第2話 初本番

 俺とナナはどこかの森の中へと降り立った(むしろ着弾した。不思議とケガはなかった)。


 時刻は夜。木々に絡みつくような深い暗闇を、黄金色の満月が静かに照らしていた。


「ああああああああああ――――――っ!!」


 で、さっそく俺たちは土人形みたいな奴から追い回されていた。


 事前に女神ヴェイラから聞かされていた"魔物"って奴だろう。人の形をした土の塊で、大きさも二メートルくらいある。ドスドスと重々しい足音を立てながら、俺たちふたりの背後から迫っていた。


「あんのクソ女神ぃぃっ!! よりにもよって魔物のすぐ目の前に飛ばしやがってぇっ!!」


「口よりも足動かしましょうよぉっ!!」


 言われなくてもさっきから全力で足を動かしている。これ以上の速度など出せない。運動が苦手な俺にしてはむしろよく走れているくらいである。


「つーかさっ!! ナナって翼生えてるんだし飛べるんじゃないのかっ!?」


「そうでしたっ!! と言うわけで、とーうっ!!」


 ナナは翼を羽ばたかせ、空中に浮かんだ。


 ひとりで。


「おいぃっ!! 俺置いてくなぁっ!!」


「す――み――ま――せ――ん――っ!!」


「あ、しかもなんか飛ぶの苦手っぽいぞこの天使っ!!」


 浮いたはいいが、ナナの飛びっぷりはなんとも不安定なものだった。彼女の小さな体が右に左にフラフラと揺れたすえ、木の葉へ突っ込み地面へボトリと落っこちた。


「ナナッ!! 大丈夫……ぅわっ!?」


 ナナの行方を追うあまり、足元が疎かになっていた。なにかに足を引っかけて転倒してしまった。黒い土にまみれながら地面の上を二、三回転し、そのまま停止。


「アオイさんっ!!」


「い……っつつ……」


 なんとか体を起こしつつ背後を振り返る。土人形は右腕を振り上げつつ、俺に狙いを定めてまっすぐ向かってきていた。


 まずい。


 このままじゃ俺の異世界生活が三分と経たず終わってしまう。


 ……だったらもう、腹をくくるしかない。


 俺が得た魔術『光杭魔術パイルバンカー』で戦うしかない。


 俺は上体を起こした姿勢のまま、なかばヤケクソ気味に土人形と正対する。


 天界で試し撃ちした時と同じように、右手に魔力を集中させ魔術発動の準備をする。


 完了。これでいつでも撃てる。


「アオイさんっ!!」


 俺の意図を察したらしく、うつ伏せ姿勢のままナナが叫んだ。


「頭を狙ってくださいっ!! そこがアースゴーレムの弱点ですっ!!」


 分かった、と答える余裕もない。すぐそばにまでやってきた土人形――アースゴーレムの頭部を見据える。


 全神経を集中させ、魔物が振り下ろした右腕をかろうじて回避。ガチガチに固い土人形の右腕が森の地面に叩きつけられ、跳ねた小石が放物線を描く。


 動作の勢いで立ち上がりつつ、俺の手のひらを魔物の顔面に押しつける。


「――パイルバンカーッ!!」


 叫ぶと同時に、右手に籠もった魔力を開放。


 押しつけた手のひらから光の杭が鋭く飛び出し、アースゴーレムの頭部に突き刺さった。


 すぐに後ずさる。手のひらから光の杭が切り離され、魔物の頭部に刺さったまま取り残される。


 数瞬の静寂。


 動きを止めていたアースゴーレムの体がやがてボロボロに崩れ、舞い上がる土ぼこりの中に消えていった。


「……やった……んだよな?」


 アースゴーレムの残骸を呆然と眺めながらつぶやく。


「だ……大丈夫ですかアオイさん!」


 頭に葉っぱを乗っけたまま、ナナが駆け寄ってきた。


「なんとかな」


「助かりました。一撃で倒すとはお見事ですよ」


 確かに威力に関しては十分だろう。硬そうなアースゴーレムの体を簡単に貫いたのだから。


「ああ。……しっかし……」


 先ほどパイルバンカーを撃ったばかりの自分の手のひらへ目を落とす。


「分かってはいたけど……やっぱこの魔術、至近距離じゃなきゃ当てられないんだよなぁ……」


 つまり、危険そうな奴にわざわざ近づかなきゃ当てられないって事だ。威力は十分でも当たらなければ意味がない。


「俺、元の世界じゃケンカすらろくにやった事がないんだよ。そんな俺がまず魔物に接近しなきゃいけないなんてそれだけでハードルが高い」


「いちおう、転生した際に身体能力とかほんのり強化されているはずですよ。これから少しずつ慣れていきましょう」


 ああ、道理であれだけ走れた訳だ。転生特典がなければもっと早くにとっ捕まっていた事だろう。


