第16話 塔の内部調査

「――ヒール」


「んひゅううぅぅ~~~~~~……っ!!」


 ナナのヒールにクロエの口から歓喜の声が漏れる。眉根こそ若干苦痛に歪んではいるが、それ以上に至福の感情が顔中に充満している。


「終わりましたよ。……あの、大丈夫でしたか? 染みましたよね?」


「ええ。大丈夫よ。ありがとう。最高だったわ」


 なにが。


「……それよりもナナ。あなた、天使だったのね」


 さっき高所から落ちる俺を助けた時にナナは翼で飛んでいた。その場面をクロエもばっちり目撃していたし、気づくのも当然だろう。


「ええ、その通りです」


 ナナはうなずいて背中から翼を生やす。こっちの世界、天使はすごく珍しい存在という訳じゃないらしいし、正体を現すのもごくあっさりとしたものである。


「とある事情で私はアオイさんと行動を共にしているのです。黙っていて申し訳ありません」


「ああいや、別に責めてる訳じゃないわ。ちょっと驚いただけ」


 同じく、受け入れる側もごくあっさりした反応だ。クロエは軽く手を振っただけでさっさと話題を変える。


「……それより塔の中を調べましょう。生命力も戻ったし、なにかあっても私なら問題なく戦えるわ」


「深追いはできないぞ。俺は魔力があまり残ってないからな」


「分かってる。内部をざっと確認するだけよ」


 一旦は閉じかけたクロエの口が、「そういえば」と動く。


「戦闘でバタバタしててあなたにお礼言い忘れてたわ。ほら、死のクリムゾンの攻撃からかばってくれた時の事よ。助けてくれてありがとう」


「いや、無事でよかったよ」


「それに、あなたの魔術にも助けられたわね。おかげで切り抜けられたわ。事前に射程が短いって聞いていたけど、なかなかどうして。十分実戦に耐えうる長さだったじゃない」


「まあ、今のところあれが限界だけどな」


 目測でざっと十メートルほどだろう。


「それに、あそこまで伸ばすためには魔力を溜めなきゃいけないし、そうすると燃費が悪くなる。そうそう気軽に撃てるもんじゃないよ」


「謙遜しないで。あんな奥にある弱点を突けたのは事実なんだから。胸を張っていいわよ」


「……ああ」


 軽く視線をそらしつつ、そう答えた。


 女神ヴェイラや死のクリムゾンのように真正面からバカにされれば、反発心から『意地でも認めさせてやる』って気が湧いてくるのだが。


 素直に褒められると逆にこそばゆさを感じる。悪い気はしないけど。


 それでも、現状まだまだあのクソ女神を理解わからせられるイメージが浮かばない。今後も慢心せずに研鑽していく必要があるだろう。


「ところで」


 ナナが言った。


「塔の調査も大事ですけど、その前にスライムゼリーを回収しておきませんか? まずはクエスト本来の目的を果たしておきましょう」


 確かに。スライムゼリーの回収も依頼に含まれているし、まずはそっちを優先しておこうか。


「そうだな」


「まあ、さすがにこの量を全部持って帰るのはムリでしょうけど」


 クロエが周囲を見渡す。


 大量のブルースライムのゼリーはもちろん、ところどころ死のクリムゾンレッドスライムの赤いゼリーも落ちている。あいつが回収し損ねた分だ。


 俺もクロエもカバンを持ってはいるが、すべては収まりそうにない。ちょっともったいないが、入り切らない分は諦めるしかないか。


「あ、大丈夫ですよ」


 そう思っていると、ナナがワンピースのポケットを指しながら言った。


「天使の服についているポケットは異次元空間に繋がっていますから、見た目以上の大容量なのです。ここにあるスライムゼリーくらいなら余裕で全部入ります」


「え、本当なの?」


「はい。あいにく生物は入れられないような仕組みになっていますけど。なんでも大昔、地上の人間をポケットに入れて天界へ不正侵入させた天使がいたらしくて。それをきっかけに、生物を自動排出する機能が仕込まれるようになったのです」


「つまり俺達をポケットに入れておいて、宿代や通行料なんかをひとり分の支払いだけで乗り切るって手は使えないのか……」


「この短時間でよくそんなみみっちい犯罪的手法を思いつくわね……」


 "自らの頭で考える教育"の成果です。


「それじゃあ、ぱぱっと回収しちゃいましょう」


 ナナは言った。





 スライムゼリーを回収し終えた俺達は、デニスの塔内部へと足を踏み入れた。


 調べてすぐにスライム達がどこから紛れ込んだのかが分かった。


 地下通路である。


 一階の床に地下への階段があり、そこを下りるとどこかへと続く通路を発見したのだ。


「……これ、おそらくは大昔の水路かなにかを利用したものでしょうね」


 自分のカバンから取り出したランプで暗闇を照らしながら、クロエが言った。


「確かデニスは臆病のあまり被害妄想こじらせて、人里から離れて住んでいたって話だったな。たぶんこの通路は逃げ道として用意したものだったんだろう」


 通路の石材は、塔に使われているものよりも経年劣化――フチの崩れ具合が強く見える。塔が建てられた時代よりずっと昔に通されたものだろう。


 魔術師デニスはもともと存在していた地下通路を利用するためにここへ塔を建てた……と考えるのが自然だ。


「ですが、この先は潰れちゃってますよ」


 丸い明かりの先には、崩れた石材や大量の土砂などが壁のように立ちふさがっていた。


 最近崩れたという雰囲気ではない。かなり昔に崩れたのだろう。周囲の柱などはしっかりしているし、今のところ通路全体が崩れる恐れはなさそうだ。


「ギルドだって調査はしているはずですし、地下通路の存在も当然把握しているでしょう。魔物達がこの通路を利用して密かに集結していた、と考えるにはムリがあるような……」


「いや、あそこを見てみろ」


 俺は瓦礫がれきの一箇所を指す。


 そこには隙間が開いていた。崩れた石材同士の間にも土砂が詰まっていない。ランプで照らして先を覗いてみると、かすかに向こう側が見えた。


「……あいつらはここから進入したんだろう。ギルドは気づかなかったか、気づいてもこの程度の隙間なんて気にかけなかったんだ」


「けどスライムは、核より大きな隙間なら通り抜けられる。なるほど、これはちょっとした盲点ね」


 クロエが納得したようにうなずいた。


「どうやら魔物の侵入経路は把握できたみたいですね。ギルドへ知らせれば対応を考えてくれるはずです。いえ、それどころかここをたどれば魔物の居場所を探れるかも……」


「ああ。これ以上の調査はギルドにまかせておけばいい。俺達はここらで切り上げよう」


 俺達は塔を出て、リニアへの帰路へと着いた。



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