俺のパイルバンカーを「短くてショボいクソザコ」呼ばわりしやがった女神。いつか絶対にあんたを理解(わか)らせてやるからな

平野ハルアキ

第1話 クソザコ棒と呼ばれた日

「――ショッッッボッ!! めっちゃショッッッボッ!! ぶふっ……くくっ……あ――――――っははははははははっ!!」


 赤髪の女神『ヴェイラ』の嘲笑ちょうしょうが、俺の鼓膜を震わせた。

「なによアオイッ!! あんたのそれ・・、短くてショボいクソザコじゃないのっ!!」


「ク、クソザコとか言うなっ!! そもそも俺、これが初めてなんだぞっ!!」


「だからなにっ!? 初めてだろうがなんだろうが、あんたの短小ショボくれ棒なんてクソザコで間違いないわよクーソーザーコーッ!! あたしが昔見たやつは、もっとぶっとくて長かったんだけどねっ!!」


「他人のと比べるなよっ!!」


「ああ、そうよねごっめ――んっ!! 確かにあんたのクソザコ棒なんかと比べちゃうとか相手に失礼すぎるわよね――っ!! 可愛い系の顔に見合った、可愛い棒じゃないのっ!! だぁ――――――っははははははははぁ――――っ!!」


 そう言ってヴェイラは、俺の手のひらから伸びる長さ二〇センチほどの光の杭を腹を抱えてゲラゲラ笑い飛ばしていた。その姿は、彼女の小柄な体格と合わせ『クソガキ』と呼ぶにふさわしいものであった。


 初めて魔術『光杭魔術パイルバンカー』を使った俺に対し好き放題言いやがって。


 ゲラゲラと声を上げるヴェイラを無言でにらみつける。彼女に対しかろうじて残っていた敬神精神も、今や完全に消し飛んでいた。


 そもそも俺が一体どういう状況に置かれているのか。ざっと説明しておこう。


 俺こと水野葵みずの あおいは、日本の学生だ。


 体感で一時間ほど前、新作ゲームソフトを買って帰る途中、青信号の横断歩道を渡っている子供へ向かって車が突っ込んでいくのが見えた。


『やばい』と感じた俺は反射的に駆け寄って子供を突き飛ばす。遅れて響くブレーキ音。直後、全身を強烈な衝撃に襲われて俺は意識を失った。


 次に目覚めた場所は真っ白い雲の上。目の前にはふたりの小柄な少女。片方は炎のように真っ赤な髪の子、もう片方は背中から翼を生やしたピンク髪の子。


『あ、これ絶対普通の状況じゃないな』と悟った俺に対し、


(なによ、結構可愛い顔してる奴が来たじゃないの。……え~っと、あんたの名前ミズノアオイで間違いない? あたしは女神ヴェイラ。気の毒だけど、あんた死んじゃったから)


(……ヴェイラ様。もっと丁寧な言葉を選んで下さい)


(うっさいわよナナ。天使が神に説教とか千年早いわ)


 赤髪の少女『ヴェイラ』と、翼を生やした天使少女『ナナ』がそれぞれに口を開いた。


 それから、フィクションでおなじみ異世界転生の話を持ちかけられた。


 ざっくり要約すると、


『私たちが管理している世界で魔王が復活したの。天界から援軍を送りたいから、あんたちょっと転生して魔王と戦ってきて。特典として、強力なチート能力をランダムでひとつ進呈!』


 ……だいたいこんな具合に。


 確かに異世界転生には興味あるけど、実際やるとなると危険な目に遭いそうだしなぁ……と俺が渋っていると、ナナが口を開いた。


(あの~。取りあえず試しに能力を得てみて、それから転生するか否かを決めていただくのはどうですか? 天界規則では可能なはずです。え~っと、確か……)


 そう言いながら持っていた書類の束をパラパラとめくり、『……あれ? えーっと?』とつぶやきながらめくる速度を上げ、その後書類を周囲にとっ散らかしながら一枚一枚バタバタ確認し始め、俺たちをたっぷり五分ほど待たせたすえ、


(……ああ、あったあったありました! ほら、ここに書いてます)


(……あんたって、相変わらずイマイチ頼りにならないわよねー……)


