第27話 ある日の路地裏
俺がリニアで冒険者となってから一週間ほど経った、とある日の午後。
「――あら、アオイじゃないの」
町の路地裏をひとり歩いている最中、背後から声をかけられた。
振り返ると、紫色のウェーブ髪女性がこちらへ手を振っていた。
「ああ。あなたは確か……なんとかットさんでしたっけ?」
「ユーディットよ。変な覚え方しないでちょうだい」
ユーなんとかさんは言った。
「そうでしたね。それじゃあお元気で」
「待った待った待ちなさい。なによ、よそよそしいわね。あたしたち、キングマタンゴとの死闘を戦い抜いた仲じゃないの」
さっさと立ち去ろうとする俺の服を、ユー
「マント引っ張んな」
「だって掴みやすいし。いいじゃない、ちょっとくらい話につき合ったって」
くそっ、面倒な気配がする。
さっさと逃げ出したいところだが、思いの外ガッチリ掴まれているのでそれも無理だ。さすがにマントを脱いで走り去る気まではないし。
……仕方がない。
諦めた俺は、ユーディットに向き直った。
「……で、今日はなんだ? 酒代でもタカるつもりか? それともミミにゃんのおひねり代か?」
「失礼しちゃうわねぇ。あたしにだってタカる相手と手段を選ぶくらいの分別はあるのよ」
「よくまあその返しで"常識人です"って顔できるな……」
せめて口先だけでも『タカるだなんて、そんな事する訳ないじゃない』と答えるべきなんじゃないか。
「それより、あなたひとり? ナナとクロエはどうしたの?」
「今日のクエストはお休み。ナナは生活用品とか野外活動に使う道具なんかの買い出し、クロエは稽古。でもって俺は散歩がてら、町中を見て回って道や店の位置を確認しているんだ」
なにしろ現状、俺の行動範囲は宿屋と冒険者ギルド本部と外壁門くらいである。少しずつでも土地勘を養っておかなければ後々困る事になるだろう。
「そういう
「あたしも似たようなものね。散歩がてら小銭でも落ちてないかと地面を見て回ってたのよ」
"散歩がてら"以外のすべてが根本的に違うわ。
「で、たまたまアオイを見かけたから声をかけただけよ。それと、ついでだからあたしをパーティーに加えるって話を考え直してくれないかなー、って」
ついでかい。
「何度来たって同じだ。断る。なーにが『手助けしてあげたい女の子がいるのよ』だ。それっぽい言い回しで俺らを騙しやがって」
「騙すだなんて人聞きの悪い。あたしは本心からミミにゃんの力になりたかったのよ。そっちが勝手に勘違いしてたってだけじゃない」
「勘違いさせるような言葉を選んだのがそもそもの間違いなんだよ。ひとこと『推しのアイドル』って添えればよかっただけじゃねーか」
思い出したら腹が立ってきた。なんだかんだでコマタンゴがいい収入になったのも事実ではあるが、そういう問題ではない。
冷静になるためいったん
「……とにかく。お前の金遣いの荒さは懸念材料にしかならないからダメだ。諦めてくれ」
「そう」
不自然なまでに落ち着いた様子でユーディットはうなずいた。
……? もっと食い下がると思ってたんだけど……。
「ところで話は変わるんだけどね。……あなた、どんな経緯で天使と行動をともにしてるのかしら」
ユーディットがにわかに瞳をギラリと輝かせた。
「……お前……まさか、それをダシに脅して無理やりパーティーに加えてもらおうって魂胆じゃないだろうな……」
「違うわよ。純粋に気になってただけ」
ユーディットはゆっくりと首を振る。
「……まあ、あなたたちの事情に深入りする事でなし崩し的に仲間扱いされようって魂胆は少なからずあるけど」
「最低だお前」
いっそ清々しいほどのクズっぷりだなコイツ。
「ふっふっふ。なんとでも言いなさい。個人的に気になってたのも本当だし。都合のいい事にここは人通りの少ない路地裏。この機会に遠慮なくたっぷりと詮索させてもらうわ」
そう言ってユーディットは俺の方へ迫ってくる。
思わず後ずさりするも、背中が民家の壁にぶつかる。そこへ『逃さない』とばかりに彼女の手が伸び、俺の顔すぐ横の壁へと叩きつけられた。
……あれ?
……なんで俺、異世界で壁ドンなんてされてんだ?
