられる。


 他者に厳しく、耳を貸さない者は、

 自分を信じて、甘く機嫌取りするのだ。


 そのくせ、そのエネルギーは他人依存。

 自分を褒め称えてくれる者から、

 栄養素を吸い出して浴びるのだ。




 つまり、ディオという人間は、

 歓声のみを聞き、自分のみに従う。


 オレがディオの行動を操作したいなら、

 まずは唯一の入口である『愛好者ファン』として、

 ディオに接触する必要があったのだ。






「……はははッ、はあっはははははははッ!!」


「ロビンソン……! お前、何が可笑おかしいッ!!」


「いやあ……、あんたを見てたらさ。 こんなことしてんのが馬鹿らしくなったのさ。 あんたは輝いてる……、英雄だよ。それに対してオレは……、道化ピエロだ。 ボロ雑巾みてえに薄汚ねえ、ただの道化ピエロだ……」






 オレはそう呟いて、自分から溶けた拳銃を顎下に突きつける。


 ディオ、これだろう?

 この展開が欲しかったんだろ?


 息絶え絶えの悪党が、最後のクライマックスで主役の勇姿を見て、かつては宿していたはずの正義の心を欠片ながら取り戻し、英雄の手を汚させぬよう、自害する。

 お前からすれば、垂涎モノの展開のはずだ。





「オレにも、あんたみたいに……、皆に頼られて、皆を助ける、そんなヒーローに憧れてた頃があったよ。 だが……、いつからだろうな、歪んじまったよ。 誰かに差し伸べるはずだった手は、血で汚れちまった……」


「お前…………」


「はははっ……、なあ、英雄さんよ。 虫のいい話ってことは分かってるが……、ひとつだけ…………、オレの願いを聞いてくんねえか」





 オレは道化ピエロになる。

 お前の脚本の歯車になる。

 お前を引き立たせ、消えていく端役になる。

 そう、お前の『愛好者ファン』になる。


 オレは、お前の栄養素だ。

 オレを吸って、お前は自身を構成する。

 さあ喰らえ。満漢全席、極上の据え膳を喰らえ!


 だがな、栄養素を取るってのは、

 栄養素を内側に取り込むってことだ。


 例えそれが毒素だろうと、

 内側に取り込まれれば吐き出せねえだろ。


 さあ喰らえよ、毒素オレを!





「最後にっ、最後にお前の正体を教えてくれ! 英雄のその名を、ッ! その仮面の顔を見せてはくれないか!! 英雄の正体を!!」



 客席が沸き立つ。

 恐らく彼らは、ディオに「英雄がフィナーレに名乗りをあげるシーンに入った時、声をあげてそれを催促する人質兼、観客役」として役職を振られていたのだろう。



「そうだ! 英雄の名を教えてくれ!」

「私たちに顔をお見せ下さい!」

「英雄のご尊顔をっ!」

「あんた何者なんだーーっ!!」

「ヒーロー!」

「教えてくれーっ!」

「英雄様ぁ! 頼むから教えてくれよお!」

「ヒーロー!! 頼む!!」



 客席を包む、正体を求める声々。

 舞台慣れしていたはずのディオが初めて硬直した。




 "我にはまだ、悪の親玉を倒し、

  真名まなを叫んで正体を明かすという

  フィナーレが残っているからなッ!

  ここでハッキリさせておこう、

  我の行動理念は全て……、

  我が英雄ヒーローとして褒め讃えられることッ!

  それが全てなのだァーッ!!"




 ディオが想定していたのは、劇の最後に自身の名を公表して讃えられることだった。

 だが、想定外の黒幕の登場と、想定外の展開の到来に、ディオは凍った。凍らざるを得なかった。

 もうこの展開になってしまったからには、名前だけでなく、仮面を外さねば、客席は満足しない。讃える声はあがらない。自己顕示欲は満たされない。

 しかし、仮面を外せば権能の効果は切れる。




 これまで組み上げてきた全部を崩し、

 劇が中断されてしまう代償として、

 瞬間最大風力で一時の欲求を満たすか?


