第17話 ギルド受付嬢の独り言

         ~~ 冒険者ギルド・受付嬢SIDE ~~


 私はリセ・ニスト。美人です。


 つけ加えますと、テティス王国冒険者ギルドリニア本部の運営部に所属しております。主にクエスト受注案内担当者――いわゆる美人受付嬢として日夜働いております。


 魔王復活の影響で魔物達の活動が活発化している昨今、冒険者ギルドに舞い込む依頼は日に日に増加する一方です。私も十五歳で職員となってかれこれ十年ほどギルドで働いておりますが、こうも依頼件数が多いのは初めての事態です。


 もちろん冒険者の方々もがんばってくれてはいます。しかしながら、人手が足りているとは言えません。


 そのうえ――あまり大きな声では言えませんが――すべての冒険者の方が魔王の脅威に危機感を覚えている訳ではありません。



『――魔王だぁ? やる気のある奴らに丸投げしときゃ万事解決だろ!』


『そうそう! 俺らみたいな新人イビリが趣味の三下冒険者は、副業がてら適当なクエストをのんびりやってりゃいいんだよ!』


『そうそう! ひゃ――っはははは――っ!』



 ……ほら。こういう、場所もわきまえずふざけた事を大声でほざいて周囲の士気を下げやがるクソ馬鹿野郎ども――失礼、少々困った発言をしてしまわれる方々がいるくらいです。


 さすがに彼らのようにおおっぴらに口にする方々は少数派ですが、内心で『他人にまかせておこう』と考える方は決して少なくないでしょう。


 よくも悪くもここリニアは魔物の脅威から離れているためでしょうね。近辺で活動する魔物は比較的対処しやすい相手ばかりですし、たとえ彼らが活発に動いたとしてもそれほど切羽詰まった状況には陥りません。魔王の脅威をイマイチ実感しずらい環境であると言えるでしょう。


 当然、ギルド的には好ましくない状況です。ギルドは現在、魔王をヤる気のある冒険者を大募集中なのです。


 なんといいますか、ここいらで将来有望で積極的に魔王を倒す気があって顔が私好みの冒険者が都合よく現れてくれればと思っているのですが――


「――すみません。クエスト終了の報告をしたいのですが……」


 私が物思いに耽っていると、三人組の冒険者パーティーがカウンターへとやってきました。


 この方々は……たしか今日ギルドに登録したばかりの新人、アオイ・ミズノさんとそのお仲間さん達です。記憶力には自信がありますし、なによりアオイさんは私好みのショタ顔ですのでばっちり覚えています。


『ククク……見ろ、あいつらたしか今日冒険者になったばかりの新人だぜ……』


『イビる? イビっちまう?』


『やっちまおうぜ。奴らの芽が出ない今のうちに俺らの虚栄心満たしちまおうぜ』


 はい。離れた場所からふざけた発言が聞こえてきましたね。他の冒険者達もあきれ顔で迷惑三人組を眺めております。


 奴らの腹に一発ずつ拳を叩き込みたくなりましたが、表情には一切出さずアオイさんの対応を行います。


「はい。ではクエストの依頼書とギルドカード、持ち帰った素材があればそれも提出して下さい」


 私にうながされ、アオイさん達はまず依頼書とカードをカウンターの上に置きました。


 私は依頼書を手に取ります。受けたクエストは……ブルースライムの討伐とスライムゼリーの収集ですか。


 初心者が受けるのに妥当な難易度のクエストです。なんとも初々しいですね。正直ちょっと興奮します。もちろん表情には一切出しません。ギルドではクールビューティーで通っていますので。


 私は三枚のギルドカードを専用の魔術機械にかけます。ギルドカードには、倒した魔物の種類と数を一定の期間記録できる機能が備わっており、それをこの機械で読み取れるのです。


 仕組み? 魔力的なアレコレでこうガッとしています。


「え~っと、素材素材……」


 桜色の髪の女の子――ナナさんがワンピースのポケットに手を突っ込んでゴソゴソと中身を取り出そうとしております(ちなみに、ギルドカードに彼女の名字は記されておりません。名字がない、もしくは不明という方はさして珍しくはありません)。


 服のポケットにそれほど多くのものは入らないでしょう。かといって、アオイさんともうひとりの金髪女性――クロエ・アーキンさんのカバンにもそれほど中身が詰まっている様子ではありません。


 う~ん……これは、素材の回収がうまくいかなかったのでしょうか。


 あるいはスライムゼリーを入れるためのカバンを別途用意し忘れていたのかも知れません。


 いずれにせよ、依頼を完全には達成できていないのでしょう。これでは報酬も減額せざるを得ません。


 まあ、初心者の方にしばしばある失敗です。私も今年で二十歳の成熟した大人ですし、こういうのをむしろかわいいと思える心の余裕があります。アオイさんが半泣きなら最高です。


