第21話 ミドリタケ採取

 森へと入った俺たちは、そのままさらに奥へと進んでいく。


 頭上にふたをするような枝葉に日光を遮られ全体が薄暗い。歩くたびに湿り気を帯びた地面が靴裏でこすれ、腐葉土の香りがつんと立ち昇ってくる。どうやら近くに川が流れているらしく、木々の向こうからさらさらとした水音がかすかに届いてきていた。


 途中で休憩も挟みつつそのまま森の奥へと向かい、


「――あったわ」


 やがて、先頭を歩いていたクロエが前方を指さしながら言った。


 小走りでそちらへ近づくと、こけむした倒木にくすんだ緑色のキノコが生えているのが見えた。


 事前にギルドで見た"写真"――魔術を利用した道具で撮られたものらしい――の通りの形をしている。他に形の似たキノコもないそうだし、あれがミドリタケで間違いないだろう。


「ただ……数は少ないですね」


 確かに"群生している"とは言いがたい。ポツポツとまばらに生えている感じだ。


 明らかにギルドで指定された下限量――『最低でもこれだけ採ってきてね』と言われた量に届いていない。


「これはもっと捜索範囲広げた方がいい感じだな」


「そうね。ここら一帯のミドリタケを根こそぎ全部取りつくして金に換えまくらないと……」


 ユーディットは果実のように赤くみずみずしい唇を動かし、欲望にまみれたセリフをなめらかに吐き出してみせた。


 いっそ清々しいほどの俗物ぶりだった。


「ダメですからね?」


「ナナの言うとおりだ。ギルドの決まりにもあるだろ? その場の資源を取りつくすのは厳禁だって」


『採取量が多いほど報酬も増える』……とは言っても無制限ではない。取りすぎて資源を枯渇させてしまっては元も子もない。


 引き取ってもらえる素材は種類ごとに上限を加えられているし、度を越した採取は逆に罰を受けてしまう。最悪、冒険者ギルドから追放&高額の罰金なんて事だってあり得る。


「……そうよね」


 ユーディットはいくぶんしおらしく言った。


「分かってくれたか」


「ミドリタケだけで考えるから上限が足かせになるのよ。素材ごとに上限が分けられているって事を利用して、ミドリタケ以外のものをギルドに睨まれない範囲で乱獲すれば……」


「分かってくれてねえか」


 ルールになくても、人様に迷惑かける事はやめなさい。


「まあ……私たちにお金が足りてないのは確かだからね。やり過ぎない程度に他の素材も採取しておいた方がいいわよね」


 クロエの言葉に俺とナナはうなずく。


 俺らだって調子に乗ってお金使いすぎちゃったからな。ユーディットほど露骨ではなくとも、お金が欲しい気持ちに嘘偽りはない。


「じゃあ、手分けして採取しましょう。魔物には十分気をつけてくださいよ」


 ナナの言葉を合図に、俺達は採取を始めた。


 ミドリタケの根本から取って、ナナがギルドから借りていた網状のカゴへ入れていく。


 天使ポケットがあれば別にいらないんじゃ? ……と思っていたのだが、ナナいわく『網の隙間から胞子をこぼさせながら歩く事でキノコの繁殖を助ける――言い換えれば"森や山へキノコを返す"ためにカゴを使うんですよ』との事。


