第12話 クロエ・アーキン

 俺達三人が壁門をくぐると、冒険者の町リニアの活気ある風景が飛び込んでき

た。


 床も建物も頑丈そうな石造りで、適度な植え込みが景観のいいアクセントになっている。建物も数階建ての立派な高層建築が多く、道路には等間隔で街灯らしきものが見える。この世界の技術力はかなり高い事がうかがえる。


 そして人も多い。老若男女問わず様々な人々が行き交っている。服装も多種多様で、シンプルなシャツとズボン姿の男性から、細かい装飾が施されたワンピース姿の女性まで。


 そんな中、武具を持ち歩いた人々をちらほら見かける辺りはさすが冒険者の町といった風情である。


 もちろん武器はすぐ使えないように工夫されている。弓からは弦が取り外されているし、長物の先端部を布で覆っている冒険者の姿も見える。その辺り、きっちりとルールが定められているみたいだ。


 感心しつつ、しばし異世界の都会の風景をのんびりと堪能していた。


「……さ、ふたりとも。そろそろギルドへ行きましょうか。ほら、あそこに地図があるわ」


 クロエが指さした方向に、掲示板に貼り出された町の地図があった。


 その地図を頼りに、俺達は冒険者ギルド本部へと向かった。





 ギルドに到着後、登録のための手続きをぱぱっとすませる。


「――お待たせしました。これであなたはギルド所属の冒険者です」


 と言う事で、晴れて俺達は冒険者となった。


「……さて、お互い冒険者になった訳だけど」


 できたばかりのギルドカードをふところにしまい込みながら、クロエが口を開いた。


「あなた達、これからどうするつもりかしら?」


「そりゃ、昼食取った後にさっそくクエストを受けるつもりだよ」


 なにしろ俺達の持ち金は登録料のためにほぼ使い果たした。今日の昼食にパンでも買えば、完全な無一文オケラとなるだろう。今からでもお金を稼がなければならない。


「そうなの。……せっかくだから、試しに私達でパーティー組んでみない?」


 クロエがそう申し出た。


「私はいいと思いますよ。アオイさんはどう思います?」


「……うん、まあ異論はないな」


 なにしろ初めてのクエストだ。初心者同士、クエストを通じて互いに学び合える事があるはずだ。


 それに、俺の光杭魔術パイルバンカーはどうにもクセの強い性能をしている。基本、威力は高いが至近距離にしか届かない。魔力を溜めれば射程を伸ばせるが、時間がかかる上に燃費も悪い。


 安定して戦える前衛がいてくれれば実にありがたい。俺もかなり立ち回りやすくなるはずだ。


 ……まあ、気になる事がない訳でもないが。


「ただ、パーティーを組むなら尋ねておかなきゃならないだけど……」


 俺とそう歳が離れていないと言う事もあり、クロエに対して敬語を使うのはもうやめている。


「なにかしら?」


「そのソウルイーターって、どんな呪いがかけられてるんだ?」


「……そうね。説明しておかなきゃダメよね」


 クロエは腰から魔剣ソウルイーターを取り外し、俺達の前に差し出した。


「私のソウルイーターは『生物の生命力を吸い取る』事によって、力が増す剣なのよ」


「生命力?」


「ええ」


 ソウルイーターの赤いさやをなでながら続ける。


「こうして鞘に収まっている時はなんともないんだけどね。けれどひとたび鞘から刀身を抜けば、持ち主の生命力をどんどん吸い始めるのよ」


「そのような呪いの魔剣が、どうしてクロエさんの手に?」


「もともとは私の故郷で封印されていた剣だったのよ。だけど、私が幼いころにその封印を解いちゃってね。それ以来、ずっと私が所有し続けてきたわ」


 つまり、彼女は子供のころから呪いの魔剣とともに生きてきたって事か。


「かつては周囲の人や植物の生命力も吸っていたって話らしいけど、今は私ひとりの生命力を吸うだけよ。あなた達にまで害が及ぶ事はないからそこは安心して」


「その魔剣は手放せないんですか?」


「……ええ……」


 ナナの問いに、クロエは静かに呪いの魔剣へ目を落とした。


「ソウルイーターを手放す事は決してできない。その気になれば岩すらも切り裂く力を与える代わりに、この剣は私の生命力を求め続ける。……それが、魔剣に魅入られた私の宿命。私が剣を振るうたび、呪いのかいなは私の命に手を伸ばす。それが……それが――」