 それとも極上を見逃して、

 劇のエンディングをワンランク落とし、

 期待外れの脚本通りを演じきるか?




 11年間も山奥で身を隠し、今日この時、この瞬間、このフィナーレに全てを懸けてきたあんただ。


 耐え忍んだだけの、相応の報酬が欲しいだろう?

 この時を待ち望んで来たんだろ?



 ならば、仮面を剥げ。

 自己顕示欲の怪物め。

 一瞬の快楽のために全てをかなぐり捨ててみろ。







 客席から、英雄を催促する声が斉唱される。


 照明が、中央に立ったディオに集約する。


 遂に、その手が首元へと動く。



 彼は、今。

 舞台上の最も熱い場所に立っていた。











「我の名は、ディオッ!! 真の名を、御山翔太郎ミヤマショウタロウッッ!! 10年11ヶ月、2日と19時間46分13秒前にこの学校を失踪した学徒ッ! 一度は死に、地獄より舞い戻った御山翔太郎ミヤマショウタロウだッッ!! この顔に見覚えのある者はいないだろうッ! しかし、この顔こそが我が母校に未だ噂され続けている伝説の正体だッ!! 我だッ、我なのだァーッッ!! 我こそが、ディオの正体なのだァーーッッッッ!!」










 しかし、そこは沈黙劇と成り変わっていた。

 御山の魂の叫び虚しく、客席で賑わっていた学生たちは仮面の効力から解放され、ぐったりと椅子に腰掛けて、潰れてしまっていた。

 その様子は、冗長でつまらない劇を見せられた観客が、耐えられず眠ってしまっているようにも見えた。







「…………わッ、我はッ!! 我はディオッッ! そして、御山翔太郎だッッ!! この学校の伝説ッッ!! 五連勝伝説の……、英雄……ッ!」





 劇は最高の盛り上がりと最高のフィナーレを迎えた。

 しかしそれは、あくまでだ。

 観劇者の答えは、沈黙だんまりだった。





「どうして……ッ! どうして我を讃えぬ……!? どうして我が名を呼ぶ声が上がらんのだッッ!!?」





 照明で黒塗りにされた後ろ姿が、せわしく動く。

 真の英雄ヒーローは、生まれなかったのだ。






「……そ、そんな……ッ! 我、は……、我こそは……」


「どうした? 科白セリフでも飛ばしたか?」






 重い身体を引っ張って、立ち上がる。





「わ、我は、我は全ての主役だッ! それを……! お前なんぞが邪魔しおってッ!!」


「テメェが勝手に仮面を外したんだろうが。 おごってっからそんな事になんだよ! 自分は無敵だと思って疑わなかったろ? ありがとうな、ベチャクチャと仮面のことを喋ってくれたお陰だよ、ざまあみやがれッ!」


「我は英雄だ、栄光の中心だぞッ!! 主役なき舞台なんぞ見るに堪えぬッ! 我が居なければ、この高校に活気が溢れることは無かった! 我はここに居る全員の御旗なのだッッ!! 讃えられるべきだッ、崇められるべきだろッッ!! 」


「だからって、好き勝手に人を操って犠牲を立てていい理由にならねえよ。 何もかもお前の思う通りにいくと思うな! 確かに、自分の人生の主役は何時いつだって自分だけだ。 けどな、世の中ってのはお前のためだけの舞台じゃねえ。 自分の見えねえところで誰かが歯車になってて、そんな自分はどこかの誰かの歯車で。 そうやって世界は動いてんだよ。 そんな事もわかんねえのに……、脇役や裏方を敗役だなんて呼んでるテメェが、勝手な戯曲押し付けて、勝手に真ん中を演じて! そんな身勝手野郎が、たったの一瞬でも他人の人生の主役になれるワケがねえだろうがッ!!」


