第36話 思わぬ侵入者

「――冷却魔術フリーズ


 魔術師さんは熱せられた通路へ向け、何度目かの冷却魔術を放った。手にした杖の先端から飛び出した青白い光球が地面に着弾し、高熱を帯びた岩と土を冷ましていく。


「お疲れさまです。魔力薬マナドリンクどうぞ」


「ああ、どうも」


 ナナは馬車の荷台から持ち出したマナドリンクを魔術師さんへと手渡した。支援部隊が用意してくれた物資である。魔術師さんはビンのフタを開け、中身の緑色の液体を一気に飲み干した。


「……ぷはっ。うん、ありがとう。まだちょっと熱が冷めきってないみたいだか

ら、もうしばらく待ってちょうだい」


「はい。よろしくお願いします――」


「……クソがっ!! なんなんだあの女神はっ!!」


 唐突に吐き出された叫び声が、ナナと魔術師さんの会話をかき消した。


 場の全員が声の主へ注目する。昨夜、神殿騎士と口論していた冒険者だ。


「いちいち偉っそうだわ、とんでもない自己中だわっ!! あれじゃただのクソガキじゃねーかっ!! 俺たちゃガキのお守りに来たんじゃねーぞっ!!」


 憤懣ふんまんやるかたない、といった様子で冒険者はヴェイラへの不満をぶちまける。


 彼の叫びに半数以上の者がうなずいていた。比較的ヴェイラと近い位置にいる神殿騎士たちでさえ否定しようとはしなかった。


 それどころか、直接の部下であるナナですら擁護しようとしなかった。額に手を当て、声にならない声をもらすばかりであった。


「ま……待ってよみんなっ!! ヴェイラ様だって悪いところばっかりな訳じゃないでしょっ!? 彼女にだっていいところはたくさんあるじゃないのっ!!」


 ほぼ批判一色に染まっている場の空気の中で、ゆいいつクロエが擁護ようごに回る。左右へ大きく両手を広げながら、場の全員へ訴えるように声を上げた。


 ……どうやらクロエの奴、ヴェイラに対して強い信心を抱いているようだ。だからこそ彼女に対する悪評へ反論せずにはいられなかったのだろう。


「ほう、具体的には?」


「そりゃ罵り声が心地いいところとか、靴裏の固さや踏み加減がちょうどいいところとかっ!!」


「全部あんたの趣味じゃねーかっ!! どうでもいいわっ!!」


「空気読めこの馬鹿女っ!!」


「変態っ!!」


「マゾッ!!」


「ゴミッ!!」


「クズッ!!」


「カスッ!!」


「んんんん~~~~~~~~っ!!」


 違った。信心じゃなくて性癖だった。


 自分の欲望を吐き出した上で存分に罵られたクロエは、満足そうにその場へ崩れ落ちた。


「……よかったな……」


「……せ……精神修行のため……なんだからね……」


 地に伏すクロエに話しかけると、恍惚とした表情で否定の言葉を返してきた。この期に及んでなおも隠そうとする、その気持ちが俺にはさっぱり分からなかった。


「……ねえ。もう大丈夫だと思うけど」


 通路を冷ましていた魔術師さんが言った。確かめるため壁に手をかざしてみる。ほんのり温かい程度だった。これなら問題なく通れそうだ。


「……よし。それじゃあ急いで追いかけましょう」


 俺たちは引き続き洞窟内を進んでいく。


 あれからけっこう時間が経ったけど、果たしてヴェイラたちはどれだけ先に進んだのだろうか。もしやすでに死のクリムゾンと遭遇しているのではないか。


 そう考えながら歩いていくと、途中の開けた三叉路さんさろで焦げた地面やスライム核の燃えカスを発見した。


「……どうやらここで小規模な群れと戦ったらしいな」


 借りた松明で地面を照らしながらつぶやく。土の部分に複数の足跡も残されている。向かっている先は左側――目的の広間がある方向である。さすがに道を間違えるなんてポカはやらかさないか。


「このペースで魔力を消費しているのなら、そろそろお体に本格的な悪影響が出ていてもおかしくありません。……やはり私が無理にでも止めていれば……」


「言ってもしかたない。あんまり気にするな」


「……ですが、もっと私がいさめるべきでした。たとえ私の素性をこの場の皆さんに知られたとしても」


「そうしたところであいつは止まらなかっただろうな。むしろヴェイラにうとんじられて、天界あっちでのお前の立場が危うくなっていた可能性すらあるんだぞ」


「……しかし……」


「あいつの言動は誰の手にも余る。それ以上自分を責めなくていい」


「……はい」


 俺の言葉がいちおうの慰めになってくれたらしく、ナナの曇り顔にささやかな光が差した。


「左から魔物だっ!!」


 にわかにひとりの冒険者から警告が放たれる。すぐさまそちらの方を見ると、向かって左側の通路からグリーンスライムたちがこちらへやってきていた。


 いや、それだけではない。天井から二体のイエロースライムが落ちてくる。さらに右奥の壁の隙間からブルースライムが這い出てきた。


「ヴェイラたちの討ち漏らしかっ!?」


「いや、たぶん別のところを張っていた奴らだと思うわっ!!」


 クロエがソウルイーターるーちゃんを鞘から抜きながら言った。他の討伐隊員も武器を構える。


「そんなに数は多くないわねっ!! ってな訳でぇ――っ!!」


 クロエは叫び、天井から落ちてきたイエロースライムへ接近。一気に距離を詰めてソウルイーターるーちゃんを一閃、一体の魔物を両断。一息の間も置かず、さらにもう一体へと真紅の刃を送りつける。


