第14話 想定外の遭遇

「それにしても、こうも早く人間どもにオレらの拠点を嗅ぎつけられるとはなあ。……まあ、おおかたオレがおらん間にブルースライム達が外をうろついとったのを見られたんやろうな」


 俺達を睥睨へいげいしながら――核の収まっている部分を上部へ持ち上げる動作がそう見えた――レッドスライムは言った。


「拠点? ……まさか、この塔を拠点にリニアの町を攻めるつもりだったんですかっ!?」


「……おっと。知らんかったんか」


 ナナの指摘に、レッドスライムはやや決まり悪そうに吐き捨てた。


「これだけの数の魔物達をどうやって町の近くにまで引き入れたのですかっ!! 王国の人達だって魔物達に大掛かりな動きがないか監視しているはずですっ!!」


「ふふん。まあ魔王軍幹部を舐めるなっちゅう事や」


「か……か、幹部ぅっ!?」


 ナナが素っ頓狂な悲鳴を上げた。


「……ヤバい……んだよな当然」


「当然ヤバいんですよっ!! 魔王の統率下にある魔物の中でも特に高い実力を持った存在って事ですっ!!」


 ……それ、どう考えても俺らみたいな駆け出し冒険者が戦う相手じゃない。


 とはいえ、


「ににに、逃げましょうっ!! 今すぐに一目散に可及的速やかにっ!!」


「……無理よ。すっかり包囲されているわ」


 現在の俺達は、大量のスライム達に逃げ道を塞がれてしまっている。強引に突破するのも不可能だろう。


「そういうこっちゃ。おう、スライムども。オマエらは手ぇ出さんでええ。逃げられんようそいつら囲っとけ」


 レッドスライムの命令に、周囲の各種スライム達はその場でポヨンと跳ねたり体をプルプル震わせたりする。たぶん同意を表してるんだろう。


「オマエらはこのオレ、『死のクリムゾン』が直々にシバき上げたるわっ!! おおう人間どもっ!! 覚悟せいやぁっ!!」


 そう叫び、レッドスライム『死のクリムゾン』は体の一部を触手状に成形。俺へ向けてムチのように振るってきた。


 ――速っ!?


「うわ……っ!!」


 俺は地面へ身を投げ出すようにその場から飛び退く。直後、俺の立っていた場所を触手が打ちつける。破裂するような鋭い音を立て、土と小石が跳ね上がる。


 姿勢を崩した俺へ、立て続けに別の触手状ゼリーが飛んでくる。回避はおろか、身を起こす暇すらない。


「アオイッ!!」


 クロエが間に割って入り、ソウルイーターるーちゃんで切り払う。魔剣の赤い刃に裂かれ、スライムの赤いゼリーが草の上にべしゃっと降り注いだ。


「クロエ、助かった!」


「……やるやないか。おう」


 体の一部を切られたにも関わらず、死のクリムゾンは苦痛を感じている様子はない。切られたゼリーもちょっとピクピク動いてる。こっちに襲ってきそうで怖い。


「……じゃあこれはどうやぁっ!!」


 切られたゼリーが襲ってくる事はなかったが、もっと怖い本体が襲ってくる。


 今度はクロエ目がけ、触手よりもっと太い、まるで腕のように成形したゼリーで殴り飛ばすような突きを見舞ってくる。


「だぁぁぁ――――っ!!」


 クロエは渾身の力でソウルイーターるーちゃんを横なぎに振るい、真正面から斬りかかる。相手は体を硬化させているためか両断こそできなかったものの、刃は腕状ゼリーに食い込み、切り裂きながら突きの軌道をそらす。


「……ふっふふふふふ。……死のクリムゾン、あなたこそ私とるーちゃんを舐めない事ね……っ!!」


「凄いなクロエッ!! ところで、顔色が本格的にヤバい事になってるんだけどっ!!」


「むしろここからが本番よぉ……っ!! あははははははは……っ!!」


「笑ってるよっ!! この人おかしいよっ!!」


 肺を絞り上げたような笑い声が俺達の耳朶を打つ。ソウルイーターるーちゃんの黄色い"瞳"も元気そうに輝いている。


「――どぉりゃああああああああ――――――っ!!」


 クロエは雄叫びを上げ、死のクリムゾンが次々と繰り出してくる攻撃をさばく。時に切り裂き、時に軌道をそらし、時に華麗な身のこなしで回避する。


 巨大な魔物の猛攻にたったひとりで立ち向かう女剣士――と表現すれば実に頼もしい光景に思える。


 ただ一点、その女剣士の顔色が絶望的に不健康な事を除けば。


「……これ以上はクロエさんの命が危ないです。治癒魔術ヒールなら生命力を回復させられるのですが……」


 ナナはそう言うが、敵の攻撃が激しくてうかつに近寄れない。俺のパイルバンカーでは援護をする事もできない。後方でただ見守るしかなかった。


「……はあ……はあ……っ!!」


「おう姉ちゃん。ずいぶんと耐えるやないか」


 肩で大きく息をするクロエに、死のクリムゾンは言った。かなり生命力を消費したためか、今の彼女は立つのもやっとな状態だ。次の攻撃には耐えられそうにない。


「――けどこれで仕舞いやっ!! 観念せいやぁっ!!」


 もはや限界を迎えているクロエに向け、死のクリムゾンは一本の触手状ゼリーを容赦なく飛ばした。


 クロエはよろめきながら剣を構えようとするのがせいぜいだった。あれではなすすべもなく触手の餌食になるだけだ。


 もうこれ以上は見ていられない。


「クロエッ!!」


 ほとんど反射的にクロエの元へ駆け寄り、彼女を押し倒すようにして地面へ伏せる。


 俺達のすぐそばの地面へ触手状ゼリーが打ちつけられる。だが体に命中はしていない。回避成功。


「……大丈夫かっ!?」


「……え……ええ――アオイッ!!」


 身を起こす俺に、クロエが鋭く叫ぶ。


「っ!?」


 ほぼ同時に触手状のゼリーが俺の体に巻きつく。 


 抵抗しようともがくが、まるで頑丈な縄で縛られたようにビクともしない。そのまま、俺は空中へ高々と持ち上げられる。


「兄ちゃん、仲間をかばうたぁ泣かせるやないかい」


 俺を触手一本で保持したまま、死のクリムゾンは言った。


「やったらまず兄ちゃんから痛めつけたらぁっ!!」


「ぐ……っ!!」


 巻きついている触手状ゼリーに俺の体が強く締め上げられる。


 かなり苦しい。なんとか両手で押し広げるように抵抗するが、それもあまり効果がない。


「アオイさんっ!!」


「は……早くクロエを退避させろ……っ!!」


 締め上げに耐えつつナナにそう叫ぶ。


 同時に俺は意識を集中して魔術の発動準備。幸い手首はある程度自由に動かせ

る。


 手のひらを体の外側へ向ける。狙いは俺と死のクリムゾンとの間を渡る触手状ゼリー。


 準備完了。


「……パイルバンカーッ!!」


 あえぎながら魔術を発動。


 手のひらから飛び出した光の杭が触手状ゼリーを貫き、切断する。


 そのまま眼下の地面へ落下。


「大丈夫ですかっ!?」


 落ちる途中で、翼を広げたナナに抱きとめられる。そのまま死のクリムゾンから離れるよう、ゆっくりふらふらと着地する。


「助かった……っ!!」


 本体から切り離され急速に力を失った触手ゼリーを押しのけ、なんとか体の自由を取り戻す。


「それよりクロエは……っ!?」


「すぐそばにいますっ!! ……クロエさんしっかりっ!!」


「……ナナ……あなた、翼が生えて……」


「話は後ですっ!! 今ヒールをかけますからっ!!」


「……ええ……」


 クロエは息も絶えだえで、ぐったりとしている。それでも彼女はソウルイーターるーちゃんを手放そうとはしない。色白の手で、真紅の柄をしっかりと握りしめていた。


 ナナはクロエに手をかざす。そして必死さをにじませた表情で癒やしの魔術を発動させた。


「ヒールッ!!」


「みびゃああああああああああ――――――――っ!!」


 ナナの手から癒やしの光が灯った瞬間、クロエの悲鳴が周囲へと響き渡った。


 ……そうだった。


 ……ナナのヒールは、やたらと染みるのである。


 ケガの場合は患部だけが染みたのだが、生命力の場合はどんな感覚なのであろうか。想像したくない。


「す……すみませんっ!! 大丈夫ですかっ!?」


「………………」


 ナナの言葉にクロエは反応を返さない。しばらく呆然と彼女を眺めていた。


 やがて、


「……大丈夫よ。とっても大丈夫。おかげで元気になったわ。……ええ、あらゆる意味で元気いっぱいよ」


「……クロエさん……?」


 クロエの口調はどこか熱っぽい。口元はだらしなく緩み、ほおは朱色に染まっている。


 クロエがゆらり、と立ち上がる。手にしたソウルイーターるーちゃんの淡い光が一段強くなり、赤々とした輝きを放つ。


「――さあぁっ!! ガンッガン行っちゃいましょうかぁぁあっ!!」


 呪いの魔剣を力強く構え、歓喜の声を高らかに上げ、クロエは死のクリムゾンへと突撃していった。


「……なんかクロエさんが先ほど以上に活き活きしているのですが……」


「……たぶん、新たな扉開いちゃったっぽいな……」


 なにかに目覚めた彼女を、俺達ふたりは生暖かい目で見送るしかなかった。



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