第7話 パイルバンカーの真価

 俺の放ったパイルバンカーは――ロックゴーレムの右手中指を貫き、切っ先が頭部へわずかに刺さっただけに終わった。


 寸前で気づいたゴブリンがゴーレムを操作し、俺と頭部との間に手を割り込ませた結果だった。


「……あ……危ないところでしたネ……」


 ゴブリンは安堵の息を吐き出しながら言った。ナナからの投石が当たらない場所まで離れ、急いで防御させたのだろう。


「そしてあなたの魔術……パイルバンカーと言いましたか? やはり射程が短いみたいですね」


「くそ……っ!!」


 好機を逃し、思わず歯噛みする。


 せめて――せめてもう少し長ければ奥まで突けたというのに。


 けどまだだ。まだ終わりじゃない。


 追撃のパイルバンカーを撃つため、右手に魔力を集中させようとする。


 だが、うまく魔力が集まらない。


 まるで体内で魔力がかき乱されているような感覚だ。うまく制御できない。


「――潰れなさいっ!!」


 戸惑っている俺をよそに、ロックゴーレムは左腕を振り上げる。


 だめだ。間に合わない。


「くそっ!!」


 俺は追撃を断念、すぐに飛び降りる。


 直後、振り下ろされた腕が俺のいた枝に叩きつけられる。『メキィ……ッ』と枝が裂ける嫌な音が響き、砕けた木の破片が放物線を描いて俺の頬を浅く切る。


「アオイさん――ひゃっ!?」


「よくもやってくれましたネッ!!」


 ロックゴーレムが岩を拾い上げ、ナナのいる高台へ投げ上げる。ナナは慌てて翼を翻し、その場から飛び立つ。


 そのままフラフラと蛇行しながらも、ナナは俺の近くに降り立つ。


「ケガはないか?」


「は……はい……っ。それよりアオイさん、頬が切れてますよっ」


「大した事はない。それより、なんか魔術が撃てないんだけど」


「魔術を撃った直後は、その反動で体内の魔力の流れが乱れちゃうんですよ。しばらくすれば収まりますから落ち着いてください」


「なるほど」


 つまり魔術は連射できないって事か。ゲームでたまにある、技のクールタイムみたいなもんだと思っておこう。


「とにかく、まずは改めて高所に登る機会を――」


「おしゃべりとはずいぶん余裕がありますネッ!!」


 ロックゴーレムが足音を立てて迫ってくる。その途中で、俺がさっき使用したハシゴを踏み潰して使用不能にしてしまう。


 ならば他のハシゴを――と思ったが、さすがにロックゴーレムも警戒しており、ハシゴが立てかけられた木に近づこうとしない。


 一応、俺の身体能力はほんのり強化されている。昼間に試したところ道具なしでも問題なく木に登れた。だがやはりハシゴを使った時より時間がかかった。こんな敵に狙われている時では、登っている最中に攻撃されてしまう。