「おッ……、お前はァァアッ!!」




 相当頭にきたのか、御山は怒号を飛ばすためだけに、これまでずっと徹底して、たったの一度もしなかったことをした。客席に背を向けたのだ。


 その時、オレはマスクを被っていない御山の素顔を初めて見ることができた。

 白髪の混じった長めの髪で目が隠れ、毟られたように不揃いな髭が顎に並ぶ。

 11年も山にいたのだから、年相応の顔になるのは理解出来る。

 しかし一点、どうしても注目を奪われる部分があった。老化で腐り落ちた右の頬から奥歯が露出し、まるでゾンビのような顔立ちになっているのだ。



「お前のようなッ、どこにでもいる普通の学生には何も分かる訳がないッッ!!」



 御山が取り出した拳銃を構えた途端、その右手は大きく横にブレて、舞台の後ろ壁に向かって射撃した。

 その腕に突き刺さった赤い細槍を見て、誰が御山の射撃を阻止したのかすぐに分かった。

 体育館二階の奥、スポットライト台から飛んできたそれは、役職の行動拘束から開放された野崎が権能で作った作品だ。




「アアアアアッッ!! よくも……ッ! 邪魔をッ、するなああああアアアアッッッッ!!」




 客席の生徒らは気絶しているのに、野崎は同じ仮面持ちだからなのか、役職から解放されても意識があったようだ。


 御山は腕から槍を引き抜き、より一層赤くなったその手で二丁拳銃を構え、野崎の方へ乱射した。

 爆音と単発を放ち、身の爆ぜた銃を捨て、学ランの内から次を取り出す。それを繰り返す。

 野崎の姿は見えない。憶測で乱射しているようだ。


 御山を止めるなら、今しかない。

 オレが逃げるのは簡単だが、このまま御山に暴れられれば、野崎や客席の生徒達の命が危ない。

 奴が仮面を外している今なら、先程までの怪物的な身体能力は発揮されないはずだ。

 後ろから羽交い締めにでもするか、銃のひとつでも奪って奴の動きを止められれば、野崎の援護を誘って暴動をやめさせることが出来るだろう。

 例えオレが犠牲になろうとも、逸早いちはやい解決の一助にはなるだろう。そうして、勝人の救命が少しでも早くなれば、それでいい。



 オレはすぐに行動していた。

 目に入ってしまいそうな流血を片腕で拭いて、マントを引きずり、前へ飛び出す。


 しかし、どうやら御山とはどこまでもタイミングが合わないらしい。

 直後に奴のヘイトが、急にオレに向く。




「死ねい凡人ッ! クソ悪党ヴィラン野郎めがァーッ!」




 御山の二丁拳銃から放たれた弾丸が、超高速で一直線に向かってくる。

 勿論、それを目で追うことも、半身をきって避けることも出来ない。


 当然だ、オレは普通の学生なんだ。

 喧嘩慣れもしていない、格闘技の経験もない、ただの普通の、どこにでもいる、普通の、学生だ。


 ただ不思議なことに、どうしてか恐怖はなかった。

 一瞬のことで、恐怖を感じるにすら至らなかっただけなのかもしれないが、とにかく怖じなかった。

 覚悟なんて出来ているはずもないし、出血で麻痺でもしてたんだろう。



 これで、次こそ終わりだ。

 後は頼んだぞ、野崎。


 あともう少しで、御山を倒せたかもしれないのにな。ここでもうしまいだ。


 あともう少し、あと、もう少しなのに。

 あともう少しだけ猶予があれば、野崎のために御山の注意を引っ張れたのに。





 ああ、くそッ……!

 あの博物館の時みてえに、

 





















『……………………』




 白黒の空間の先に、

 仮面の男が立っている。


 そこは、いつも見る夢の世界。


 あの時と同じだ。

 オレはまた、眠ってもいないのにここへ来た。





『――――"呪われ"よ。

 貴様はおのが内に秘めた力で、

 如何いかなる願いも叶え、

 如何いかなる融通ゆうづうも押し通すことが出来る』





 そう語る男の被る仮面は、

 以前に見た時とは模様が変化しており、

 トライバルのような紋章が刻まれている。




『真の正義のは、

 王が指揮棒タクトを振った先に在る。

 つまりは、貴様の選択が全てだ。

 選べばれが正しきとされ、

 れ以外は不当として統制される』



「…………何が言いたい?