 うつむきながらクロエは言葉をぽつり、ぽつりとしずくのようにこぼしていく。


 その姿に、俺とナナは声をかける事ができなかった。


 彼女が呪いの魔剣のためにどれほどの苦しみを味わい続けてきたのだろうか。余人には想像できないほどの苦難であったに違いない。


 きっと彼女は魔剣を手放したいのだろう。なんとしても呪いから逃れたいはずだろう。


 クロエの悲痛な思いをにじませた声が、俺達の耳朶を打ち続け――



「――実にたまんないのよねぇ……」



 ……。


 …………。


 …………なんて?


 耳を疑う俺達に、クロエはどこかうっとりした表情で語り続ける。


「生命力を失い続け、少しずつ追い込まれてる……って感覚がやめられないのよ。呼吸が乱れて力が入らなくなって、それを気力だけで持ちこたえてひたすら剣を振って。そうしていると、だんだん気分がハイになってくるのよね」


「「……」」


「いやもう、あれを体験したら平穏な日常には戻れないわよね。なんかこう、生きてるって実感を得られる瞬間っていうか。あの快感を得るために戦ってるって言っても過言じゃないのよね」


「「…………」」


「そのために魔剣を片手に村で魔物退治をしていたんだけどね。もうそれだけじゃ満足できなくなっちゃって。さらに自分を追い込むために、より強い魔物を求めてリニアまで来ちゃったのよねぇ……」


「「………………」」


 ――ああ、そうか。


 ――この人、ヤバい人なんだ。


 熱っぽく呪いを語るクロエに、俺達は静かにドン引きしていた。


「……まあそういう訳だから。私はこの剣を手放す事ができないのよね」


「いや今すぐ手放した方がいいぞ」


 思わず即答すると、クロエはソウルイーターを両手で抱きしめながら反論を始めた。


「そっ……そんなのできる訳ないじゃないのっ!! 呪いなしの人生だなんて私にはもう考えられないわっ!!」


「目を覚ませっ!! それはむしろ人生にあっちゃいけないものなんだぞっ!!」


「けどっ!! だけど、"るーちゃん"はもうずっと私と一緒に過ごしてきた大事な友達なのよっ!? 手放すなんてできる訳ないじゃないのっ!!」


「魔剣にちょっとかわいい感じの愛称つけやがって……っ!!」


『ソウ"ル"イーター』を胸に抱いてイヤイヤ首を振るクロエの姿は、どことなく古いぬいぐるみを捨てられまいと必死に抵抗する子供のように見えた。


 初対面時の彼女から感じ取れていた気品は、今や完全に霧散していた。代わりに奥から現れたのは、呪いの魔剣ジャンキーの姿であった。


「とっ、とにかくっ!! 私はるーちゃんと戦うって決めてるのっ!! ……それでっ!? アオイ達は私とパーティー組むのっ!? どうするのっ!?」


 半ばキレ気味のクロエに問い詰められ、俺とナナは互いの困惑顔を見合わせた。


「……どうしよう?」


「……まあ……その。クロエさんとはこうしてギルドまで一緒に連れ立った訳ですし。取りあえず一度だけでも……」


 語尾を微妙にごにょらせながらもナナはそう答えた。


 ……まあ、そうですね……。


「……分かった。試しに一度クエストに出てみようか……」


「決まりね」


 ひとつうなずいて、クロエは自信たっぷりに胸を張った。


「まあ見てなさい。私とるーちゃんの実力、ふたりにたっぷり見せつけてあげるから」


 ……お手柔らかにお願いします。



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