「小物が一匹や二匹群れたところで、このワタシとロックゴーレムの力に敵うわけがないのですよっ!! ――さあ、じっくりグリグリ踏み潰して差し上げますよっ!!」


 ゴブリンはロックゴーレムの速度を上げさせ、俺を追わせる。俺はチラチラ後ろを確認しつつ森の奥へと逃げる。


 走りながら、いつでも魔術を撃てるよう意識を集中。感覚的に体内魔力の乱れも収まりつつあるのが分かる。魔力が少しずつ右手に流れていく感覚がする。


 ほんの少し安心した辺りで――ロックゴーレムが振りかぶり、岩を投げようとしているのが見えた。


 いつの間に拾ったのか分からなかったが、かなり大きな岩だ。見た感じ長径が人の身長くらいありそうだった。


 ゴーレムの手から岩が放たれた。


 投擲された巨岩が、俺に向かってまっすぐ飛んできた。


 ほとんど反射的に身を屈める。後頭部に感じる風圧。俺の進路上に岩が跳ね、土を飛ばしつつ転がっていく。


「こっわ……っ」


 間一髪で避けられたが、走る速度もその分落ちた。距離も少しずつ縮めらてい

る。息もだいぶ苦しい。


 このままではジリ貧だ。いずれ追いつかれ、プチッと潰されてしまうだろう。


「ナ……ナナッ!! なんとか俺を持ち上げて飛べないかっ!?」


「むっ、無理ですよぉっ!! ……わわっ!! わわわぁ――――っ!!」


 ゴーレムの投げた枝をナナが飛んで避け、そのままおかしな方角へすっ飛んでいく。ゴーレムはナナを無視して俺だけを執拗に追う。


 もう足音が近い。踏み潰されるのも時間の問題だろう。


「強大な力を前につまらない小細工なんて無力なんですよっ!!」


「高いところっ!! 高いところっ!! とにかくなんとか高いところに――」


「さっさと観念するんですネッ!!」


「――登るつもりなんてもうないんだよっ!! 村のみなさ――――んっ!!」


『『『おおお――――――っ!!』』』


 俺の合図で茂みに隠れていた村人達がときの声を上げ、それぞれの担当場所に張ってあった縄をナタや手斧で切断した。


 これが、俺達の仕掛けた最後の罠だ。


 俺達はあらかじめ鳥猟用の網で丸太を包み、その上を草でカモフラージュして縄で固定していた。


 その固定が一斉に解かれ、ロックゴーレムの進路上に大量の丸太がゴロゴロと転がっていった。


「な……っ!?」


 ハシゴ、崖からの投石、俺達の会話……と、上方にばかり意識を向けていたゴブリンは完全に虚を突かれた様子だった。


 地面に転がる丸太に気づいたゴブリンは慌ててロックゴーレムを停止させようとする。


 だが一歩遅かった。ゴーレムの平らな足が丸太を踏みつける。


 ころ・・の役割を果たした丸太がロックゴーレムの姿勢を大きく崩す。


 ゴブリンが必死に操作し、ゴーレムに両手を振らせてバランスを取らせ――それでも重心の崩れた岩の巨体が、前のめりに地面へと倒れる。


「ぬぅ……とっ、とぉ……っ!!」


 ゴブリンの操作でロックゴーレムはかろうじて右足を踏み出し、すんでのところで転倒を阻止する。


 だが結果的に、ロックゴーレムは片膝をつきうなだれるように頭部を地面へ近づけた姿勢となった。


 これなら地上からでも頭を狙える。


 ――今度こそやってみせるっ!!


 俺は右手に流し込む魔力量を一気に増やし、パイルバンカーの発動準備を急ぐ。


 準備完了――切羽詰まっていた後に訪れた好機で、気がはやっていたためだろう。完了後も、弾みでそのまま魔力を流し続けた。


 そこで初めて気がついた。


 パイルバンカーの発動準備が完了した状態から、さらに魔力を流し込める事に。


 魔力を流し込むごとに、魔術に力が溜まり続けていくのが分かる。これまでの俺はパイルバンカーの真価をまるで引き出せていなかったのだと直感的に理解する。


「アオイさんっ!! 早くっ!!」


 草むらから葉っぱまみれのナナが飛び出して叫ぶ。もうロックゴーレムは立ち上がろうとしている。グズグズしているヒマはない。


 まっすぐに頭部へ駆け出す。


「こっ、こんなザコ共にぃぃっ!!」


 ゴブリンは声を裏返しながらロックゴーレムの腕を操作。両手で顔を覆わせた防御姿勢を取らせる。


 短小とバカにされた今までの俺であれば、相手の弱点まで届かなかっただろう。


 だが――今ならどうだっ!!


「――パイルバンカーッ!!」


 渾身の気合を込め、敵の斜め下から魔術を解き放つ。


 瞬間、俺の手のひらから巨大な光の杭が飛び出した。


 これまでより遙かに太く、長く、たくましい杭だ。


 煌々こうこうと光輝く俺の杭がロックゴーレムの手を貫き、頭部を貫通し、鋭い切っ先を夜空へと向けて雄々しくそそり立った。


「ロックゴーレム二号ォォォォォォォォ――――――――ッ!!」


 ゴブリンの悲鳴が響く。


「……大きい……」


 ナナが見惚れたような表情でつぶやく。


 パイルバンカーを切り離す。


 支えを失い、ロックゴーレムの巨体がぐらりと傾く。


「な……なぁ――――――っ!?」


 岩の巨体が、すぐそばにいたゴブリンの方へと崩れ落ちる。街道を封鎖し村人達を苦しめていた元凶は、そのまま逃げる間もなく重々しい巨岩に押し潰された。


「……勝った……のか?」


 しばらく無言で眺めていた村人が、ぽつりとつぶやく。


「……ああっ!! 俺達の勝ちだっ!!」


「やったっ!! やったんだっ!! これでもう魔物なんかに頭下げずにすむんだっ!!」


「ありがとうっ!! ありがとうアオイさんにナナさんっ!! あんたらは本物の救世主だよっ!!」


 やがて、歓喜の声が高々と上がった。



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