第22話 対マタンゴ戦

「おいおいおいっ!? 多いなっ!?」


 俺は叫びつつ、大量に現れたキノコの魔物から後ずさりで離れた。


「あれはマタンゴですね。群れで活動する魔物です」


「どうやら、この辺りは彼らの縄張りらしいわね……」


 身構えながらナナとクロエが言う。ふたりとも知っているらしい。


「そうなのか。……なんか、そこのキノコを取ろうとしたら襲われたんだよ」


 そう言って、地面のキノコを指さす。


「……それは『コマタンゴ』ですね」


「コマタンゴ……こいつらの子供か……」


 つまり、彼らは"マタンゴ"を守ろうとして俺たちに襲いかかってきたという事だ。実際、マタンゴたちはキノコ――コマタンゴを守るように取り囲み、俺たちへ対峙している。


 そうか。彼らは自分たちの子供を守ろうと必死になって――


「いえ。ただ単に色形が似てるだけの普通のキノコを、マタンゴが自分たちの子供だと勝手に勘違いしているためにその名がつけられているだけです」


「……」


「奇妙な事に、なぜかマタンゴたちは自分たちの仲間や実際の幼体より、そのコマタンゴを優先して守るんです。どうも『人間の家族より愛犬が大事』に通じるノリを種全体で共有しているらしくて」


「…………」


「コマタンゴに手を出そうとする相手はたとえ人間であれ他の魔物であれ、群れ全体で襲いかかります。場合によっては我が身を犠牲にしてでも外敵を排除しようとする事すらありますね」


「………………」


 ……なにが彼らをそこまで突き動かすんだ。


「……あの~。もしかしてあたしが原因?」


「いや。さすがにこれは不可抗力だと思うぞ」


 恐る恐る尋ねるユーディットにそう言っておく。なにしろ俺だって知らなかったんだし。コマタンゴを取ろうとする彼女へ『好きにしろ』って言った訳だし。


「どうします? この場はいったん離れたほうがよくないですか?」


「えー、戦わないの?」


 ナナの言葉に、クロエの眉は不満そうなハの字を描く。すでに右手は|ソウルイーターの柄へと伸びており、鞘から抜きたそうにウズウズしている。


 戦いたそうなクロエには悪いけど、この数を相手に無茶をする事もない。マタンゴたちも今のところジリジリこちらへ迫るだけだし、このまま静かに距離を取ればいずれは逃げられそうだ。


「いや、ここは無理しないでおこう」


「そーよ。戦いなんて避けられるなら避けるに越した事はない――」


「……まあ、珍味として高値で取引されているコマタンゴを見逃すのは残念ですけどね……」


「――みんなっ!! ここは死力をつくして戦いましょうっ!! 冒険者として、戦いから逃げちゃダメよっ!!」


 ナナの口から『高値』という単語が出た瞬間、ユーディットは肩かけカバンから符を取り出した。


 分かりやすいなオイ。


「うりゃあぁ――――――っ!!」


 同時に、『戦う』という単語に反応したクロエもソウルイーターを抜き放って突撃していった。


 こっちもこっちで分かりやすいなオイ。


 ふたりの動きを合図に、マタンゴたちが一斉にこっちへ向かってきた。数が多いだけに迫力もすごい。振動がこちらにまで伝わってくる。


「アオイさんどうします!?」


「こうなりゃ戦うしかないだろっ!! ナナは下がっててくれっ!!」


 やると決まったのならやってやる。俺だってお金は欲しいし。


 俺はいつでも魔術を使えるように備える。


 とは言えパイルバンカーは基本至近距離の相手にしか当てられない。連射も利かないし、やみくもに突っ込む訳にもいかない。ひとまずは後方から様子見である。


「てやぁっ!!」


 クロエが先頭の一体へソウルイーターるーちゃんを振るう。横なぎに一閃。鮮血のように赤い刀身がマタンゴの体――柄部分を深々と捉える。鋭い刃に切り裂かれたマタンゴは悲鳴を上げる事もなく倒れ、そのまま動かなくなった。


 別のマタンゴがクロエの横合いから接近。水平に近い角度で飛びかかり、頭突きをする。


「っ!」


 クロエはその場で前転、頭突きを回避。マタンゴは地面の枯れ葉を散らしながら転がる。


 すばやくクロエが駆け寄り、身じろぎする魔物をソウルイーターるーちゃんで二度突き刺す。二体目討伐。


 さすが、クロエの戦闘センスは高い。とは言え敵の数は多いし、援護はしなければならないだろう。


「……ちょうどいいっ!! ユーディット、お前の符術を見せてくれっ!!」


「まかせなさいなっ!!」


 ユーディットは符札を一枚右手の指ではさみ取り、その場で鋭く手を振って飛ばした。


 恐らくなにかの魔術が働いているのだろう。薄い紙きれにすぎないはずの符は、まるで空気の隙間を縫うように魔物へ向かってスーッとまっすぐに飛んでいった。


 そのまま、一体のマタンゴに命中した――!!


『……くしょんっ』


 マタンゴはくしゃみをした。


 以上であった。


「――どうよっ!? あたし特製、『くしゃみが出る符』の威力はっ!!」


「アホかああああああああああっ!!」


 んなもんいっこも役に立たねえわっ!!


 しかも符札を当てたマタンゴこっちに向かってきてるし!!


