第20話 ユーディット・シンケル

 俺達はユーディットとともに、ギルドロビーの一角へと移動した。


「……で、受けるクエストに当てはあるのか?」


 クエストボード――クエストの依頼書が多数張り出されたボードの前で、俺はユーディットに尋ねた。


「そうね……ここはやはり、楽して大金を稼げるクエストを選びたいところね」


「ねえよ」


 あったらぜひとも紹介してほしいわ。


「じゃあ……労力が少なくてすむ割に実入りがやたらと多いクエストとか」


「言い換えただけですよね」


「せめてあたしだけでも労力が少なくてすむ割にあたしだけでも実入りがやたらと多い」


「ねえみんな。この人さっさとパーティーから追い出さない?」


「名案だな。じゃあ早速」


「待って待って待ってっ待ってっ!! 待ってくださいただの愉快な冗談なんですお願いします許してくださいぃぃっ!!」


 クロエと俺が真顔でうなずき合った瞬間、ユーディットは床に這いつくばって許しを乞い始めた。


 わずかな迷いもなく醜態をさらしてみせる姿は、いっそ清々しいほどのダメ人間っぷりを感じさせた。


「ほ、ほらみなさん。取りあえずは私たちに払える受注手数料の範囲から候補を選びましょうよ」


 ナナは俺達をなだめるように言った。


 渋々同行を許したとはいえ、ここまで来てユーディットを他所よそへ追いやる気はないらしい。優しい子だなぁ。


 ナナにうながされるまま、改めてクエストボードを眺める。


 そのまましばし無言で貼り出された依頼書を吟味し、その結果、


「……こっちの『ミドリタケ採取』ってのはどうなんだ? 近くの森で指定されたキノコを採ってくるってクエストだ。採取量が多いほど報酬も高くなる……って、悪い選択じゃないように思えるんだが」


 俺は一枚の依頼書を指しながら尋ねた。


「……採取系クエストですか。まあ妥当だと思いますよ」


「そうね。……ソウルイーターるーちゃんを抜く機会には期待できなさそうだけど……」


 ナナはともかく、クロエは若干不満そうである。そんなに生命力吸われたいのか。


「……と言うかるーちゃんって、鞘から抜いてるだけで生命力吸うんだろ? 別に戦闘がなくても、安全な場所で普通に抜いて持ってるだけでいいんじゃ……」


「確かにそれもいいんだけどね」


 話振っといてなんだが、いいんかい。


「でも、やっぱり戦闘の緊張感がないともの足りないのよねぇ。命を懸けた状況でこそ、命が削られるって感覚はより一層引き立つのよ」


「ごめん。さっぱり分からん」


 残念ながらと言うべきか幸いにもと言うべきか、俺の心にそれを理解できる感性は育っていなかった。


「……というか、クロエの剣って呪われてるの?」


「……まあ、はい」


「……あたしまで呪われたりしないでしょうね……」


 ユーディットはどこか身構えた様子でソウルイーターるーちゃんを眺めた。


 ぶしつけと言えばぶしつけな態度ではあるが、なにしろ目の前にあるのは呪いの魔剣だ。俺達だって最初は怖かったし、その反応も当然だろう。


「そこは大丈夫だ。一緒にいる俺らにはまったく影響出てないから、安心していいぞ」


 そういう訳で、俺の口からフォローしておく。


「それに、クロエ自身は辛かったり苦しかったりするのが好きな奴なんだ。そっちの心配もしなくていい」


 俺がそう言うと、クロエが不服そうに口をとがらせた。


「失礼ねぇ。その言い方じゃ、まるで私にマゾの気があるみたいじゃないの」


 …………え?


 俺とナナは目をぱちくりさせてクロエの顔を見た。


「……? ふたりとも、どうしたのよ?」


 無言で見つめる俺達の様子に、クロエは不思議そうに首をかしげていた。


 …………え?