 あんたの話はわからないことばっかりだ」



『貴様の望まぬ結果なら、

 破壊してしまえば良い。

 それを咎める者など存在しない。

 何故ならば貴様は、

 王となるべき存在なのだから』




 仮面の隙間から銀河が吐き出され、超光速で飛び交う光の河が辺りを吹き払う。




「おい、待て……! 最後くらい教えてくれッ! お前は誰なんだよ! ここは何処で、オレの記憶はどうすりゃ戻るってんだ!?」





『――――破壊せよ。

 望みに訴喰そぐわぬ最後なら、

 貴様の一存で跳ね除けよ。

 可否も賛否も、奇遇も定めも、

 打ち壊して幾度でも賽を振り直せ。

 王権を以て、物語シナリオを自在に創り変えよ』






 その直後に世界は煌めき、何度も加速を重ねて、オレの身体ごと銀河系の彼方へ消し飛ばした。


 重力すら感じられない無空の世界で、ガラス瓶が何本も何本も叩き割られるような音が連続した後に、










 視界は舞台上へと帰還した。




 正面には呆気に取られた顔の御山が、煙を吐く拳銃をこちらへ向けて立ち尽くし、辺りは沈黙に満ちている。

 状況が理解出来ず足を半歩引くと、靴裏がジャリリと何かを踏んだ。

 視線を落としてみると、そこには砕けた細かな鉄の欠片が、ころころと幾つも転がっていた。



 博物館あの日と同じだ。



 御山に撃たれたはずの胴をぺたぺたと触るが、どこにも負傷はない。

 それどころか、全身に溢れるこのたぎりはなんだ? アドレナリンが回るような、じっとりとした発熱。


 それは、快感的な熱だった。




「お……、お前ッ! 何故死なぬッ!? どれだけ撃ったと思っているのだッ!?」




 御山の足元には、知らぬ間に大量のカラフル銃が落下していた。その全てが使用済みで、奴の言い方からして、オレは撃たれていたらしい。

 しかし、銃創は見当たらない。

 それほどの痛みもない。


 溶けた弾切れの拳銃の引き金をカチカチと何度も引き続ける御山だが、その膝を叩き折るかのように、赤い細槍が突き刺さる。

 その場に倒れ込んだ勢いで、腕にぶつかり飛ばされてきたヒーローマスクが、床を滑りオレの足元に辿り着いた。


 黄金の二つ角を生やしたそれを、思い切り踏み潰す。破片となって辺りへ四散したマスクを横目に、御山が拳を床に叩きつける。




「なんだッ、何なのだお前はァアアッ!?」




 拳を強く握り込む。




「我はッ……、我は……、主役になるために耐え忍び、努力してッ、積み重ねてッ、ここまで生きてきたと言うのに……! 特別……、なのに……ッ!」





 マスクの残骸を蹴り飛ばし、御山に寄っていく。




「どうしてッ、どうしてェエッ!!」




 灰色の学ランから、もうすっかり使い切って最後の一丁になった黄色の拳銃を取り出す御山。

 それを見て、助走を始める。






「お前はァッ!! 何者なんだよォオオォオッッ!!」





 最後の一丁が放たれる前に、拳が直撃した。

 膝立ちしていた御山の顔面にオレのストレートが的確に突き刺さり、そのまま思い切り吹っ飛ばした。





「が、ァアッ……、な、何者……、なン……」



「テメェで言ってたじゃねえか。

 だよ」





 舞台に静かな機械音と振動が響く。

 公演の終わりを意味する緞帳どんちょうがゆっくりと降下し始め、それに伴い照明がフェードアウトしていく。




 暗闇の中、ドスンという重ったらしい音と共に、御山翔太郎の伝説と、ディオの英雄劇は幕を下ろす。

 拍手のひとつすら起きはしなかった。

 鳴り止まなない沈黙が、体育館を満たし続けた。








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