第24話 キングマタンゴ戦・決着

 戦闘継続を決意した俺たちに向かって、多数のマタンゴたちとキングマタンゴが迫る。


「クロエッ!! まず」


「うりゃぁぁぁ――――――っ!!」


「早っ!?」


 俺が『まずお前が切り込んでくれ』と言う前に、クロエはさっさと切り込んでいった。


 いや、それでいいんだけど。イイ感じにウズウズしていたみたいだから、止めるのも酷だろうし。


 クロエが動くと同時に、キングマタンゴが体を揺さぶった。大きな傘の裏側から大量の白い胞子が『ぶわぁっ!!』と放出される。


 くそ、奴も使えるのか――


「止まれっ!!」


 俺が叫んだ直後、地面から大量のキノコが突き上げるような勢いで一斉に生えてきた。


 マタンゴたちが使っていたのと同じ『魔力の含んだ胞子』だ。


 いや、規模がはるかに大きい。身長の倍くらいはある巨大キノコが、城壁と形容していいほどに整然と並んでクロエの前に立ち塞がっていた。


「りゃあああぁぁぁ――――――――っ!!」


 だが、精神が高揚しているクロエは止まらなかった。代わりにソウルイーターるーちゃんを腰がねじ切れるほどに鋭く水平に振るう。ひときわ強く輝く刃がそそり立つキノコを横一文字に切り裂く。剣圧が乱流を起こし、もや・・のように宙を漂う胞子をかき乱した。


 ああやって胞子キノコを切っていけば、キングマタンゴの元までは問題なくたどり着けるだろう。


 だが、その後が心配だ。恐らく一撃ごとにかなりの生命力を吸われているだろうし、消耗した状態であいつと対峙するのは危険すぎる。


 ここは、俺がキングマタンゴの相手を引き受けよう。


 俺はまずユーディットへ顔を向ける。


「なあ。さっき使った『漆黒の帯』はまだ残ってるのか?」


「まあ……一枚しかないけど……」


 彼女は語尾を濁しながら言った。『正規品の符札は高い』と言っていたし、おおかた財布の中身を気にしているのだろう。


 かと言って使用を拒む様子でもない。ここはありがたく頼らせてもらおう。


「分かった。いざって時はそれで援護してくれ」


 次に、胞子キノコをぶった切っているクロエに大声で指示を出す。


「クロエッ!! お前は周囲のマタンゴたちを頼む!」


「りょーかいぃっ!!」


 クロエは即答し、胞子キノコの間を縫ってマタンゴたちへ向かっていった。そっちは彼女にまかせておけば大丈夫だろう。


 さて、俺もキングマタンゴの胞子キノコ対策を立てなければ。


 それに関してはちょっと思いついている事がある。


「ナナ。ちょっといいか――」


 俺の考えを手短に伝える。


「――どうだ? できるか?」


「ええ。やってみます!」


 ナナは胸の前で両拳を握ってみせた。


「ユーディットは後方で援護を頼む。……じゃあ行くぞっ!!」


「はいっ!!」


 気合を吐き出しながら、俺とナナは迫りくるキングマタンゴへ向けて駆け出し

た。


 走りながら、光杭魔術パイルバンカー溜め撃ちの準備をする。


 俺たちを迎え撃つように、キングマタンゴは再び傘から大量の胞子を吹き出させる。魔物の意思を乗せた白い胞子が俺たちの進路を塞ぐように地面を這いながら広がっていく。


「ナナッ!! 頼むっ!!」


「あっち行ってくださぁ――いっ!!」


 ナナは翼を生やし、キノコを生やす前の胞子へ羽ばたいて風を送った。


 発生した風にあおられ、胞子がブワッと押し流されていく。地面から次々とキノコが生えるが、クロエの時とは違い完全に進路を塞げていない。キノコ同士の間に、歯抜けのような隙間が開いていた。


 いくら魔術的な力で指向性を持たされたとはいえ、そこは軽い粉。風を起こせば吹き散らす事ができる。こちらの動作が起こす風で胞子が舞っていたし、うまくいくと踏んでいた。