微妙に悔しい事に、俺は男性としては低身長でユーディットは女性としては高身長。互いの姿勢に無理がない。外から見ても絵面的な違和感はあまりないだろう。
「クロエいわく、最初はアオイとナナのふたり組だったそうじゃない。で、どうやらあなたはナナが天使だと最初から知っていた様子。……だったら、あなたから話を聞く価値はあるわよね」
「……黙秘する」
「そうはいきませーん。ちゃちゃっとお姉さんに白状しちゃいなさーい。うりう
りー」
俺の下あごを細長い指でクリクリとさすりながらユーディットは言う。
「天使が人間と一緒に冒険者となるだなんて普通の状況じゃないわよね。あなたは『ややこしい経緯でこの国へやってきた』って言ってたけど、どんな経緯なのかしら?」
「……黙秘する」
「言うまで逃さないわよー。うりうりうりー」
冗談っぽい口調ではあるが、どうやら本気で追求するつもりのようだ。
壁際に追い詰められているため逃げられそうにない。いや、仮に逃げたところでどうせまた機会をうかがって詮索してくるに違いない。
……しかたない。こうなったらイチかバチかだ。
「……分かった。そこまで言うなら答えるよ」
「お。なんだ、意外に素直じゃないの」
「ただ……ちょ~っとばかり長くて込み入った話になってしまうんだけど……」
「大丈夫よ。どうせ今日はお互い暇なんだし。時間なんて気にする必要ないじゃない」
「そうか……」
俺は重々しくうなずいた。
「そうそう。さあ、一体どんな事情があるのかしら?」
「……俺は、ここロディニア大陸から遠く離れた場所にある日本って国から来たんだ」
「ニッポン。馴染みのない響きね……」
「そこではスリ・ジャワルダナプラ・コッテ幕府を
「………………は?」
ユーディットが怪訝そうな表情をするが、一切構わず続ける。
「ところが五節句のひとつ空母エンタープライズのリセマラによって引き起こされブロックチェーンがポンポナッツィにアフォーダンスする事となった」
「……ごせ……くーぼ……なに? ちょ、待って、なにを言ってるのか――」
「それに対しグラスゴー・コーマ・スケールを適用した結果、
「ちょっ! まずいっぺん待ってっ!」
「そこでアーキオメトリーの手法をジャムらせた……ぶっ」
ユーディットの手で俺の口が塞がれ、強引に話を止められた。
「……ごめん。本っ気でなに言ってるか分からないんだけど……」
「しかたないだろう。俺の事情をまともに説明するにはまずこれら予備知識を頭に叩き込まなきゃならないんだから」
「……いや、だからその予備知識とやらがサッパリ理解できない……」
「この国の言葉に置き換えるのは無理だ。がんばってついて来てくれ」
ユーディットが「……うぇ……」と顔をゆがめたその瞬間を見逃さず、俺は一気にまくし立てた。
「続けるぞ。……バッグクロージャーとテスラバルブを組み合わせた全く新しい概念を生み出す必要に駆られたカラッチはレイドガチャ方式から着想を得てレーンキスト・コートの最中にゴドウィンの法則を利用しベーブ・ルースのハットトリックを演出する事となった。しかし予想外にも禁中
三十分後。
「――つまりバズる事に抵抗をなくした
「…………ごめんなさい。すんませんでした。マジすんませんでした……」
延々と続く俺の話をユーディットは蚊の鳴くような声でさえぎった。今や彼女からはしなびたレタスほどの覇気も感じられなかった。
「…………ぜんぜんわかりません。みじかくまとめてください……」
「そうだな。つまり――」
場の空気を掌握しているのは誰かを
「『ややこしい経緯でこの国へやってきた』って事だ」
「…………よくわかりました……」
そうつぶやき、ユーディットは糸の切れたマリオネットのように石畳へと崩れ落ちた。
……どうやら『聞いた事ある単語を適当に並べて畳みかける作戦』は成功したようだ。
きわどい賭けだった。正直、俺自身なにを言ってるのかサッパリ分からなかっ
た。ありがとう、前世のインターネット知識。
さて、
「……ん?」
なにやら曲がり角の向こうから、騒がしい音が聞こえてきた。
━━━━━━━━━━━━━━━
お読みいただきありがとうございます。
よろしければ、下部の「♡応援する」および作品ページの「☆で称える」評価、フォローをお願いいたします。
執筆の励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます