第23話 キングマタンゴ出現

「なんだぁっ!?」


 二階の窓に届くほどの巨大マタンゴの出現に、俺は驚愕の声を上げた。


「まさか……『キングマタンゴ』まで出現させるだなんて……」


「知ってるのナナッ!?」


 ユーディットがナナの方を振り返る。


「ええ。……彼らにとっての一大事が迫った時、マタンゴたちは一致団結して胞子を集め、彼らの意思を乗せた巨大マタンゴを生み出す事があります」


 ナナは言った。


「それぞれが限界まで魔力を消費しなければならない上、キングマタンゴが出現していられるのも一時的なものです。滅多に使われない奥の手なのですが……よほどコマタンゴを狙われた事に怒りと危機感を覚えているのでしょう」


 ……だからなにが彼らをそこまで突き動かすんだ。


 俺の心中などつゆ知らず、キングマタンゴは重々しく一歩を踏み出した。


 かなりの迫力ではあるが、あいにく俺たちはロックゴーレム、死のクリムゾンと巨大な敵と戦った経験がある。パイルバンカーの溜め撃ちならあいつにも通用するはずだし、落ちついて戦えば勝てるはずだ。


 キングマタンゴはどうやらクロエに狙いを定めているらしく、彼女へ向かって歩を進めている。魔力を使い果たしたマタンゴたちも、やや鈍った動きでクロエを取り囲み始める。


 ひとまずはクロエを回復させた方がいいだろう。


「クロエッ!! いったん引けっ!!」


「……ええ……っ」


 クロエはこちらへ足を向けようとし-―もつれて、その場に膝をつく。


 どうやら想像以上に生命力を吸われていたらしい。ふらついた動作で立ち上がろうとするも、その間にじわじわと包囲されている。


「クロエさんっ!!」


 俺が動く前にナナが飛び出した。クロエの元へまっしぐらに駆け寄り、助け起こす。


「しっかりっ!! 掴まってくださいっ!!」


「……ありがとう……っ」


 ナナの肩を借り、クロエはその場から退避しようとする。しかし、すでにマタンゴたちは彼女らのすぐそばまでわらわらと群がってきていた。


「……舐めないでね……っ!!」


 右手だけでソウルイーター振り抜き、寄ってきたマタンゴたちを斬る。俺も援護のため、彼女らに近寄ろうとしているマタンゴを光杭魔術パイルバンカーで倒す。


 だが、キングマタンゴが彼女らを射程に捉えた。ふたりの背中へ向け、柄の両脇から生えている大きな手をぬっと伸ばす。


「逃げてくださいっ!!」


 気づいたナナはクロエを突き飛ばすようにして退避させる。


「とや――っ!!」


 それから翼をバサッと生やして頭上へ飛ぶ。間一髪のところで、彼女の脚はキングマタンゴの手をするりとかわした。


「……翼ぁっ!?」


「後で説明する!」


 ナナが天使である事を知らないユーディットは、ただひとり驚いていた。今はクロエの救助を優先するべき時なので、ひとことそう言い残して駆け出した。


「逃げられるかっ!?」


「……ええ……っ!」


 確保したクロエをそのまま後退させる。


「見ましたか――っ!? そう簡単に捕まりませんよ――っ!!」


 空中ではナナが勝ち誇ったような声を上げていた。体こそ危なっかしく左右に揺れているが、もはやキングマタンゴの手が届かない高さにまで達している。


 だが。


「おいっ!! 上ぇっ!!」


「へ? ――うびゃあっ!?」


 頭上に伸びていた巨木のぶっとい枝に気づかず、ナナはしたたかに脳天を打ちつけた。


 そのまま彼女は落下。キングマタンゴの手がナナをキャッチ。


「びゃぁぁ――――――っ!?」


「ナナ――ッ!!」


 そのままキングマタンゴは傘部分にある大きな口をばっくりと開き、内部にナナを放り込んでしまった。


 やばい――と思った直後、俺の背後から一枚の符が飛び、そのままキングマタンゴへまっすぐ向かっていくのが見えた。


 命中。


『……ぶわぁっくしょぉいっ!!』


 キングマタンゴから豪快なくしゃみが出る。その弾みでナナが口から吐き出さ

れ、小柄な体が枯れ葉の上を転がる。


「――『くしゃみが出る符』……っ!!」


 ちらりと横に目をやれば、右手を振り抜いた姿勢で短く叫ぶユーディットの姿があった。


「よくやったユーディットッ!!」


 そう言って俺は急いでナナの元へと駆け寄った。


「ケガはないかっ!?」


「……はい。……べっちょべちょですが……」


 言うとおり彼女の全身は唾液でべっちょべちょだが、気にしている場合じゃな