「それでも不安は残るんだよな。……せめてもっと長ければいいんだけどな。なにしろ俺の……ほらその……短いし」


 ヴェイラの見下すような笑い顔がよぎる。


 心が萎えていくような気分である。屈辱的ではあるが、しかし俺のパイルバンカーが短いのは事実だ。それは認めなければなるまい――


「そんな事気にしちゃダメです」


 ナナの両手が、俺の手のひらを優しく包み込んだ。彼女の顔が近づき、目の前で桜

色の髪がふわりと揺れる。


「ナナ……?」


「アオイさんは初めてでもうまくできたじゃないですか。とっても素敵でしたよ。自信を持ってください」


 俺を見つめる青い瞳は晴天のように澄みきっており、屈託の色がまるでない。ナナが本心から言ってくれているのが伝わってくる。


 それだけで、ヴェイラの嘲笑が脳裏から洗い流されていくようだった。『短小』と蔑まれた心が癒え、再び天を目指して立ち上がれるような――そんな心地だった。


「……ああ、ありがとう」


 少しポンコツな面もあるみたいだけど、ナナはとても優しい子だ。出会ってそう時間は経っていないが、そのことが十分に理解できた。俺の中にある『天使』のイメージにたがわない子だった。


 礼を言ってから立ち上がり、緑のマントにこびりついた土を払い落とす。


「あれ? アオイさん、そっちの手ケガしてますよ」


「ん? ……ああ、本当だ」


 左手の甲を見ると、うっすら血がにじんでいた。転んだ時にでも擦りむいたんだろう。無我夢中だったから気づかなかった。


「まあ大した事はないな。これくらいならツバつけときゃ治るよ」


「ダメです、ちゃんと治さないと。見せてください。私、治癒魔術が使えますか

ら」


「そうなのか?」


「はい。戦闘は苦手なんですけどね」


 彼女はそっと俺の左手を取る。


「……これくらいなら、すぐに治せちゃいますよ。それじゃあいきます。染みますよ~」


 俺のすり傷にナナの手がかざされる。


 ああ、本当に癒し系のいい子なんだなぁ――


 ……。


 …………。


 ……染みる・・・


「……治癒魔術ヒール


「――ぁんぎゃああああああああああああ――――――――っ!!」


 宣言通り、めっちゃ傷口に染みた。


 思わず素っ頓狂な叫びが出た。ぶっちゃけ、ケガそのものより痛かった。


「はい、治りましたよ……って、大丈夫ですか?」


 距離を取り、半泣きで手をさする俺にナナは言った。


「なにっ!? 今のなんなんだっ!? めっちゃくちゃ染みたぞオイッ!?」


「あ~……ええまあ、その……」


 ナナは気まずそうに目をそらす。


「ですからその~、私の治癒魔術はなぜか傷口に染みまして。普通はむしろ痛みを和らげるものなのですが……」


「…………」


「天界でもだいぶ不評でして……。いえ、傷そのものはちゃんと治るんですよ?」


「……でしょうね……」


 実際、傷はもう完全に消えてしまっている。大したケガじゃないとはいえ、効果は十分である。


 いまだにちょっとジンジンするけど。


「ま、まあとにかくありがとう。それより……」


 俺は改めて周囲を見渡す。


「……ここはいったいどこだ……?」


「森です」


「そりゃそうだ」


 ともに即答だった。


「そうじゃなくて。まずは人里に出たいんだけど、どっちに行けばいいんだろうな的な意味で言ったんだよ」


「う~ん……私たち、人里の近くに飛ばされているはずですけど――」


 ナナの言葉をさえぎるように、草むらがガサガサと鳴る。


「……なんだ?」


「さあ? ……あ~、ひょっとして……」


 ナナが歯切れ悪く言った。


「……魔物かなにかが音に釣られて寄ってきたのかもしれません。ほら、私たちが逃げていた時の声とか……」


「…………なるほど……」


 それなら心当たり大ありだ。


 俺たちが一歩後ずさったのと、草むらからオオカミみたいな魔物たちが次々と飛び出すのは同時だった。


 ……どう考えてもパイルバンカーだけで対処できる数じゃない。


 という事で、


「逃げるぞナナァ――――――ッ!!」


「はいぃ――――――っ!!」


 速攻で魔物たちに背を向け、俺たちはその場から全速力で駆け出した。


 落ち着くヒマがねえな俺の異世界生活っ!!



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