第28話 謎のニワトリ

「……なにかしら?」


 ユーディットが立ち上がりつつ、曲がり角へと注目した。


 その直後、角の向こうからひとつの小さな影が飛び出してきた。


 純白の体毛に真っ赤なトサカを持ったその姿は、


「「……ニワトリ?」」


 どう見てもニワトリであった。飛べない翼を必死にバタつかせて走る姿を見る

に、なにかから距離を取ろうとしているのだと察せられる。


「どっかから逃げ出したのかしら?」


「かもなぁ」


 肉屋のカゴから出たのかも知れないし、町の一角に養鶏場があるそうなのでそこから逃げ出したのかも知れない。


 ニワトリもこちらの姿に気づいた。走りながら俺たちへ――いや、むしろ俺ひとりへじっと視線を向けてきた。


 なんだ? なんで俺を見る?


 ……と思った時、


「――すみません、助けてくださいっ!」


 唐突に、聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。


「……ユーディット……じゃないよな」


「……ええ」


 お互いに顔を見合わせる。どうやら俺の空耳って訳でもなさそうだ。


 そして、この場にいるのは俺とユーディットとニワトリ。


 って事は。


「ひょっとして……そのニワトリの声か?」


「……はあ? あなたなにを言って――」


「そうですっ! 少しの間かくまってくださいっ!」


「――って、ええぇっ!?」


 目を丸くするユーディットをよそに、ニワトリは壁際に置かれたタルの裏側へと体を隠した。


「……な……なん、ニワトリ、しゃべっ……」


 ユーディットは気が動転したように口をパクパク動かし、視線をタルの裏と俺へ交互に移していた。


 ……あ。ちょいマズったかも。


『こっちの世界、しゃべる魔物がいるのならしゃべるニワトリだっているのかも』と考え、軽い気持ちで発言したのだが……どうやらこちらの世界でも突拍子もない発想だったらしい。


「「「――晩飯ぃ――――っ!!」」」


 内心で冷や汗を流していると、ニワトリが現れたのと同じ角から三人組の男性が飛び出してきた。


「「「……って、ああっ!! あんたは例の新人冒険者っ!!」」」


 でもってそれぞれモヒカン、ヒゲづら、長身の三人組は俺の顔を見るなり声を揃えて無遠慮に指をさしてきた。


「……知ってる人?」


「……いや全然。……ああ、なんか思い出した。いつぞやギルドで絡んできた三人組だ」


 俺が冒険者になった初日――レッドスライム『死のクリムゾン』との戦いから戻ってきた際の出来事だ。名前は知らない。と言うより"迷惑なチンピラ"という事しか分からない。


