第19話 ギルドでの遭遇

 俺達三人は初クエスト成功祝いと親睦会とを兼ね、酒場で奮発する事にした。


「――なんやかんや色々あったけど、うまくいってよかったよ!」


 肉、野菜、スープ……と、木のテーブルに並べられた数々の料理を囲みつつ、俺は上機嫌で言った。


「おふたりががんばってくれたおかげですよ!」


「いやいや、ナナにも助けられたわ! ……あ、店員さーん、コッケ鳥の蒸し焼き追加でー!」


 ふたりも満足そうに顔をほころばせ、目の前の料理に舌つづみを打っている。


 玉ねぎのスープからは香ばしい湯気が立ち、串焼き肉は噛むたびに肉汁がじゅわっとあふれ出す。適度な歯ごたえと濃厚なライ麦の風味が楽しめるパンも、シャキシャキ野菜にほどよい酸味のドレッシングソースがからんだサラダも絶品である。


 酒場の活気ある空気にも乗せられ、食もどんどん進んでいく。気がつけば、きれいに平らげられた皿が何枚もテーブルの上に乗っていた。


「……結構食ったなー」


「そうね。……あ、店員さーん、丸豚ポーキィのベーコン追加でー!」


「……クロエさん食べますねー」


「そりゃ、お金の心配がないんだからね。ここで食べずにいつ食べるって言うの

よ」


 クロエにそう言われ、ナナは少し心配そうに返す。


「調子に乗って散財し過ぎちゃうのはダメですよ? 今後の活動のためにもある程度貯金は残しておかなきゃいけませんから」


「平気平気。お金なら、私が村を出る時に持ってきた分だってあるんだから」


「クロエの言う通りだ。それに、自分へのご褒美って大事だと思うぞ」


「……そうですかね?」


「そうだぞ」


「……そうですよね。ちゃんと管理していれば、すぐになくなっちゃう額じゃありませんからね」


「そういう事よ。お財布はナナに預けるから、しっかり管理頼むわね」


「おまかせください! このナナ、クロエさんのご期待に応えてみせます!」


 ナナは自信満々に胸を叩いた。


「さ、難しい話はここで終わりにしようぜ。俺もなんか追加しちゃおうかな!」


「しちゃえしちゃえ!」


「店員さーん、チーズ一切れ追加でー!」


 酒場の喧騒に負けないよう、俺は声を張り上げた。







 ――二日後。


「…………金がねえ……」


「…………ないですね……」


「…………ないわね……」


 ギルドロビー内の丸テーブルを囲みつつ、俺達は互いに辛気臭い顔を突き合わせた。


 テーブル中央にはすっかり軽くなった皮袋。中には数枚の銅貨しか入っていな

い。


 ……おかしいな。二日前あんなに報酬もらったのに。クロエの財布にも結構入ってたはずなのに。昨日もちゃんとクエスト受けたのに。


 だと言うのに、こんな短期間で金欠に陥るとは。


 一体なにが原因かと、胸に手を当てここ二日間の行動を思い返してみる。


 心当たりと言えば――


「……そりゃあ、ナナが残金計算を間違えたりするから……」


「……クロエさんがあんなにたくさんお肉食べましたから……」


「……アオイが宿でわざわざ個室なんて取るから……」


 きっちり三角を描くように、三人がそれぞれを指さした。


「いや。男女が同じ部屋で寝るなんて色々とキツいだろ」


「いえ。誰だって金貨と銅貨を見間違える事はあります」


「だって。私はるーちゃんに良質な生命力を吸わせなきゃならないのよ」


 でもって、それぞれが言い分を述べ始める。しばらく三人でグチグチと責任をなすりつけ合う。


 しかし、いくら言い合っても皮袋の中身が二日前に戻る訳がなかった。


 ……不毛だ。


「……で、どうする。お前らがいくら言い訳たれ流したところで、金がない事実は覆らないんだぞ」


「そうね。それと、サラッと他人事みたいな雰囲気出してもムダだからね?」


 この期におよんで現実から目をそらすだなんて、往生際が悪いぞ。


「みなさん、三人で潔く罪を認めましょうよ。どうすると問われれば、もちろんクエストに出てお金を稼ぐしかありません」


「まあ、それしかないんだけど……」


 クロエは難しい顔をする。


「……ただ……クエストを受けるにもお金は必要だからねぇ……」


 彼女の言う通り、クエストには『受注手数料』がいる。


 これはクエストを受ける際に徴収されるもので、ギルドの運営や冒険者への補償などに利用される。難易度によって金額は変動し、難しいクエストほど高額の手数料を支払わなければならなくなる。


 ギルドにとって必要なものだと頭では分かっているのだが……今の俺達にとってネックにしかならない。


 手数料の安いクエストは簡単なもの――言い換えれば報酬が安いものばかりである。節約前提で、今日の食事代を稼ぐのがせいぜいだろう。


 ブルースライム討伐時みたいに『トラブルに巻き込まれたけど、思わぬ高収入を得られた』なんて偶然はそうそうある訳がない(あって欲しくもない)し……しばらくは粗末な生活に耐えつつ地道に稼いで行くしかないのか……。


 どんなクエストなら受けられるか思案しようと、俺は皮袋から銅貨を取り出そうとする。


「……おっと」


 が、うっかり手を滑らせ銅貨を落としてしまう。硬貨は木目の床にカツンと硬い音を響かせ、そのまま遠くまでコロコロと転がっていってしまった。


 いけないいけない。


 拾いに行こうと硬貨を目で追いつつ席を立つ。視線の先には深いスリットの入ったロングスカート姿の、どこか妖艶な雰囲気を醸し出す長い紫髪の女性が――



 ダァンッ!!



