第6話 ロックゴーレムとの対峙
俺達は村人に案内してもらって、街道周辺の地形をざっと確認する。それから魔物達を迎え撃つための作戦を立て、その準備を行った。
そして夜。
「――来たな」
街道の真ん中で
やがて月明かりの向こうから、岩巨人の影がゆっくりと姿を現した。
ロックゴーレムと、それを操るゴブリンである。
俺に気づいたゴブリンが立ち止まる。同時にロックゴーレムもその場で停止。
「……アナタ、昨日ワタシの大事なロックゴーレム一号を壊した男ですネ? 探す手間がはぶけましたよ。天使の方はどこへ行ったのですか?」
「さあな。どっかそこらへんでも飛んでるんじゃないか?」
「まあいいです。あの天使は後回しでも構いませんからネ。優先すべきはアナタと村です。まず一号の
「まあ待て」
俺は手のひらを向けて魔物を制止する。
「最初に言っておきたい。俺は旅人で、あの村とはまったく関係がない。道に迷ってて、たまたまあの場所に出たってだけだ。あんたが狙うべきは俺であって村じゃないはずだ。村の方は見逃してやってくれないか」
「そんなの、もうどうでもいいです。ワタシはあの村をメタにしてやると決めたのですから。今さら命乞いなんて無意味ですネ」
「だとしても、メタになんてできやしないぞ」
自信たっぷりに言い切る。もちろん、内心では冷や汗ダラダラである。
「あんたも昨日、俺の魔術を見ただろう。俺ならそんなゴーレムくらい簡単に倒せる。ここで引いた方が身のためだぞ」
もちろんハッタリである。実際には簡単には勝てそうにない。内心冷や汗ダラダラではあるが、悟られないよう精神力で抑え込む。
「取引をしないか? 村を襲うのを止めて、この街道から立ち退いてくれ。もしあんたがそうしてくれるのなら、こっちもあんたに手出ししない。どうだ?」
「お断りです。人間ごときの言いなりになどなりません。そもそもですネ――」
俺を指差しながらゴブリンが言う。
「昨日アナタが壊したロックゴーレム一号の傷。退却する時にちらっと確認していたんですよ。きれいにくり抜かれたような穴ができていましたが、その穴は途中で止まっていました」
「…………」
「そもそもアナタ、なぜ昨日のようにいきなり魔術を撃とうとはしないのですか。……アナタの魔術、近づかなければ効果はないんでしょう? そこからではゴーレムの頭まで届かないんでしょう?」
こいつ案外抜け目がないな。
とはいえ俺も本気で交渉できるなどとは思っていない。打てる手は一応打っておこう、という程度のものだ。
「つまり、アナタを頭に近づかせなければ問題なく勝てるという事です」
「だけど、そっちも近づかなきゃ俺を倒せないぞ」
「甘いですネ」
ゴブリンは手元の制御装置を操作する。
操縦者の命令を受け、ロックゴーレムは街道脇の草むらに転がっていた枯れ木を持ち上げた。
「――やりなさいロックゴーレム二号っ!!」
ロックゴーレムは振りかぶり、俺に向けて枯れ木を投げつけてきた。
「おわぁっ!!」
俺は慌てて森の方へと逃げる。直後、俺がさっきまで立っていた場所に枯れ木が飛んできた。まだ中身の詰まっているその木は地面を跳ねた後、ゴロゴロと重い音を立ててそのまま転がっていった。
当たっていたら、痛いだけではすまなかっただろう。
いちおう、ああしてなにかを拾って投げつけてくる可能性も頭に入れていた。とは言え、実際にやられると厄介である。
それでもやるべき事は変わらない。事前の作戦通り、俺は森の中へと逃げ込む。
「待ちなさいっ!!」
狙い通り、ゴブリンとロックゴーレムが俺を追ってきた。
土を踏み固めただけとはいえ、街道はよけいな凹凸のない歩きやすい地形だ。
一方で森の地面はまったく
