第13話 ブルースライムの討伐

 相談の結果、俺達は『塔周辺のブルースライム討伐』の依頼クエストを受ける事に決めた。


 リニア近くにある林の中に『デニスの塔』という、大昔の魔術師デニスが住処としていた塔が建っている。その塔周辺にブルースライムが何体か確認されたため、駆除と同時に魔法薬の材料となるスライムゼリーを収集してきてほしい……といった内容である。


 ブルースライムは初心者でも問題なく倒せる魔物とのこと。塔までの距離もさして遠くはなく、順調にいけば今日の夕方には戻ってこられるらしい。


 駆け出しの俺達がいきなり難易度高めのクエストに挑むのは無謀だし、肩慣らしとしてはちょうどいいだろう。


 手続きをすませて早速出発。先ほど通った壁門からリニアの外へと出る。


 ちなみに、クエストを受けた際にギルドから預かった"依頼書"は壁門の通行証代わりとなる。


 つまり冒険者がクエストから戻って町へ入る際は通行料が不要となる。冒険者の活動を妨げないための仕組みであり、おかげで素寒貧すかんぴんな俺達も心置きなく町の外へと出られる。


 街道を進み、途中から脇に逸れて林の中へと入る。


 魔物に注意しつつしばし道なりに歩き、やがて枝葉の向こうに石造りの塔が見えてきた。


 樹木の裏に身を隠しながら、そっと様子をうかがう。


 塔の形状は、乱暴に表すと全体が『L字』となっている。


 つまり基本は平屋の建物の一部分から、五階建ての塔が天へ突き出ている……と言った形状だ。


 なんでも、才能はあるが臆病な魔術師デニスが『自分の研究成果が狙われているかも知れない』という被害妄想をこじらせ、人里から離れ安心して魔術研究が行えるよう建てた塔――との事。


 かなりの年月が経っているのか、塔の全体がツタに覆われている。石材の一部も崩落しており、そこらの地面になかばめり込んだ状態で転がっている。窓も大半が割れていたり、脱落していたりとまともなものがほとんど見当たらない。