 気を取り直して能力を得てみた結果、俺は光の杭で敵を貫く『パイルバンカー』の魔術を扱えるようになった。


 そして魔術のレクチャーを兼ねて一発試し撃ちしてみた結果、待ち受けていたものがヴェイラからのクソザコ評であった――とまあ、こういう次第である。


「ひ――っ!! ひ――っ!! 苦しい――っ!! せっかくタダで能力得られたってのにこんなクソザコ短小棒引き当てるとかっ!! むしろ小枝っ!? だぁぁ――――――ははははははははっ!!」


 額に青筋を立てながら哄笑こうしょうに耐える俺の耳に、天使少女ナナの「ヴェイラ様!」という叫びが届いた。


「いくらなんでもその態度は失礼すぎます。アオイさんにはこちらの都合で転生をお願いしているんです。彼にとって縁もゆかりもない世界を守ってほしいと頼んでいるんですよ? 言葉を謹んでください」


「なによナナ。下っ端天使のくせに生意気ね」


 水を差されたと思ったのか、ヴェイラはつまらなそうに鼻を鳴らす。


「なんにせよこんなザコひとり送ったところで魔王なんて倒せっこないわよね。他の奴を呼び直した方がいいんじゃない? いや、いっそ十人くらいまとめて呼び出せば……」


「ダメです。転生の儀式は規則を守って行われなければなりません。天界が地上へ不必要な干渉をした結果、混乱を招いてしまうのを防ぐためです」


「しちめんどくさいわねぇ。老いぼれ神どもが余計な規則なんて作るから……」


「そもそも、こちらの狙い通りの人物を呼び出せる保証なんてありません。選ばれた人物に託すしかないんですよ」


「あーうるさいうるさい。……はあ、ったく。つまりはハズレ引き当てちゃったって事ね。こんなショボザコ送り込んだってなんの役にも立ちゃしないわ」


 俺を心底バカにしきった言葉と見下しきった視線。


 ヴェイラのこの舐め腐った態度に、俺の忍耐はついに限界を迎えた。


 ふざけんなこのクソ女神。


 俺が言われっぱなしでおとなしく黙ってる人間だとあなどっているのか?


 ここまでコケにされて引き下がれる訳ないだろうが。


 俺の決意は完全に固まっていた。先ほどまで左右に揺れていた心の天秤の片側

に、今や山盛りの鉄アレイが載せられていた。


「あ~あ、どうやら転生は期待ハズレの結果みたいね。こいつは元の世界の天界へ送り返しましょう。魔王の方は地上の民になんとかがんばってもらうしか――」


「……分かったよ」


「はい?」


「やるよっ!! やってやろうじゃねえかっ!! この俺が魔王倒してきてやろうじゃねえかっ!!」


 俺の言葉にしばしヴェイラは目をしばたたかせ、次に盛大に噴き出した。


「ぷっ……あ――――――はっはっはっはっはっ!! え!? なになに!? なんかこの人イキり始めちゃってんですけど!? うわダッサッ!!」


「るせえクソ女神ッ!! 調子乗ってられるのも今のうちだっ!! 俺のパイルバンカーで魔王を倒してやるっ!! 魔王倒して、俺のパイルバンカーがクソザコじゃないってあんたに理解わからせてやるからなっ!!」


「だぁ――――っははははははははっ!! ムリムリムーリーッ!! あんな小枝じゃ絶対ムーリーッ!! 途中で折れてそのまま終わりーっ!!」


「好きなだけいん踏んでろっ!! 俺は絶対、最後までやってやるっ!!」


 小馬鹿にしたヴェイラの視線に俺の視線を真っ正面からぶつけ、バチバチと火花を散らす。これは男の尊厳を懸けた戦いだ。引き下がるわけにはいかなかった。


 やがて、ヴェイラが口を開く。


「ま、どうせあたしは損しない訳だし。そこまで言うんなら見せてもらおうじゃないの。あんたの短小クソザコ棒でどこまでやれるのかを。……アオイ、転生を引き受けるって事でいいのね?」