 キノコ同士の隙間へ体を押し込むようにしてキングマタンゴへと接近。


 射程距離に到達。溜めも完了。


 開いた右手をキングマタンゴへ向ける。


 同時に、魔物も胞子を出してきた。


 攻撃が来ると察し、妨害を試みているのだろう。しかし、俺の正面に迫る胞子はナナの羽ばたきで吹き散らされる。だいいち、この距離なら胞子キノコを貫いて本体へ致命傷を与えられる。無駄なあがきだ。


 魔術発動、


「パイル……ッ!?」


 した瞬間、左横から伸びてきた・・・・・・・・・キノコに全身を激しく突き飛ばされた。


 いや。正確には地面に対し浅い角度で斜めに生やされた胞子キノコに、だ。


 弾みで手元が狂い、パイルバンカーの射出方向が捻じ曲げられる。


「ぐ……っ!!」


 地面を転がされつつもとっさに軌道修正。


 だが遅かった。俺の手のひらからまっすぐに伸びたぶっとい杭は、キングマタンゴの傘の向かって右側面を浅く削るだけに終わった。


 完全に油断した。奴は――奴は想像以上にキノコ捌きに長けていたのだ。


「アオイさん逃げてっ!!」


 ナナが警告するのとほぼ同時に、地面に舞っていた残りの胞子が時間差でキノコを次々と生やしてきた。もちろん、先ほどと同じく斜めの角度でだ。


「くそ……っ!!」


 俺に向けて突き出されてくる極太のキノコから全力で退避|。こいつ、遅延ディレイ発動までできるのか。


 逃げ惑う俺の視界に、ちらりとキングマタンゴの姿が映る。


 傘が上下に軽く揺れていた。胞子を出す時の動作とは微妙に違う。


 直感的にその意味が理解わかった。


 俺をあざ笑っているのだ。


 ――お前の粗末なものなど所詮はその程度だ。格の違いを見せてやる。


 そう言って俺を見下しているのだ。


「アオイさんっ、大丈夫ですかっ!?」


「――舐めるな」


「……え? なにをですか?」


「そう言われておとなしく引っ込むとでも思ったかっ!! 格の違いだぁっ!? 上等だっ!! 受けて立ってやろうじゃねえかっ!!」


「……あ、はい。よく分かりませんが、がんばってください……」


 魔物に啖呵たんかを切る俺の元へ、ユーディットが近づく。


「アオイ、さっきの魔術はなに? 初めての時よりずっと大きかったけど……」


「……ああ。俺のパイルバンカーは、魔力を溜める事で威力なんかを高められるんだよ」


「そうだったんだ」


 ユーディットが軽く目を見張った。


「あれならキングマタンゴも問題なく倒せるわね。キノコ攻撃にさえ気をつければ今度こそ……」


「いや。あいにく溜め撃ちはやたらと魔力を消費するんだ。撃てるのはあと一発、それもさっきほどの威力は出せそうにないな」


 俺も自分の残り魔力量をだいぶ把握できるようになっている。今の魔力量だと、溜め撃ちしたところで一発目の時ほど長く伸ばす事はできないだろう。


 つまり、さっきよりさらに接近しなければ当てられない。


「どうにかしてあいつに近づかなきゃな……」


「ねえ。ナナは翼で飛べるんでしょ? だったらあなたを持ち上げて空から攻めればいいんじゃない?」


「すみません。人を持ち上げながら飛ぶ事はできないんです。私には魔物を倒せるだけの力はありませんし……」


 ナナが言った。


「そうなの。……だったら、別の手があるにはあるんだけど……」


「本当か?」


「ええ。少々荒っぽいやり方だけど――」


 ユーディットは作戦を口にした。


 ……まあ、言う通り少々荒っぽいが……やむを得ないか。


「分かった。やってくれ」


「ええ」


 俺はキングマタンゴへ向き直る。


 奴は俺たちの方へゆっくり迫ってきていた。進路の邪魔になる胞子キノコは光の粒子となって消えている。その辺りも自在に操れるらしい。


「……行ってっ!!」


 ユーディットの合図で俺とナナは再びキングマタンゴへ向かって行った。


 キングが胞子を放出して接近を阻もうとする。先ほどまでと同じようにナナに羽ばたいてもらって押しのける。


 だがさっきのようにはうまく行かない。すでに生やされたキノコもかなりの量にのぼるし、なにより奴も学習している。羽ばたきの風で飛ばされる前にキノコを生やしたり、胞子の動きを操作して側面に回り込ませようとしている。


