第31話 傲慢

 侍者に案内され、俺たちは神殿内の一室へと通された。


「……クロエさん、ユーディットさん。申し訳ありませんがおふたりは外で待っていただけますか? 話の内容は後ほど説明しますので……」


 入り口扉前でいったん止まり、ナナはふたりへ目線を向けた。天界絡みの話だと察し、ふたりはうなずく。


「分かった……って、あれ? ナナはともかくなんでアオイも一緒なのよ? アオイって天界となにか関係が――」


「クロエ。余計な詮索はせず、おとなしく待ちましょう……」


「え?」


「おとなしく、待ちましょう……」


 ユーディットの死んだ魚のような目に気圧され、クロエはそれ以上なにも言わなかった。


 適当語り作戦の効果は抜群だが……ちょっとやりすぎたかも知れない。輝きのない紫色の瞳を見ると今さらながらに胸に痛みを覚える。


 すまないユーディット。君の犠牲は決して無駄にしない。


 心の中で詫びつつ、俺、ナナ、ヴェイラの三人は部屋に入った。


「……これはいったいどういう事なのですかっ!?」


 扉を閉めるなり、怒気を含んだ声でナナが叫んだ。温厚な彼女にしては珍しい態度であるが、それほどヴェイラの行動を問題視しているのだろう。


 だが、当のヴェイラはまるで他人事のような緊張感のない態度だった。


「"どういう"って、どの事よ?」


「あらゆる事ですっ!! 神が軽々しく地上へ降りてきた事もっ!! 人間に直接手を貸して魔王討伐を行おうとしている事もっ!! いずれも天界の規則に反していますっ!!」


「んなもん大した事ないって」


 ヴェイラは『やれやれ』とばかりに肩をすくめた。


「そんなしちめんどくさいだけの無駄な規則なんて無視すりゃいいのよ。肉体を失って地上で満足に活動できない老いぼれ神に代わり、肉体を持った若い神であるこのあたしがちゃちゃっと魔王を倒す。そうすれば世界は平和になって、あたしの神としての格も上がる。一石二鳥、手っ取り早くて合理的な手段じゃないの」


「その天界の神々が黙ってはいませんよっ!?」


「そんな老害どもなんぞ無視よ無視。要は手柄を立てちゃえばいいのよ。そうすりゃ誰もなにも言えなくなるでしょ」


「お前ふざけてんのか」


 思わず険のある声を出した俺に、ヴェイラが見下すような笑みを浮かべた。


「……あらどうも、久しぶりね。え~っと、確か……クソザコ小枝さんだっけ?」


「アオイだっ!!」


「ほんの軽い冗談じゃない。そうカリカリしないの」


「冗談言ってられる状況だと思ってんのかっ!?」


「神に向かってずいぶんな言いぐさね。生意気じゃない」


「だったら神としてふさわしい態度を取ったらどうなんだっ!?」


「これがありのままのあたしだもーん」


 俺が怒鳴っても、ヴェイラが舐め腐った態度を改める様子はいささかも見られない。


 くそっ、落ち着け俺。こいつはこういう奴だ。ペースに飲まれるな。


 いったん深呼吸し、話を続ける。


「お前のそんな甘い計画がうまくいく訳ないだろうが。それにさっきのはなんだ。あんな大勢の前でナナの名を呼ぶなんて正気か? もし天使だってバレたら――」


「うるさいうるさい、うーるーさーい」


 だが、ヴェイラは鬱陶しそうに話を遮った。


「人間風情がなぁ~に偉そうな事言ってんのよ。立場分かってんの? あたしが代わりに魔王を倒しに行くって事は、転生者のあんたはもう用済みって事なのよ?」


「…………」


「そもそもあたしがあんたを転生させたのだって、あたしの神としての格を高めるためでしかない。転生者が魔王を倒せば、転生を担当した神の手柄になるからね。けど、それももう必要ない。……なんなら、今ここで不敬な態度取った罰を与えちゃおうかしら」


 ヴェイラが上に向けた手のひらから炎を出すのと、ナナが「ヴェイラ様っ!!」と悲鳴にも似た声を上げるのは同時だった。


「冗談でもそんな事言ってはいけませんっ!! ……お願いしますヴェイラ様、すぐに天界へ戻ってくださいっ!! 今ならまだ間に合いますからっ!!」


「天使はおとなしくあたしの言う事聞いてればいいの。手始めに死のクリムゾンとかいうザコを倒すわ。結果さえ出しちゃえば他の神々だってもう文句は言えないでしょ」


「その前に、神々がお前を追って地上へ降りてくるって事は考えないのか? 俺やお前と同じ手段で」


「ああ」


 ヴェイラは鼻で笑った。


「あんたにゃ関係ないから言わなかったけどね。神殿には天界と直接経路を繋げられる仕組みが備わってるのよ。天使や転生者は使えない、神専用の特別な経路がね。だからあたしは直接この神殿へやって来れたって訳。