 まだ小さいものを除き、倒木からミドリタケを採取し終わる。分かっていた事だが、それでも量が足りていない。


「……やっぱ足りないわね。もっと向こうまで探しに行かなきゃダメね」


「ひとりで行動しちゃダメですよー」


 ナナの言葉を聞いているのかいないのか、ユーディットはさっさと森の奥へ消えてしまった。


「心配だから俺が着いていくよ」


「はーい」


「気をつけてねー」


 クロエとナナにそう伝えて後を追いかける。


 五分ほど歩いて、ユーディットの背中を見つける。


「いたいた。……ったく。ひとりで行動するなって言っただろ。ここにも魔物は出るんだから――」


「アオイ、これ見なさいよ!」


 俺が声をかけると、ユーディットが振り返りながら地面を指さした。


「なんだよ」


 そう思いつつ覗いてみると、そこにはミドリタケよりも一回り大きな茶色いキノコが生えていた。


「……そのキノコ、なんて名前だ?」


「知らない!」


 即答かい。


「でも、なんか食べたら美味しそうな色してない!? でかいし!」


「見た目だけで分かるか。毒キノコかも知れないんだぞ」


「でも高く売れそうじゃないっ!? でかいし!」


 でかくて美味そう → 高く売れる。


 思考が単純すぎないか。


 呆れはするものの、止める理由もない。後でふたりに尋ねれば種類が分かるかも知れないし、本題のミドリタケさえきちんと採取してくれるのならまあいいか。


「……はあ。好きにしろよ。俺は手伝わないからな」


「好きにするわよー!」


 そう言ってユーディットはキノコへ無邪気に飛びついた。


 外見だけなら大人っぽい雰囲気なのだが、中身が残念すぎる。


「たっぷり稼げば、きっとあの子も――」


 キノコの柄――キノコの形を『T』とすると縦棒の部分をつかむユーディットの口から、なにかのつぶやきが聞こえた。


 ……あの子って言ったのか? 誰の事だ?


 などと思った瞬間。


 ユーディットの手が、横合いから伸びてきた何者かの手につかまれた。


「…………」


 彼女と俺は、手の主の方向を見る。


『…………』


 なんか手足の生えた、腰の高さくらいのでかいキノコがいた。


 どう見ても魔物である。傘――『T』で言うと横棒部分に両目と口がついてる

し。敵意のこもった視線をユーディットへ向けてるし。


「……へぶっ!!」


 俺たちが反応する前に、キノコの魔物は飛び上がるようにユーディットへ頭突きをぶちかました。顔面へマトモに食らったユーディットはのけぞって、枯れ葉を巻き上げながら地面へひっくり返った。


『…………』


 キノコの魔物は倒れたユーディットへさらに追撃しようと動く。


 つーかこの魔物、彼女が取ろうとしたキノコと色が一緒だ。形もなんとなく似ているし、なにか関係あるんだろうか。


 疑問には思ったが、まずは彼女を助ける事が先決だ。


光杭魔術パイルバンカー!」


 キノコの魔物に手のひらを押しつけ、魔術発動。光の杭が魔物の背中(たぶん)に深々と突き刺さる。


 そのまま魔物は地面に倒れ、それきり動かなくなった。


「……大丈夫か?」


 ユーディットを助け起こしながら言う。


「……ええ……不覚を取ったわ……」


 彼女は顔をあちこちさすりながら立ち上がる。どうやらケガはしていないよう

だ。


「……今のがあんたの魔術?」


「ああ」


 俺はうなずいた。


「……ずいぶんささやかなもんねー」


「おいコラ」


 助けてもらってなんて言いぐさだオイ。


「いっ、言っとくが俺の本気はあんなもんじゃないからな! 魔力消費が重いから本気出さなかったってだけで!」


「えー? 本当かしらー?」


「本当だよ!」


「またまたぁ。そんなムキにならなくっていいじゃないの。あたしは別に気にしないわよ」


 俺がいくら反論してもユーディットは軽く笑うだけだ。まるで手応えがない。


 クソ女神ヴェイラみたいにこき下ろさない分はるかにマシではあるが、余裕のある態度がなんか悔しい。


「……おふたりともー。なにかあったんですかー?」


 歯噛みしていると、ナナとクロエが小走りでやってきた。たぶん様子を見に来る途中で物音に気づいたんだろう。


「いや、ちょっと魔物と出くわしただけだ」


「大丈夫でしたか?」


「ああ。倒しといたよ」


「そうでしたか――」


 ナナの言葉が途中で止まった。俺たちの背後へ視線を向けたまま目を見開いている。


「一体どうした?」


 ユーディットとともに背後を振り返ると――


 そこに、大量のキノコの魔物がいた。



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