俺も逃げづらいが、巨体のロックゴーレムはそれ以上に追いにくいだろう。重心が高ければその分足を取られて転倒する可能性も高くなる。それに樹木に遮られて俺を直線で追う事ができない。この辺りは高台もあり、それも邪魔になるはずだ。
そう目論んでいたが、予想していたより敵の追跡速度は落ちなかった。ロックゴーレムは枝を強引にへし折りながら迫ってくる。
それでも、作戦そのものに変更はない。あの岩巨人をこちらの方角におびき寄せる必要がある。泣き言など言ってられない。ほんのり強化された身体能力を頼りに全力で走る――
「逃がしませんよっ!!」
ゴブリンの操作で、ロックゴーレムは拾い上げた岩を投げつけてきた。
人の頭より一回りも二回りも大きな岩が、俺の右側二メートルくらいの位置に着弾。跳ねた岩が左側――つまりは俺のいる方向に転がってくる。
「あっぶねっ!!」
叫びつつ全力でジャンプ。かろうじて回避。俺のすぐ真下を岩が転がっていく。
今のは怖かった。あんなん普通に死ねる。
幸い、直接俺に当てられるほどの命中精度はないみたいだが、それでも十分に脅威である。固くて重いものが高速で向かってくるだけでも、相当なプレッシャーを感じる。
ましてや俺は、前世で固くて重い
とにかく俺は、ひたすらに森の中を突き進んでいく。相手は動きそのものはゆっくりだが、歩幅が広い分移動速度は決して遅くない。徐々に距離を詰められてきている。
だが――。
俺の視界に、木に立てかけられたハシゴが見えてきた。
ひとつだけではない。いくつかの樹木に、それぞれひとつずつ設置されている。
村人達に頼んであらかじめ用意してもらっていたハシゴだ。理由はもちろん、高所からロックゴーレムの頭部を狙うためである。
街道近くの木に設置しただけならすぐに発見され、こちらの狙いにもすぐに気づくだろう。奴も警戒して決して近づかないはずだ。だが視界の悪い森の中なら発見も遅れ、その分近づきやすくなるだろう――そういう狙いだった。
俺は素早く駆け寄り、ハシゴの段に足を乗せる。木の高さも問題なし。十分に岩巨人の頭を狙え――
「……やばっ!!」
軽く振り向くと、ロックゴーレムが手近な木の枝をへし折ってつかんでいた。
こちらの狙いにゴブリンも気づいたようだ。意外に早かった。
ああくそっ!!
登るのを諦め、ハシゴの途中から地面に飛び降りる。俺が退避してから数瞬後、登ろうとしていた木に岩巨人の投げた枝が命中。衝撃でハシゴが地面に倒れた。
「どうやらあらかじめ仕込んでいたようですネ」
ゴブリンが言った。
「ですが残念ですネっ!! このワタシにその程度の単純な手が通用するとでも思っていたのですかっ!!」
「思わねえなっ!! ――ナナッ!!」
「はいっ!! ……とやぁ――――っ!!」
俺の合図で、近くの高台上に潜んでいたナナが姿を現す。そしてゴブリンへ向け石を次々と投げ落としていった。
「なっ、なんですかっ!?」
さすがにこれは予想外だったらしく、ゴブリンは泡を食ったように逃げまどう。投石に気を取られ、ロックゴーレムの操作もおぼつかない様子だった。
ありがたい事に、岩巨人はちょうどいい高さの木の近くで停止してくれている。
好機到来っ!!
俺は倒れたハシゴを拾い、ロックゴーレムそばの木に立てかける。
「くっ、このっ!! ザコ風情が生意気ですネッ!!」
ゴブリンに気づかれない内に駆け上がるようにハシゴを登りつつ、パイルバンカーの準備。枝を伝って頭部の近くへ。
発動準備完了っ!! くらえっ!!
「――パイルバンカーッ!!」
俺はロックゴーレム目がけ、渾身の魔術を放った。
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