 その経路は神官たちに命令して封印させたわ。これで天界の神どもはあの経路を使えない。あんたとナナの時と同じように、どこに出るか分からない不確実な降り方をしなくちゃならなくなった。あたしの元へ迎えが来る前に、あたしは死のクリムゾン討伐という成果を出せるって寸法。だいいち――」


 ヴェイラは天井を――むしろ天を仰ぎ見ながら言った。


「今の神々の大半は大昔、邪神カロテロスとその手下どもとの戦いでおっ死んじゃっている。だから地上に降りたところで活動するための肉体がない。せいぜい神殿の石像辺りにでも憑依して言葉を伝えるくらいしかできないわ」


「それでも私以外の天使を遣わせて連れ戻そうとするはずですっ!!」


「天使ごときが神であるあたしを止められる訳ないって。だいたい、神が地上の人間に手を貸してなにが悪いってのよ。それで弱っちい人間たちは救われるし、あたしの手柄にもなる。みんなが得する事じゃない。頭コチンコチンな老神ろうじんどもが作った無駄な規則なんて取っ払っちゃった方が世のため人のためってなもんよ」


「そんな理屈で済ませられる訳がありませんっ!! 天界に戻れば必ず罰を受ける事になりますっ!! 重ねてお願い申し上げますっ!! 女神ヴェイラ様、今すぐに天界へお戻りくださいっ!!」


「ダメー。もう死のクリムゾン倒すって言っちゃったもーん。神殿長に命令して討伐隊募集させちゃったもーん。もう遅いわよー」


「つまり、討伐の主導権をギルドから横取りさせた張本人はお前か」


「ええ」


「募集期間が短いのも、天界から邪魔が入る前に片をつけようって魂胆か」


「その通りよ。むしろ冒険者の募集だって必要ないわ。あたしと神殿騎士だけ……いえ、あたしひとりでも十分ね」


 俺の問いにヴェイラは答えた。


「……俺たちもその死のクリムゾン討伐隊に参加したぞ。お前には奴を倒させな

い。俺が死のクリムゾンを倒す。手柄がどうこうだとかの言い訳の余地を完全になくしてから、迎えにきた天使にお前を突き出す。これ以上お前の子供じみたワガママを通せると思うなよ」


「ふ~ん、あっそ。ま、どうせアオイみたいなクソザコじゃなんにもできないでしょうけどね。……ああ、そっかそっか。お仲間に頼れば大丈夫って寸法ね。自分はコソコソ後ろに隠れて。よく考えたわねー、えらいえらい。あ――――はっはっはっはっは――――っ!!」


「うるせえっ!!」


 俺はヴェイラの哄笑をかき消すような大声で叫んだ。


「天界へ追い返す前にその鼻っ柱を叩き折ってやるっ!! パイルバンカーの事だけじゃねえっ!! まずは世間の厳しさってもんを理解わからせてやるっ!! 人様を舐めきった態度取れんのも今のうちだっ!!」


 ヴェイラを指さし、はっきりと宣言する。


 こいつのあらゆるものを見下した態度を改めさせるには、結果を突きつけるしかない。


 死のクリムゾンとの戦いを通じて、まずは散々バカにしていた俺のパイルバンカーの真価を見せる。その上で俺たちが奴を倒してこいつのずさんな計画を破綻させる。


 世の中自分の思い通りにならないと知れば、その自信過剰な態度を直すきっかけとなるはずだ。


「はいはーい。イキり散らすだけならタダだもんねー。せいぜい、あたしをそのクソザコ棒で満足させてみなさーい」


 予想通り、ヴェイラは俺の言葉を適当にあしらっていた。


 だが、絶対にこいつの思い通りにはさせない。


 クソザコ呼ばわりされた事の意趣返しも確かにある。だが、なによりナナに心配をかけておきながらまるで気にも留めようとしない事が許せない。


 短い期間とはいえ、ナナはこれまで俺の異世界生活を助けてくれた恩人だ。ナナのためにも、こいつの性根は必ず叩き直す。


「……ま、今日のところはこれまでよ。さっきまで大勢の前でカッチョいい演説してたからね。なんか妙に疲れちゃったわ」


「ヴェイラ様、それはもしや――」


「うっさいうっさい。つまらないお説教なんてもう聞かないわ。ほら、さっさと帰りなさい」


「ですが――」


「……ナナ。行こう」


「アオイさん……」


「これ以上話しても無駄だ。今日はもう行こう」


「……分かりました……」


「はーい。そんじゃ明日ねー」


 ヴェイラに返事も返さず、俺たちは部屋を後にした。



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