第29話 『死のクリムゾン』討伐隊募集
日暮れ前、散歩に出たその足で俺は冒険者ギルドへと向かった。
明日受けるクエストを今日のうちに吟味しておくためだ。ナナ、クロエとは今朝宿屋を出る前に話し合い、待ち合わせの約束をしている。
「あ、アオイさーん。こっちですー」
俺がギルド本部の扉をくぐると、先に到着していたナナが手を振ってきた。クロエもすでに合流しており、ふたりともロビー内の長テーブル席に座っていた。
「――やあやあ。ふたりとも元気だったー?」
……そんな彼女らに、ユーディットは大層友好的な笑みを浮かべてツカツカと近づいていった。少し離れた位置からでも、ふたりの笑顔が引きつるさまがありありと見て取れた。
「……アオイ。なんでユーディットと一緒なの……」
「……すまない……」
すでにげんなりした表情へ切り替わったクロエに、俺は目を伏せながら力なくつぶやく。
すべては、あの後
まるで歓迎していない空気などまるで意に介さず、ユーディットはそのままクロエの隣に座った。
「そんな邪険に扱わなくたっていいじゃない。ねえ、あたしも今回のクエストに混ぜてよ」
「いや……申し訳ないけど、私は金遣いの荒い人とパーティーを組むのはちょっと遠慮したいわ」
少し迷いつつも、クロエはごまかさずにきっぱりと答える。
金銭感覚に不安の残る人物をパーティーに加えるのは避けたい……と考えているのは彼女も同じだ。
個人の取り分をどう使うかは当人の勝手であるが、パーティー共用の資金にまで手を出されてはたまらない。実際、未遂ではあるが彼女は別のパーティーでそれをやらかしている。
ここで曖昧な態度を取るのはお互いのためにならない。きっぱりと断るべきだ。
「そんな事言わずにさ。クロエみたいに優秀な前衛はぜひとも仲間にほしいのよ。あたし、後衛としてきっちり仕事するわよ?」
「ダメ。受け入れられないわ」
「そこをなんとか。なんならあたし、パーティーに入れてもらうまで陰湿につきまとうつもりだから」
「……そこまでの覚悟があるならしかたないわね……」
「おい」
なに瞑目してうなずいてやがるんだクロエ。自分と同じ発想してるからって、いらんシンパシー感じやがって。
「……ま、まあここで追い返すのもなんですし、今回もご一緒するという事で
……」
「っしゃ!」
不利を悟ったのか、引きつった笑顔でナナは敗北宣言を出す。俺たちの耳に、ユーディットの鋭く短い歓声がむなしく響いた。
……まあ、こうなったら連れていくしかないか。いちおう戦力にはなってくれるし。
息を深く吐き出して気持ちを切り替えつつ、俺はロビーの一角、依頼書の貼り出されている"クエストボード"前へ向かおうと足を踏み出した。
「……のわっ!」
「きゃ……っ!」
が、うっかりギルド受付嬢のお姉さんとぶつかってしまった。弾みでお姉さんは床に尻もちをつき、手にしていた書類がばさりと宙に舞った。
「いたた……」
「ああ……すみません。大丈夫でしたか」
そう言って受付嬢さんへ手を差し出す。
「……ええ、はい」
受付嬢さんは俺の手を取って立ち上がる。
「こちらこそすみませんでした。ありがとうございました」
そう言って受付嬢さんは俺の手を離――さない。がっちり握ったまま、潤んだ瞳をこちらに向けていた。
「あの? 受付のお姉さん?」
「……リセって呼んで……」
「え?」
「失礼しました」
さっと無表情に切り替わり、受付嬢さんは手を離した。
「うっかり襲……いえ。とにかく助かりました」
そのまま受付嬢さんは床に散った紙を拾い始めた。
……どうしてだろう。なぜか一瞬、
背筋に冷たいものを感じつつ、俺たちも拾うのを手伝う。
「……これはクエストの依頼書ですか?」
ナナが一枚の紙に目を落として言った。
「ええ。これからクエストボードに貼り出すものです」
「そうですか。……あれ?」
受付嬢さんへ渡しかけたが、急にナナの手が止まった。
「どうした?」
「これ見てください」
そう言って彼女は依頼書を俺たちの前にひらりと向ける。
『"死のクリムゾン"討伐部隊・参加者募集』
そこには、俺たちが一週間ほど前に死闘を繰り広げた魔王軍幹部の名が記載されていた。
ブルースライム討伐クエストを受けた際、偶発的に遭遇した魔物だ。最終的には逃げられたため、クエスト終了時にギルドへと報告しておいた。
話によればその後、ギルドの調査部が領主の協力を得つつその行方を追っていたらしい。こうして討伐部隊の募集がなされていると言う事はつまり。
「受付のお姉さん。もしかして――」
「リセです」
「え?」
「リセです」
「……リセさん。もしかして
「ええ」
リセさんはうなずいた。
「捜索の結果、リニア北東にある洞窟を拠点としている事が判明しました」
「……ですがこれ、奇妙ですね」
改めて依頼書を眺めつつ、ナナはつぶやいた。
「奇妙?」
「ええ。この依頼、なぜかこの町の
ナナは依頼主の項目を指さす。そこには確かに『リニア・ソレイユ神殿』と記されていた。
「本当ね。ギルドの調査部が発見したのなら普通はギルドが依頼を出すはずよね。次点で領主。神殿なんてなんの関係もないじゃない」
「うわ、しかもこれ募集期間が明日の午前中までじゃない。短すぎるわ。これじゃ大して人集まらないわよ」
「おっしゃる通りです」
首をひねるクロエとユーディットに、リセさんがうなずく。
「本来であればギルドが討伐隊派遣を主導するはずでしたが、神殿から唐突な横槍が入りまして。結局、神殿側に主導権を譲る事となりました。期間もギルドの忠告を無視し、彼らが一方的に決めてしまいました。奴らの顔面に拳……ギルドの本分は魔王軍の脅威から町を守る事です。こうなった以上、全力で彼らに協力をするまでです」
そう語るリセさんの無表情から、なぜか異様な圧力が放出されているように感じられた。
うまくは言えないが……俺の中に漠然と『この人を怒らせるような事は絶対にするまい』と言う思いが湧いてきた。
「……なにより、神殿側が立てた討伐隊指揮者がにわかに信じられない方でして。ギルド側で何度も確認を取りましたが、どうやら間違いのない事実のようです」
「指揮者?」
「ええ」
リセさんがうなずき――その口から、まったく予想外の名を出した。
「天界より降臨した女神・ヴェイラとの事です」
━━━━━━━━━━━━━━━
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、下部の「♡応援する」および作品ページの「☆で称える」評価、フォローをお願いいたします。
執筆の励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます