第11話 リニアの町・外壁門へ到着

 俺達はリニア外壁の門へとやってきた。


「「――"通行税"?」」


 門の守衛さんからの言葉に、俺とナナは互いに顔を見合わせた。


「そうだよ。町に入る時は通行税を払うか、通行許可証を提示してもらわないと」


「……うっかりしてました」


 困惑の底から反省が浮き上がったような表情でナナがつぶやいた。


「すみませんアオイさん、確かにそうでした。大抵の町では入る際に壁門で通行税払わなきゃいけないんでした」


「……ああ~……」


 確かにそういう仕組みがあっても不思議ではない。


 それに、街道を勝手に封鎖していたあのゴブリンと違ってこちらはごく正当なものだ。文句を言う訳にもいかない。


「村長さんからもらった分も残り少ないし……これで支払えますか?」


 転生時にヴェイラから渡された金板を、守衛さんに見せる。


「いちおう、物品なんかも受けつけてはいるよ。……しかし、それじゃ料金の過払いになると思うけど。それでもいいのかい?」


「え? お釣り出ないんですか?」


「お釣りを出せるのは現金での支払い時だけだね」


 むう。微妙に融通が利かない。


「……さて、どうしよう?」


 守衛さんから少し離れ、ナナと相談する。


「……天使って、天界からの使いとして地上に下りたりするんだろ? なんかこう、こういう場合は顔パスならぬ天使パスでタダで通れたりとか……」


「神殿を通じて地上へ正式に通達している場合ならともかく、今の私にそんな権限はありませんね」


「例えば天使の羽にはなにか特別な効果とかないのか? それをむしり取って渡せば……」


「意外とエグい事言いますね……」


 あ、ナナから微妙に距離取られた。もうちょっとオブラートに包んどくんだっ

た。


「羽に特別な効果とかありませんから。そもそも、この場合の"物品"って村で採れた農作物とか手持ちの貴金属の事だと思いますよ。ものならなんでもいいって訳じゃないと思います」


「……うーん……」


 俺は腕組みをする。こういう形で足止めを食うとは完全に予想外だったな……。


「……ここはいっその事、金板を渡してしまうか? そうすれば取りあえず町には入れる」


「それじゃ実質、全財産を手放すって事ですよ。ギルド登録料はもちろん、食費も宿泊費も全部なくなっちゃいます。たとえ町に入れたとしても、なんにも身動きが取れなくなりますよ」


「いや、町で仕事を探せばいいじゃないか。魔王討伐からは少し寄り道になるが、しばらくアルバイトをしてお金を稼ぐんだ」


「う~ん……ようはそれ、お金を稼ぐために金板手渡すって事ですよね。ちょっと本末転倒な気がするんですけど。だいたい、どんなバイトをするつもりですか」


「え? 肩たたきとか」


「……アオイさん。ひょっとして人生舐めてませんか……?」


 どこか呆れたようなジト目を向けられた。


「だ、だけど俺の肩たたき、母さんの入院先の、他の患者さん達に好評だったんだぞっ。その証拠にジュースおごって貰えたしっ」


「どんな弁明ですか。……まあいざって時は仕事も探しますけど、今は却下です」


「……そうか……」


 俺の肩たたき、こっちじゃ通用しないんか……。


「……だったら、金板を現金に両替してくれそうな人が通りがかるのを待つのはどうだ? ほら、行商人だとか」


「まあ、それが妥当ですかね。待っていればそういう方も――」


「――あなた達、それを両替したいの?」


 唐突に、女性の声が聞こえた。


 声の方向へ振り向いてみると、そこに俺と同年齢くらいの女性が立っていた。


 ハーフアップにした金髪が草原の風を受け、陽光の輝きを散らしながら肩先で揺れている。鋭いながらもけんは感じさせない目元には宝石のような赤い瞳がふたつ並んでいる。鼻もすっと高く立ち、肌も白くみずみずしい。


 気品さえ見て取れる、文句なしの容貌を持った少女である。だが彼女が"深窓しんそうの令嬢"などではない事は、実用重視のしっかりした作りの背 嚢リュックサックや金属製の胸当て、腰に差した赤い柄の剣を見ればすぐに分かる。


 恐らく冒険者だろう――と俺がなんとなく考えている内に、金髪女性はこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。


「ちょうど手持ちがあるわ。両替くらいならなんとかなるわよ」


「いいんですか?」


「ええ。見せてちょうだい」


「はい。これですけど……」


 金板を女性に見せる。彼女は守衛さんの方を向いて声をかける。


「ねえ。この町で金板これはだいたいいくらで売れるかしら?」


「……僕は商人じゃないから正確な金額は保証しかねるけど……」


 こちらに目を向けてきた守衛さんに、俺は「だいたいで構いませんよ」と答え

る。


 守衛さんはうなずき、金板の値段を告げる。


 金髪女性は背負っていたリュックサックを下ろして皮袋を取り出し、小声で計算をしながら中の硬貨をつまみ上げていく。


「……はい。落とさないようにね」


「ありがとうございます」


 礼を言ってから互いに受け渡しをする。


「それにしても……あなた達、ふたりだけなの?」


 女性は金板をリュックにしまい込みつつ尋ねてくる。


「そうですけど」


兄妹きょうだいなのかしら? 最近は魔物の動きも活発だし、街道とは言え子供だけで出歩くのは危険よ?」


 …………。


 ……どうやら彼女、なにか勘違いしてるらしい。


「あの。俺達どっちも成人なんですけど」


 俺がそう言うと、金髪女性は意外そうに目を見張った。


 ちなみにナナ曰く、こちらの世界の成人年齢は『15歳』との事だ。俺は普通にクリア、天使であるナナに至っては俺よりはるかに年上なのだそうである。


「そうだったの? ごめんなさい」


「いえ、いいんですけど」


 俺が実年齢より若く……むしろ幼く見られる事なんてよくある。遺憾いかんではあるが、元の世界でもコンビニ店員に近所の中学生と間違われた事があるくらいだ。ナナも小柄だし、金髪女性が俺達を子供と見間違うのもしかたがない。


「ついでを言えば私達は兄妹きょうだいでもないですよ。これから冒険者になるためにこのリニアへとやってきたのです」


「そうなんだ。私と同じなのね」


 やはり彼女も冒険者(正確には志望)だったか。


 改めて腰の剣に目をやる。つばに黄色い大きな宝玉が埋め込まれた、真紅の剣。かなり立派そうな剣だ。素人の俺でもさぞや名のある業物わざものだろうと見て取れる。


 しかし――この黄色い宝玉。縦に一本の黒い線が走っていて、どことなく瞳みたいに見えるな。そう考えるとちょっと不気味な印象も受ける。


 そのままなんとなく宝玉を眺めていて――不意に、宝玉と目が合った・・・・・・・・


 とにかくそうとしか表現できない。黄色い宝玉がギョロリと動き、黒い縦線が俺の目線と正面からかち合った。


「ひぃっ!?」


 思わず、みっともない悲鳴を漏らしてしまった。まんま不意打ち系のホラーに遭遇した時の反応であった。


「ああ」


 急に悲鳴を上げられた金髪少女だが、さして不審さを感じていないらしい。ごく涼しげな態度でうなずいてみせた。


「ごめんなさい。驚かせたかしら」


「な……なん……なん……っ」


 口をパクパクさせながら、剣を指さす。


「アオイさん、どうしま……その宝玉、動いてませんっ!? こっち見てるんですけどっ!?」


 ナナも気づいた。どうやら見間違いではないようだ。


「落ち着いて。見られた程度じゃ呪われたりしないから」


「"呪い"言いよったぞこの人っ!!」


 えっ!? 呪われてんのその剣!?


「この剣は呪いの魔剣『ソウルイーター』と言って、意思を持った剣なの。安心して、昔はヤンチャだったらしいけど今はおとなしい良い子だから」


「は……はあ……」


 呪いの魔剣ですか。昔はヤンチャしてましたか。


「あの~……その剣、今も呪いの効果は残っているのですか……?」


「ええ。だけど大丈夫、ちゃんと私の意思で制御できているから」


 本当か……?


 額に冷や汗をにじませる俺とナナを、魔剣ソウルイーター氏の黄色い宝玉がじっと見つめている。


 ……単純に怖い。呪われなくても落ち着かない。


「そ……それよりもですね!」


 不吉な空気を振り払うように、ナナがぱちんと両手を叩く。


「お姉さんもこれから冒険者ギルドへ登録しに行くんですよね?」


「ええ」


「ちょうどいいです。せっかくですのでギルドまでご一緒しませんか? 私達この町は初めてですし、迷っちゃわないか不安なんですよ。……アオイさん、どうですか?」


「あ……ま、まあ別に構わないですけど」


 いまだソウルイーター氏に見つめられつつも、そう答える。


 呪いの魔剣は確かに怖い。怖いが、持ち主が大丈夫と言ってるんだからたぶん大丈夫なんだろう。たぶん同行を断るほどの事ではたぶんないはずだ。たぶん。


「いいのかしら?」


「はい。お姉さんがよろしければですけど」


「……そうね。私も都会は初めてだし、同行者がいた方が心強いわね。それじゃあよろしく、ええと……」


「アオイです」


「私はナナと言います」


 俺達がそれぞれ名乗ると、彼女も一礼して名を告げた。


「私はクロエよ。クロエ・アーキン。よろしくね」



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