 ……唐突に、ギルドロビー内に鋭い打撃音が響いた。


 銅貨が女性の前を横切ろうとした瞬間、白いスカート生地の奥から長い脚がすっと伸び、床板をぶち抜くほどの勢いで振り下ろされていた。



「……っしゃあああ――――っ!!」



「「「…………」」」


 で、その女性は靴裏で止めた銅貨を拾い、腹の底から雄叫びを上げていた。公衆の面前で高々と銅貨を掲げるその姿には、恥や外聞などつゆほども存在していなかった。


「……あの~。それ……俺達が落としたものなんですけど……」


 女性に近づき恐る恐る言うと、露骨にしかめた顔を向けられた。


 そのまましばらく、無言で見つめ合う。


「……これ、あなたの?」


 やがて女性が口を開いた。泥でも吐くような、暗く淀んだ口調だった。


「そうです」


「……あたしにくれる気は?」


「ないです」


「お願いよぉっ!! 今回だけっ、今回だけでいいからそれちょうだいっ!!」


 俺が答えた瞬間、彼女はウェーブのかかった紫色の長髪を振り乱しつつ俺の両肩をガシッとつかんできた。ナナとクロエがちょっと後ずさりするほどの迫力だった。


「こ……っ、お断りしますっ!! ここにいるって事はあなたも冒険者なんでしょうっ!? 自分で稼いでくださいっ!!」


「だけどっ!! だけどあたしにはクエスト受けるだけの金がないのよぉっ!!」


 紫ウェーブ髪の女性は目尻に涙を浮かべて哀願する。


 こうも必死に頼み込むだなんて。ひょっとしたらなにか事情でもあるのかも知れない。


 にわかに仏心が湧いた俺は、話だけでも聞いてみる事にした。


「……なにかあったんですか?」


「それが昨日ちょっとばかり飲み過ぎちゃってっ!! 酔いから覚めた時には、あんなに中身があったはずの財布がすっからかんになっていたわっ!!」


 聞いて損した。


「あんたの自業自得じゃねーかっ!! 調子に乗って後先考えずにムダ遣いなんかするからっ!!」


「そうよっ!! ふところ具合にあぐらをかいて身の丈に合わないお金の使い方なんかするからっ!!」


「……少なくともおふたりに言えたセリフじゃありませんね……」


 敬語をかなぐり捨てて叫ぶ俺達に、ナナがジト目を向けてきた。くそっ、金貨と銅貨を間違えただけだからって余裕かましやがってっ。


 俺とクロエの的確な指摘にも懲りず、紫ウェーブ髪の女性はなおもすがりついてくる。


「そんな事言わずにっ!! お願いっ!! せめてあたしにお金貸してよっ!!」


「嫌だよっ!! いいから離してくれっ!!」


「お願いだから一回だけっ!! 一回だけ信じてっ!! 借りた分のお金、あたしが何倍にも増やして返してあげるからっ!!」


「それを信じて報われる奴はほぼいないって現実に目を向けろっ!!」


 その何倍もバカを見た人間がいるのだと心得るべきである。


「そんな事言わずにお願いっ!! だったらせめてあなた達のクエストにあたしを連れて行ってっ!! ちゃんと活躍してみせるからっ!! ねっ!? ねっ!? ねっ!?」


「はっ、離せ……っ!! 分かったから離せってばっ!!」


 俺がヤケクソ気味に叫ぶと、紫ウェーブ髪女性の表情が一転してぱっと明るくなった。


 ……しまった。口が滑った。


「"分かった"って言ったわねっ!? つまりクエスト連れてってくれるって事よねっ!?」


 疑問形ではあるが、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出している。いや、雰囲気どころか俺の両肩をつかんでいる手により一層の力がこもっている。


 しばらく頭の中でぐるぐると考えたすえ、


「……すまない」


 すべてを諦めた俺は、ナナとクロエに目をやってそうつぶやいた。


「……まあ、はい……」


「……えぇ~……」


 ナナは渋々と、クロエは不服そうに答える。もっとも抵抗する様子はない。ここで断っても面倒な事になると薄々察しているのだろう。


「……分かった。一度だけだからな」


「っしゃっあ!!」


 俺の言葉に、紫ウェーブ髪の女性は力強くそう叫んだ。


「……で、あんた名前は?」


 気は進まないが、これからパーティーを組む相手だ。名前は知っておかなければならない。


「ああ、そうだったわね」


 そう言って、ウェーブ髪女性は軽く衣服を整える。


「あたしはユーディット・シンケル。いっちょよろしく頼むわね」



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