第5話 村人との話

「――おいあんたっ!! どうしてくれるんだっ!!」


 集まっていた村人たちのところへ向かうと、ひとりのおじさんからいきなり怒鳴りつけられた。


「やめんか。救世主様への無礼はこの私が許さんぞ」


「なにが救世主だっ!! この男が余計な事をしたせいで村が危機に陥ってるって言うのにっ!!」


「……え~っと……状況が飲み込めないんですけど……」


「……アオイさん。私が村のみなさんからお話を聞いた限りではですね――」


 ナナがこの村の事情を説明してくれた。


「――なるほど。まとめると、あのゴブリンがどこかで拾ってきた制御装置つきのロックゴーレムとともに、村の近くに現れた。で、街道を封鎖して逃げられないようにした上でこの村から食料を巻き上げていた。村人じゃ逆らえないし助けも呼びに行けないから、仕方なく言う通りにしていた……と」


「そうだよ。……だってのに、あんたらが考えなしに手を出したせいで俺たちは報復されそうになっているんだぞ。別のロックゴーレムを持ち出して、今日にでも村を襲いに来るはずだ」


「あ~……そういう事でしたか」


 なるほど。結果的にとはいえ、そりゃ確かに俺に責任がある。


「すみません。俺が余計な事しちゃったばっかりに……」


「謝る必要などありませんぞ、救世主様」


 村長さんが言った。


「私には分かっております。なにしろあなた様は、この村を救うため天より遣わされた偉大なるお方。私たち凡俗には推し量れぬ深淵なるお考えがあっての事でしょう」


「ないです」


 いきなり魔物と遭遇したから、特に考えず勢いで攻撃しちゃっただけです。


「……とにかくお前たち。もっと感謝をしてはどうだ。救世主様はかのゴブリンの邪悪なる気配を察し、わざわざこの森へとやってこられたのだぞ。昨夜、あの場にこのお方がご降臨なされた意味をよくよく考えてみる事だ」


「たまたまです」


 魔物から逃げていたら崖から落ちて、偶然あの場所に出たってだけです。


「救世主……ねえ」


 仰々しい村長さんの言葉に、背の高い男性が疑わしげな視線をこちらへ向けてくる。


「そっちの娘が天使ってのはまあ分かる。翼生えてたからな。だけど、こっちの童顔男が救世主だなんて、そんなバカな話があるか。まるで頼りなさそうだぞ」


「それはお前の目が節穴なだけじゃ。お前も昨夜、あの邪悪なるロックゴーレムを討ち滅ぼした魔術を見たであろう? あの神々しい輝きこそ、このお方が天より遣わされた救世主様であるなによりの証拠じゃ」


「と言われてもな……」


「お前たち。あの魔術の名を知らんのか? ――あれは『光杭魔術パイルバンカー』。かの太陽神ソレイユ様が邪神を討ち取った時に使用したとされる魔術じゃ」


 村人たちが口々に『……知ってる?』『いや全然』『……そもそも伝説じゃ、ソレイユ様って色んな魔術使ってたはずだし……』『邪神倒すのに使ったのって光の剣じゃなかったっけ?』などとささやき合う。


 ……微妙な反応だなオイ。


(……ところで、太陽神ソレイユって?)


 こっそりナナに確認する。


(ヴェイラ様の上司です。神々の中で特に影響力の強い十二柱の、その筆頭に挙げられるお方ですよ)


 なんか偉い神様らしい。


 だけど、使っている魔術まで有名だったという訳ではないようだ。どうやらパイルバンカー、かなりのマイナー魔術っぽいな。


「……そもそもソレイユが邪神を倒すのに使った魔術をこいつも使えるからって、こいつが救世主かどうかとは無関係だ。単なるつまらんこじつけにすぎん」


「いや……だけどよ」


 別の青年が口を開いた。


「この人がロックゴーレムを一撃で倒したってのも事実だろ? 何者なのかは知らないけど、かなりの実力者ってのは確かだ」


「しかし……」


「そもそも、領主やギルドがいつ動いてくれるのかも分からないんだぜ? 最悪何ヶ月も放置……いや、もっとかかるかもしれない。それまでおとなしくあんな魔物の言いなりになる? 冗談じゃない。いつまでもあいつの好きにさせてたまるか。そうだろ、みんな?」


 青年の言葉に、集まった人々の一部から『そうだそうだ!』『もうゴブリンの言いなりなんてゴメンだ!』と声が上がる。


「おい若造。本気でこいつを救世主だなんて思っているのか?」


「そういう事じゃねえ。これはいい機会だと思うぜ。救世主かどうかなんて話はこの際脇に置いといて、この人たちに魔物退治を依頼しようじゃないか」


「……って言ってますけど、どうします?」


「……う~ん……」


 ナナに返事を求められたが、即答できない。


 確かにこの事態は俺に責任の一端がある。このまま知らんぷりして立ち去るのも後味が悪い。


 しかし――


「確認しとくけど、ロックゴーレムを倒すには頭を狙う必要があるんだよな?」


「はい。あるいは全身に大きな損傷を与えられれば無力化できますけど」


「そっちは無理だな。パイルバンカーじゃ体に穴開けただけで終わりだ。そもそも俺がロックゴーレム倒せたのって、たまたまあいつの上に乗れたって幸運あってこそなんだよな……」