「ああ」


「ふふん。せいぜい期待しないでおくわ。……それじゃあ、まずは向こうの服装に着替えましょうか」


 ヴェイラが指を鳴らすと俺の服が光に包まれた。着ていたトレーナーとジーンズがみるみるうちに別の服に変わっていく。同時に、姿見の鏡が正面に現れる。


 鏡の中の俺は、白い長袖シャツの上から緑のマントを羽織り、黒のズボンを履いていた。サイズもピッタリである。


「それと、これ荷物ね」


 ヴェイラの手のひらが輝き、なにもない空間からリュックサックが現れた。


 なにやら俺の常識外の力が働いているらしい。この女神がふざけた態度さえ取っていなければ、素直に『すげえ』と思っていたのに。


「最低限の荷物は入ってるけど、それが限度ね。異世界とか天界とかのものをあんま持ち込んじゃダメって決まりらしいから」


 ヴェイラからリュックを受け取る。さして重くはない。"最低限"の言葉に偽りはなさそうだ。


「それと目付け役も必要ね。……ま、あんたでいいか」


 さほど考える素振りも見せず、ナナに顔を向ける。


「私ですか?」


「ええ。どうせこいつじゃ期待薄なんだし、あんたみたいなポンコツ天使で十分で

しょ」


 いちいち嫌味を挟まなきゃ喋れないのかこいつは。


 しかしヴェイラの言動に慣れているのか、ナナは特別気にする様子を見せなかった。


「承知しました。このナナ、全力でアオイさんのお手伝いをさせて頂きます!」


「適当でいいのよ、適当で」


 胸の前で両のこぶしをぐっと握るナナに、ヴェイラはぞんざいに返すヴェイラ。いまさら『適当じゃ困る』と突っ込む気も起きない。こいつは口で黙るタイプじゃないともう十分に理解している。結果で黙らせるしかない。


「……と、言うわけでアオイさん。よろしくお願いしますね」


「ああ。こっちこそよろしく」


「挨拶なんて向こうでゆっくりやればいいでしょ。それより、さっさと地上に飛ばしましょうか」


 そう言って、ヴェイラは俺とナナの側へと歩み寄ってきた。


 ……ん?


 なんでこいつそんなに近づいてきて――


「……おわぁっ!?」


 いきなりヴェイラは俺とナナを引っ掴み、ふたりまとめて自身の頭上へと持ち上げた。


 なになになにっ!? なんで持ち上げられてんの俺っ!?


 つーかこいつ腕力すげえなっ!? これもなんか常識外の不思議パワーが働いてんのかっ!?


「ほら、暴れないの。やりずらくなるでしょ」


「いっ、いきなり何するんだよっ!?」


「え? これから地上に飛ばす・・・のよ。なにしろ、天界との境界を抜けるのにちょ~とばかり勢いがいるから」


「"飛ばす"ってまさかそういう意味っ!? ワープだとか魔法の扉だとかそういう系の意味じゃなくてっ!?」


「アオイさん……しゃべると舌を噛みますよ……」


「そういうナナもすっげえ青ざめた顔してるしっ!! ちょい待ってっ!? 一回待ってっ!? さすがにこんな覚悟は想定外で……っ!!」


 ジタバタ抵抗する俺などまるで意に介さず、ヴェイラはそのまま雲のふちまで移動する。


「ええと、場所はロディニア大陸のテティス王国領内……と」


 ヴェイラが言うと、眼下に広がる雲海に青白い光が生まれ、みるみる円形に広がっていった。


「だいたいこんなもんかしらね。直接魔王の元に飛ばせれば手っ取り早いんだけど……あいにく、天界から地上への経路は好きな場所へ自由自在に開ける訳じゃなくって、色々と制限があるのよ。まあ最低限人里の近くには出られるはずだから」


「そういう情報はいいからっ!! まずいっぺん待って……っ!!」


「ふたりとも、せいぜいがんばりなさいよ~。それじゃあ――」


「ちょ……ま……」


 ヴェイラが深呼吸して大きく振りかぶり、


「――いってらっしゃああああああああああああ――――――――――いっ!!」


「あああああああああああああああああああああ――――――――――っ!?」


 青白い光の中へ向け、俺たちふたりを渾身の力でブン投げた。


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