第32話 討伐隊、出発

 翌日、神殿前にて。


「――はいみんなー、今回は死のクリムゾン討伐隊への参加ご苦労さーん! ナマイキな魔王軍幹部なんて火の神であるあたしが秒で灰にしちゃうから、あんたらはあたしをあがめつつ手足となってしっかり雑用に精を出してねー! ……んじゃ、さっさと死のクリムゾン倒しに行きましょーか!」


 用意させた椅子つきの輿こしにどっかりと腰かけながら、ヴェイラは討伐隊の面々へと声をかけた。


「…………」


 そんなヴェイラを、ナナは不安そうに見つめていた。


「やっぱ、天界の規則違反が気になってるのか」


「……それもありますが、そもそも死のクリムゾンとどれほど戦えるのかが気になりまして……」


 ナナがこちらへ目を向ける。


「確かにヴェイラ様は火の神だけあって、強力な炎の魔術を自在に操る事ができます。……ですが以前言った通り、地上と天界とでは空気や魔力の質などが微妙に異なっておりまして。天界の生活に慣れた者は地上でうまく動けなかったり、疲れやすくなってしまう事があるのです」


「ああ、前にもそう言ってたな」


「昨日、ヴェイラ様が『妙に疲れた』とおっしゃっていましたよね? おそらくは地上に慣れていないせいで活動に支障をきたしているのです。そんな状態で、果たしてどれほど実力を発揮できるものなのか……」


 そう言って再びヴェイラに目を向けた。輿の上の彼女は尊大にふんぞり返っており、身体的な違和感になどなんら気づいていないように見える。


 もしナナの言う通りなら懸念ももっともだ。おそらく昨日の段階で注意をうながそうとしたのだろう。


 だが肝心のヴェイラが聞く耳を持たなかった。現状でもナナの言葉を素直に聞き入れそうにない。


 早いうちに本人が違和感に気づけばいいのだが……。


「にしても」


 俺の隣でクロエが周囲を見回す。


「やっぱり参加人数少ないわよね」


「だよな」


 この場に集まった冒険者は、俺たちを含めたった十人。これに神殿騎士とヴェイラを足しても二〇人ちょっと。


 魔王軍幹部との戦いへ挑むにしては少人数である。


 数台の荷馬車からなる支援部隊も神殿側が用意しているが、それを含めても規模が小さすぎる。


 クエストの募集日数がもっと長ければ、より大規模な部隊を編成できただろうに。天界からの追っ手が来る前に片をつけようとヴェイラが急がせたがための弊害である。


(……たったこれだけでやるつもりなのか?)


(参加したはいいけど……これで大丈夫なのかしらね)


(まあ、女神様の力があるからきっとなんとかなると思うよ)