『見ろよ……。あいつらスライムゼリーの回収に失敗した様子だぞ……』


『マジかよ。格好のイビリ材料じゃねーか、ヒヒヒ……』


『まあ俺らも昔やらかしたけど、それは棚に上げるぜ……』


 うるせえ黙れ。


 ……失礼、少し静かにしてほしいです。だいたい彼ら、職員でもないのになぜ他者が受けたクエスト内容を把握しているのでしょう。暇人のやる事はよく分かりません。


 彼らの迷惑行動は手の空いた職員がさっさと対応してくれる事を祈りつつ、アオイさん達の魔物討伐数を確認します――


「よい……しょっ」


『『『「…………」』』』


 カウンターの上にブルースライムのゼリーが山盛りに積み重なりました。


 機械から空中に投影されているブルースライム討伐数も二十体を超えています。


 離れた場所で、三人組の迷惑野郎どもも黙り込んでおります。他の冒険者達もなにやら異様な雰囲気を感じ取ったのか、こちらへ注目しております。


 十年間ギルド職員やってきて初めてと言っていい事態です。


 つまり、初心者向けなはずのクエストで想定外な量の魔物が現れたという事です。その上でこの方々、きっちり倒しています。


 というかナナさんのポケット、明らかに内容量がおかしな事になっています。どう考えても服のポケットには入らない量です。


 ……ま……まあ、そちらは魔力的なアレコレでガッとしているのでしょう。


 それより、これほど大量のブルースライムが町の近くに現れた事こそ問題です。真っ先に魔王の影響を疑うのが妥当でしょう。


 幸いそれほど手強い魔物ではなかったため、彼らもこうして無事に戻ってこれましたが……もしブルースライムより強力な相手が現れでもしていればどうなっていた事か――


「……あ、それとこれを見てください」


『『『「…………」』』』


 ナナさんが追加でレッドスライムのゼリーをカウンターに置きました。


 いや、だからなぜ初心者向けのクエストでレッドスライムなんて強敵と戦ってきているのですか。


 ギルドカードに討伐記録が残っていないところを見ると、あくまで追い払っただけなのでしょう。それでも、普通はベテラン冒険者が戦うような相手です。


『……ウ……ウソだ……あんな素人どもがレッドスライムと戦って無事でいられるなんて……!』


『い、いや、あくまで素材を持ってきてるってだけだ! あいつらが直接戦ったって証拠にはならねえ!』


『イカサマだ! きっとどこかで不正入手したに違いねえ!』


………………すみません、お静かにお願いします」


 さすがに大声を出すのは看過できなかったので、迷惑野郎どもに注意をしておきました。


 思わず『簀巻すまきにして川に流すぞ黙ってろてめえら』と言いかけましたが、そこは踏みとどまりました。クールビューティーですので。


 とはいえ、確かににわかには信じがたい状況ではあります。これは確認が必要でしょう。


「あの……アオイ・ミズノさん。これはレッドスライムのゼリーですよね。まさかデニスの塔付近にレッドスライムが出現したなんて事は……」


 努めて冷静に尋ねます。


 確かに少し驚きましたが、さすがにこれ以上は常識外の情報が飛び出てくる事などないでしょう。もう峠は越えていると言えます。


 心安らかに、落ち着いた気持ちで返答を受け止め――


「はい。魔王軍幹部の"死のクリムゾン"って名乗るレッドスライムと遭遇したので戦いました。結局逃げられてしまいましたけど」


『『『「…………」』』』


 もっと高い峠がありました。とてもぶったまげました。


 ロビー内にざわめきが広がります。


 死のクリムゾンって、最近ギルドや王国軍に名が知られるようになった魔王軍幹部じゃないですか。


 なんで今日冒険者になったばかりの新人が幹部格の相手と戦ってるんですか。しかも撤退に追い込んでるんですか。


「その事で、ギルドに報告しておきたい事がありまして――」


 アオイさんは手短に事情を説明してくれました。


 話をまとめますと『地下通路の瓦礫の隙間から侵入した死のクリムゾン達が、デニスの塔を拠点にリニアの町を攻めようとしていた』……との事です。


 デニスの塔の地下通路――確かに、ギルドでも存在は確認しておりました。


 瓦礫で埋まっていたため使用はできないだろう……と考えておりましたが、まさか魔王軍幹部に目をつけられていたとは。


 つまり知らぬ間にリニアの町が危機に陥っていたと言う事です。それを彼らが未然に防いだわけです。


 遭遇そのものは偶然だったのかも知れませんが、こうして無事情報を持ち帰れたのは偶然ではないでしょう。もし彼らがその場で倒されていれば魔物達の作戦に気づく事もできず、そのまま奇襲を許していたかも知れません。