 そして、


「……いますね」


 ナナの言うとおり、視線の先には青色の丸いゼリーみたいな魔物――ブルースライムが四体ほど塔の周辺をポヨンポヨン跳ねていた。


 大きさはだいたい三~四〇センチくらい。ゼリーの体は透けており、中心部にはにぎり拳くらいの黒くて丸い核――彼らの中枢器官が見える。


「……あの程度の数なら、大して手間もかけずに倒せるわね」


 腰のソウルイーターに手をやりつつ、クロエはつぶやく。


「とはいえ、油断はしないようにね。見えてる分が敵のすべてと思い込んだら痛い目をみるわよ」


「ああ」


 あくまで落ち着いた声音で言うクロエに、俺はうなずいた。


 彼女の冷静ながらも自信を覗かせる態度には頼もしさを感じる。とても魔剣に生命力を吸われるのを喜ぶような人物には見えない。


「事前に打ち合わせしておいた通りに行きましょう。私とアオイが攻撃、ナナは後方で控えていて」


 ここへ来るまでに、俺達が戦闘でできる事はざっと伝えている。


「じゃあ、指を三本倒したら攻撃開始よ」


「ああ」


「はい」


 俺達の返事を受け、クロエは指で三、二、一とカウントダウン。


 指をすべて折った瞬間、樹木の影からクロエが飛び出す。一歩遅れて俺も飛び出す。


「……行くわよるーちゃんっ!!」


 ブルースライム達が俺達に気づくと同時に、クロエは鞘からソウルイーターを抜き放つ。根本から切っ先まで真紅に染まった刀身が、木漏れ日を弾いて妖しく輝いた。


 いや、刀身そのものも淡く赤い光を放っている。クロエの疾駆に合わせ、剣の軌跡上に光が尾をく。


「はっ!!」


 クロエが手前の一体へ魔剣を振り下ろした。


 縦一文字に迫る刀身を前に攻撃と回避どちらも選ぶいとますらなく、そのままブルースライムは真っ二つに両断される。その勢いのまま、鋭い刃は地面にも斬撃痕を刻む。


 中心部にある核を真っ二つにされたスライムは弾力を失い、へちゃあ、と地面にへばりついて動かなくなった。


「やぁっ!!」


 立て続けに、クロエは自身の側頭部へ飛びかかってきた一体をなぎ払うように切りつける。鮮血のような刀身が水平に近い円弧を描き、ブルースライムの体を上下に分断する。


 どうやら彼女の腕前は確かなようだ。これは俺も負けていられない――と内心で意気込んだ辺りで、二体のブルースライムが俺の方へ接近してきた。


 右側の一体が飛びかかってきたタイミングに合わせ、手のひらを伸ばす。すでに魔術の発動準備は完了している。


光杭魔術パイルバンカー!!」


 接触した瞬間に発動。手のひらから飛び出した魔力の杭がゼリーの体に食い込

み、中心部にある核を貫く。


 間髪を入れず、もう一体が俺に飛びかかってくる。


 余勢を駆って返り討ちに――と行きたいところだが、あいにく魔術は連発できない。体内魔力がかき乱されている間は魔術の準備ができないのである。


「……とっ!!」


 すばやく杭を切り離し、なんとか回避。横合いからすぐにクロエが切り捨てる。


「これで全部かっ!?」


「アオイさん、窓っ!!」


 避ける動きのままに塔の壁近くへ移動した俺へ、ナナが鋭く叫んだ。


 どうした、と俺がそばの窓へ顔を向けるのと、その窓から別のブルースライムが飛び出してくるのはほとんど同時だった。


「ぶ……っ!?」


 とっさにのけぞったが回避はできず、スライムの体当たりを顔面に食らう。そこそこ質量のある物体にぶつかられ、そこそこ痛い。


 それ以上に姿勢を崩された事の方が問題だった。なんとか踏ん張ろうとするも足がもつれて地面へ仰向けに転がされる。そのままブルースライムは俺の顔面にへばりついた。


 冷たっ!! ネチョッとしてるっ!! 息できないっ!!


「アオイッ!! ……くっ!!」


 青色に染まった視界の向こうでクロエが叫んだが、さらに塔の中から現れた複数のブルースライムに行く手を阻まれるのが見えた。


 なんとか引き剥がそうと両手でスライムをつかむ。顔付近にはべったりとした粘性があるのに、手でつかんでいる部分には弾力がある不思議な感触。スライム系の魔物はある程度自在に体の柔らかさを変化させられるそうだ。