い。ナナを抱きかかえて退避。


 俺たちを逃すまいと、マタンゴたちが左右から寄ってくる。


 いささか厄介だ。俺のパイルバンカーは多数の敵を相手取るには向かない。溜め撃ち版なら数体まとめて串刺しにできるが、多方向から迫られてはそれも不可能である。


「アオイッ!! ナナッ!!」


 追いつかれる――と覚悟した時、ユーディットが一枚の符を飛ばしてきた。


 飛来した符が地面に着く。


 瞬間、着弾点を中心に魔法陣らしきものが広がり、そこから真っ黒い帯状のものが無数に飛び出してきた。


 黒い帯は俺たちに迫るマタンゴたちに絡みつき、さながら地面へ縫いつけるように彼らの動きをガッチリと固定した。


「『漆黒の帯』……っ!! 正規品符札の威力はどうかしらっ!!」


「助かったっ!!」


 先ほどまでの"チラシ裏符術"とはまるきり桁が違う。これが符術の本領か。『最初から発揮してくれれば……』とも思ったが、素直に礼を言っておく。


 ユーディットの支援のおかげで、俺たちは無事に安全圏まで退避できた。ナナはすぐさまクロエのそばへ駆け寄る。


「……ナナ……お願い……っ!!」


「はいっ!! ――ヒールッ!!」


「――くっはああああああああああ――――――――っ!!」


「なにごとっ!?」


 薄暗い森の中に、歓喜に満ちた悲鳴がこだました。唐突にクロエの喉からほとばしった大音声だいおんじょうに、ユーディットは体をビクッと硬直させていた。


「……ナナのヒールはやたらと染みてな。クロエにとってはそれが最高らしいんだよ……」


「……最高……なんだ……」


「……最高らしいんだよ……」


 どこか恍惚の表情を浮かべるクロエを、俺たちは生暖かい目で眺めていた。


「それよりユーディット。さっきの符札、正規品って言ってたけど……」


「ええ」


 符術の制御を行いながらユーディットはうなずいた。


「専用紙を使えば、これくらいの効果を発揮させられるのよ。ただし、使うたびにあたしの財布が薄くなると思ってちょうだい」


「……さては今までケチって使わなかったんだな……?」


「倹約の工夫と言ってほしいわね」


 そう言うユーディットは、俺にまったく目を合わそうとしなかった。こっち見て話せ。


「それより皆さん。ここは撤退も視野に入れた方がいいんじゃないでしょうか?」 ナナが提案する。


 たった今符術の効果が切れたらしく、マタンゴたちが拘束から抜け出した。キングマタンゴも迫っている。確かに、逃げるなら今の内かも知れない。


「そんなっ!! こんなイイ感じなのに引くだなんて生殺し……いえ? それを無理やり耐えるってのもある意味イイ感じの負担なんじゃ……」


 取りあえずクロエこいつは放置しユーディットに目線を向ける。


 だが彼女はあくまで首を横に振る。


「ダメ。みすみすコマタンゴを見逃す訳にはいかないわ」


「確かに俺だってお金は欲しいけどな。だからってこんなところで無理をしなくてもいいじゃないか。酒代だって、堅実に稼いでいけば十分確保できるだろう」


「けど……っ!! あれは高額で売れるんでしょっ!? それだけのお金があればきっとあの子も……っ!!」


 "あの子"。さっきもユーディットの口から出た単語だ。


「……あの。もしかして、ユーディットさんは他人のためにお金を……?」


 ナナも察したらしく、そう切り出す。


「……まあね」


 ユーディットは気まずそうにうなずいた。


「そうは言っても、結局はあたしの自己満足のためなんだけどね。そんな事は分かってる。……ただ、手助けしてあげたい女の子がいるのよ……」


 それきり彼女は口をつぐみ、弱々しくうつむいた。


 ……そうだったのか。詳しい事情までは分からないが、ユーディットはその女の子のためにお金を稼ごうとしていたのか。


 そんな話を聞かされたら――放っておけないじゃないか。


「ナナ。いいよな?」


「アオイさんにおまかせします」


 俺の判断を後押しするように、ナナは笑みを浮かべてうなずいた。


「分かった。こうなりゃ、やれるところまでやってみよう」


「……アオイ。それって――」


「逃げない。俺たちの手でキングマタンゴたちを倒してやろうぜ」


 迫る魔物たちへと視線を向け、俺はそう言った。



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