 残念ながら俺のパイルバンカーは射程が短い。至近距離でなければ当てられないのである。地上から撃ったところでロックゴーレムの頭には届かない。


「倒すためにはまずあの岩巨人の頭まで登らなきゃいけない。さすがにあのゴブリンも上方を警戒するだろうし、奇襲も計算に入れるはずだ。最初みたいに簡単には行かないだろう」


「じゃあ操作しているゴブリンを狙うのはどうですか? あれは野生のロックゴーレムとは違い、何者かが造り上げた種類のゴーレムみたいですから。外部からの制御を奪っちゃえば動かなくなりますよ」


「それは奴も警戒しているだろう。普通に狙ったとしても、全力でゴーレムに守らせるはずだ。そう簡単には行かないだろうな」


「おい」


 最初のおじさんが食ってかかってきた。


「ひょっとしてあんた、なんだかんだと理屈並べ立てて俺たちを見捨てようって魂胆じゃないだろうな」


「ああいや、そう言いたい訳じゃなくってですね……」


「……なるほど」


 その時、黙って聞いていた村長さんが大きくうなずいた。


「私には救世主様が言いたい事が理解できましたぞ。……つまり、あなた様はこう仰りたいのですね?」


 村長はここにいる全員を見渡しながら、はっきりとした声で言った。


「『村を助けて欲しければ、まず自分への生け贄を用意しろ』――と」


『『『…………』』』


 どうしよう。


 どうやら俺、他人から生け贄を要求するタイプの人間だと思われていたらしい。


「お安いご用ですぞ。五、六人程度なら喜んで差し出しましょう」


「村長さん。俺を含めこの場にいる誰もが喜んでない事に気づいてください」


 全員が全員、村長さんの言動にドン引きしていた。


 自分たちの犠牲を『安い』と言い切る男こそが、我が村の長である――そう知った彼らの胸中はいかばかりであろうか。


「あ、あのですね。俺達、生け贄とかいりませんから」


「遠慮は無用ですぞ? こちらとしても、日頃からわしのやり方にケチをつける雑貨屋の親父を合理的に消せますし……」


「私怨が混ざってる生け贄は輪をかけていりませんから」


 この村長さん、あのゴブリンなんかよりよっぽど邪悪なんじゃないだろうか。


「と、とにかく! 俺が言いたいのは、このまま正面から戦っても勝てそうにないって事です。俺はそんな大層な人間って訳じゃないし、できない事だっていくらでもあるんです」


「……そうなのかも知れない」


 青年が言った。


「それでも、今はあんただけが頼りなんだ。ロックゴーレムを倒せるほどの魔術を扱えるあんたが。こんな事態なんだ、俺達も腹をくくってあんたに協力するよ」


 青年に続き、村人達からも『俺からも頼む!』『私達にできる事ならなんでもするわ!』『一緒にあの魔物達を倒してくれ!』と声が上がった。


「……ああくそっ、俺も覚悟を決めてやるよっ!!」


「俺だって魔物に好き放題されて我慢ならなかったんだっ!! こうなったらやってやるさっ!!」


 最後に、俺を怒鳴っていたおじさんと背の高い弾性もそう叫んだ。


「……どうやら、理解わかってくれたようじゃな」


 村長さんは満足そうにうなずき、改めて姿勢を正す。


「救世主様に聖天使様。どうか、あなた様がたのお力で我らの村をお救いくださ

れ。どうか、お願いいたします」


 その場にいた村人一同、揃って俺に頭を下げた。


 ……さて、どうしよう。


 俺は静かに目を閉じて考える。


 そもそも、俺の目的は魔王を倒す事だ。魔王を倒し俺のパイルバンカーがクソザコ棒じゃないと女神ヴェイラに理解わからせるため、この世界への転生を決意した。


 そんな俺が、いきなり『パイルバンカーじゃ勝てそうにないからお断りします』なんて言ったらどうか。


 もしそれをヴェイラに知られたらなんと言われるだろうか――



『――そうよね――――っ!! やっぱ、あんたのクソザコ短小棒なんてしょせんはその程度よね――――っ!! いいのよいいのよ、全っ然気にしなくていいんだからっ!! 小枝になんて最初から期待してなかったんだからっ!! だぁ――――っははははははははぁ――――――っ!!』



 ……想像したらむかっ腹が立ってきた。今、俺の中から立ち向かわないという選択肢が完全に消え去った。


「……ナナ。いいよな?」


「ええ。……なぜそんな険しい顔なのですか?」


「気にするな」


 俺は改めて村人達に向き直った。


「分かりました。俺達があの魔物達と戦います」



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