 前方から、かと思えば側面からと、斜めに生えてきたキノコが俺たちを全力で殴りつけてくる。


 それらを時にはかがんで回避し、時には立ち止まってやり過ごし、周囲を白い胞子に包まれる中を着実に進み、キングマタンゴとの距離を縮めていく。


 ――小物風情が生意気な。


 ――だが、かかったなっ!!


「っ!?」


 キングマタンゴが吠えた瞬間、俺たちの周りを取り囲むようにキノコが生えてきた。


 さながら囚人を捕らえる檻である。抜け目ない事に、背後もきっちり塞がれていた。


 ――これで鬱陶うっとうしく動き回れなくなったな。


「……図体の割に小細工が効くじゃないか」


 ――ふん。減らず口を叩くだけの余裕はあるか。


 ――だがそれももう終わりだっ!!


 奴の眼がぎらりと光る。俺たちの足元に胞子が充満する。次のキノコ攻撃でふたりまとめて潰すつもりだ。


「そうは行くかっ!! ……ユーディットッ!!」


「――ほい来たっ!! さらば最後の『漆黒の帯』ぃっ!!」


 ユーディットが逡巡を振り払うように叫び、右手を振り抜いた。


 彼女の手から放たれた符札は檻の隙間を縫って俺たちの足元へ着く。


 円形に広がる魔法陣。吹き出るように現れる大量の黒い帯。


 闇を切り出したような帯が俺たちの体に巻きつき、


 ――なにっ!?


 胞子キノコが一斉に生えてくるのと同時に、俺たちを高々と持ち上げた。俺の足下でキノコの傘同士がぶつかり、隙間を埋めるように押し合いへし合い塊となっていった。


 ――ちょこざいな……っ!!


「さすがにこの手管は読めなかったらしいなっ!!」


「……アオイさん。さっきから誰と話をしているのですか……?」


 俺たちの高度を維持したまま黒い帯はさらに伸び続け、やがて俺たちを持ち上げる形から"吊り下げる"形へと変化させる。


 そのまま俺たちは振り子の要領で前後に揺り動かされ、


「……舌噛むんじゃないわよっ!!」


 キングマタンゴへ向けて放り投げられた。


 俺たちに巻かれていた帯がほどけ、放物線を描いて空中を飛ぶ。俺を抱きかかえたままナナが空中で羽ばたき軌道の微調整。魔物の頭頂部へと向かわせる。


「頼みますアオイさんっ!!」


 キングマタンゴの頭頂部へと着地。魔術の溜めはすでに完了している。手のひらを魔物の頭頂部へ密着。


 ――貴様ぁ……っ!!


「――俺のが粗末かどうかじっくり見やがれっ!!」


 ――おのれえぇぇぇぇぇぇっ!!


「パイルバンカーッ!!」


 キングマタンゴの脳天に、深々と光の杭が突き刺さる。刺突部から漏れ出た輝きが薄暗い森をほのかに照らす。


 杭を切り離し、ナナの手を借りて地面へ降り立つ。魔物の巨体が一度ぶるりと震え、やがてゆっくりと傾く。


 ――馬鹿……な……。


 最後に弱々しいつぶやきを残し、キングマタンゴは崩れ落ちるように地面へと沈んだ。


「……意趣は返したからな……」


「……ナナ。アオイは誰と会話してるのかしら……?」


「……それが、私にもさっぱりで……」


 魔術効果が切れたのか、キングマタンゴは光の粒子となって消えていく。最後に魔物へひとことだけ言い残し、俺は巨体にくるりと背を向ける。


「どぉりゃああああ――――――っ!!」


 一方のクロエも、すっかり青白くなった顔色で最後のマタンゴを切った。


 他に敵影はなし。


 これにて戦闘終了だ。



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