「……それで。結局受けるの? 受けないの?」


 雪像のように静かに固まる俺達をよそに、ユーディットは話題を本線に戻した。


「……あ、ああ……そうだな。ふたりともいいよな?」


 改めて確認を取ると、ふたりはうなずいた。






 手続きを終えた俺達は、さっそく壁門を出て目的地のクエストへ出発した。


 これから採取するミドリタケとは、魔力を回復する薬マナドリンクの材料となるキノコとの事だ。人の手で栽培もされているが、土地の魔力濃度の影響で天然物の方がより良質な薬を作れるそうだ。


「そう言えば」


 街道を歩きながら、俺はのんびり口を開いた。


「ユーディットはどんな戦い方をするんだ? 見たところ武器は持ってないようだけど……」


「ふっ、よくぞ聞いてくれたわね。……あたしの武器はこれよ」


 ユーディットは小さな肩かけカバンの中から数枚の紙を取り出した。


 形状は長方形、文字にも模様にも見える線が赤いインクで描かれている。


「……へえ~。あなた、符術師なのね」


 クロエが軽く目を見開いた。


「符術師?」


「あら、知らないの? 珍しいのは確かだけど」


「アオイさんは遠くの国から来たのですよ」


「ふ~ん」


 まさか『転生しました』とは言えないので、俺は『ややこしい経緯で他国から片道の転送魔術でテティス王国このくにへやってきた』という事にしている。


 大して不審がる様子もなくユーディットは説明を始めた。


「符術って言うのは魔術の一種で、様々な効果を込めた符札を扱う技術の事よ」


 そう言って彼女はおうぎを開くように複数の符札を広げてみせる。


「符札によって発動する効果が違うのよ。術者が符札用の紙に、専用のインクで文字や印を描いて作るのよ」


「へえ。って事はこれ全部ユーディットのお手製か」


 興味が湧いて、ユーディットの符札を一枚手に取ってみる。


 転生特典のおかげで俺はこっちの世界の文字を読み書きできるが、符札に書かれた文字までは読めなかった。おそらく専用の文字が使われているのだろう。


 それでも達筆ぶりは伝わってくる。すごいもんだなあ――そう思いつつ、なんとなく裏返してみる。



『ダイコン大特価! 売り切れ御免!』



 むやみに迫力のある大文字が、俺の目に飛び込んできた。


「……なあ。裏に書かれてるこれもなんか意味があるのか……?」


 俺が尋ねると、ユーディットはさっと目をそらした。


「……ああ、それ。……いやね? ちゃんとした紙って結構値段が高くてね? なにしろ、強い魔力を発揮できるようにするための特殊加工がほどこされてるもんだから……」


「……それで?」


「……で、まあその……経済的負担を軽減するためにあたしが独自に工夫を凝らしてみたって言うか……無料で調達できる紙を使用してみたって言うか……」


「……つまり?」


「……チラシ切って、その裏に術式書きました……」


 消え入るような声でユーディットは白状した。


 ……しょっぱい話だなオイ。


「……あの……。これで符術使えるのですか……」


「そ、そこは大丈夫! ちゃんと効果はあるから…………………………いちおう」


「"いちおう"」


「………………ちょっとばかり、発動できる魔術の規模とかは下がるけど」


 俺達の胡乱うろんげな視線に耐えかね、ユーディットはぽつりと漏らした。


「なっ……なによその目はっ!! 心配しないでっ!! あたしだって曲がりなりにも冒険者としてやってこれたんだしっ!!」


「おひとりでですか?」


「ちゃんとパーティー組んでっ!!」


「だったら私たちにお金せびらなくてもよかったじゃない。そのパーティーの人たちを頼ればいいでしょ」


「……………………パーティー共用のお金を勝手に使おうとして、バレて追い出されました」


 ……俺たちの目の前に、ひとりのクズがいた。


「……お願いしますぅっ!! こんなあたしを見捨てないでぇっ!! 今日中にお金が欲しいんですぅっ!! せめて今回のクエストだけでも一緒に連れてってぇっ!!」


「ひっつくなっ!! 分かったからっ!!」


 半泣きで俺にすがりついてくるユーディットを乱暴に押しのけた。


 おかしいな。異性に抱きつかれるのって、もっと嬉し恥ずかしの甘々体験だと思ってたのにな。


 今のところ、鬱陶うっとうしいって気分しか湧かないよ。



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