 もがきつつ仰向けのまま引っ張るが、なかなか剥がれてくれない。スライム越しに映る視界に別の個体が向かってくるのが見える。


「アオイさ――んっ!!」


 ナナの叫びが耳に届く。同時に、俺へ迫るブルースライムへ向けて小石やら木の枝やらが飛んでくる。


 たぶん彼女が援護してくれているのだろう。正直ノーコンではあったが、おかげで足止めにはなってくれている。


「……っ! ……っ!!」


 もう一匹はナナに任せ、顔面のスライムを引き剥がそうとする。じわじわと離れてはいるが、かなり息が苦しい。


 だんだんと意識がぼんやりしてきた――辺りで、魔術再発動の準備が間に合っ

た。


 魔術が顔に当たらないよう、手の角度を調整。


「……っ!!」


 そのままパイルバンカーを発動。眼前で核を貫く光の杭。


 ブルースライムの力が抜けていくのが感じられた。すぐさま顔面から引き剥が

す。


「……ぶはっ!!」


「だっ、大丈夫ですかっ!?」


「……ああ。助かったよ」


 荒い呼吸のまま、俺は礼を言う。


 ナナからは、魔術師は遠距離から魔術攻撃するのがセオリーだと聞いている。


 しかし俺の場合、魔術を当てたければ魔物に至近距離まで近づかなきゃならな

い。


 それで首尾よく一体を倒せても、連発ができないため立て続けに別の魔物に襲われてもすぐに反撃ができない。


 つくづくクセの強い魔術だと思う。威力は高いものの考えなしには扱えない。


「やぁぁ――――っ!!」


 俺が呼吸を整えている間も、クロエは奮戦している。しかしブルースライムは、倒しても倒しても塔の中から次々と現れる。


「魔物が予想以上に多いですよっ!! 町の外とはいえ、なんで人里近くにこんな数のスライムが集まるんですかっ!?」


「分からない……わっ!!」


 一体を袈裟がけに斬りながら、クロエが答える。


 確かにおかしい。このクエストは初心者向けの内容のはずだ。大して強くない相手であるし、数もそう多くない――クエストを受注した際にも受付の職員さんからそう説明された。


 にも関わらず、倒したブルースライムはとうに二十体を超えている。


 まだこちらの世界に詳しいとは言えない俺でも、さすがにこれは常識外の出来事であると感じる。


「パイルバンカー!!」


 疑問を覚えつつも、俺は最後の一体をパイルバンカーで貫く。すぐには警戒を解かず、塔から離れて身構える。


 五秒、十秒と注視するが、新たなブルースライムが飛び出してくる気配はない。


 どうやら、しのげたらしい。


「……無事か?」


「……ええ……」


 クロエが荒い呼吸で答える。というか、若干顔が青い。


 魔物の攻撃は食らっていなかったし、ソウルイーターに生命力を吸われた結果だろう。


「……あの、クロエさん。どう見ても大丈夫じゃなさそうなのですが……」


「……大丈夫。むしろ、調子が出てきたくらいよ。ふふ……ふふふふ……」


 青ざめた顔で笑ってるよこの人。怖いよ。


「…………と、とにかく。魔物は倒しましたが、いちおうは塔の中も見ておいた方が――」


 ナナの言葉を遮るように、塔の出入り口扉が乱暴な音を立てて開いた。


 すぐに俺達は身構える。


 まだブルースライムが残っていたのか――と思ったが、その考えはすぐに否定された。


 塔の入り口から、真っ赤な色の巨大スライムがあふれ出るように姿を現したためだ。


 見上げるほどの巨体だ。塔二階の窓の高さを超えている。体積も相当なものであり、人間なんて数人くらい余裕で包み込めてしまえるだろう。


「な……なんでレッドスライムがこんなところにいるんですか……っ!?」


 ナナが悲鳴に似た叫びを上げる。


「なんなんだコイツは!? ヤバい奴なのか!?」


「スライム系の上位種ですよっ!!」


「……しかもこんな巨大な個体だなんて。普通じゃないわ」


 ふたりの反応から、相当に手強い魔物だと察せられる。


「……もしかして、かなり危険な状況なんじゃ……?」


「そうですっ!! すぐに逃げましょうっ!!」


「――おうおうおう。そこの人間ども、オレから逃げられると思っとるんかい」


 レッドスライムの方向から声が聞こえてきた。というか、レッドスライムがしゃべっているのだろう。


 俺達が動き出す前に、塔の窓から次々とブルースライム達が姿を現す。


 いや、ブルースライムだけじゃない。緑や黄色のスライム達も混ざっている。色とりどりのスライム達が一階だけでなく、二階や三階の窓からもポンポン飛び出してきている。あっという間に俺達は大量の魔物達に取り囲まれてしまった。


「オレの部下をずいぶん痛めつけてくれたようやなぁ、おう。オマエら、ここで落とし前つけたろうかい、おおう!?」


「こ……これはマズイですよ……っ!!」


 焦った様子でナナが言う。


 俺も冷や汗を流しながら、ただただ周囲を見回すばかりだった。


 ……肩慣らしのはずだったのに、なんで大ピンチに追い込まれてんだ俺達。



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