「……チッ。嫌な事思い出させやがって」


「そうだぜ。新人のくせに将来有望とかふざけんじゃねえよ」


「おかげで俺らの虚栄心が満たせなかったじゃねーか。どうしてくれんだ、おい」


「……この人たち、自分で言ってて虚しくならないのかしら」


「……俺に聞くな」


 人として、ああはなりたくない。


「それより、この辺にニワトリが走ってこなかったか? なんか町中歩いてたか

ら、とっ捕まえて晩飯にしようかと思ってんだ」


「なにしろ俺ら冒険者として三流だからな。クエスト報酬だけじゃ食ってけないんだよ」


「ちなみに本業の方は、つい先日全員クビになったぜ。なにしろミスが多くてやる気もないからな」


 なぜそんな胸を張って堂々と情けない事を言えるのだろうか。


 ……まあいいや。正直あんま関わり合いになりたくないし、さっさと追っ払おう。


「……あっちに走っていったぞ」


「「「待てぇ――――っ!!」」」


 俺が適当な曲がり角を指すと、三人組は礼も言わずに走り去っていった。


「……ありがとうございました。助かりました」


 一部始終を見守っていたニワトリが、タルの裏から姿を現した。


「……やっぱり……ニワトリがしゃべってる……」


「驚かせて申し訳ありません」


 目を見開いてつぶやくユーディットに、ニワトリは丁寧に頭を下げた。


「って言うかさ。あなた、よくニワトリがしゃべってるって気づいたわね……」


「……ああ、いや、その。適当な思いつきを口にしたら偶然当たってたってだけだよ」


 ユーディットのいぶかしむような顔から視線をそらす。


 確かにニワトリがしゃべるだなんて常識外の出来事だろう。


 だが俺の場合、"異世界転生"やら"魔術"やら"魔物"やらと前世の常識では推し量れない出来事に接し続けている。


 そのために感覚がマヒしていたらしい。しゃべるニワトリの存在もさして抵抗なく受け入れてしまえた。


 よくも悪くも、俺はこの世界の常識に縛られていないのだと実感する。う~ん、どうも慎重さが足りてなかったようだ。もっと気をつけとこう。


「……まあ、それよりも優先するべき事があるわよね」


 幸いにもユーディットの意識がニワトリへ向いてくれた。どうやらごまかせたようだ。よかったよかった。


「首尾よくあの三人組を出し抜けたんだから。この珍しいニワトリを捕まえて売っぱらえば、きっと大金が……」


「やめなさい」


 別の意味でよくなかった。ニワトリがさっそく逃げ出そうとしていたので、その前にユーディットの肩をつかんで動きを止めておいた。


「……ったく。このバカの言う事は真に受けないでください」


「……ええ、はい」


 ニワトリは翼を羽ばたかせ、タルの上へと飛び乗った。


「改めてありがとうございました。おかげで無事にやり過ごせました」


「……あなた、いったい何者なの……?」


「大した者ではありません。人の言葉を話せる以外は平凡なニワトリに過ぎませんよ」


「……話せる時点で平凡じゃないわよ……」


「恐縮です」


 ユーディットの言葉に、ニワトリはゆったりとした所作で首を横へ傾けた。表情の違いは分からないが、俺にはどことなく笑顔を浮かべているように見えた。


「できれば、私が話せる事は内密にしておいてください。……実は私、とある用事があってリニアへとやって来たのです」


「元々この町に住んでいた訳ではないんですか?」


「ええ。もっとも、何度も訪れていますので道は分かりますよ」


「用事ってなに?」


「まあ、ちょっとした事です」


 どうやら話すつもりはないらしい。まあ、こちらも詮索するつもりはないので流しておこう。


「目立たないよう行動するのは慣れているのですが……町を歩いている途中、あの方々が突然『晩飯だ』と騒ぎ立て、追いかけてきまして。そのまま逃げ回っていたのです」


「それは災難だったわね……」


「お前が言えたセリフか?」


 ついさっき新たな災難になろうとしていた奴の言葉とは思えない。


「……それでは。私はこれで失礼しますね」


 そう言ってニワトリはタルから飛び降りた。


「大丈夫ですか? なんだったらついて行きましょうか?」


 どうせ目的地のない散歩の途中だ。ついでだからと俺が申し出るが、ニワトリは首を横に振った。


「お心遣い感謝します。ですがご心配には及びません。今度は馬車の荷台にこっそり乗せてもらって目的地まで向かう事にします。……実は、この町へ来る時も同じように馬車の荷台をお借りしたんですよ」


 ニワトリはそう言った後、イタズラっぽく「ナイショですよ?」とつけ加えた。


「それでは。アオイさんにユーディットさん、重ね重ねありがとうございました」


 そう言い残し、ニワトリは路地の向こうへと立ち去っていった。


「……変わったニワトリもいたもんねぇ……」


「そうだな」


 さて、俺も散歩の続きと行こうか。


 そう思いつつ、右のかかとを浮かせかけた時、


「……ん? んんん?」


 ユーディットがなにかに気づいたように目をしばたたかせた。


「どうした?」


「……ねえ。あのニワトリ、なんでアオイの名前を知ってたの?」


「……あ」


 指摘されて俺も気づいた。


 自然に呼んでいたため違和感を覚えなかったが、冷静に考えれば確かにおかし

い。


 ユーディットに関しては、


(……ユーディット……じゃないよな)


 ……と、俺が名前を呼んだから分かる。だが、俺の名前は一度も会話に出されていない。


 そう言えば『話せる事は内緒にしてくれ』と言っていた割に、なぜ俺たちに対しては躊躇ちゅうちょする様子も見せずに声をかけたのだろうか。


 俺たちは思わずニワトリの去った方へと目を向ける。


 だがすでにニワトリの姿は消え去っていた。


 しばらくの間、俺とユーディットは呆然と路地の向こうを眺めていた。



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