第26話 女神ヴェイラの不満

          ~~ 女神ヴェイラSIDE ~~


「――報告は以上です」


「あー、はいはい。ごくろーさん」


 退屈極まりない仕事話を聞き終えたあたしは、ぞんざいに手を振って天使を執務室から追い出した。


 内容は『天界慰安施設内にある風呂釜の温度管理』に関する報告で、ついでを言えば『問題なし』である。


 そもそも"管理"なんて言ってるけど、あんなもん七~八〇年くらい前に『ちょっと温度が低いからちょっと上げて』と言われてちょっと調整して以来、なんの手も加え

ていない。天界の風呂の温度は数百年単位で安定する優れものなのである。


 はっきり言ってつまらない仕事だ。


 あたしが望んで就いた訳ではない。『ヴェイラは火の神だから火を扱う仕事でも任せておこう』と言う安直な理由で管理者に任命されただけである。正直、管理者なんていなくてもいいじゃんっていつも思う。


 そのくせ、ちょっとはやりがいのありそうな"鍛冶に使う炉の温度管理"を申し出てみたら『繊細な温度調整が必要な代物を若い神なんぞに任せられん』ってな感じで突っぱねられたし。マジでムカつく。


 他にも仕事はあるが、どれもこれも似たりよったりのどうでもいいものばかり。


 あたし、明らかに軽く見られてるよね。


 そりゃあ生まれてまだ五○○年も経っていない若年だけどさ。けど、神としての格はもう十分に備わってるはずでしょ。


 おおかた、頭カチコチな老いぼれ神どもが『あと数百年は経験を積まねば神として認めん!』だとか形式ばった事を考えているんだろう。本っ当、ウザったらしいったらありゃしない。


「……はあ~ぁ……」


 天界樹材の執務机に突っ伏し陰鬱なため息を吐き出す。ほんの一瞬こげ茶色の天板が吐息で曇り、それから潮のように引いていった。


 退屈だ。日々にまるで手応えが感じられない。


 こういうのを役不足と言うのだろう。


 あたしはもっと神としてバリバリ活躍できるはずなのに。その機会さえ与えられればすぐに頭角を現せるって言うのに。


 その事を以前、たまたま食事の席で一緒になった戦の神『アルゼナール|』様に軽く相談した事はある。それとなーく、『ちょっとこんな風に考えなくもないんですよねー』的なノリでちらっと話を振った事はある。


 その結果あのオッサンの口から、


『いやあ~、分かる! 分かるぞその気持ち! だが若いうちはそうした努力を積み重ねていく事がなにより大事だからな! 諦めず、気合いと根性でがんばっていけばいつかは報われる時が来るさ! まあ取りあえず今はどんどん食え! 特に肉を食え!』


 ……と、体育会系バリバリなお言葉をいただいた。


 あたしは『参考になります』と口で言いつつ、内心で二度とこのオッサンに相談はするまいと誓った。


「……はあ~ぁ……」


 二度目のため息が憂鬱ゆううつな響きをあたしの耳へと運んでくる。


 このまま太陽神ソレイユ――あたしの直接の上司からウザいお小言をもらう日々が続くなんて嫌だ。


 あのオバサンときたら、なにかあるたびあたしにグチグチ言ってばっかり。本っ当、鬱陶うっとうしいったらありゃしない


 つーかあいつ、年齢ウン千万歳超えといて未だに『優しいお姉さん』ぶってんのマジでイタいんだけど。年を考えろっての。どーせあんなん、猫かぶってるだけでしょ。本性はどんなもんだか。


 いっぺん『ソレイユ様ってステキー!』だとか幻想抱いてる地上の信者たちの前であいつの化けの皮引っがしてやりたいわー……などと虚しい妄想をしたところで一向に気分は晴れない。


 いちおう、つまらない現状を打開するために働きかけはしてみた。


 こないだの"転生"だって本当は他の神が担当する予定だったものだ。それをなんとか頼み込んであたしに役割を譲ってもらった。


 転生者が"魔王リントラ"を討ち取れば当人はもちろん、転生を担当した神にとっても手柄となる。それを足がかりにあたしも天界での存在感を強め実力を認めてもらって、いずれはみんなからチヤホヤされる女神に! という完璧な目論見――そのはずだった。


 ……だってのに、結果はまるっきり期待ハズレ。転生者『水野 葵ミズノ アオイ』はショボい魔術しか扱えない奴だった。


 アオイが覚えたパイルバンカーって魔術。以前ソレイユが使っているのを見た事があるけど、その時出てきたのはバッキバキに太い棒だった。


 一方、肝心のアオイは短くてショボいただのクソザコ棒。比較にすらならない。期待ハズレすぎてむしろ笑いの方が先に出てきたくらいだった。


 ひと通り笑い飛ばしてやったらなんかイキり始めたんでそのまま魔王討伐を託しはしたものの、はっきり言って望み薄だ。


 これではなんの手柄にもなりゃしない。


 あのクソザコナメクジが魔王リントラを倒すだなんて夢のまた夢。あり得る訳がない。リントラを倒す――


「――そうだ」


 唐突に、とある考えが脳裏を走り抜ける。


「そうよ! そうじゃない! なんだ、楽勝じゃないの!」


 思考に弾かれるようにあたしはガバッと机から頭を起こした。


 あるじゃん。手っ取り早く手柄を立てる方法が。


 確かにバレると色々と面倒な方法ではある。だけど結果さえ出せば、文句なんて簡単に黙らせられるはずだ。


 そうと決まればさっそく準備しよう。


 あたしは椅子から立ち上がり、上機嫌で執務室を後にした。



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