「――なるほど」


 話を聞き終えた私は、うなずいて答えます。


「貴重な情報ありがとうございました。この件は上に報告しておきます――」


『『『――ウ、ウソだぁっ!!』』』


「簀巻き……あなた達、あまり騒がしいようでしたらロビーから追い出しますよ」


 またもや迷惑野郎どもが騒ぎ始めたので、今度は警告を発します。


 ですが彼らは止まりません。アオイさんひとりに狙いを定めてまくし立て始めました。いい度胸だな。


 おおかた見下そうとしていたのに当てが外れたので、勢いにまかせて憂さ晴らしをしたいのでしょう。


 その上でナナさんはサポートで大活躍していそう、クロエさんは腰の剣が立派そうなので前衛でバリバリ戦っていそう……と安直に考え、アオイさんに目をつけたと。

 確かに魔物討伐数はクロエさんがダントツで多いため、彼らの見立てはそう間違っていないとも言えます。根本的な意識が間違っているだけです。


『おっ、お前みたいな弱っちそうな奴が初めてのクエストでそんな成果を挙げられる訳がねえっ!』


『そっ、そうだっ、なにかの間違いだっ! 俺らじゃ絶対ムリだからお前だってムリに決まってるっ!』


『どっ、どうせお前、仲間の助けがなきゃなにも活躍できないんだろうっ! 俺らと同じようにっ!』


 なんとも情けない言いがかりです。


 直接絡まれたアオイさんは戸惑いながらもなんとかあしらおうとしております。手の空いた職員が止めに入ろうと遅まきながら彼らの元へ向かっております。


 まあ、これ以上は面倒な事には――



『――こんなショボいクソザコ野郎が活躍なんてできる訳ねえだろっ!!』


「……今なんつった?」



 唐突に、アオイさんの表情に怒りが充満しました。


 どうもなにかの禁句を言ったっぽいです。


『あぁ? だから、お前みたいなショボいクソザコが活躍なんて――』


「るせぇっ!! 誰がクソザコだっ!! 誰がっ!!」


 突然爆発したアオイさんに、迷惑野郎どもは『ビクッ!』と体を震わせました。まさか反撃がくるとは思ってなかったのでしょう。まあしょせんは新人イビリが趣味の三下です。基本ヘタレなのでしょう。


 彼の豹変ぶりにクロエさんは呆気に取られた様子でした。一方のナナさんは怒る理由に心当たりでもあるのか、『さもありなん』と達観の表情を浮かべておりました。


「いいかっ!! 俺はクソザコなんかじゃねえっ!! その証拠に、いつか必ず魔王を倒してきてやるからなっ!! 今に見てろよっ!!」


 ギルドロビー内の冒険者達が注目する中、アオイさんは大声で断言しました。


 他の冒険者達がざわめく中、三下どもは完全に気圧されて二の句が継げない様子でした。


『……いっ……いい気になってんじゃねえぞっ!! ああんっ!?』


『おっ、おもしれえじゃねえかっ!! せいぜいやってみろってんだっ!!』


『まっ、まあどうせ口だけでなにもできないんだろうがなっ!! 俺らみたいによぉっ!!』


 三下そのものの捨てゼリフを吐きながら、彼らは手の空いた職員にギルドロビーから追い出されていきました。


「…………あ~……騒がせちゃったみたいで、どうもすみませんでした……」


 どうやら我に返ったらしく、アオイさんはバツが悪そうに他の冒険者や職員達へ頭を下げ始めました。


 周囲もあの三下どもが悪いと理解しているらしく、特に気にしている様子はありません。


 それどころか魔王軍幹部と戦って生き延びた事や、先ほどの宣言に対する声援がちらほらと送られておりました。


 もっとも後者に関しては"勢いで思わず言った"くらいに受け止めているらしく、からかい半分の調子ではありましたが。


「……大変でしたね」


 改めてこちらを向くアオイさん達へ私は声をかけます。


「はい。ご迷惑おかけしました……」


「いえ。あれはあのお三下……お三方が悪いです」


 そう言いつつ、私はアオイさんの顔を舐め回すように眺めます。


 ――将来有望で積極的に魔王を倒す気があって顔が私好みの冒険者。


 まさしくドンピシャの人材が都合よく現れたではありませんか。


「……あの、職員さん?」


 おっといけません。色々な意味で興奮しているのがバレてしまいそうです。


「失礼。……とにかく、クエストの完了を確認しました。疲れ様でした」


 なんにせよ期待の新人さんです。今後とも注視していきましょう。


 そう思いながら、私は彼らへと報酬を渡しました。



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