 討伐隊の面々も武器を手に手にスライムの群れを迎え撃つ。


 クロエの言う通り大した規模ではない。あっという間に片づいた。


「……ふう。あっけなかったな――」


「アオイッ!! 馬車がっ!!」


 ユーディットの声で、反射的に馬車へ目を向ける。


 密かに天井から接近していたのだろうか。複数の各種スライムたちが馬車の荷台にへばりついていた。


「物資を狙ってきたかっ!? それとも馬かっ!?」


「たぶん両方でしょうっ!!」


 ナナいわく、本来スライムたちに知能はほとんどないそうだ。基本は手近な獲物に襲いかかるだけらしい。


 しかしここのスライムたちは魔王の影響下にあるためか、つたないながらも戦略的な行動を取っている。さっきみたいに通路を塞いで戦力の分断を図った事もそうだ。 もちろん完璧とまでは言えない。奇襲としても兵站破壊としても、中途半端なところはある。それでも、"ただ襲ってくるだけ"のスライムたちとは脅威度が違う。


光杭魔術パイルバンカー!」


 そう考えつつ、馬を襲おうとしているグリーンスライムを攻撃する。手のひらから飛び出した魔術の杭がゼリー体内部にある核を貫き、魔物は絶命した。


 だが、その間に複数のスライムたちが荷台の中へと入り込んでいくのが見えた。


 荷台の中からビンやら袋やらが放り出され、中身が地面にぶちまけられる。体を拭くための布程度なら問題ないが、回復薬ポーションやマナドリンクなどが使用不能になるのは困る。


 早く止めなければ、と思った時、


「――コケェェェェ――――――ッ!!」


 荷台から気合いの入った鶏鳴けいめいが響き渡った。


 次に、ニワトリがブルースライムを蹴っ飛ばしながら外へと飛び出してきた。


 見事な蹴りであった。いや、スライムを倒せるほどの威力ではまったくないのだが、荷台に侵入した不届き者が怯んで逃げ出すほどの迫力であった。


 鳥にしておくには惜しい業前わざまえだ――などとのんきな感想を抱きかけて気づいた。


 あれはおとといのニワトリだ。チンピラ三人組に追われていたところを俺とユーディットが助けた、あのしゃべるニワトリだ。


 なぜ、あの時のニワトリが? いつの間にそんなところに?


 ちらっとユーディットを見る。"あのニワトリだと気づいてはいるが、この場にいる理由に心当たりはない"……と言いたげに軽く肩をすくめた。


「パイルバンカー!」


 疑問には思ったが、まずは取りあえずニワトリが蹴っ飛ばしたブルースライムを俺の魔術で貫く。


 その後、クロエたちが荷台のスライムたちを手早く片づけていく。


 すべての魔物を倒した討伐隊の面々は、一斉にニワトリへと注目した。


「……なんだこのニワトリは?」


「分かりません。我々も積んだ覚えは……」


 支援部隊隊長である男性は首をかしげた。


「……どっかから紛れ込んだのかしら? それにしてもたった一羽だけじゃ大してお肉取れないし、ダシを取るにしても……」


「……クロエ。初対面のニワトリをごく当然のように食材として見るんじゃない」


 真顔のクロエから慌てて逃れるように、ニワトリは俺の背後へと隠れた。


 その様子を見た支援部隊の隊長さんが、俺の顔をまじまじと眺めた。


「……なぜだかそのニワトリ、君に懐いているように見えるな……」


「そ……そうですね。なぜでしょうね。まったくもって不思議ですが、せっかくなんで保護してあげてもいいですか?」


「まあ、別に構わないけど……」


 ごまかしつつ俺が申し出ると、隊長さんはうなずいた。


「ひとまずは片づけだ。支援部隊は荒らされた荷物の回収を。討伐部隊には周囲の警戒を頼みたい」


 それから彼は各々に指示を出した。支援部隊の方々はテキパキと場の後始末をする。


 傍目から見るに、結構な数の薬品類が台なしになっている様子だ。魔術の使用に差し支えがなければいいけど……。


 そう考えていると、ニワトリが俺の肩へと飛び乗った。


(ありがとうございますアオイさん。また助けていただきましたね)


 それから、こっそりと耳打ちをしてきた。


(……なんでまたこんなところに……)


 俺も小声でそう尋ねる。


(まあ、ちょっと色々とありまして)


(はあ。……あの蹴りなら、晩飯にしようとしていた例の三人組も返り討ちにできたんじゃないですか)


(本気で追い詰められた時はそうするつもりでした)


(さいですか……)


 そうつぶやくと、ニワトリは上品な笑い声を漏らして肩から飛び降りた。


 そのまま荷台へと戻っていく。支援部隊の方々は怪訝そうな目を向けながらも、特に止めるような事はしなかった。


「…………」


 ふとナナの方を見ると、彼女もニワトリをじっと目で追っていた。


「ナナ、どうした?」


「……その……なんでしょうか……」


 ナナは言いあぐねる様子でしばらく考え込み、


「……いえ。きっと気のせいですね」


 結局、それ以上の思考を打ち切っていた。



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