 参加した他の冒険者たちも不安そうにヒソヒソささやきあっている。出発前だというのに早くも士気が落ちている。


「はーい、じゃあ信者のみんなー。目的地までゆっくり丁寧かつ迅速にあたしを運ぶのよー」


「はぁぁぁぁぁぁぁ――――――いっ!!」


「よっしゃあお前らぁっ!! 幼女な神様のために気合い入れて運ぶぞぉっ!!」


「女神様っ!! もしなにかご不満があれば即座に我ら親衛隊へお申しつけくださいっ!!」


「無論ご不満がなくとも気まぐれになにかお申しつけいただいて結構っ!!」


 ……一部の士気だけは異様に高いけど。


「じゃ、しゅっぱーつ!」


 ヴェイラの指示で、俺たちは神殿を後にした。






 リニアをった討伐隊一行は、死のクリムゾンが潜む北東の洞窟へと順調に進んでいった。


 目的地までは徒歩でおよそ一日。到着は明日であり、本日は途中で野宿をする予定である。


「ほらほら、もっと速度出しなさいよー。遅いじゃないのー。あ、それと揺れるからもっと揺れないように運びなさーい」


 ヴェイラは椅子の肘かけに頬杖をつきながら言うと、周囲を警戒していたひとりの神殿騎士が彼女の方を向いた。


「女神ヴェイラ様。あまり無理を言わないでください」


「無理かどうか、じゃなくてやるの。ほら、さっさとしなさい」


「しかし、それでは到着する前にみな疲弊ひへいしてしまいます。肝心の戦闘に差し支えが――」


「……なによ。あんた人間のくせして神に逆らおうっての?」


「……いえ。出過ぎた事を言って申し訳ありませんでした」


 ヴェイラににらまれ、神殿騎士はすごすごと引き下がった。


「……まったく……ヴェイラ様は……」


 その光景に、ナナは眉をひそめながらつぶやいた。


 普段であれば即座にいさめるところだろうが、今の彼女は表向き"ただの冒険者"である。下手に接触すれば素性を勘ぐられる可能性があるため、大っぴらに注意する事ができない。


(……あの女神、無茶苦茶言ってんな……)


(いくら神だからってなによあの偉そうな態度。嫌な感じ……)


(落ち着いてふたりとも。気持ちは分かるけどここは我慢しよう)


 ナナがなにもできずにいる一方、他の冒険者たちはヴェイラへ後ろ指をさしていた。


 彼らはさっそく不満を覚えている様子だ。そりゃ当然だろう。あんな言動を前に好感を抱けるような人物などいる訳がない。


「おまかせください幼女様っ!! 我らにもっと無理をっ!! もっと無茶ぶりをっ!!」


「それこそが我らへの褒美となりますっ!! だって見た目幼女な神からぞんざいに扱われるとか最高じゃないですかっ!!」


「わたくしどもの事は卑しい豚とお思いくださいっ!! むしろ豚と罵ってくださいっ!!」


「ついでに踏んでくださいっ!! 念を入れてグリグリとっ!!」


「は? なにキモい事言ってんのよこの豚ども」


「「「ひゃっほおおおおおおおお――――――っ!!」」」


 前言撤回。いた。


 豚と罵られ、後頭部を靴裏でグリグリと踏まれ、輿を運んでいる神殿騎士の方々は歓喜の声を高らかに上げていた。


 俺の理解が及ばない世界がそこに広がっていた。あまり理解したくないとも思った。


「ふっ……。あの熱狂ぶり、彼女は"本物"って事ね……」


「いや、なにしたり顔で言ってんだ」


 理解が及んでる奴がすぐそばにいた。ユーディットは識者ぶった雰囲気を醸し出しながら幼女みたいな神と彼女に熱を上げる方々を品評していた。


「見なさい、輿を運んでいる人たちの表情を。あれは作りものじゃない。心の奥底から湧き出た感情を発散させている顔だわ。この短時間で彼らの心を掴んだって証拠よ。……なるほど。女神ヴェイラ、要注目ね……」


「……お前は俺にどんな反応を期待してるんだ……」


 俺の未熟な人生経験では『そうですか』以外に返す言葉が見つからない。


「……ったく。ユーディットも相変わらずだよな。そう思わないかクロ――」


「…………」


「――なあ、おい。冗談だよな……?」


 クロエ。


 お前、なに豚と呼ばれ足蹴にされる神殿騎士たちの姿を羨望のまなざしで見つめているんだ。


「……クロエ。おい、クロエ」


「……っ!? なっ、なにっ!? 別に私はそんなんじゃないんだからねっ!! 私はただ生きてるって実感が欲しいだけで、そのためには屈辱も痛みも受け入れる事が大切だって思ってるだけでっ!!」


「なんも言ってねえよっ!! 目線チラチラ向こうへ飛ばしやがってっ!!」


「し……失礼ね……っ!! 別に、そんなんじゃ、ないし……」


「気もそぞろじゃねーかっ!! 行きたきゃ行ってこいっ!! 精神修行のためとか言い訳してっ!!」


「そんなんじゃないんだからね――――っ!!」


 大義名分を得たクロエは、満面の笑顔でヴェイラの元へと駆け寄っていった。


「ヴェイラ様っ!! ヴェイラ様っ、精神修行がしたいのでどうか私を豚と罵りながら踏んでくださいっ!!」


「うっさい豚」


「んんんんんんん――――――っ!!」


 俺の理解が及ばない世界で、クロエは心から満足そうな声を上げていた。



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