「おいっ!? もっと他の符はないのかっ!?」


「そうねっ!! 『張りついてなかなか取れない符』とかどうかしらっ!?」


「却下っ!! 効果しょっぱいなっ!!」


 紙きれ一枚張りついただけで、どう魔物を止められるってんだっ!!


「そうは言うけどっ!! チラシ裏で作った符じゃこれが限界よっ!!」


「それでよく冒険者になろうと思ったなっ!!」


 そうこうしている内にマタンゴがすぐ近くにまで迫ってきていた。


「ええい、くそっ!! 光杭魔術パイルバンカーッ!!」


 符術には頼れないと判断し、接近してきた魔物へパイルバンカーをぶち込んで倒す。


「やったっ!! あたし達、なかなかの連携だったわねっ!!」


「あんたどういうつらの皮してんだっ!!」


 平然とハイタッチしようとしてやがるし。なに『手柄は半々です』みたいな空気かもし出してるんだ。


「はぁぁ――――っ!!」


 俺たちがアホみたいな事している間も、クロエはひたすら斬りまくる。妖しく輝くソウルイーターるーちゃんが振るわれるたび、薄暗い森に赤い残像が刻まれていく。


「ノッてきたぁ――――っ!! でりゃあぁ――――っ!!」


 額に脂汗を流しながら、クロエは手近な一体を斬り上げる。


 勢いを殺さず、そのまま奥にいたもう一体へ向かう。


 だが、


『…………』


 マタンゴはその場で全身を上下に揺さぶり始める。


 魔物の体が大きく揺れるたび、傘の部分から白い粉がブワッと吹き出す。


 吹き出た白い粉がクロエの方向へ指向性を持ちつつ、地面を這うように広がっていき、


「……っ!!」


 進路を遮るように、地面から彼女の身長を上回る高さのキノコが急激に何本も生えてきた。


 壁のように立ちふさがるキノコにぶつかる寸前、クロエは足裏で地面をえぐるようにして急停止。キノコの白い柄へ派手に黒土を飛ばし、風圧が漂う胞子を軽く巻き上げた。


 動きを止めた隙を突くように、彼女の左側面から別のマタンゴが頭突きをしてくる。


「く……っ!!」


 クロエは左肩をすぼめるようにして受ける。衝撃を受け流すため無理に踏みとどまらず、突き飛ばされるままに地面を転がる。


 二、三回転し、その勢いを利用して姿勢制御、片膝の体勢を取る。


「……ったぁぁっ!!」


 見事な身体能力を見せたクロエは好戦的な笑みを浮かべつつ、微妙に歓喜の響きが混ざった声を上げる。


 ……痛い目にあったのに嬉しそうだな。


「気をつけてくださいっ!!」


 後方からナナの声が飛んでくる。


「今のはマタンゴの胞子ですっ!! 魔力を帯びた胞子を飛ばしてキノコを急成長させる、一種の魔術ですっ!!」


「マジか……」


 俺はつぶやいた。


「つまり、あいつを捕まえて胞子出させればキノコの迅速な大量供給が可能になるって事か……」


「アオイさん、時々ぶっ飛んだ発想しますよね……」


 "のびのびとした柔軟な思考"のたまものです。


「あれはあくまで一時的な現象です。術者の制御下から離れればいずれ魔力に戻りますので、食用には利用できません」


「そうなのか」


 まあ俺のパイルバンカーも放っておけば消えるし、それと同じか。


 俺がそう考えている間に、複数のマタンゴたちがクロエに向かう。


「……っしゃあっ!! ノッてきたわぁっ!!」


 一発食らった事とソウルイーターるーちゃんから生命力を吸われ続けた事で、クロエの闘志が本格的に燃え上がったらしい。勇ましい声を上げ、クロエは魔物たちへ真正面から突っ込んでいく。


 マタンゴたちは一斉に体を揺すり、白い胞子を出す。さながらドライアイスの煙のように胞子が地面へ広がる。


 先ほどと同じように、キノコを生やしてクロエの接近を阻むつもりだ。


「……同じ手は食わないわよっ!!」


 キノコが地面から生えた瞬間――クロエは傘を足で踏む。


 急激に伸びる勢いをブーツの裏でまともに受け止め、その反動を活かして高々と跳躍。


 垂直に近い角度で飛んだクロエが放物線の頂点を通過、落下に転じる。


「――はあぁぁぁぁぁ――――っ!!」


 気合いの咆哮ほうこうとともに重力を存分に乗せた刃を振り下ろし、一体のマタンゴを両断。


 間をおかず、クロエは体を水平に一回転。ソウルイーターるーちゃんの刀身から伸ばした赤い光の刃が、周囲にいた三体のマタンゴを一息の間に切り裂く。


「すげ……っ!」


 一瞬の内に四体のマタンゴを倒してしまったクロエに、思わず感嘆の声が出る。彼女の実力は本物だ。この勢いのまま、すべての魔物を倒してしまえば――


「……ふっ……ざっと……こんなもんよ……」


 あ、顔色だいぶ悪い。今のでかなりの生命力を吸われたらしい。


「クロエ、いったんこっちに引けっ!! 余裕のある内に回復――」


 俺がそう言いかけた時、残りのマタンゴたちが一斉に胞子を出し始めた。


 放出された胞子は、まるで意思を持っているかのように一箇所へと集中する。合流した胞子がかたまりとなってその場にわだかまり――次の瞬間、巨大な柱のように立ち昇った。


 やがて胞子が晴れ、その奥から、


「な……なんなのよぉっ!?」


 見上げるほどに巨大な一体のマタンゴが姿を現した。



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