番外編:ある日の魔法使いと弟子
夢崗あお
第1話
西の街の端に位置する山の中腹に、青々と茂った森がある。その森の中、ぽっかりと開けた場所にこじんまりとした畑があった。そこで畑仕事をしているのは、畑の奥の屋敷に暮らす魔法使いとその弟子だ。
「マンドレイクの周りの雑草を抜いてくれ。私はハッカの種蒔きをする」
魔法使いのクロウが指示すると、弟子のリオンは「わかりました」と頷いて早速作業に取り掛かった。誤ってマンドレイクを引き抜いてしまわぬよう細心の注意を払いつつ、丁寧に雑草を取り除いていく。その間、クロウはまっさらな土の上にハッカの種をパラパラと数粒ずつ蒔いていった。
時折そよ風が木々や草花を撫でる中、二人はじんわりと汗を滲ませながら作業に勤しんだ。
「その辺でいいだろう」
さて、と立ち上がったクロウが、片手ほどの大きさの木籠をリオンに手渡した。
「この籠いっぱいにカタバミの葉を摘んできてくれ。カタバミってのはそこの、黄色い花をつけているやつだ。解毒薬の材料になる」
「解毒薬、ですか」
「そうだ。今から作るが、お前も見るか?」
「はい、見たいです!」
リオンが勢いよく首を縦に振った。弟子入りして早ひと月、初めて薬の作り方を教えてもらえるのだ。期待に胸を膨らませつつカタバミを摘み取ると、ちょうど畑仕事の道具を片付け終えた師匠の背中を追って屋敷へ入る。木籠を煎薬専用の焜炉のそばへ置き、自室のある二階へ駆け上がった。筆記具を引っ掴んで階段を駆け降りたリオンの目に飛び込んできたのは、空の硝子瓶が一本、乾燥させた葉っぱが入った大瓶が二本。その隣には小さな種がぎっしり詰まった大瓶がある。クロウはちらりとリオンを見遣り、焜炉へと視線を戻した。たちまちボウッという音と共に焜炉へ火が灯る。
「解毒薬は基礎中の基礎だ。覚えておいて損はないからな」
リオンがメモ帳とペンを構えたのを見計らい、クロウは再び口を開いた。
「まず初めに、薬を作る際の注意点を話しておこう。魔法使いが作る薬には、必ず魔力が込もる。なぜかわかるか?」
クロウの見定めるような黒い瞳がリオンへ向けられた。
「薬を調合する際に魔力を消費するからです」
以前習ったことだ。魔力が込められているからこそ魔法薬は魔法薬たり得るのだと。クロウが満足げに頷いた。
「その通りだ。本人が意識するしないに拘らず魔力は消費される。逆に考えると、魔力が足りなければまともな薬を作ることはできん。では、そこから導き出される、薬を作る際に気をつけるべき点は?」
「えっと……疲れているときには作らない、ですか?」
リオンの自信なさげな口調に、クロウがふっと笑う。
「まあ、正解だな。手順や分量の正確性ももちろんだが、万全な状態で行うことが何より肝要だ。そして、作り手の魔力によって効き目が左右されるものでもある」
そこまで聞いてリオンはようやく合点がいった。何故、師匠の薬を求めて城の魔法使いたちがわざわざ訪ねてくるのか。城の魔法使いは薬を作らないのではなく、敢えて師匠の薬の効き目を頼ってやってくるのだ。リオンの記憶が正しければ、この解毒薬も城からのオーダーだったはず。二日前に伝書鳥が城からの手紙を運んできたとき、師匠が「またか」とぼやいていたことを思い出した。
「まずはカタバミの葉を細かく刻んで、すり潰したホワイトセージの種、水と一緒に火にかける」
師匠の説明に耳を傾けつつペンを走らせる。
「沸々と煮立ってきたら火を弱めて、乾燥したレモングラスとイラクサの葉を加え、時計回りに三回混ぜる」
鍋の中からレモンに似た爽やかな香りが漂ってきた。
「水気が半分ほど飛んだら、反時計回りに四回混ぜて火を止める。ザルで漉して葉や種を取り除いたら出来上がりだ」
完成した苔色の液体は過不足なく綺麗に硝子瓶へ収まった。
「わぁ、量もぴったりですね」
「慣れりゃあ、こんなもんだ」
「すごいです……!」
エメラルド色に煌めく瞳をリオンから向けられて、クロウはふはっと吹き出した。まるで新しいおもちゃを見つけた幼子のような、嬉々とした表情だ。
「そんな顔してるとまだまだ子どもだな」
クロウの軽口に、リオンがむっと口を尖らせる。
「子ども扱いしないでください」
「私からすりゃあ、十三歳なんてまだまだ子どもだよ」
早く一人前になりたい。そんなリオンの思いが伝わったのか、クロウが「まあそう焦るな」と宥めた。
「ちゃんと教えてやるから、ひとつずつ覚えていけばいい」
開け放たれた窓から心地よい風が吹き抜けて、二人の頬をくすぐった。
「ひとまず休憩にするか」
クロウが言った途端、ティーポットとカップがテーブルの上に現れた。
番外編:ある日の魔法使いと弟子 夢崗あお @yumeoka_ao
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